January 5th, 2012

雪のなか宅配便は届くかしら?

昨日買ったサン-ジェルマンのクラムチャウダーとパンと栗テラスの栗紅茶!

雪かきを頼んだ道も一晩で!

郵便受けも昨日はらった雪が一晩でこんなに積もった!


湖も見えず!

今日の午前中は本入りのカート。明日は額入りの絵が届く予定!
金曜日は晴れと言うことなので、指定したのだが。


今、11時半、ヤマト宅配便がカートを届けてくれました!
ありがたいことです。
昨日、雪かきを頼んだのでたくましい若い女性が軽々と運んでくれました!

コーヒー-タイム!

 カートが着いたのでフェアトレードで買ったコーヒーが飲めるようになりました!
ティモールのコーヒーはとても美味しかったです!
ベトナムのお塩はせこ三平さんと中島ちえさんから頂いたもの。

 フェアトレード(世界の北南間の経済格差の問題解決を目指す貿易活動)のグッズを買ったときに端数分を上できって支払ってしまったので、お礼に送られてきたヘーゼルナッツのチョコレート!

お布団に入ってぬくぬくといただいているんですが、裏紙に説明が書いてありました。
スイス製品で砂糖黍の材料はパラグアイ!カカオはドミニカ共和国。


 お花が逞しいのにびっくり!2週間以上もほおってコテージの中に入れておいたのに、元気で生きてました!

 天下泰平さんのところで富士山裾野のお米を買ったらサービスに麻の靴下が入ってました。
スキヤキをしたときに段ボールを開いて気がついたもの。



昼間も雪が降っているのですが、明るいのでいい感じです!

不公平とは何か?

私はずっと格差について考えているのだが!

原因-結果の普遍の法則を知ると何がなんでも公平にすると言うのにも問題が有るように思う。

☆私はいつも書いているが大学時代から親から月5000円貰っていただけで(たぶん、お昼代も入っていた)、他はアルバイトをして賄っていた。

 クラスメートのなかには勿論多額のお小遣いももらって旅行や高価な材料や道具を買い放題の者もいたかもしれないが、私は働いて世間を見ることが大好きだったのだ!

 しかし、外観はそんな風に見えなかったらしい。有り余る小遣いを貰って好き放題に使えるように見えたらしい。
 というのは、4年間、私は女子美術の同級生と同じ年齢のサークルでであった芸大生にたかられ続けたからだ。

 芸大生の方は「5000万円のマンションを買え!」と恐喝していたので、若かった私はそんなお金もあるわけがなくそれでは、食事代を払いますとなってしまったのだと思う

 キリストの教えに沿って生きていたので、ただただ気の毒でした。恋愛ではないです。いつか、いい人間になってという祈りでした。通じたかどうかは知りませんが。
ある境遇の方で八方に恨みを持っている人でした。

 習慣と言うのは恐ろしいもので、二人とも疑問も持たず一生ただ茶、ただ食を、貰えると思っていたようだが、卒業の時にはじめてお茶を奢ってくれそれを印で私的には終わった。(終わったというのは、私の側の問題で二人とも卒業後も結婚後も付き合ってほしいといったのだが。)

☆私は神の意志を生きていたのでその通り描いていたのだが、勿論、そんなに簡単に理解され
たわけではない。
 大学のときに60点と言うギリギリの評価をつけた教授は他の教授が最高の120点の評価を出した後に、騒がれると不味いと思い「いい加減に。いい加減に。」と哀願したのである。

 さらに、卑しめることで自分の見る目のなさをごまかすために「トルコ。トルコ!」
と騒いだので、何のことかと思っていたら、ソープランドの意味らしく、自分が悪いのに、真面目に生きてきた生徒を侮辱するために罵ったらしい。

今ならセクハラで首にされる名誉毀損だ!

☆さらに、下級生が同じ嫌な目に遭わないように、大学を出てすぐした個展の案内状を持って
いったら、助手が掲示板にはっている姿を見て「ひけちらかしに来たのか?」と言ったので、
「これが女子美術のデザイン科の主任教授か!」と嘆かわしく思ったものだった。

☆26歳くらいのときに、日本経済新聞の文化欄に原稿用紙7枚ほど学生時代の戦いを書いたので見せたら、助教授は「凄い!」と言い何か悲しくなってしまったのだが、そのデザイン科教授は「皆が君のレベルにいくようにしろ。」と言ったので、腰を抜かすばかりに驚いてしまった。それって、お給料を貰っている教授の仕事ではないだろうか?

☆それで、ますます頼れるものは神のみと生き続けてきたわけだが、その女子美術の教授の低さに本当に怒りがこみあげたのは、48歳になったさらに、20年後である。
 
☆私が20歳の頃、自分の大学の教授に不当評価をされて「授業に出るな。」(
授業料を払っているのにも関わらず)といわれたときに、心ひそかに「世界一と言われるハーバード大学だったら認めてくれるに違いない。」と思ったのだが、実現してしまったのだ!

 まるで皮肉のように、「才能があるから正規の授業を無料で受けられるようにしてあげ
う。」と二人の国際的な最高峰の教授がほんそうしてくれたのである。

 コルビジェの建築のカーペンター-センターが校舎。
毎日、毎日、教授の真摯な授業。24時間使える自分のスペース!

 満たされれば満たされるほど、私は辛かった!

「なぜ?なぜ?こんなに違うの?
女子美術では授業料をとっても、授業を受けさせず、卑しい下卑た教授のセクハラでズタズタに傷ついた。

ハーバード大学では教授たちがリスペクトの目で一筆を凝視。」

 悔しさ!
 やりきれなさ!
 
☆私は2カ月の受験勉強しかできなかったので、芸大は受けてもいない。当時は能検というのが9月にあったのだ。だから、芸大のことは知らないが、芸大生には怖いことばかりあったので、ハーバードとはずいぶん違うように思う。

 どんなに怖いことかと言うと、24歳頃、銀座の村松ギャラリーで個展をしていたら、28歳くらいの芸大出身の油絵の画家が「ちょっと来てくれ。」と呼び出し(初めて声をかけられた)、銀座のバーに連れてかれた。小さなバーだったがマダムにあわせ、「寝なくても良いから、ここで働け。」と言う。今、振り返って観ると、バーの集金のアルバイトをしていたのだと思う。そして、女性を紹介すれば幾らか貰えるのだろう。

 私は職業に貴賤はないと言う考えだが、お金に困らないほど絵が売れていたし(バブルでしたから)、騙して連れていくやり方が品性が無いなと思ったのだ。

 そして、最近でも50歳の芸大出の彫刻家がヤマト運輸で働いていて制作する時間と体力がないと相談してきた。さらに驚いたのには芸大の教授が女を使って金を作れと指導していることだった。

☆美を追求する人の心根の低さに私は本当に驚いた!

そう言えば、ハーバード大学でもボストン美術館大学でも世界に起きていることを実に真剣に問題意識をもってアートにするか学んだ。

☆女を騙して制作費を稼ぐことを教える芸大の教授。
それだけはしっかり学ぶ学生。

 そうだ!

 思い出した!

 ボストン美術館大学では「サバイバル」の授業があった。
一生、アーティストとして生きるためのテクニックだ。

 写真整理!
 アート-スタジオの確保!

 売り込みからコネクションの作り方まで。
 経済管理。

 私はデザイン科を出たので20代の頃に既に知っていた技術だったが。
 
 街の風景画の授業でメキシコ料理屋を描いたら先生が「よく描けたから、店に絵を売ってこい。」と言うので、アメリカって凄いと思った。

☆私はこの間つい、「税金で勉強できる芸大生が卒業後1割しか残ってないなんて、税金の無駄遣いだ!」と言ってしまった。

 私はあのハーバードで勉強できるチャンスをくれた2人の恩師に報いるため、死ぬまで絵を描くつもりだけど!

☆☆☆☆☆
 格差というのは、思い、行いから生まれるのだ!
なん十倍の受験を通過しても、ゼゲンのようなことをする芸大生は、名画を遺すとは思え
い。
 中学校しか出ていなくても高潔な魂をもって日々邁進していたら、どんなにも高見にまで行けるだろう。

 怠けて何も励まなかった人がその差を「格差!」と言っても、何か恥ずかしい。

☆美はそれだけしか与えない!
 それがとてもいいと思う。

 お金にしていくらとかいかに地位があるかは絵には必要ない!

 描きの最高の歓びは美しいものを感じられること!

 名も知られず去った多くの美しい画家がどんなに心に歓びをもって生きたか?

 それが報酬だと思う。

 そして、私たちが心がけなくてはいけないのは制作の邪魔をしないこと。

 それがリスペクトである。

 夢を持ってパリに行けたときに、ドヤドヤと日本から大学生たちが住み込んできたのは本当 に参りました!30歳の時で日本で10回くらい個展をしたので次はパリでした。

 英語もフランス語もできない資金もない(画家ではない)20歳くらいの男子大学生たちが、

 事故を起こしそうだったので、私はパリでデッサン教室1ついけませんでした。

 道を誤らないようにマリア様を訪ねる旅に連れていったりしましたが、その人たちも50歳を過ぎたと思うので、人の生き方として、女性を脅かして迷惑かける行為は恥じてほしいと思ってます。

 その時、20歳だった大学生は「前世、自分の姉だったのに面倒をみなかった。今世は、世話しろ!」と脅かしていたのでした。

 そう言えば、私が重症の風邪を引いた時には、大学生たちはアパートの乗っ取りを企み、私を追い出したのでした。

 アパートの階下に国立美術学校のボザールの学生がいて、私が女友達の手伝いを借りてスーツケースを持ってホテルで数日寝ている間、彼らを追い払ってくれたのでした。
 
 パリは厳しい街ですので、何の目的もなくいる学生にたいして住みやすい所ではなかったでしょう。

 そして、「易カルタ」パーティでフランス人と仲良く楽しんだり、カレンダーの売り上げを教会に全額寄付して大学生たちが差別されないように気を配っていたのですが、通じなかった様で、憎しみが生まれたのでした。

 それは、絶対してはいけなかったことなのです。

☆その学生達が入り込む隙間は、京都の個展のときに起きました。
2,3度あった50代の男性に、「自分の姪を弟子にして、小遣いをあげてほしい。」と言われたのです。私が28歳でその姪は26歳とのことでした。
私は、弟子をとる身分でもないし、そんな他人に手伝って貰う仕事はない。お金もあげる余裕もない。」と断ったのです。個展を見に行きたいと言うので「見ることは自由です。」と答えました。

 私のような一人でやっている画家にとって、個展の搬入は最も大変な時なのです。

四条河原町の紙泉堂ギャラリーで和紙の問屋さんです。私は豆団扇の材料をよく買っていたのです。

 その搬入の忙しいときに、菓子折りが届きました。その男性からで、「姪が手伝ってるね。」と嬉しそうに電話を掛けて来ました。「ええっ!いませんよ。」そして、菓子折りをすぐ送り返しました。

 初日に、その姪は来たのです。そして、ずっと会場に居着いたのです。女子美術の短大を一浪人、一留年、中退したとおじさんが言ってました。不愉快そうな顔をしてただ居るのです。

不公平とは?その2

手抜きのカレーですが、資生堂なのでおいしい!
居間のストーブの火が消えていたので寒くて台所に立っておられないので、調理はパス!


☆さて、続き!
 その姪もおじさんに強いられて仕方なく来たのかもしれません!
不愉快そうな顔をして、「おじさんの家には知的障害の女の子がいる。」と言うのです。バカにしたような顔をして性格も悪いのです。つまらなそうに居座っていましたが、個展の定時になると地元の人形屋さんが家に招待すると後ろから着いてきて離れないのです。

 明るく挨拶する訳でもなく、芳名帳に「どうぞ、サインをしてください。」と言うわけでもないのです。それ以上記憶がないので帰ったのでしょう。

 それ以来ずっと忘れていたのです。

☆ところが、たま出版の故瓜谷社長が、許りもなく勝手に私の電話番号を教えて、精神病患者や障害者の方達から電話がかかるようになった中に大学生たちも6人くらいいるのでした。

 そして、その中の「前世、自分の姉だったのに自分の世話せず嫁いだので、今世は自分の面倒を見るカルマがある。」と凄んだ20歳の青年とその姪が似ているので思い出したのでした。

 暗さ、ため息、陰湿なじとじとしたもの。

☆今となれば間違っていた判断ですが、姪やその20歳の大学生のタイプを疎んじてきたことに罪悪感を持ってしまったのです。

 でも、マインド-コントロールに嵌められていたのでした。

 こういう青年達を立派に浄化して理想的社会の礎を創ろうと思ってしまったのでした。

 誰からも「偉いわね。」と言われ、故瓜谷社長ですら「本当の奉仕だ。」と言われました。

 20代の娘の若さも消え、経済的困窮で毎晩寝ないで働きました。

 1月1万円で毎日。食事付きでしたから、どんなに働いても追い付きません。

 味をしめたのか、故瓜谷社長は今度はローマの「宗教と科学」の国際会議にたま出版の派遣社員で行けと言うのですが、交通費はおろか滞在費も会議の参加費も払わないのです。

 兎に角、国内のたま出版の懇談会も勝手に組み込まれ、大阪に行くのも京都に行くのも自腹を切らされるのでした。

 そう言えば、その20歳の大学生は「人を騙して美味しいことにありつこうとするのは当たり前のことだ。」と言っていて、激怒したものでした。

☆そんなわけで、たま出版とは決別して、浄化塾もローマに行く前に解散したのでした。
6月に解散して9月には勝手にパリまで来てしまったのでした。

 さらに「日本神学」という月刊誌が毎月20枚の(これは短くてもよかったのかもしれない。
)の原稿を依頼してきて稿料もなければ、郵送代すらなく、お茶の缶詰め1本送って来ただけで
した。さらに、読者が勝手に訪ねてきて「こちらは生活も大変なんで。」と言っても他人の迷惑を考える人は誰もいなかったのでした。

 つまり、絵描きがパリに行くときに、何が目的かわからない人たちに食い物にされ続けたのでした。

 私なりに人に道を厳しく説いた大学生たちも育たなかったのでした。

 パリで浄化塾生になった新人が、「住むとこも食べ物もある天国だ。」と言うのを聴いた人が私に注意してくれたのですが、志より楽をしたいレベルの人たちだったのかもしれません。

☆しかし、浄化塾が全く失敗だったと知ったのは、昨年のことです。
少なくても、あの大学生たちが立派な家庭を持ち、若いときはパリにいったんだよとこどもた
ちによき思いでとして語っているような人生を送っていたのなら、立派な成功だと思えました。

 私は自分の甘さを反省し、せっかくパリまでいかせてくれた両親の期待に答えるために、結婚してから、37歳でパリ個展をし、美術館買い上げで常設展示、皇后様への献上物にも選ばれ、家族の信用を取り戻しました。パリ生活の過酷さで日本に帰ってから栄養失調で、父の母が危篤の時に同じo型だったのに、輸血ができず、父から烈火のごとく叱られたのでした。

 もし、故瓜谷社長が電話番号を教えなかったら、解散したあとにパリに来なかったらと今は思います。

☆☆☆
 昨年の夏、その20歳の大学生は50歳を過ぎたと思うのですが、
「蚊帳を吊ってその中に棺桶を並べ人を呼ばず、ビデオだけ撮ろう。」言ってきたのでした。

 そのおじさんは蚊帳を吊ったひとでした。大変大きな蚊帳なので、弓道の幕を張る要領で上手に吊れることは確かなのです。

 一昨年も蚊帳教会で、そのおじさんは蚊帳を吊ったのでした。その年も蚊帳教会をする予定はなかったのですが、インスタレ―ション-アートとして望まれてしたのでした。

 その年にそのおじさんがお姉さんが亡くなったというので、慰労を込めて戸隠神社に連れて行き、霊前にとできたdvdも2枚あげたのでした。

 それで、昨年に「今度は人を呼ばずビデオだけを撮ろう。」とメールが来たのですが、人妻であるアーティストと何でアーティストでもないのに、ビデオをとりたいのでしょう。

 現実にプロのビデオ作家に作って貰うのでただではありません。新幹線代、宿泊費、レンタカー代、ガソリン代とそのおじさんには想像もつかない費用がかかるのです。

 それに100個ある棺桶は原爆とか飢えとかこの世にあってはいけないものを1個づつ陶でつくられたもので、アメリカで9.11の前に2年掛けて作り、船便送ってきた大変壊れやすいものなので、きちんと並べるのには10日もかかるでしょう。

☆この50を過ぎたおじさんは、アーティストの厳しさも世間の常識もまるで身に付かなかった

のでした!

 哀しいかな、私の労苦を理解する人はそれなりの人なのです。

 ibmの創始者の奥さまの言葉。
 「異国でお子さんを一人で育てながら、ご自分も大学に行くというのは本当に凄いと思うの。」
 別に自分から求めたわけではないです。主人の希望で。

 ついでに書いておきますが、希望するのは主人でお金は全部自分で払いました。


 易カルタも一番認めてくれたのは、パリ大学の物理学の教授とハーバード大学の教授。
パリ大学の方は父親がノーベル賞とか。「天才」と言われました。

 つまり、50歳の独身の京都であった姪に似ているおじさんにとっては、「美味しいことをすするために人を食い物にいすることは普通のこと。」というレベルで思い付いたのでしょう。

☆私はひどくがっかりしました。
 もう少し成長していると思ったのです。

 きちんとした人なら専門職の部外者は口を挟まないものです。

 慎みと言うかアート作品に素人が「こうしろ。」というなら、どうしてもやりたいなら、私なら諸費用全部用意しますね。

 他人の時間。他人のコテージや蚊帳。他人のお金を使って、1昨年のビデオのように、自分のか蚊帳吊る姿を延々と撮影してもらいたかったのでしょうか?

 人を呼ばずに。何故なら、自分が蔑ろされないため。

 そう言えば、20歳の頃、「脚光を浴びたい。」と言ってましたね。

「脚光浴びても意味がない。」と言って厳しく叱りましたが、そう言えば、パリでも「縷衣香さんを利用して這い上がれ」と言っていたのも聞いたことがあります。

 私的には「オレオレ詐欺より数倍悪い犯罪」です。

 そうまでして、蚊帳を吊りたいなら特許出もないですから、じぶんちで蚊帳を
吊ってビデオを撮ったらどうでしょう?人に迷惑かけないで。

 そのおじさんが連れてきた考古学者はお金がないわけでもないのに、パリからルルドまで無賃乗車をして、パリでもホテル代を踏み倒し、パリのマダムから追い出されてました。これ以上、日本人がパリで迷惑をかけるのが忍びたくなかったので、20万円あげて、日本に帰ってもらいました。


 その件でも、ちゃんとした人なら「迷惑かけるような人を紹介してすいません。」
と謝ると思います。

 それどころか、さらに、たかるために「神が研究費を縷衣香さんから出して貰う様に啓示を示した。」と無心してきたのですね。

 これは常識的な社会なら「人間の屑」のやり方です!
今もその考古学者は信奉者が多いのですが、詐欺、泥棒ですね。

 日本人の民度が低くなっているので、そんな人を崇めるのでした。

 心ある人からは、私が「日本神学」に名指しで書きましたので、感謝されました。
私個人の考えでは、その詐欺師がufoも日本の古神道を専門にしていたので、信じられないのが残念です。

不公平とは何か?その3

この世に不公平はあるでしょうか?

卑劣なことをすれば嫌われる。

障害者もその家族も前世の学びだというではないですか?

欲しいものがあれば、努力すべきだ。

お金が欲しければ働けばいい。

自分の怠惰や運命を他人に支払って貰っても何も解決しない。

☆私たち誰もが他人の運命改善に責任あるというではありませんか?

貧しい人には働く歓びを知って貰うのが一番だ!

他人の奥さんに迷惑をかけるくらいなら結婚して自分の奥さんを幸せにすることを考えるべきだ。

脚光等浴びないで、瓦礫の山を片付けている人やホームレスさん達のために炊き出ししている人の方がどれ程立派か!

そう言えば、啓示で人からお金を取ろうとした人、若くして亡くなりましたね。

結構、この世は公平なような気がしますが。