January 14th, 2012

絵かきの仕事!

 今日は、ストーブの燃えがいいので、自然乾燥専門の私はヘア-ダイをしました!
風邪を引かないように染めは湯船につかりながら!

☆それで、乾かしながら考えたのは絵かきの仕事のことです。

誰と比べることはないんですよね。
でも、生きているうちに可能なかぎりいい仕事をして、死にたい。

絵が売れるのはいいことですが、私は必要以上なお金は要らないタイプ。

絵の具(材料)が買えて、衣-食-住に困らなければということ。

☆絵かきと言う職業は貧乏の代名詞です。

今、自分は貧乏ではないです。

経済感覚には多少の個差があります。

 私はグラフィック-デザイン科を出たのと、私の20代が日本の高度成長期だったので
一生懸命に働いてきた私は、あまりお金に困ったという記憶がないのです。

 それで、いつも貧しいということに大変なコンプレックスを持ってました。

☆寺山修司の作詞したカルメン-マキの歌う「時には母のない子のように」のように、貧しいことへの理解のために私なりの大変な努力をしてきました。

 それで、最下層の仕事に近いものも体験しました。
私はシモーヌ-ヴェーユとか林芙美子が好きなんですよね。
(赤羽の段ボール工場とか)
それは、貧しい人にたいして失礼ということだったのでしょうか?

☆あるマルクス-エンゲルスの教授は貧しいひとの気持ちと一体化するために渋谷から田園調布まで歩いたと柔なことを言ってましたが、どこか良心の置き所で体や心を痛めるというのはあります。

 それは、カトリックの求道者が好物を不味くするために灰をかけて食べたり、寝るときに敢えて体が痛くなるように床に寝たり、虚栄を廃するために鏡をペンキで塗りつぶしたり(マザー-テレサ)したり、それぞれの苦行がある。
☆☆☆
 私が若いとき悩んだのは、「世界中にこれほど多くの貧しい人や苦しんでいる人、悲しんでいる人がいるのに、好きな絵を描いていていいのだろうか?」というものでした。

 絵の学校はお金がかかるのと将来がほとんど約束されない世界なので、大抵の親は反対する世界です。まして、男性の場合は勘当というのも多いのです。

 次に、絵の評価は先天的なものが多く、努力をしても花の咲かない場合が多いのです。
ですから、専門的になればなるほど、ごく少数の人しか生きられない畑なんです。

 趣味なら別です。

 そうして、たぶん、制作を維持するには多額のお金がいって、パトロンか実家か伴侶に恵まれない場合は、悲惨なことになるでしょう。

 悲惨にならないためには人間的な魅力と作品の魅力が必要だと思います。

☆そんなわけで、約束された小さな席を巡って強烈な椅子とりゲームが展開する嫉妬や妨害の繰り広げられる世界でもあります。

 それぞれのやり方があって、現世の成功を望む人は巧みに社交性を発揮したり、メディアにも出てきます。

 100年後を見ている人は人知れず名画を仕上げているかもしれない。

 心の躍動に満たされ、俗物的な成功を拒絶している人もいるでしょう。

 兎に角、自由ですから、「絵を売りなさい!お金を稼ぎなさい。」という恐妻に突っつかれている人や難病の子のために売り絵を描かざるを得ない人もいるでしょうが、誰が他人の生き方を責められましょうと私は思います。

☆ゴッホが「絵描きが貧乏なのはいけない。」とテオに手紙で書いてます。
ゴッホは牧師の子でとてもキリスト愛に満ちて、自分に力がないのにも関わらず「貧乏な画家を助けたい。」と続きます。

 現実に弟テオの送金で絵を描いていたのですから、テオは兄の世間知らずと美しい理想に結婚するまでは付き合います。

 往復書簡は美しいですが自殺(他殺)で37歳で死んだゴッホも精神衰弱であとをおってすぐに(1年くらい)で死んだテオも、赤ん坊を抱いて往復書簡を英訳して時を待ったテオの妻も世間的には悲劇ということになるでしょう。

 聖書にあるんですが、「神は時が来れば引き上げる」ということを、ゴッホもテオも妻も信じることができた。

 恩寵が、ゴッホの生涯に働いていたということ。

☆最高の仕事には神の霊が宿っている。
 神の霊は、慈しみです。

 貧しいもの。
 虐げられているもの。
 弱いもの。

 謙遜で純粋で優しい心。

 この世にいきるのには不適切な魂。

☆美しいものを知る人にしか描けない絵を描き、自分自身も貧困、精神病人としての負の烙印を背負って、自殺者というキリスト社会の負け犬として死んだ。

キリスト似たり。

☆絵を描くのに構図で悩む人も色彩で悩む人もテクニックで悩む人もいるでしょう。

しかし、最も悩むべきは生き方だと思います。
その誠実がやはり作品に出る。

そう、思います。

☆☆☆
 誠実を実現させるのも大変です。

現実に体育館で冷たいお握りを食べてる人がいるのに、お前はホカホカご飯を食べてていいのか?

路上で寝ている人がいるのに、ベッドの電気毛布で寝てていいのか?

誰かのお古を着ている人がいるのにお前はまた買ったのか?

そう言う問いかけはいつもしてるんです。

 現実にそう心がけて、路上でお古をきて冷たいお握りを食べている人もいるでしょう。もしかしたら、その人は大枚を東北支援に送っているかもしれない。

 茶髪や金髪の若者が瓦礫を運んでいるかもしれない。

☆今日、インターネットで見たのだが、村上隆がオークションで東北支援のため6億円集めたそうだ。なかなか、立派だ。

 つまり、貧困や救いと言うものは、必ずしも宗教家や福祉に携わるものだけが正しくやっているわけでもなく、元気で恵まれた成功者がその力を使えば、柔な普通の人より、結果を出せる。

☆いつの時代でも、アートというのは時代の写しであり、予言者でもある。

そして、願わくは救世でもあってほしい。

人類の良心や愛の力が問われている今、なにか人間の魂に決起のようなものを掘り起こす、そんな仕事もアーティストの仕事違いない。


 

何処まで降るのか?



グラタンの中にはマカロニが入ってません。メキャベツとカリフラワー、キャロットをいれました。
 白いご飯にかけて、日本風にいただきました!







雪掻きは無理かも!

1メートル30センチくらい積もっていて、それは前に雪掻きしてところからですから2メートルくらい積もっています。
1メートルくらいかくとハアハアしてしまいます。




袖も雪で濡れてきます!

雪掻きできたよ!


手袋を変えて!






☆コテージを撮影していたらパンチ君が現れた!

さらに幅広く雪掻きをしてくれてる!

ゴミのおうちの屋根も雪降ろしが必要そう!

湖を観に行くと!

パンチ君に、「くしゃみしなかった?喫茶しなのでパンチ君は神様だと常連の間で噂になったのよ。」と言ったら、「?」という感じだったのだが、後ろから詐欺婆さんが「パンチ!もう帰ってしまったのかとおもった!」とやって来た。「私はね。自分でやれることは自分でするのよ。困ったらロッジに有料で頼む。でも、本当に困ったらパンチ君に頼むかもしれないけど!」

 もう、玄関に着いたら真っ暗で、4時半にスキーレッスンを終えて、暗くなるまで30分、ギリギリの時間だ!


 パンチ君、ありがとう!