January 28th, 2012

今日で雪のpeakが終わるらしい!

今朝は朝室温が7度でした!
今はストーブに薪をくべたので少し上がっていると思います。


☆昨晩は、ゴッホの本は10ページくらい読みました。
眠くて眠くて!
それは、検索してゴッホの他殺説を読み始めたからで、フランスの地元のいじめっこ兄弟が犯人ではという説を読んだからです。ゴーギャンが犯人と言う説もありますが。

☆昨日の残りですが美味しくいただきました!
よく食べます。寒い地域はエネルギーがいるのです!
 昨日、グリーンタウンのブログを読んだのですが、30メートルのところに住む今井さんは、ロッジまで、腰までの雪を掻き分けて歩いただけでへとへとになったそうです。
雪野中を歩くのは、そのくらいエネルギーがいるのです。
それを支えるのは気のエネルギーと体力と知恵でしょうか?日頃の鍛練を含める。





ゴッホは「自殺ではなく他殺」、ピュリツァー賞作家 * 2011年10月18日 08:32 発信地:ハーグ/オランダ

ゴッホは「自殺ではなく他殺」、ピュリツァー賞作家

* 2011年10月18日 08:32 発信地:ハーグ/オランダ
10月18日 AFP】米国の2人のピュリツァー賞(Pulitzer Prize)作家がこのほど、1890年に死去したオランダの巨匠ビンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)の死因について、自殺ではなく他殺であったと主張する本を出版した。

 執筆したのは米アーチストのジャクソン・ポロック(Jackson Pollock)の伝記で1991年に同賞を受賞したスティーブン・ネイファー(Steven Naifeh)氏とグレゴリー・ホワイト・スミス(Gregory White Smith)氏。共同執筆したゴッホの伝記の中で、ゴッホがフランスのオーヴェル・シュル・オワーズ(Auvers-sur-Oise)の農場で兄弟2人に殺害されたことを示すものだとする法医学的証拠を詳述した。

 ネイファー氏は16日、米CBSテレビの「60ミニッツ(60 Minutes)」に出演し、ゴッホはこの2人に故意、あるいは偶然に殺害された可能性を指摘。「その瞬間に何が起こったかを正確に知ることは難しい」と付け加えた。

 これについて、オランダのゴッホ美術館(Van Gogh Museum)は17日、他殺説は「興味深い」が「長らく信じられてきた自殺説を捨て去るのは時期尚早」だとする声明を発表した。

 キュレーターのレオ・ヤンセン(Leo Jansen)氏は、「ゴッホの自殺についてはいまだに解明されていない謎がある」とした一方で、この鮮烈な新説についても、「いくつかの疑問点が残る」と述べた。(c)AFP

雪は侮れない!自然は侮れない!

 


今、ロッジです!
 いつもワンワン吠えて挨拶してくれたミルクちゃんのお家が雪かきしてなかったので、三島に帰られたのかしらと思いました。

 そしたら、雪かきして屋根からミルクちゃんのパパが落ちたそうです。
 ミルクちゃんのパパは私と同年齢で赤いワーゲンゴルフに乗っていて、夏にはオープンになるしゃれたスポーツカーと2台あるのですが、車の姿もないのです。しかし、車はつい最近まであったようで雪かきしたばかりの駐車場です。

 そうしたら、ミルクちゃんのパパは肋骨を何本も折って、穴もあいたようで信越病院に4,5日入院していて帰られたそうです。その先が長野か三島かは、知りませんが三島だったら、今日の山梨の地震で4度もあったそうですのでお気の毒です。

コテージ出るのも一仕事!

このお酒は目黒のアンセルモ教会のバザーで買ったドイツ製の白ワイン!

☆完全武装してロッジに向かいます!
だんだん高くなる!

熱いコーヒー、手袋2セット、蜜柑、キャンディー、タオル、コンピューター、スマートフォン、傘、折りたたみスティック!




 今日は腰以上でした。ウエストまで雪があり、風の加減か昨日の雪かきの所もひどく狭くなってまして、もう通れないくらいで長靴がもげないかと心配になったくらいです。




ゴッホの言葉!

P374.
 どれほど絵の仕事が憎むべきものであれ、僕らの生きる時代にどんなにそれが難儀なものであろうと、この職業を選び、それでもなお熱心にそれに従事しているとすれば、その人は義務感の強い、しっかりした誠実なひとということになる。
 社会はときとして僕らの生存をひどくつらいものにする。僕らの無力感や仕事の不完全さもやはりそこに由来する。
p393.テオからの手紙1890年6月30日と7月1日。
君の方は自分の道を見出だした。
親愛な兄よ。
君の馬車はもうしっかり固定され、頑丈になっている。僕の方は妻のお陰で自分の道が垣間みえてきた。君の方は落ち着いたらいい。事故が起こらないよう自分の馬を少しおさえたまえ。僕の方はときどきの鞭の一打ちくらいなんともない。
P394.
(7月6日(日)、パリのテオの家を訪れたフィンセットは、ロートレックやオーリエその他の人とあった。が、問題はテオが店をやめ、ヨーの兄アンドリュー-ボンゲルと自営の道を撰ぶ計画
がが二人の妻たちの反対もあって意見がわかれたことである。
p395.1980年7月10日ごろ
 ゴッホの手紙 弟と妹へ

 これは些細なことではない、なにしろ僕らみんなが揃って日々のパンも危ないと感じているときなのだから。また、それとは別のいくつかの理由からも僕らが自分の生活の脆さを感じていたときだけに、これは些細なことではない。
 ここへ帰って来て、僕もまだとても悲しい思いをしていたし、君たちを脅かしている嵐が僕にも又重くのしかかってくるのをずっと感じつづけていた。
 どうすればいいのか-ねえ君たち、僕はいつもけっこう機嫌よくしていようと努めている。しかし、僕自身の人生は根底そのものからおびやかされ、僕の足取りもよろめいている。僕は自分が君たちの重荷になっていてきみたちにはおびえられる存在ではないかという危惧をー全面的ではないが、それでも多少はー感じていた。
 (中断)
たびたび僕は坊やのことを考える。全神経の力を傾けて絵を作るよりは子供たちを育てる方が
確かにいいとは思うが、でも仕方ないではないか、引き返してみるとかなにか他のことを望む
とか言うには年をとりすぎたと僕は自分で感じている。そうした欲望は消えてしまったも
の、そうしたことの精神的な苦悩は僕のなかに残っている。

 P397.
ゴッホの手紙 (テオヘ1890年7月24日)
つまり、それはいつも僕が君に言ってきたことだが、できる限り最善を尽くそうとひたすら精魂こめて考えてきた努力がものを言う全く真剣な話としてもう1度君に言っておくー
(中断)
 p397.
さて、僕自身の仕事だが、僕はそこに命を懸け、僕の理性はその仕事で半ば崩壊したーまた、君は僕の知る限り世間一般の商人ではない。また、君は本当に人間味をもって行動する仕方で自分の立場を選ぶことができる。僕はそう君を見ている。しかし、どうしたらいいのだ。

夕飯!2食分食べました!

おうどんにお餅!さわらに烏賊のお寿司!お野菜が入ってます。




ご飯の残りがあったせいもあるのですが、よく食べますね!(苦笑)
でも、おうどんは半玉もないので、おつゆのようなものです。



ハロと言う現象のようです。
白虹とも言われ、古代中国では大乱の印とか。
ロッジについたとき撮影したので、28日午後2時頃です。

日に虹のかさができる。「ひかさ」とも言うそうです。
短い間だけ見えました。
下の写真は20分前くらい。

「ファン-ゴッホの手紙」の読後感!

ゴッホの誠実はなぜか悲しい!

 最後の方はテオは逃げたかったのかもしれない。結婚して子供に恵まれる。
それは、やはり人間の最高の幸福にちがいない。

 37歳のゴッホの弟の年齢でそれは当然の権利でもある。
決してゴッホを裏切ったのではない。

☆人生は厳しい。
まして画家の一生は!

 希望的にはゴッホは弟からもう少し自立すべきだった。
 
 牧師の父親が精神病院にいれるほどだから、ずいぶんもて甘し気味だったのだろう。

 牧師の家庭で、キリスト教が家庭に染み付いていただろうから、弟のテオは犠牲精神で兄を支えたのだろう。

 そして、ゴッホは絵を描かなければ精神が保てないのだ。牧師にもなれず。

 画商だったテオはモネの個展を企画したりゴーギャンを扱える画商で働いていた。

 最高の環境であったが、ゴッホは売り絵をバカにしている。

 もっぱら、弟テオが頼りだ。

 テオはゴッホをつきはなしてはいけなかったのだ。
それを知っているテオはゴッホの自殺(他殺)から、精神を病みすぐなくなった。自責意識が
あったのだと思う。

☆最近、読んだ雑誌に、児童施設から小さいとき里親として引き受けた家族が里子を虐待死させた事件を読んだ。自分の子を育ててて同じようにと思って引き取ったものの、その小さいときの体験や遺伝子のなかには考えられなかったものを発見して、返すわけにもいかず苦しみでそんなことになり勝ちな難しいものがあると言う。

☆人間の善意には限界があるのではないか?
よく、介護に疲れ心中することがある。

それが老人であったり、障害のある子だったり。

☆できなかったら、できないといってもいいのではないか?
プロに任せていいのではないか?

 そんなに責任感をもたなくてもいいのではないか?
☆世間は厳しい。
 他人には厳しいのだ。

 しかし、誰でもがマザー-テレサにはなれない。
 なれなくてもいいのだ。

 人間だもの。
☆テオとゴッホの十字かはなんと重かったのだろう!
ゴッホの手紙の綿密さをテオにはよく理解できたのだろう。

 逆にテオ以外には理解されなかっただろう。

 ゴッホを支える力がもう少し分配されていたら?

 経済は誰々。
 精神的ささえは誰々。


 しかし、ゴーギャンは逃げてしまった。

 力もないのに子持ちの娼婦まで愛してしまうゴッホ。

☆それで生まれた至上の芸術!
 こんなにも代償を求める芸術!

 だから美しく尊いのか?

☆☆☆
 いいえ、もっと幸せなものが、
 もっと犠牲のないものが

 より美しく尊いのではないか?