February 6th, 2012

信越線運休!雪掻きのため!

 線路に雪が落ちるので雪掻きのため5時まで運休!



 第一スーパーまで行って、うどん玉やキッチン-ハイターを買う。一緒にバスにのってきた近所のお婆さんが2時台のバスで帰ると言うので、私もそうする。
お婆さんは駅蕎麦を食べるというけれど、私はお昼を食べたばかりなので私は喫茶「しなの」でコーヒーを!
 今日は雪掻き日で、あちこちで屋根にのって雪降ろししている。
それから、2時20分のバスに乗って近所のお婆さんと一緒に帰る!
バス停からスキーのステックで用心深く上っていく。
明るいので助かる。

坂道を登りながら、春が近づいてくるのを感じる。
今日は暖かいので、雪が溶け始めている。




☆昨晩、娘に電話をしたら仙台引き揚げの片付けは自分でできるそうだ。
家具も(といっても本箱と机くらい)アメリカ人が全部買ってくれるそうだ。
娘も少しづつ成長している!

感慨!

「顔のない女神たち」の再放送が終わった。

 雪のため8チャンネルが見られない日が多かったので、最終回を見れたのはよかった。

☆このドラマはとても良くできている。
そして、「カーネーション」のお母さん役の女優さん(尾野真千子さん)もうまいなあと思った。
 今時のママたち。
 読者モデルをしているようなお嬢様奥さまや関東近郊の元ヤンキーのカップルやエリートサラリーマンや普通の家庭!

 主人公は3流大学出の夫と短大卒の妻と男の子のごく平凡な家庭。
人間は学歴ではないと考えてるが周囲の状況でお受験することに!

 ある幼稚園受験に失敗した母親は今度こそと1段上の名門小学校を狙う。

 そのための受験塾で、母親たちは叱咤激励される。

 家族ぐるみで向かう、小学校受験。

☆私の親友の一人は、「小学校受験はとても価値がある。」と言う。障害のある子供には特に有効なレッスンだ。」と、育児書を3冊出している彼女は言う。

 私も思いもがけず、アメリカで娘の中学受験をする破目になったときに、小学校受験で培わされたノウハウが実に役立った。行動観察とかあったのだ。

 そして、3者面談!
☆私もこのドラマのようにいろいろの体験があった。
 私のケースもこの主人公のように、人間は学歴でないと言う考えと私自身が3流大学でなので、同じ幼稚園の母親に、「おたくは親よりできがいいのですね。」と言われ、主人と苦笑。

 私の子はモッテッソーリの幼稚園の時同級生の男児に首を絞められたので、4年保育の幼稚園を1年半でやめている。私がショックで2年間歩けなくなり、体重も7キロ減り、送り迎えができなくなったからだ。そして、園長先生は口封じをしたが1学年10にんのクラスでその幼児の暴力で他の幼稚園に4人も移ったのだ。
 それで、主人の出た教会付属の幼稚園の2年保育に半年の大姑が96歳で亡くなり同居のため家を建て直して引っ越しして、移動したのだった。
 その時は私は寝込んでいたので、朝は主人が幼稚園に娘を送り帰りは実家の母が迎えにいった。私は病院にはいかなかったが、実家ではこのまま死んでしまうのではないかと思っていた。生きることへの恐怖が歩けなくなった精神的なもので、後に調べると失歩症という病らしい。
 年中から年長になって、私も寝ながら「このまま公立小学校へいくとあの首を絞めた男児と一緒になる可能性がある。」ことに気がついた!

 寝ていてはならない!子を護らねばと決起したのだった。
 そう言うことがなければ小学校受験はしなかったと思う。

☆11月に確か受験で決起したのは年長になったばかりの4月。

 公立の小学校に通っていた私には新しい世界!
 ママたちも名門出ばかり!

 それと私の家の場合は姑が小学校から大学までの一貫校で英語の教師をしていたので、誰もが娘はその名門小学校に入れるし行くだろうと思っていた。

 私は狡いことやイージーなことは大嫌いなのだ。
だから、その学校は受けなかった。

☆教会付属の幼稚園はお受験幼稚園ではなかったが、今から20年前でさえほとんどは受験したのだった。
 
 だから、テレビに出てくるお受験教室などよくわかる。
 半年だったが、品川プリンスの体操教室や中目黒のジャックという教室。恵比寿の「こぐま会」。親切な昨年受かったお子さんを持つママが色々教えてくれて、緑ヶ丘の個人の教室や澁谷の児童センター等通いました。

 テレビで経済的に無理があってキャパクラで働いていたママがいたように、お金は結構かかった。それと、病み上がりで体力がなかった私は実家の母親の手もずいぶん借りた。

 日曜日には模擬テストがあって志望校の合格確率まで出るし順位も出る。

 家のことも訊かれるということで、きちんと掃除をしてちゃんとした食事で家族3人で6時きっかりに夕食。健全そのものです!

☆ドラマのように、低次元な噂を流す人も出てくる。
そして、模擬テストの結果で子供を叱咤激励する人も。

 ドラマは極めて正しく合格結果が出た。

 子供にはタイプがあって、プロの受験塾の先生はどの子がどこの学校へ入るかおおよそはわかるらしく、それように指導してくれる。

 ドラマの主人公が名門小学校を勧められたように。

 でも、私が思うには気合いである。
 近所でも「4つくらいコネがないと無理。」とか、「親の出身校でもないのに。」とか言われたが、私も塾の先生の指導通りに絞った。

☆格差はある。
 親の格差もこの格差も。

 そして、それでもフェアなものなのだ。

 私も娘もそれを信じることができた。

☆ドラマでは、家庭も仕事もうまくいかなくなったママ友が願書を破いたり、合格取り消しの電話を入れ妨害する。「自分の無くしたものを持っているあなたが羨ましかった。」と言う。

 若いママたちの人間的な弱さがこのデリケートな年齢のこどもも受験には露呈されてしまうのだ。

 不思議でしたが、秋になると競馬の調整のように子供の出来上がりが見えてくる。
疲れさせないように短距離で受験当日にピークを迎えるように子供を仕上げることが可能にな
る。

☆ぼんやり鈍くさい私に、色々教えてくれたママ友2人とも、今も仲良し。
 
 ドラマでは、みな、落ち着くところに落ち着く。
無理な背伸びをしていたと思った家族は農業をするために関東近県の実家に帰る。
兄と一緒のインターナショナル-スクールにいく子も。

 そして、最後に虚栄心や嫉妬心の蒔いた禍の否を詫びる。

☆私の子も受かった。前にやめたモンテッソーリの園長は電話で絶句。
いい友人がいて、園長先生とは幼稚園から大学まで一緒だったのだが、縷衣香さんに失礼なことをしたので、詫びなければ食事を一緒にしてあげない。」と言われ、園長先生が謝ってきたのは、小学校にはいってガールスカウトで、そのママにきいてからのことだった

 助け合った友のお子さんは女子なのに今は東大と京大!

 私は学歴崇拝者ではないけれど、正しく評価すべきだという考え。
 
☆私も娘もモンテーソーリの幼稚園を止めたときは沈黙を守った。3歳の娘が「私は悪くないのになぜやめなければいけないの?」ときいたときは本当に辛かった。
つい3か月前に入学金を30万円払ったばかりで、主人にも申し訳なかった。
でも、首を閉めるようなことが幼稚園であるなんて!私にはあり得ないことだった。
愛育病院の園長は、「その園長を首にしろ。」と言ったくらい。

 自分達が正しくても、世間はそうは思わないものだ。
「幼稚園も満足に出れないのか!」と軽蔑の謗りもあった。
しかし、私も子供も沈黙を守ったのだ。

 偏見で見ていた人も、「この子、立派な子じゃないの。」そして、難関小学校に合格したときも教会付属幼稚園の園長も驚いた。柔な子では受からない学校だったからだ。

☆☆☆
 私と娘の闘いはその闘いは2度目だったが、(1度目はパリ)なかなかチームワークがよくて、それからアメリカでの編入学試験、中学試験と共に頑張れた!

 今、振り帰ると、他人は案外観察していて「正義」のようなものが、人生にはあること
知った体験だった。

「幼稚園も満足に行けないなんて!」と中傷した友も、合格結果にはあんぐり!

人生には悔しいこともやりきれないこともあるが、ようやく涙を流さずに思い出すことができ
た。

☆あんなことがあって、今は良かったと思うのだ。
 苛めで自殺した子達の加害者への憤り。
 ただただ、身の保全で「なかったことに。」と言うレベルの園長の教育哲学。

 3歳児が無邪気なんて嘘ですよ。その男児は私のかおを観ながらブリキの汽車で娘の頭をガンガンやったものです。注意したら、母親がら3時間の電話。

「うちの息子に大勢の前で恥をかかせた。」 「自分は息子が皆から問題児のように言われて
いるので、ママである私もきれいな洋服を着て素敵にしていられない。」と言うのでした
私はその発想の低次元さに、歩けなくなってしまったのだが、今想うと若かったのだなと思う。

 園長は、「毎日、他のお母様の攻撃に囲まれて針の筵だと思いますよ。」「おたくの子だけでなく皆にやるんですから。」と言っていたが、「皆にやるなんてなおさら悪い!」と思って
しまったのでした。

 「今日は○○君がライオンに噛まれ、背中に歯形がありますが、消毒しておきましたからおっお母様心配なくね。」と言っていたのを思い出したが、今思うと男の子達3年保育のよその名門幼稚園に皆移ったあとだった。私は自分の鈍感さをせめてせめて娘に詫びる思いでも倒れてしまったのだった。

☆ドラマでもヤンキーママのこどもの羅羅ちゃんが、主人公の子供を陥れるところがあったが、子供に無理させると他所の無理させられてない子を虐めるものだ。

 私はその男児を青山の「こどもの城」で、見かけたが親に隠れて上手にその前を通る小さな男の子の頭をひっぱたいていた。そのあと、父親と食事をしていたんだが、父親がうるさくスプーンの持ち方から何から何まで説教しっぱなし。そのストレスで抵抗しないような子を捕まえて暴力を奮っているのである。

 風の便りでその父親は小学校3年生の時に釣りに出ていって、そのまま帰らなかったという。しかし、その家のなかで唯一「子供が迷惑をかけて申し訳ない。」と謝ったのが、その父親だった。
☆☆☆
私たちの人生修業は、年齢を重ねてその痛みも哀しさも知るようになる。
アウトローの人たちもそう。
私を引きずって時給130円で働かせたひとは台湾人だった。
今、思い出すとゲーム機があって、不正なことがあったようで警察が来ていた。

長男は慶応大学で3男は上智大学の夜学。そして、アメリカの大学にいる次男の嫁にと言うのがその長男の考えで、いきなり連れてかれあったこともない次男の嫁にと言われても「?」だっ
たのだが、「差別だ!」「悔しんだ!」と、長男から最後にはガラスの塊の灰皿を投げつけられ
たのであった。

 今、思い出すと、そんなやり方しかできないひとたちだったのだろう。
それは、あの辺り構わず暴力をふるい幼稚園の玄関でひっくり返っていた児童と同じ社会への苛立ちだったような気がする。

 私は午後2時頃、地元の駅前を歩いていた25歳くらいのことだった。
 
 いくらなんでも、まだあってもいない次男の嫁にならないという理由で灰皿を顔の投げられなければならなかったのか、やはり短絡的過ぎると思います。

 ドラマの中で、自分を陥れたママ友に、主人公が「私なにか悪いことした?」と訊くシーンがある。「してないんじゃない。」と、ママ友が答える。

「私が失いかけてるものをあなたが持っているから。家庭、仕事。」
と言う。

 自分が悪いことをしてなくても、願書を破られたり、入学辞退の偽電話をかけられれば人自分がどこか悪かったか反省するものである。

 私は主人公のようにごく庶民の普通の人間だが、引きずって強迫までしても日本人の嫁が必要だったのだろうかと考える。長男の嫁も学歴や職業を聞いてきて、「自分のところは台湾で
は1流の企業であるしんこう貿易の社長だ。ボールペンだか石鹸の箱のデザインをしてくれ。ヨーロッパに連れてってやる。」とスナックで働かせるのより別のアイデアを出してきた。私は心のそこで「ヨーロッパくらい自分のお金で行くわ。ここでぐずぐずして次男の嫁にされたら大変?!」と、灰皿を交わしながら、泣いてわめいて「人殺し!」と騒いで逃げてきたが、私は教会で祈って、
「これ以上、若いお嬢さんたちが食い物にされませんように。」と、献金箱に時給130円のお金を全部入れてきたが、自由が丘までの線路づたいの道に面している「キャンドル」とか言う名の小さなスナックに、3男が私が自由が丘まで歩く度に項垂れてがっくり肩を落としているのだった。やがて、その店は消えた。

 他にスマートなやり方があったと思うけど。

 それから、40年たって、実家に行くときにその長男をみたことがあった。こっちはサングラスだったので、向こうは気がつかない。自分は等等力だか上野毛に住んでいたのでわざわざ来ていたのだ。今からでも遅くない警察に突きだしてやろうかとも一瞬思ったが止めた。

 あの娘と同じ年の男の子も今は立派に働いているだろう。幸せであってほしいと思う。


 

屋根から雪が落ちているらしく凄い音が!

かんずりを唐辛子代わりにいれて!



窓のさんに置いていたサンタ-マトリョ-シカが落ちるほど!


次にノアの方舟とクリスマスツリーが落ちて来ました!
凄い音で揺れます!
ストーブで屋根が暖まっているのでしょう!

今日の果物はデコポン!