February 21st, 2012

爽やかな朝!

昨日、cosmosさんから頂いたお茶です。


おいしそうなので、主人が買ってきたマフィンと一緒にいただきました。
とてもさっぱりしたいいお味です。
今日はいいお天気なので、家の中を奇麗にして買い物でも行きましょうか?

人を騙す人たちの心理?

今は髪を自然乾燥しながらお洗濯中!
どうしてもテレビを観てしまう。
なにしろ、長野では観れないチャンネルばかりなので妙に新鮮です。

時節がら、木嶋佳苗容疑者の事件の報道が多いです。
最低6人は殺しているそうですが。

☆この方はネットの婚活であった方に「お金をください。」と言っているんですね。
 それは、大学の学費だったり、お料理学校の授業料だったり。
 
 結婚したい独身の男性はその費用を出しているんですね。
 でも、中には「領収書をくれ。」と言っている人がいた。
 大金を貯めて、出すのはそれなりに大変ですから、お金を出した男性は結婚への期待をするのが普通でしょう。
 それが、煩くなった時に木嶋佳苗は始末をしたわけです。

☆木嶋佳苗は大変な浪費家で1月150万円も使ったのだそうです。
 それは、大富豪の奥様でも堅実なら使わない額でしょう。

☆私も絵を描いてますから、お金ってあったらなあと思います。
 いろいろなことが可能ですから。

 でも、お金ってあまりあるとどっかが壊れるのではないかという予感がなんとなくします。
 ですから、最近も当然もらえるお金を辞退して、主人と娘から「馬鹿じゃない。」と言われてますが、「お金ってないほうがいいのよ。そのほうが健全に生きられる。」と言いました。

☆37歳の木嶋佳苗容疑者はまだ、お金の浪費に飽きなかったのですね。
 そして、女性の武器を使って結婚したくて焦っているような不器用なタイプの男性の弱みを本能的に知っていたのでしょう。
 家事能力はとても優秀そうですね。
 お料理。洗濯。掃除。
 育ちからくる上品な言葉遣い。
 太っていても明るい。
 ピアノが弾けて、お料理も最高の料理学校で学んだレベル。
 裁判中でも髪なども、どこのシャンプーを使っているのかと思うぐらい奇麗だそうです
 少しブスで、それが男性としては劣等感を絶妙な加減で癒してくれるのでしょう。

☆私は男性でも女性でも嘘をつく人には多くあったことがあります。
 わかっていても、突っ込んで追い詰めたりはしません。
 見栄をはったり、格好をつけたりも人間の弱さなんでしょうけれど、実害さえなければという感じです。

 でも、そこから何か求める場合は罪が生じるのでしょう。
 異性に好意がほしいのは罪でしょうか?
 まあ、仕方がないレベルかもしれません。

 お金を求めるのは?
 嘘をついてお金を求めるのはやはり罪なのでしょう。

☆よく、書いて来ましたが、大学生の時に「5000万円出せ。」と言われたことがありました。
 別に恋人同士でもないのですよ。婚約してもいないのですよ。
 唯のサークル活動のメンバーです。
 20歳の女子大生が持っていると思いますか?
 仮に親があっても出すと思いますか?

 その青年は学歴では嘘をついたのではないのです。
 育ちに関しては嘘をついたのです。
 しかし、若い女性というのはとても差別や社会の不公平には敏感なもんなんですね。
 それで、気の毒になるんですよ。

 それが、無意識的なその青年の詐欺性なんですが、巧妙にできていて他人の秘密を語るタブーがあります。ですから、その事実は私の胸だけにしまわれていたのです。

 5000万円は幸い無かったので、出さなくてもすんだのでした。

 のちに、他の○○神父は「お小遣いをくれてもいいのよ。」と言って脅迫したので、私は20万円出してます。その前に教会から月5万円くらいの小遣いをもらっていると言ったので、いい収入ですね。まして、今でも、その○○神父に何のお世話になったのかわからないのです。でも、「お小遣いにあげるお金はありません。」とは言えないようにされるのですよ。第一70歳を超えてました。そして、その後、ある未亡人の家に住み込んで死ぬ前の1週間病院に行くまで10数年その未亡人の家に住んでいたのでした。その未亡人のブログでわかりました。

 この場合、私に害はないんです。殺されたりはしてない。なぜなら、彼の不当さを上に訴えたりもしないし悪口を流したりもしない。結婚のときのことですから(規約書に書かれている謝礼は別にちゃんと払っている)すでに30年も前のことですから、故人です。

 つまり、詐欺はばれずに、「うまくやった。」ということでしょう。そうして誰にでもしていたでしょう。
「お小遣いをくれ。」では恐喝になりますが、「お小遣いをくれてもいいのよ。」というのは実にうまい表現です。強要したわけではなく、彼女(私)が、好意でくれたといえるからです。

★木嶋佳苗もそういう心理を操ったようで、常識では考えられない発言をしてます。
 「結婚を断ったのに、使っていいと1千何百万円をくれた。」と言います。その後、自殺をしたといいます。
 「不潔で嫌悪感をして結婚する気が無くなった。」と、散々出費させた後に言ってます
 ずいぶん、遺族が聴いたら、失礼な発言です。思いやりも他者への敬意もないです。
 しかし、木嶋佳苗容疑者は、そんな武器用で弱い立場の男性だからこそ、お金をいいように出すと読んでいたのでしょう。

★悪人には敵いません。
 私も年齢的に老人なので弱く高齢者なので、○○神父の発言を許してました。
 しかし、○○神父は何とか私の弱みを強調して弱く言うことを利くように言動をしたのです。
 「感謝しなければいけないよ。」
 しかし、私は実にモテたんですよ。そのちょっと前にも主人以外の男性にプロポーズされていたのでした。
でも、普通、そんなことを他人に自慢しませんよね。
ですから、黙ってました。
 でも、○○神父は強引にでも、「売れ残った女が自分の祈りや神様のおかげで結婚できたので、その報酬を渡すべきですよ。」と仕向けたかったのでした。

★私がなぜ結婚を35歳までしない理由の中には「思いやり」があります。
 私が女子大学時代、クラスメートから「結婚だけはしないでね。」と言われたことがあります。

 私はその発言の意味は知ってます。
 そのころ私の才能を評価する人が続出して、批評する教授が「白木屋の大学生イラスト展で素晴らしい作品を作った彼女はいないのか?」(その時、サボっていた。)と「芸術理論」の授業の時に言ったそうです。上講師は「ほかの作品を観るのは耐えな買ったのだが、彼女のだけは別格だ。前意識だ。意識下の潜在意識だ。彼女には感心した」といったとクラスメートが伝えてくれました。

 その「芸術理論」の学科の論文で教授から「知ってて言っているのか?知らないで言っているのか?」と言う問いかけがあり、知っていて言わなかったことが分かったようで、成績では、ずいぶんいい点数を頂きました。

 そんなことが続いたので、クラスメートの幾人かは、私はアーティストとして輝かしい未来が待っていると思ったようでした。それで、「成功は許すから、せめて、普通の幸福は得ないで!私たちが惨めだから。」という理由で「結婚はしないでね。」といったのです。

 私は、そのころ、「いいよ。結婚しないでいてあげるよ。」という気持ちでした。黙っていましたが、彼女の発言を胸に留めました。

 それでは、なぜ結婚したかというと、結婚前の児童福祉施設ボランティアで修道院を脱走した60歳の修道女から、「あの人は結婚できない人だから、あの人に働かせて、私は左団扇で暮らすのよ。」と言いふらしていることを伝えてくれた修道女の発言で考えたからです。

 私が隣人愛的なやさしさで自己犠牲的な結婚しない道を選んだが、感謝はされなくてもいいが、それを利用したり侮蔑の種の人が現実にはいる。脱走修道女のような人に利用されるような人生は正しいのか?ずるく汚い考えの人が奉仕的な心を利用するのが普通のことなら、結婚したほうが善ではないかと結論に至ったのです。

 第一に、人には他人に「結婚しないでくれ。」という権利はないはずです。
 心理学的に「あの人はアートでは成功したけれど、結婚でもできないのよ。」と嘲ることでバランスを取りたかったのでしょう。

 その人は大学のクラスメートでしたが、あるときに廊下を歩いていたら、憎々しげに平手打ちを突如してきたことがありました。それを観ていた別のクラスメートが「羨ましのよ。」と言ったのでした。

 私は仕返しもしなかったし、怒ったりもしないのです、「人より褒められるってこういう代償があるんだ。)と知っただけです。

 その平手打ちをした同級生が「結婚だけはしないでね。」といったのですが、彼女は私が結婚した35歳の時にはプライドを待ちなおしたのでしょうね。「あなたが、こういう結果の運命を得たのはあなたに相応だ。」という手紙が来ましたよ。誰にも語ったことないんですけど、それでよかったと思ってます。

 35歳まで結婚しなかったということが、私のその人への愛情だったのです。

☆☆☆
 人間って実は誰でも何もかも得れるんですよ。
 自分で無理だと思わなかったら。

 それなのに、悪意というものがあって、そう思わせないようにマインド・コントロールする人がいるんですよ。

 例えば、アメリカのきれいな女流画家がいました。その方は凄い美女でハーバード大学の教授もしていた画家。私より5歳くらい上でした。そんな素敵な方が「あなたは、無理よ。あなたは子供がいるから。無理よ。」と言いました。彼女は美しくて再婚してましたが、子供はいなかったのです。

 私はこう思う。アーティストは絵が良いか悪いかだけ。
 子供がいるか、夫がいるかは関係ないと。

 そういえば日本人の独身のアーティストのやはりボストン美術館大学の教授をしていた10歳くらい年上の女性がいました。「夫がいて、絵をやっているんだって!ずいぶん甘い夫もいたもんだ。」と言われました。その人の頭の中で夫がいたらアーティストとして一角になれないと思っているとそういうことになるんでしょう。

 でも、現実は関係ない。
 ただ、感謝しているのはハーバートの教授のひとり。
 主人に「奥さんは才能があるから、絵を続けさせてあげてほしい。」と言ってくれたのです。
 彼の奥さんはとても素敵な美人でしたが「夫が東洋の才能あふれる女性がいると言って夢中よ。」と私にアトリエに訪ねたときに言いました。賢い人たちは皆が成長することを望むんですね。そこにアーティストとしての格が出てくる。その先生の絵の美しさは私も到底かなわない。彼は「人を育てるのは大好きだ。」と言ってましたが、私がよく絵を描くたびに、耳元で「Very Nice!」と囁いて、「なんて、君の先生は偉大なんだろう。」とついでに言うのですが、そのユーモアも素敵ですよね。

★一方、日本に帰国して展示会に誘われる度、お付き合いをしたのですが、「高校生レベルだ。」と言って階段から突き落とそうとした同じ年齢の画家がいました。彼もいい絵を描くんですよ。私ごときを中傷する必要ないんですよ。でも、「あれとは口きくな。」とか悪口も言いふらしたり、ドーンとついたりするので私はもう日本人のグループにはお付き合いしなくなった。セクハラもある。

 その人たちはみな偶然私と同じ年で、自己限定を勝手にしてるんです。私ってその人たちの絵を売ってあげたりもしたのにね。

★木嶋佳苗容疑者は贅沢をすることで優越感がほしかったのでしょうか?
 お嬢様に観られたかったようです。
 東洋大学中退をフェリスのピアノ科とかボストンのケンブリッジ大とか言っていっていたそうです。
 その向上心を現実化するには、彼女は地道な努力をする気が無く口で詐欺った。
 
 しかし、もし、現実だったら他人はそれほど評価したのでしょうか?

 私はそうは思いません。
 現実の音楽やアートの世界はあまりにも厳しくて、学歴や過去の栄光だけでは存続できない。
 まして、経済的に贅沢できる報酬はケンブリッジ大学やフェリス大学が事実であっても保証されないと思います。

 ですから、現実にあり得ないことだったのでした。

 しかし、お嫁さんになるなら、必要ないんですよ。
 料理が上手なら掃除が上手なら、床上手なら完璧でしょう。

★★★
 学歴を出自を詐称する人たちはたくさんあったことがあります。
 なぜでしょう?
 それは、おそらく他者から好意的な善意を受けたいからでしょう。
 大事にされたいからでしょう。
 尊敬されたいからでしょう。

 私は、それが「かわいそうに。」見えたのです。
なぜなら、のちにばれるし、有るがままに自分をさらせて愛されないと思い込んでいる気持ちが可哀そうだと思ったんです。

 世の中は今までは、学歴や職歴偏重が主流だったかもしれません。

 でも、いい学歴を得るための一期一夕でできない努力を評価しつつも、そういう生き方を選ばなかった人たちにも公平に見る目を持ちたいというのが私の考えです。

 人間は、評価してくれる人がいると、どんどん輝いていいところが出てきます。
でも、意図的に「くさす」人がいるのです。

「おまえは大した学校を出てないでないか?」
「おまえは中卒でないか?」
「おまえはブスだ!」
「生まれが悪い!」

 そんなことを言ってどうするのでしょう?
 何を得るのでしょう?

 学歴が無い人にはいいところを探してそこを磨くよう援助すべきです。
 自分の力でどうにもない容姿や出自をそしるにはフェアでない。

 そんなことをする人がいるから「犯罪者がでるのです。」「自殺者が出るのです。」「ひきこもりが出るのです。」

 それが、日本の罪だというのです。

★★★★★
 人を殺した。人を詐欺ってお金を奪った。
 それはもちろん、大きな罪です。

 でも、日本の社会にある「学歴が悪い。」「容姿が悪い。」「実家が大富豪でない。お嬢様ではない。」という差別観が無かったら、木嶋佳苗容疑者は生まれなかったでしょう

 彼女は悪いが日本社会の鏡でもある。

 人間がどういうものにひっかかるか見せてくれる。
 育ちがよさそう。
 お嬢様で趣味がよさそう。
 そういうイメージがあればいい暮らしができそうと思わされる社会。

 叶姉妹に憧れていたそうです。

 叶姉妹も育ちがよいわけではない、グラマーな身体と絶え間ない美への執着が自分磨きとなって女性の指針となった。裏には何があるかはわからないが、そんな生活ができたらと思わせた。

 それで、木嶋佳苗は「お金さえあれば!」と思ったのでしょう。
★★★★★
 私も同じようなミニ木嶋佳苗にあってきました。
 「福沢諭吉の子孫で慶応大学の敷地で育った。」
 「父は京都大学での名僧。」
 「祖父母は何千坪の邸宅に住んでいる。」
 「ウエズリー大学で核の研究をしてた。」
 私は、茶々を入れたことはありません。

 「凄いですね。私とは身分が違いますね。」と言ってあげると嬉しそうです。
 その人たちは、実際に私からお金を取ったり、暴力を振るった人たちです。

 なぜか、その人たちも嘘をついても心が満たされないんですね。
 それが哀しいのですよ。

 私はいつも、言ってます。
 私は普通のあきんどの娘。
 お勉強もできるほうではなかったし、大学も3流です。
 身長は158センチ。体重は若い時は45キロ、今は52,3はあるのではないかしら
 おでぶちゃんです。

 私の使命はそういう普通の人ですら、幸福になれるということを知らせること。

☆アメリカにいたときに、同じ年齢の日本人女性に「中学の娘が優秀なので家庭教師に雇ってほしい。」というのがありました。私の娘は小学6年生だったかな?中一くらいだったかな?それで、ハーバーと大学の女子大生と同じ額で雇ってあげました。それは、同じ日本人の対する私の協力友情でした。
娘も「ハーバート大学生と比べるのは酷だ。」と言って、私の人助けの価値観を知ってました。

 しかし、その母親が次に趣味で始めた半年ばかりの陶芸を「買え。」と言ってきました
私も大学以来そのころで、30年近くアートをやってきましたが、人に「買え。」って言ったことないつもりです。「買ってくだされば嬉しい。」くらいは言ったかな?
 
 あまりにも執拗で、娘に「おばちゃまが御飯事の道具を作ってあげるから買いなさいよ。」と言いました。もう、中学生だったか、アメリカに来たのが小学校5年生ですから、おままごと遊びの年齢でないでしょうね。娘はとうとう「そんなに買ってほしいのなら、私のお年玉で買ってあげるわよ。」と言いました。「おばちゃまの陶芸作品集がそのうち出版されるからね。」とも言ってました。でも、御飯事は買わなかったんです。私はただただ、あっけにとられてました。

 ある時になんだったか、「あなたにできるわけないんでしょう。」みたいなことを私に言ったので、少しは正しめる必要もあるかなと思って「あなたにできることが、私にできないわけはないでしょう?どうしてそんなことを言うの?」といったことを思い出します

 そういえば「浴衣を貸してくれ。盆踊りに着たいんだ。」というので、「まだ一月もあるから日本へ送ってくれるように言えば届くのに時間あるわよ。」と言ったのですが、結局はそうする気はなく、しつけ糸もとってない浴衣と帯を貸しましたね。

 その後、娘を学校に送るバイトをしたいというので行き(15分くらいを10ドル。当時のレートで1300円くらいでしょうが)、交通事故を起こしたことはないとうことですが、交通事故を起こして娘の迎えができなくなりました。

 いろいろな迷惑がありましたが、未だに「陶芸作品集」は出てないそうです。
 人間心理としては、自分は偉いから他人は協力すべきという発想なんでしょうか?

☆大学受ける時も高校の絵の先生に「あなたは数学ができないからデザイン科は無理よ。」と言われたこともあります。彼女は独身で女子美術の日本画を出た日展の作家でした。
私は受験3か月前に、受け持ちの先生に「美術学校へ行きたい。」と言ったら、「女子美術がいいでしょう。」と言われ、両親から「デザイン科に限っていい。」と許可されたので、私の驕りでもなければ舐めてかかったわけでもないのです。次に「受かって私に恥をかかせるんじゃないよ。」と言ったのです。
 
 なぜ?
 彼女は40代か50代だったと思うんですが、厳しい精神生活を送っていたのでしょうか?
 自分の絵や生き方に誇りが持てなかったのでしょうか?
 私が受かることが彼女に恥をかかせることになるのでしょうか?
 私にはわからない人間心理です。

 弱い人だったら、「デザイン科はあなたには無理よ。」と言われたら、学部を替えるのでしょうか?
 そして、その先生は自分より生徒が下と思いたかったのでしょうか?
 こちらが下でに出て、「それでもなんとか。」というのでも待っていたのでしょうか?
  
 そういえばクラスメートたちも3カ月くらいの受験勉強で合格した人は、いてはいけないと思ったのでしょう。
 「裏口入学」と思いたかったようです。

 でも、私は「言わしとけ。」の人。

 それで、私が教授たちに絶賛されるようになると、集団の暴行もあったのでした。
 それこそ、家に来てまで殴る蹴るの人もいたのです。
 その人は「なぜ?そういうことするの?」の訊いたら
、「人間らしいということよ。」と言いました。

 私が「人間らしい。」というのは、「美しいものに感動したり、苦しんでいる人のために涙を流す。」ということだったのですが、「人間らしいことは嫉妬をして暴行する。」という考えがあることを初めて知ったのでした。


 たかがアートと思ってましたが、ある人の伝記で
「展覧会会場の場所で殴り合いのケンカになる。」とあったので、大人になっても暴力沙汰になるんですね。

社会勉強だったのでしょうか?

★★★★★
 木嶋佳苗容疑者が「お金がほしい。」「人を騙して欲望を満たす。」のが人間らしいと思っていたのかもしれないなと思いました。
 罪悪感というのはあるように見えないもので。

因果応報は神の正義!アセンションの本当の意味!

昨日、久しぶりに品川税務署に行ったので、高輪新プリンスホテルを通過した。
地下にあったギャラリーが1月31日でクローズになっていた。

1階にも別室があったが、そのギャラリーは1年以上前に消えていた。
銀座の本店はまだやっているそうだ。

☆若い時に、そのギャラリーから7万円くらいの銀の細工物を「にらみ目」で買わされたので、あんな売り方をしているんなら、やっていけない日が来ると思ったいたものだ。
 もちろん、私ももう2度と行かなかった。

☆今は世の中が厳しい試練によって、まがい物が次々と消えていく時代だ。

 人間が覚睡して、真実が分かってくる時代だ。
 マインド・コントロールが解け始めた。

☆昨日は他に2つのギャラリーを訪ねたが、どちらも赤字で持ち出しとのこと。
 それでもやり続けるのは、そろばん勘定ではないだろう。
 陶芸ギャラリーで買ったお茶碗、お湯のみ、お箸のセット。


 そろぼんなど弾いたら、アートなんかやっていけない。
 それでも、やりたい人、やらずにはいられない人がやり続けるのがアートとその関係者。

☆人間は本当は好きなことをして生きていけるのだ。
 好きな人と結婚してもいいし、だれを愛するのも自由だ。

 それをありとあらゆる人間利益の枠で妨害する。
民族も人種も超えて、自然に愛し合えばいい。

 国境なんかもやがてなくなる。

 誰もが競争することなく助け合えばいい。

 互いの違いには誰が上かということもなくて認め合うしかない。

 そんなことを知るために大きな自然災害の犠牲を払っているのだ。

 親が亡くなっても子が亡くなっても誰もが自分の家族のように接しれば、何も不安もない。

 亡くなっても天国に移動しただけだ。

 そうでなかったら、地震におびえ、放射能に怯えている私たちはどうこの時代を乗り越えられるのだろう。

日々の買い物!

髪が乾いたので、買い物にでかけました。

夕飯はワンタン麺が食べたくなってしまったので「広州広場」によりました。
たくさんの中国人が働いているので、中国にいるかのようです。

海老ワンタンにしました!


☆それからお買いもの。
お野菜や味噌、果物や貝や海老。
お菓子やパンを買って重くて持てないほど。
40日間も留守をしていると、結構無くなっている食材が多いのです。
粉チーズとか千疋屋のカレーやスープなどついつい備蓄の食材を買ってしまいます。

主婦ですから安くなっているものも買ってしまいます。
バナナ20%引きや、アーモンドチョコが10円引きとか、我ながら涙ぐましい!

日本のお母さんも独身の立派な自立女性も家賃や健康保険や生活の日々を知恵で遣り繰りして生きているのですね。お惣菜も手ごろ価格で売っている庶民の食品街です。

皆が健康で世界の水準から見ると、格差の少ない日本。
真面目で無駄遣いを少なく生きていけば、安心が得られる社会でありたい。

誰もが幸せに長生きしてほしい。
幸せな老人が増えてほしいと思ったのです。

青い空も帰る頃には見えなくなりました。

明日の予定!午後は有栖川公園。夕方以降はジャズ喫茶!

☆午後は有栖川公園で庭園を歩きながら、梅を観賞。
☆明日、誘ってくれた友人のメールに女子美大卒入江一子さん96歳の画廊(阿佐ヶ谷の住宅地にあり作品はシルクロード)を近々訪ねたい。

入江一子さんをさっそく検索。
1916  山口県出身 多感な少女時代を韓国・大邱(テグ)で過ごす
1928  小学6年生のときに描いた静物画が昭和の御大典で天皇に奉納されるなど
早くから才覚を顕す
1933 女学校4年のとき朝鮮美術展の入選作「裏通り」がフランス総領事ドペールに買い上げられる
1938  女子美術専門学校師範学科西洋画部(現・女子美術大学)卒業 
第8回独立美術協会展入選 (「沼地風景」) 洋画家・林武画伯に師事
1947  女流画家協会創立会員
1953  女流画家協会賞 独立美術協会独立賞
1956  女流画家協会賞
1957  独立美術協会会員
1958  個展(以後毎年、大阪・名古屋・山口・下関・広島・東京・神奈川ほか)
1960  日米女流交歓展(リバーサイド美術館/ニューヨーク)出品
1962  現代美術展出品(〜1966年)
1963  安井賞候補展出品(〜1966 年)
1964  国際女流美術家クラブ展(パリ近代美術館)出品
1969  東南アジア・ヨーロッパ・シルクロード写生旅行(以来30数ヵ国を訪問)
1974  日米女流画家合同展
(パシフィックアジア美術館/カリフォルニア州パサディナ)出品
1980  現代女流美術展(上野の森美術館)現代女流画家展(高島屋)出品(〜1999年)
1981  作品集「シルクロードと花」出版記念展(銀座・東京セントラル絵画館)
1985  作品集「シルクロードと花」出版記念展(銀座・東京セントラル絵画館)
1990  作品集「シルクロードと花」出版記念展(銀座・東京セントラルアネックス)
1996  『色彩自在/シルクロードを描きつづけて』出版記念展(渋谷・東急本店)
2000  入江一子シルクロード記念館(東京・杉並区阿佐ヶ谷)オープン
2006  日本の女流画家展(セーラムギャラリー /ニューヨーク)出品
2008  日本の女流画家展(日本ギャラリー/ニューヨーク)出品
2009  入江一子個展「シルクロード色彩自在」(日本ギャラリー/ニューヨーク)開催

現 在 独立美術協会会員/女流画家協会委員/NHK文化センター講師

著 書 『色彩自在/シルクロードを描きつづけて』(1996年/三五館刊)

作品収蔵 山口県立美術館/山口県庁/山口放送/青梅市立美術館/
女子美術大学/日本航空/韮崎大村美術館

放送出演 1979 フジテレビ「テレビ美術館」
1980 NHK「日曜美術館」
1988 テレビ東京「私の美術館」
1996 日本テレビ「美の世界」
2000 NHK「アフガニスタンに平和を求めて」
2001 ビデオ制作、ケーブル TV出演、区政施行70周年記念
 「杉並区ゆかりの文化人」ほか(〜2011年)」

入江一子シルクロード記念館 http://iriekazuko.com/


☆明日のライブの太田恵資(けいすけ)はヴァイオリンとヴォーカル。物凄く彼の唄声が好き!ジャンルは民族的な音楽。ライブ会場の「音や金時」、太田恵資はインターネットで見て下さい。
1956年熊本生まれ。

5才よりヴァイオリンを始める。鹿児島大学で化学を専攻。

‘83年上京し、作・編曲家として出発。これまでに、CM、映画、演劇や、ファッションショー、プラネタリウムなどの音楽を数多く手懸けている。

ヴァイオリニストとしては民族音楽(トルコ、アラブ、インド、東欧、アイルランド)やジャズ、即興演奏を得意とする。勿論、スタジオやライブではあらゆるジャンルをこなす貴重な存在で、様々なアーティストやタレントの作品に参加。

日本人離れした声にも定評があり、TV、映画、ゲーム、CMなどに使われている。

またその個性的な風貌ゆえか、パフォーマンス・アーティストとして舞台に立つこともあり、海外公演も多い。