February 26th, 2012

今日も寒そう!


 
 Y子さんから、昨日、息子さんが仙台から帰ってきて相談事があるそうで映画にいけないとか。こちらはそれで、主人のワイシャツをクリーニングに持っていけるので良かったのよ。

 私の仙台の娘からもトランク一杯の衣類が届いた。2年間の研究生活が終わりつつあるのだ!
 
 振り返ると昨年の3.11は東北関東大震災。
 春休みで地震の15時間前の前日の最終の新幹線で東京へ帰って来た娘も2カ月のボランティアをしたりで、大変な研究生活だったと思う。

 私も幾度も東北を訪ねた。
 東北の痛手は未だなかなか回復できるレベルでなく、私もなにができるかいつも思案中。

☆今、テレビを観ながら「不義にして富まず」というアトピースマイルを発明した人の決心と試みを知った。
 昨日買ったキッシュやプチ・クロワッサンで朝食兼昼食をいいただきながら、地道な研究者の人達のおかげで私たちの生活を支えているのだと、改めて感謝。

☆うちのほうのクリーニング屋さんはお昼休みがあって12時半から1時半までが休みです。
その後に目黒のコインロッカーにできあがっているワイシャツをいれて、予定通りに渋谷で美術館と映画館に行こうと思います。明日は晴れているようなので(黒姫)、朝から長野に向かおうと思ってます。

 寒いのは同じなので。

美術館と映画は取りやめてマラソンを観る!

 クリーニング屋に行ってワイシャツをたくさん持って帰り、ついでに夕飯とおやつを買うと格好重くなるんですよね。フルーツもないし、果物もないし。それらも買ったりお雛様の添え物も買ったりして。

 それで、家に帰って来て、今テレビでマラソンを観てます。

 墨田川を観てます。
 皆が頑張っている姿を観ると人間って偉いなあ。

 震災があっても病気があっても、障害があっても走り続ける。

 神様もそうゆう人たちを観て地震取りやめてくれないかしらと思ったのでした。

綺麗なミント茶をいただきました!


ミント茶はcosmosさんからのいただきものです!
夕食は主人と江戸前寿司!
そのあとのデザートです。

☆昨日買ったハーブの手拭きです。
これでしっかりとハーブ管理を忘れないようにしたい。

 香りはジャスミンにしました!


 春のパジャマを買いました!
スリーセットです。
半袖のインナーに、長袖の上着、紺色のパンツです。
ティーカップの柄がなんともいい眠りに着けそう!


☆私たち夫婦も7歳から知り合って、遅めに35歳で結婚したのですが、もうすぐに30年になります。
結婚した時は月に20万円も収入がなかったのですが、いつの間にやら人並みの暮らしができてました。
案ずるより産むが易しです。

 こうして、二人でお茶をしていると平凡な暮らしは実にありがたいです。
 今日もテレビで被災地の復興風景をずいぶん見ましたが、人間は強いですね。
 人間は凄いなあ。
 そう思います。

☆父の家に行くたびに寝具を買っていたのです。ピロ・ケースとかシーツとか。
それがお店も扱わなくなってパジャマを買うようになりました。

 父の休んでいる姿を観ると痩せて、寝ている時間が増えました。
 93歳なので老衰なんですけど、感謝と少しでも楽にという気持ちで父の姿を見続けてます。
 
 父の働きのおかげで、ずいぶん豊かに育ったのです。

 毎日、楽しくてしかたがないと言っていた父の言葉のように、私も毎日楽しくて仕方がない。

 そんな風に人生の明るいところをいつも見つけていた父。
 長閑な実家の風景は、手を入れぬまま、モクレンの蕾も白梅の花も生きることを賛美しているようです。

 富士山が見えて、この多摩川の豊かな流れを見るたびに、人間はいつもたくましく生を謳歌していたのだと思えてきます。

Mr.サンデーを観た!中島知子さんは次のターゲットだと知っていた。

中島知子さんの前で問題の女霊能者が住み込んでいた家の人がTvに出ていた。

とてもきれいで常識な人で、千住ひかるさんという占い師。「神様のお役にたちたい。」と思っていたのだが、「神様がこんなに下品なことを言うはずがないとわかって、家から出て行って貰えた。」という。

 その若い夫婦は、あるときに芸能人なら何十万円も払う占い師が3月に普通の人を1万円で特別に観る期間があると誘われたという。彼女自身も運命学のようなものをカルチャー教室で学んでいたという。

 ご主人のことを占って「16年前に描いていた夢は映画を作ることだったはず。」と言われ、その頃の手帖に「映画を作りたい」と書いてあったので、ご夫婦ですっかりと信じるようになった。

☆女霊能者は始めは電話で「こうしなさい。」という内容で指示を与えた。食べ物や行動などの指示で、子なすのに大変なくらいよくあったそうだ。

 次に訪問するようになった。
 2、3時間で最初のころは帰って行ったという。

 そのうちにだんだん長くなり、明け方までいるようになった。

 神様の命令で女霊能者のものを買わされたという。「しゃぶしゃぶを食べなさい。」とか。

 その夫婦は女霊能者と関西旅行もしていて主人がとったビデオもあって、女霊能者も撮影を許すほど気を許していたそうだ。テレビでは、女霊能者の姿はぼかしが入っていたが、テレビに出ていた人は姿をちゃんと出してしっかりと話していた。

 毎日、足をマッサージしてくれと言われたり、女霊能者がお風呂に入っているときはお風呂場の前に彼女を座らせ夫婦で一緒にいないようにさせられたという。マッサージを終えても寝させなく、1日2,3時間もやすめないくらい指示を与え続けていて、考える時間を与えなかった。

 指示には普通でないことが多く、ピンク色の衣服を着て街中をキンチャン走りをさせたり、魚ソーセージを2本持って太ももを叩きながら走りなさいという指示があった。

 4、5カ月して貯金が無くなり、「経済的にもう無理だ。」というと「お金のことは私が責任を持つから、気にしないでいい。」と言われたという。

 手帖を見たら、中島知子さんの名前と普通の人の名前が3人書かれていた。次のターゲットの普通人3人には電話をかけて「気をつけてくださいね。」と知らせたが、中島知子さんは有名人なのでどう知らせていいかわからず、今は後悔している。

 テレビに出ていた人の家に女霊能者が住んでいたころに、中島知子さんは幾度も出入りし始めた。とても感じよくさっぱりした方だった。多い時は1週間に4度くらいも来て、朝までいたこともあったという。

 テレビに出ていた人は、中島知子さん救出に少しでも役立てばと思って、テレビに出る決意をしたという。
主人と今でも2人で暮らし、女霊能者のおかげでできた借金を返している最中で、多い時は1日10万円くらい使わされたという。

 最初に女霊能者に特別関心があったわけではないが、助手のような人がいて執拗に勧められたという。

 今では、まったく信じていないという。

 女霊能者が出ていくときに「ただ、自分を受け入れてくれる人がほしかっただけなのに。」と言ったという。

「えっ?神様のためではなかったの?」と思ったという。

 女霊能者ははにかみ屋で守ってあげたくなるような気がしたという。
弁護士に相談したが、お金を振り込んだりけがをしたわけではないので立件は難しいと言われたという。


 精神的にフラッシュ・バックで苦しめられたりしたが、楽しい時もあった、高い授業料だと思うという。