March 15th, 2012

晴れわたる朝!



今日は11時半までに東本願寺で葬儀でした。
タクシーに満員にならないように私は都営地下鉄で、主人と姑と娘はタクシーで行きました。

寒いけれど晴れ渡り、浅草ではタワーがくっきりとよく見えます。

☆12時から葬儀が始まりました。
 若い僧侶の張りのあるお経を唱える声が響き渡り、見事な調和で合唱してました。

 町屋が火葬場で移動して、父の骨壺を持って帰り、本堂は彼岸飾りをしたばかりの親鸞聖人縁の桜絵がらで「滅多にない幸運」とのお飾りの中で、初7日のお経をあげました。

 金色の阿弥陀如来がとても輝いて、その下に敷かれた桜も何とも華やかで父はつくづく恵まれていると思ったのでした。
 
 桜の絵がらの布はとても華やかで、彼岸飾りされたものなので、僧侶は「親鸞と桜にはこのような話が。」
と9歳で出家された日の桜の話をされました。



 庭には親鸞聖人の像が2体あるのです。


 親鸞聖人は父も母も大好きでしたので、ここにお墓も持てて幸せでした。
☆4時くらいから早めの夕食という感じの和食でした。
春らしい色どりのお膳でした。
右にお茶わん蒸し。左にお味噌汁もついてました。
食べやすい手ごろな量の和食でした。昨日は江戸前寿司ややはり日本料理がついてました。

 お酒も飲む人も、ウーロン茶を飲む人も献杯というのをして、あとはわきあいあいと、たわいのない話をして楽しかったです。

 おじの話では、母の父も亡くなる直前に天国の花園の夢を見たそうですが、母も6年前に倒れる前に「天国の花園の夢を見た。もうほしい物はい。幸せ。幸せ。」と言っていたので、どこかで知っていたのでしょう。

 私が子供のころ、父が過労から肋膜になって私と上の弟が実家に半年ほど預けられたのですが(妹があ乳児で母は介護ができなくて預けたのです)、その頃、母の弟である叔父さんが私の手を引いて歩いていた時に、トラックのタイヤが外れて、私を直撃するところだったそうです。タイヤは目の前で止まったのですが、いつも私を見るときに冷や冷やとその時のことを思い出すのだそうです。

 こうして見ると、親戚にはお世話になっていて多くの幸運が私を守ってここまで無事に生きていたことがわかります。

 自分の知らない話を、訊けるのもいつまででしょうか?
 叔父は84歳です。

☆なにはともあれ、雲ひとつない青空の下で解散し、姑と娘と主人3人で無事タクシーで帰りました。