March 18th, 2012

疲れたがでてきた!


家でも父の家でも大変な肉体労働なので、疲れがでてきてます!
それなのに、頭が妙に冴えて眠れない。

☆それ深夜のテレビを観てしまったのだがそれが面白い。

・マイケル-サンデル教授(政治哲学)の白熱教室は上海、ボストン、東京の人たちが参加。
アニメーションで問題をわかりやすく提示。
 娘が「えーっ!ここまでやってくれるの?」と驚いていた。

長野でよくコロンビア白熱教室シーナ・アイエンガー教授のを見ていた。盲目のインド女性です。

スタンフォード大学のもあるらしい。これは「常識をくつがえせ」とかいう観たいなという内容。

 ・それから面白かったのが、黒木瞳と西村賢太が母校の小学校で教室でそれぞれ、タップ・ダンスと私小説の書き方を教えるのが、西村賢太の「自分のダメさをさらせ。」というのが面白かった。

西村賢太はなんとも可愛らしいキャラだけど、本人は20歳の女性にしか関心がないそうのだ。
中卒の芥川賞作家。肉体労働で糊口をしのぐ。家賃の未払いはしょっちゅう。お酒が好きで、昨日も飲んだので、寝てしまおうとお着れないので睡眠不足だと最初に挨拶。子供たちは素直に「ジュースにすればいいんじゃないか?」という。
偉ぶったところがないので、子供たちはとても好きになっている。
嘘ばっか付いているお偉い方とどっちが子供たちを守ってくれるだろうか?
子供たちも6年生というのは優秀なんだなと思った。文庫にして配られた作文集とテレビ放映。
欠点をさらすということに抵抗を感じる子供たちは、先生たちにインタヴューして「先生のだめなところは何ですか?」と訊く。
先生たちもなかなか大人。「お掃除が苦手なの。内緒。」とか。

☆テレビを観ながら朝食事を頂いていると、琵琶湖の底から濁り水が湧居てきてとても不安で、琵琶湖に地震が起きたらとんでもないことになるそうだ。

 主人が食べているのがこれ。「かりんとう」「おこし」「ビスケット」「八橋」が好物なので、浅草で私が買ってきたもの。

 東北の子供にあんな大きな先生がいたら、たくましく生きていかれるのではないか。
☆今日もこれから父の家へ片づけの手伝い。
 主人から書類に判を押してほいしと頼まれる。葬儀で休んだりしたので判がほしいらしい。

☆今夜は皆、外食なので実家の片づけの後に、いったん家に帰り7時から文化シネマで映画を観たいと思う。友人の紹介。



116分‎‎ - 人間ドラマ‎
監督: アスガー・ファルハディ - 出演者: ゴルシフテェ・ファラハニー, メリッラ・ザレイ, タラネ・アリシュスティ, シャハブ・ホセイニ - : 評価 3.7/5.0
キアロスタミら名匠を輩出するイラン映画界から新たな才能が届いた。すでにベルリン映画祭最優秀監督賞などを受賞した本作は、新鋭アスガー・ファルハディ監督によって描かれた群像サスペンス。イランの都市生活者のバカンスで起こったひとりの女性の失踪を端にした心理劇が、巧みな筋書きと社会背景も取り込んだ現代的な感覚で描かれていく。
中東イスラム圏に「名誉殺人」と呼ばれる風習がある。wikipediaによれば、「女性の婚前・婚外交渉を女性本人のみならず『家族全員の名誉を汚す』ものと見なし、この行為を行った女性の父親や男兄弟が家族の名誉を守るために女性を殺害する」ことを指す。

☆コピーです。
Days of Books, Films & Jazz
編集者 日々のコラム


『彼女が消えた浜辺(英題:About Elly)』はイラン映画だけど、イランのイスラム刑法にはこんな規定もあるという。「自らの妻が他人の男と姦通しているところを目撃し、妻が〔不義密通を積極的に〕受け容れていたことが分かった場合には、夫はその時点で彼らを殺害することができる。妻が〔姦通を〕強制されていた場合は、夫は男の方だけを殺害することができる」(ブログ「I am what I am」より)。

「名誉殺人」は必ずしもイスラム教に基づくものでなく、イスラム以前の極端に男権主義的な古い風習らしいけど、バングラデシュ、パキスタンからイラン、イラク、エジプト、モロッコまでイスラム圏に多く起こっている。この映画は「名誉殺人」ではないけれど、似た状況を引き起こしかねない微妙な問題を扱って、それがドラマの核になっている(以下、ネタばれです)。

大学時代の友人である3組の夫婦と子どもたちが、テヘランからカスピ海沿岸へ避暑に出かける。アミールとセピデー(ゴルシフテェ・ファルハディ)ら3組の家族以外に、同行者が2人いる。ひとりはドイツで離婚して帰国し、結婚相手を捜しているアーマド。もうひとりは、セピデーの子どもが通う保育園の先生であるエリ(タラネ・アリシュスティ)

ヴァカンスの浮かれた気分の中で、皆はアーマドと美しく控え目なエリを近づけようとする。貸別荘を管理するおばさんには、アーマドとエリは新婚だと嘘をつく。アーマドはエリを一目で好きになり、エリもまんざらではなさそうだ。

登場人物はみな、豊かな暮らしをしている上・中流階級のようだ。3組のカップルは法律関係の職についているらしい。乗っている車はBMWやプジョー。エリは村上隆デザインの派手なルイ・ヴィトンのバッグを持っている。

今は厳格なイスラム政権になっているが(先日見た『ペルシャ猫を誰も知らない』も、それが映画の背景になっていた)、都市に住む上・中流階級には、ホメイニのイスラム革命よりそれ以前の親西欧的な近代化に親近感を持つ人が多いと聞く。だからイスラム戒律の厳格化に複雑な感情を持ち、そんな気分が、2人を近づけようとするカップルの言動の下地になっているのかもしれない。

ヴァカンスの2日目、海辺で遊んでいたセピデーの子どもが波にさらわれる。皆で子どもを助けあげて気づくと、エリの姿が見えない。エリも子どもを助けようとして溺れたのか、それとも黙ってテヘランに帰ってしまったのか(エリは1泊で帰るつもりのことろを皆に引き留められていた)。

夜になってもエリの行方は分からない。溺れたのなら、生存は絶望的だ。カップルたちはパニックに陥り、嘘をついたり取りつくろいながら(一緒に見た映画友だちのMittyさんは「そんなことしてる場合じゃないでしょ」と突っ込みを入れてた)テヘランのエリの家族に連絡を取ろうとする。

やがて、エリの兄と称する男がやってくる。でもエリに兄弟はいず、男はエリの婚約者らしい。それが分かって、カップルたちは更にうろたえる。婚約者がいるのを知りながらエリをアーマドに取り持ったのなら、彼らのひとりが口走るように「僕たちは殺されるかもしれない」のだから。

男は、管理人からアーマドとエリは新婚だと聞かされて怒っている。この場をどう切り抜けて、自分の生活を守るのか。3組の古い仲間は、夫と妻が言い争い、男同士、女同士もぎくしゃくしてくる。このあたりの心理サスペンスは、見る者をはらはらさせる。

海辺の壊れかけた別荘を舞台に、こうした出来事が進行する間じゅう、カスピ海の波音が画面に響いている。音楽はほとんど入らない。そのことが一層、この映画を印象的にする。この作品、僕には波音の映画として記憶されることになるだろう。

実はエリに婚約者がいるのを知っていたのはセピデーだけだった。エリは、その婚約者がどうしても好きになれないとセピデーに語っていた。だから、セピデーはエリをヴァカンスに誘い、アーマドに紹介しようとした。男と女の、どこにでもある話にすぎない。ハリウッド映画なら、行方をくらましたエリをめぐってコメディに仕立てるかもしれない。それがこの国では生き死にの話になる。

ラスト近く、男はセピデーと2人きりになり、彼女を問いつめる。自分という婚約者がいることを知っていたのか、と。セピデーたちがそれを知っていたのなら、男は「名誉殺人」的な立場に置かれることになり、この場にいる3組のカップルに復讐し、「殺す」ことを選ばざるをえなくなるかもしれない。知らなかったのなら、男がエリに裏切られたという、男と女2人だけの問題になる。セピデーが苦しむのは、どちらの答えを選んでもエリを裏切ることになるからだ。

結局、セピデーは「自分は知らなかった」と嘘をつき、自分たちの生活を守ることを選ぶ。それは結局、エリの婚約者をイスラムの戒律に縛られることからも守ったことになるのだと思う。

脚本・監督はアスガー・ファバルディ。イランではこの映画、大ヒットしたという。いつの時代、どんな場所にもある男と女のお話に、イスラム圏の戒律が絡むことによって起こるドラマ。それがリアルに感じられたのだろう。

忙しいので冷凍食品のスパゲッティで!


 水仙の花が咲いていた!


 柱の奥の2階の部屋が私の部屋でした。銀色の扉が私がベランダに出るドア。
その手前の部屋は妹の部屋でした。

 この家には室内に柱がなく、そとに出た四つの柱が吊っている構造です。
建築学的にも意味があるそうで、建築雑誌やNHKで紹介されました。

 コンテンポラリーの家はとっても格好いいのですが、父がお風呂に年老いて自力で入れなくなると、段差のある居間から運ぶのに末の弟は大変でした。それで、木のブロックを買ってきて段差を埋めたのでした。

 1階の黒い半円形に出ているところは食堂です。内側は円形になってます。大きな円形の食堂テーブルがあります。
黒いところはそれぞれ、内側では食器戸棚になっていて、台風の時は前の家の屋根が飛んできて直撃し、1個の戸棚が飛んできて母が背をかがめて台所の食器を取ってなければ即死していただろうといわれてます。台所の上の奥には私の部屋があり、全面ガラスにも直撃してベッドに寝ている私も死んでいたろうと思いますが、その年はパリに行った年で9月は不在でした。1979年。

 
2階の電気が点いている場所は母の人形部屋で、晩年、母が休んでいたベッドが置かれています。かつては上の弟と下の弟の2部屋を一つの部屋にしたものです。


 後ろ姿の猫は、父の母にそっくりです。

このお位牌は父の母のもので、お寺の娘だったので特別な名前が付けられたそうです。

 ご先祖様がいろいろ心配してくださっているようで、4匹の猫が他所から遊びに来るようになったのですが、4匹がそれぞれ父、母、父の母、父の父に瓜二つで、いろいろな活躍をしてくれるのです。
この猫ちゃんたちが、ご先祖様のご意向を伝えるものをそれぞれ探してくれるのです。

 昨日の私の友人の中国人の描いた扇子も探しだしたのは猫ちゃんでした。 

☆昨日、母に衣類を片づけていて発見した新品の未使用のイヴ・サンローランのきれいなナイトガウンは、末の弟と相談して母が亡くなった時に棺に入れてあげようということになり、預かりました。

 父の人生全部の書類をしっかりと残した人だったので、懐かしいものがたくさんでてきたのでした。
 私も娘のためになるべくわかりやすく整理をしたいと思ったものでした。

☆ 私は今日はドジをしまして、鍵を失くして家には入れなかったのです。
それで、姑のところに入れてもらって、末の弟に電話をして家中さがしてもらいました。結局は車のドアと椅子の間にハンドバッグを置いた時に落ちたらしく、そこにあったのでした。末の弟がいつも家まで送ってくれるのです。

 姑は自分の葬儀のノートを用意していて、いろいろ知らせなければならない人のことを聞きました。
お花はなんでもいいそうです。写真はかなり若い時の舅と受勲の時に撮った写真の自分のパートを切ってほしいとか。

 後で、主人に報告したら「盛大にやれっていうことだな。」とのこと。頑張ります!

 私の母の遺言を書いてあるボードを今日は末の弟と読んでいたのですが、「葬儀は要らない。海に灰を撒いてほしい。」というものでした。といってもと思いますが。妹と猫の骨と一緒にお墓に入れてほしいそうですが。こちらのほうもね。

 墓守の長男への委任状のため、明日は区役所に印鑑証明書をもらいに行かなければなりません。
 また、主人に頼まれた末の弟の署名や印鑑をもらうこともあって、なかなか忙しいです。

 とても野菜等の食材を買うゆとりがなく、冷凍庫にこの間のセールで買ったスパゲッティを見つけてチンをしたわけです。


 ☆映画は観れませんでした。
 今夜は娘は「サッチャー」を観に、主人も会合で夕食。それで夕食は要らないと言われたので、7時のを見に行く予定でしたが現実に鍵を忘れたせいで、家から出れず弟が鍵を持ってきてくれたのが7時40分ごろで無理でした。

 もうすごく疲れていたので、行かなかった可能性があります。