June 2nd, 2012

Christmas

6月は仕事!

 父が逝った3月10日。
3.11から1年目の3月11日。
父の葬儀が終わり49日も終わった。

 父の家の片付けも末の弟と衣類等の処分も始め、病院で昏睡状態も6年目に入っている母の衣類もまだまだあり私達の仕事を残していってくれた両親。

 2月はかなりの咳き込みで父に移したら一ころだから訪問を控えて、ようやくなおって父の家にいった日に逝った3月。

 気がつけばこちらも64歳の初老。同じ年の主人の髪も私の髪も白い。
神山コテージのある信濃町もバスがなくなりますます過疎化していったり来たりでの疲労も山積みされると大変な事になっている。

 娘も仙台から帰ってきた3月8日。山積みの2年間の荷物をコテージにも引き受けて兎に角どう荷物を整理するかが課題。

☆6月の課題は休養とアートの仕事再開!

 気持ちはフランスに向かってますが、体力がかなり落ちているのでゆっくり休養をとるタイムにします。
ひとまず昨晩よく寝たのは久しぶりです。

 

昼は暑いくらい。

 テレサからマザーテレサのものを身に付けてなさいと言われたのでマザーが晩年使われていたロザリオを首から下げている。兎に角咳き込みがすごいのだ。ストレスと言われているが。

 お花は2日間の留守の間に知らないお花が咲いていて水をやっていたのだけど暑くて食事が外で取れそうもない。
それで、室内で!

 昨日買ったサラダとチーズピザ、無花果、カルピスで!
写真はもうスペースがなくて入らないとか!

☆今、「サガン」を観てます!
この間、「ルルドヘ」に出ていた人。
なかなかいいです。

Sagan!

1935.6.21 生まれ フランス、ロート県カジャック。
      父は裕福な工場経営者。兄ジャック姉スザンヌと共に、パリのマルゼルブ大通り沿いで育つ。
1941.第二次世界大戦が始まり一家でリヨンへ疎開。
1942,パリへ戻る。
1954,ソルボンヌ大を中退して『悲しみよ こんんちは』で作家デビュー。
1955,初めてカジノへいく。
1957,自動車事故をおこし九死に一生を得る。
1958,出版社のギイ-シュレールと結婚。ルーレットで8にかけ800万フランを稼ぎ、ノルマンディーに別荘を買う。
1960,ギイ-シュレールと離婚。アルジェリア民族解放戦線を支持する。
1963,ボブ-ウエストホフと再婚。6月26日、息子ドニあ誕生。
1965,ボブ-ウエストホフと離婚するが、同居は続ける。
1971,避妊と中絶の権利を求める「341人会」に署名する。
1972,ボブ-ウエストホフと別居。
1975,長編映画『絹の瞳』を監督。肝臓癌摘出手術を受け、医師からアルコールを禁止される。
1978,初来日。
1985,ミッテラン大統領のコロンビア訪問に同行中、高山病にかかって生死の境をさ迷う。
1995,コカイン使用、所持で執行猶予つき1年の懲役刑を宣告され、罰金を課される
2002,ミッテラン大統領への口利き料として石油会社エルフから受けとった収入を申告しなかったとして、脱税の罪
で1年の懲役判決を受ける。
2004,9、24 オンフルールにて心肺代謝不全で死去。宝石や最後に執筆した本の印税等、遺産はすべて徴税される。
2004,9,28 生地カジャックより数キロ離れたスザックという小さな集落に埋葬。

☆映画はよくできていてテンポ早く一生を描き出しています!