June 16th, 2012

今日は東京へ帰る。

主人はいてくれるだけでありがたい。

子供のころからづっとそう。

小学校の入学式からずっとお隣。

とにかく、縁と言うが相性と言うがずっと仲良しで、主人は学校を終わってからすぐに自宅にランドセルを置いて、弟を連れて私の家に来ていた。毎日です。

 日本舞踊を週に3度習っていた私は、浴衣に文庫結を自分で前で結んできゅっと後ろに回し(はかた帯)、日舞の稽古に通ったのだが、家に帰るといつも主人と彼の弟がいて、疑問に思ったこともなかった。

 私の家は、平屋の純日本家屋で主人の家はスペイン風の西洋建築でステンドグラスや煉瓦、蔦が絡まる素敵な家だった。

 私の通った公立小学校は「公立の学習院」と言われるほど、住んでいる人たちがおっとりしていて、毎日長閑に、クラスメートの家にあちこち遊びに行って古きよき時代だった

 私の家は庭が広く360坪あって、毎日ほとんど庭遊び。
果物のなる木を建てた能の役者さんが心して四季楽しめるように植えてくれたので、嘘みたいだが庭の梨棚から20世紀や茶色の普通の梨をもいでいた。袋を被せていたことも記憶している。

 お能の役者さんは1本づつ植えて、栗林だけ数本植えたようだ。
本人はプランするときと家ができたときは大変嬉しかったと思う。

 しかし、手放さなければならなかった。隣の家のお母さんはお能を習っていたそうだから教えてもいたようだ。

 私が幼稚園のころ、その家に子連れ3人で引っ越しして末の弟はその家で生まれた。

 ワイルドの子供たちが4人になって、母は風流よりも子供の遊び場を優先し、芝生にしてデイジーやチューリップの花壇を作り、腰掛けが対面するブランコと高い木から吊った一人用のブランコと砂庭まであったような気がする。

 毎日が泥んこ遊び。弟の友達も毎日たくさん来ていてあちこちで子供の世界が繰り広げられていた。

 ポインタ-もメリーさんとロリーさんがいて、かわいい子犬がゴロゴロと芝生でじゃれていて、子供らしい暮らしを漫喫していたものだ!

☆戦後の高度成長期で家の前の大きな道路の上を高速が走るようになった。

 その前は、お正月に凧揚げの場所で、子供たちは着物をきて羽子板をついて、すごろくとカルタ取りをした。
父の両親は松濤にすんでいて、祖父が犬棒カルタを読み上げる声が今もなつかしい。

「総領のじんろく」とか「二階から目薬」とか。それとよく「ダイアモンドゲーム」をした。三角すいの4色の帽子を積んで動かしたりするゲーム。トランプも神経衰弱とババ抜きと七並べ。福笑いもよくした。

 今思うと、祖父は若くして隠居したとは言え、よく遊んでくれた。

 何で、毎日、あんなに楽しかったのだろう?

 我が家は、日本の歴史を写す鏡のようで(どの家もそうだと思うが)、アメリカのホームドラマがテレビでみられる頃に、アメリカのものが入ってきて、家電はアメリカ製で母はアメ横に通ってヘア止めやランチボックスを買ってきてくれた。今でも覚えている弟用の幌馬車の形のランチボックス。

☆受験が始まってから空気が変わったような気がする。
のんびりの品川区の学習院(笑)から、港区の都内でも有名な受験小学校に越境したのだ
5年生の2学期で、神奈川県からも千葉県からも越境してきて、校庭はコンクリートで狭く、ベビーブームとは言え8クラスもあった。

 転校生へのいじめも、ほとんどが1流企業のサラリーマン家庭だったせいか競争意識が細かかった。
その世界は中学校のレベルがきちんとランクされていて、もう、受験意識が高く、こちらはビックリ!

 ベビーブームの私の世代は塾が生まれた時代でもあったのだろう。

 元小学校教師の母親は抜かりのない人で、色々情報を集め、6年生の2学期から、入るのが大変という塾に私と上の弟を入れた。

 2部屋をぶち抜いた畳の部屋に江戸時代の寺子屋の机が並べられ60名くらいいて、毎日の塾だった。
学校の方に近いのでお弁当をもって、そのまま塾により塾で食べるのである。


 清正公という加藤清正のお墓のある寺の近くで、学校の駅から都電で一駅。
座蒲団は各自もっていって、5時頃から10時くらいまで「自由自在」という問題集をトコトンやるのである。

 先生は元小学校教師の女性で小さな2階屋の2階が教室で、お金もうけのためにやっているようではなかった。
旦那さんが大きなやかんに麦茶を運んでくれるのはお弁当タイム。

 とても有名な塾で美智子皇后の弟君も通われていたし、○○企業の御曹司や有名な評論家の孫もいて、成績順に先生の近くから末席に座っていた。でも、特別できない子も先生は可愛がっていて傍に据わっていた。

 毎週、日曜日は大塚の全国模擬テストを受けることが習慣で、すぐ塾に寄り答えあわせをみなでするのである。

 私の個人的感想としては、徹底的に過去問題を解かせるやり方で誰でもあるレベルに行くことは簡単で、自分も7000人中100位以内にはすぐは入れた。

 それが無駄と言うこともなく結果としてそれぞれの能力に応じ誰でも合格できたと思う
私学と有名公立には、実に様々なレベルがあってそれぞれの家の価値観とかで行く学校には困らないのである。

 それは大人が「かわいそう。」と言うものではなく、都電の駅から2駅の自宅まで毎晩、傘で男の子とチャンバラなどして楽しかったのだ。

 私の母はあの徹底的なリピートと日々の努力精神は大人になってからも役立つと言っていた。

☆日本の高度成長のしたで子供たちも元気一杯だったのだが、福島原発で親が福島から出してあげれない子供たちへの後ろめたさを、私も当時持ってしまった。

 格差?
 子供の社会から親によって、格差が始まるという現実に自分が良いだけでは嬉しくなかったのである。
つづく

冷蔵庫を空に!

今日は冷蔵庫の中を全部平らげます!

それで、たらこと長ネギとお海苔のスパゲッティ!

ポテト、カボチャ、ブロッコリーの温野菜のバターオーブン。

さくらんぼ!胡瓜!アイスコーヒー(セブンイレブンの籖でゲット)、ハーブティーをいただいてます!

ヨーグルト。

この間、半分食べたメロンもあるので、全部お腹にいれて帰ります!
そうしないと、ごみを出せないもの。

☆今日は雨。
 お花や野菜たちがどんなに喜ぶかと思うと雨も嬉しい!

 涼しいのが最高です!

☆今、メロンを食べ終わりました!
 梓川で買った小さな白胡麻パンをお昼で食べて、あとは温野菜のうち南瓜とブロッコリーを残すまでになりました!

騙されないで!今、オームと同じことが起こってます!

 私たちが東北大震災や長野栄村震災で仮説住宅で不自由な暮らしをしているかたたちを見聞きし、福島原発で食べ物や空気汚染で恐怖を持たれされてから1年をこえ、日本人なら誰でも不安と疲れと信じるに足るものに飢えている時に、とんでもない情報を流している人たちも多いのです。

 情報をチェックしましょう!
 大元は誰か?
 恐怖に満ちた情報は誰かの利益のためではないか?
 なぜ、地球が滅びるとか人類が滅びるとかの情報を聴くのにお金がかかるのか?

 
☆神様は人類がどのような罪を犯しても、心から反省し 悔い改めれば償いの方法を教え赦してくれるのである。

 7回の7倍赦せとイエスは言った。

 神は寛容であり、忍耐強く、その民に期待している。
 神は愛。
 愛は寛容であり、愛は誇らず、愛はその民の幸福を待ち望んでいるのである。
 愛は忍耐強い。
 愛は愛するものの希望を受け入れる。

 親が子を育むように、高いところから子が自分の力で立ち上がるのを待っている。

☆東北大震災の3.11での反省が足りないので、神様はそれ以上の大震災を起こすという人がいる。
心がけの悪い1000万人はすでに殺されることが決められているそうである(5月31日までにあとの人間チェックもされてもうどんなに反省してもその死は決められているそうである。

☆それは、神をしらないものの発言である。
 その考えを突き詰めれば、死んだ人は悪人であるということになる。
 神が悪事を重ねないようにポアするのか?
 オームであるまいし、神はそんなことはしない。

 罪人をこそ、救うためにイエスは地上に現れたのである。

☆ある人のみる地球の未来は廃墟の人のいない空間とか。

 しかし、美しい花と鳥の飛び交う森の楽園が地球の未来という人もいるのである。

☆人生は鏡だ。
 私たちは日々の暮らしのなかで毎日試されている。

 老人が重い荷物を持っていたら、「持たせてください。エネルギーが余ってるんです。」と言う。
可愛い赤ちゃんがいたら、「幸せな人生を送るのよ。」と祈って微笑む。

 買い物をして、招待状をもらったら誰かを誘ってshareする。美味しいものも貴重なものも分け与える。

 そう言うことを毎日していると、すべてがスムーズに流れて、ほしいものは向かうからやってくる。

 皆から感謝されて、毎日毎日、楽しくてしょうがないとなる。

 これは、本当。

 父は私の娘が悲しそうな顔をしているときなど、「嫌なことなんかなにも起こんないよ。」と言っていたし、死ぬ当日も子供たちが病院でベッドを囲むとにこにこと皆の話し声を聴いて左右に首を傾げていた。

☆私も東北にいった。娘も朝6時に起きて瓦礫運びや老人の話を聴いて回った。
それで、十分だと言っているわけではない。

 過疎の黒姫でだって、雪のため人は死んだし、経済の失敗のため自殺した人も難病で若くして死んだ人もいる。
東京へ行くと、必ずテロップに流れる人身事故。

 ホームレス。
 幼児虐待。

 婚活や就活で不安な人や老後の孤独で不安な人も。皆同じ被災者なのだ。

 マザーテレサの言うように東北へいかなくても身近な人への心配りをきちんとできる人を神は見て、祝福するはずだ。

 何も立派なことをいわなくても、舅や姑の介護をきちんとしているお嫁さんを神はラッパを吹いて「人類破滅!」と叫ぶ人より祝福するはずだ。

☆オームの信徒たちは「人類救済」「平和」を信じて人殺しをしたり、その応援をするようになってしまった。
 今の世も、子供を放射能から救うために福島から逃げ出した母親たちが、まだ福島から逃げ出せない同郷の人たちに後ろめたくも辛い思いをしている。

 国がどうして、せめて小学生までの学童疎開をしなかったために、福島以外の県民は心苦しく思わされている。

☆反省すべきは誰か?
 日本人の反省が足りない?

 私たち個人は努力をしている。
 誰も評価しないような小さなことで世界を平和にできる。

 隣は韓国人である。仲良くして文化を理解すれば自分も豊かにできる。
 日本人の悪いところは過去の自分のしたことでないことも謝りたい。

☆スピリチュアル系もよく観察することだ。
「人類救済」と言っていながら、単なる金儲けの人も自己顕示の人も多いのだ。

 私の経験では、わりとお行儀の悪い人が多かったように思う。
 「前世の貸しがあるから、何を寄越せ。」とか(笑)。

 博士号の詐称も多いようだ。
 セクハラも訴えられてる人が多い。

 壊さなければいけないという現在の人たちより何かしら品格に欠ける。

 私の経験だけでも、横取りして「愛、誠実。」と言っている人や、タダ働きさせて「人類のための奉仕を。」と言って、ホテルに誘うおじいさんやおじさんが多く、無視すると嫌がらせで精神病者や困った人たちに無断で電話番号を教え、押し掛けさせた人たちが多かったので、どう考えてもこのかたたちの「アセンション」「ワンネス」「地球革命」は、信じることはできません。

 お金の無心も多く「神がルイコさんからお金を出させるように啓示が降りた。」(笑)とか、「お小遣いをくれてもいいのよ。」とか、「一生タダ働きさせて、左団扇で暮らすつもり。」とか、20代から30代にかかる女性の働きに大の男の30代から70代が恐喝するような世界だったので、私は普通に暮らしている謹み深く、他人に迷惑をかけない人の方が余程立派だと思ってます。

 ☆神の名前をやたらと出せばいいわけではないですよ。

 ☆話が前後しますが、「ルルドの出来事」を書いた神父は、「ルルドの奇跡の水の水浴は大勢の人が入るから不潔だから自分は入ったことはない。」と言ってました。
 ☆人間は1000回リピートするとそう、思わせられてくると心理学のデータにもありますが、教会では、「私たちは思い、行い、怠りにおいて罪をおかしてきました。」から祈りが始まりますから、自他の償いで「お献げ
しましょう」と、やがて献金籠が回ってきますので、だんだん、「所有の罪」にとらわれ、清貧に憧れるようになります。
 でも、父を見てるとお金があるから人助けができたところがありました。
父の死後、「私たちが大学に行けたのはお父様のお蔭です。」と泣いて感謝されたり、「初めて銀座でお店を出したときにあなたのお父様が金のピアジェを買ってくださいました。」と時計屋さんが感謝してそれを聞いた人が伝えてくれたこともありました。母が倒れる前にそれを聴いて「そんな時計、見たこともない。どこにいったのだろう?」と、またもめたのですが(笑)。

 そう言えば、スピリチュアル系の人が「寄付したいので、自分のところに寄付してほしい。」というのもよくありますね。個人で黙って善行するのが私は好きだな!

☆兎に角、騙されないでね。








 

久しぶりの我が家!Snow whiteを観て帰る!

娘がいて、主人は金沢に出張中!

喉風邪が軽くなったとは言え、主人に迷惑をかけるのが嫌なので、やや安堵!

☆3時5分の信越線に乗って、3時50分の新幹線に乗り継いだ。
インターネットで検索すると6時5分から「Snow White」が品川プリンスシネマであることがわかったので、途中下車するとタイミングよく始まった!

 この映画は良いわね。
 アリスもそうだけど、21世紀の女の子は権利主張のため闘う。

 また、この間の「ダークシャドー」の魔女もそうだけど、女性には哀しみがあり、それなりの理由があって他人が邪魔になったり、自分が一番の美貌でないと自分が保てないと思ってしまう。

 Snow Whiteは純粋と清さのシンボルのようで、何よりも強いのが無垢と純粋なのだといつも物語は教えてくれる。

 今の日本も世界も邪悪が溢れていて、なにかこのような正義の救世主を無意識に求めているかもしれない。
☆私は狩人役の男の子がお気に入りで、なんともチャーミング。
どこかで見た感じの顔なのだけど、白雪姫に出てくる小人たちもプライドを取り戻す戦いも男らしい。

 それぞれとても理屈似合っていて、なるほどなるほどって観てました!

⭐明日は父の家に行こうと思う。
母は倒れる10ヶ月前まではとても家のなかをきれいにしてましたね。
倒れてから、母はの部屋に入ったときにその散らかりように驚きました。

 お中元の時に父からお金を預かって三越から送ったつもりが送ってなくて、そのときに母は自分の記憶喪失にうろたえて恥じてました。その夏から「自分の家が片付いてないので、呼べない。」と言って、毎週、目黒駅のイタリアレストランであうようになったのでした。

 私と娘は実家に行くと2階の母の部屋に入り、私は母のベッドで読書をし、娘と母は最近出来上がってきたドレスとか新しくてに入った人形とかの話をしてたのですが、末の弟は母が倒れるまで母の部屋に入ったことがないというのが、最近の驚きです。

 母はグルメで美味しいものを食べるのが趣味でしたので太っていました。
それでオーダーせざるを得ないのですが、体重が足に負担をかけていたようですが、自力で目黒駅のそのイタリアレストランまで毎週来ていたのでした。
「もう、何も欲しいものがない。幸せ。」と言って、天国の花園の夢を見たと言ってました。

 父の葬儀で母の弟が来て、「そうか?天国の花園の夢を見たか!死ぬ前にそうゆう夢を見たと父も言っていた。」と叔父も驚いてました。

 兄弟というのもそれぞれのドラマがあります。
 私と末の弟はこの家が大好き。
 でも、執着のない兄弟もいるのです。