July 6th, 2012

ザ-ピーナッツの日出代サンと地井武男さんの死。

私が品川区の上大崎に住んでいた頃、近くに渡辺プロの家があった。

 その頃は、白黒テレビが普及し始めた頃で、渡辺プロに中尾ミエや伊東ゆかりも住んでいるということを風の便りに聞いた。

 ある雨の日の夕方、たぶん、中学生ぐらいだったと思うのだが、傘をさした娘さん二人に道を訊かれた。
「お風呂屋さんはどこですか?」
質問している場所からほんの10軒くらいのところにお風呂屋さんがあった頃。

 傘は1本で、はもるように
「ありがとう!」
 と言った。

 ザ-ピーナッツだった。

 あの頃は「シャボン玉ホリディー」というのをテレビで放映していて、クレージー-キャッツというコメディアンたちがしゃれた笑いを提供していた時代。

 ピーナッツは嫌みのないタレントで色々なポップを歌っていた。

☆「ちい散歩」でお馴染みの地井武男さんも素敵な人だ!

 母が今も入院している松濤の病院。
それを知っている人が、個展をやる予定の人が都合がつかなくなったから、「パンの木」という画廊喫茶で半年近く個展をやってくれないかと声がかかった。

 「喫茶店?」
謙虚でいいかも。

 夏から翌年の2月までだったのだが、季節的に団扇絵等飾った気が!

 そうしたら、オーナーの女性から「縷衣香さんの絵を飾って翌日にテレビ朝日が来て、地井武男さんの『ちい散歩』による喫茶店に選ばれて、最後にここで地井さんが絵を描くことになったのよ。福の神だわ。縷衣香さんは!」

 そうして、その翌日にはカメラマンやスタッフが来て「パンの木」風景を撮して行った

 報道は9月の秋分の日だった。

 澁谷は広いので2日間に渡って報道したのだが、そのお店のは秋分の日に放映された。

10時からなのと休日なので、実に多くの人が観ていて声をかけられた。

 地井さんは、オーナーのやいたフランスの地方菓子のことを訪ねたり、オーナーもたまたま地井さんのファンだったのでお芝居のことを訊いて雑談ののち、私の絵をじっくり観た。

 「名前は縷衣香さんですか。凄いねえ。」


☆私は撮影のとき澁谷にいたのだけど、邪魔にならないように映画館にいっていて、店が終う7時に行ったのだった。

 そのあとで、神田の神保町で「豆本展」が大勢参加であったときに、私の作品をTVで観て名前までメモっていた人が「ちい散歩で紹介されたときから気になってこうゆうふうにメモっているンです。記念に1冊買わして貰います。」

 テレビの影響は実に大きいようだ。



☆昨年、八ヶ岳で個展をしていた人が「パンの木」で自分がやれなくなって、私に代わりにやってくれと言ってきたひとなのだけど、
 「縷衣香さん。あなたはラッキーガールだ!本当は『ちい散歩』に紹介されるのは僕の絵だったのだ。
オーナーは地井さんのファンでテレビ局に手紙を出して取材してくれるように頼んでいたのだよ。オーナーは地井さんのことよく知っていたでしょう?オーナーは僕のために僕の絵がテレビで紹介されるために手紙を書いたのに、縷々衣香さんがテレビに紹介されてしまった!」
 その人は怒っているようだった。
 私も嫌な気になった。
 「言ってくれたら、取材の日だけでも絵を総替えしても良かったのに。」

☆それで、東京へ出たときに「パンの木」のオーナーに直接尋ねた。
 「それは、違う。私はテレビ局へ手紙も書いてないし取材依頼もしていない!」とはっきり言った。

☆☆☆
 地井武男さんの『ちい散歩』って、視聴率もいいし、それだけの人気の番組だったのだ

 ザ-ピーナッツの日出代さんも地井さんも素敵な人生を送った方!
冥福をお祈りします。

曇ってますが涼しくて最高!

昨晩は薄荷シャンプーと薄荷コンディショナーで髪を洗ったのですが、少し濯ぎが甘かったようです。

よく眠れて、朝起きたのは8時半!
宅配便が来るので急いで着替え。

朝ご飯は、北海道のカマンベールチーズにトマト、キュウリにトースト1枚。
アイス-コーヒー。コーヒーは1日に4杯くらいまでは健康にいいらしい。

今日は曇りですが涼しくて最高!

昨晩は薄荷シャンプーと薄荷コンディショナーで髪を洗ったのですが、少し濯ぎが甘かったようです。

朝、起きたのは8時半!宅配便が来るので急いで着替え。

朝ご飯は北海道のカマンベールチーズにトマト、キュウリにトースト!

☆早速、輪島で買った四角い火鉢が届きました!これで冬の食生活が充実!

☆写真の整理は結構大変で古い糊をつけて貼る形式のアルバムなので乾くまで重石を乗せたり!
それと大聖堂の写真は似ているので、結構、見分けが大変!

 64歳にもなると自分の顔のババズラにもある哀しみが宿ります!
松田聖子ちゃんのように歯の矯正にちからをいれるか?(それはない!)
年相応も素敵です!

 自分の顔の皺もくすみも白髪もいとおしいものです!

ようやくスーツ-ケースが届いた!

まず、小さい方を開けました!

ハーブの香りが漂います!

一度、手洗いで乾かしてある下着類を洗濯機に入れます!

☆来年度のカレンダーはセナンク修道院で買ったラベンダーのと、卓上のゴッホのカレンダー!
 ハイドンのミサ曲のcd。
 修道院の写真集。
 ラベンダー-の紫の石鹸やミントのブルーの石鹸!
 絵葉書(デジカメの電池が切れたので)数枚。

 ラベンダー模様のテーブル-クロス2枚とナフキン4枚。
 リヨンの新市街のsoldで買った普段着のブラウス5EURO。

 お土産のアーモンドのお菓子が出てきました!
 これは東京の家に持っていこう。

☆次に大きい方のスーツケースを開けました!
 6日間着たパジャマ-セット(半袖、パンツ、長袖ガウン、下着)を洗濯機の中に!
 洗濯不可能だった下着類を洗濯機に!
 靴(ecco)のサンダル(赤)。普通のあるき靴もeccoの同じ赤で履いて帰って来ました!
 お帽子は赤の布製つば広(折り畳み可。前から持っているもの)
     白の布製キャスケット(ぼーしやさんで買ったもの)
     黒紺の布製キャスケット(いつも被っているもの)
     リバーシブルの薄い水色と淡い茜色の小千谷縮みの布製半幅帽子。
 雨、日兼用折り畳み傘。

今、届いた本「未完の贈り物」倉本美香著。

「娘には目も鼻もありません」

☆深夜から明け方までかけて読む。

実話。「なぜママのところに生まれてきたの?」その答えを探し続けた8年間の壮絶記録

倉本美香さんは1969年東京生まれ。
都立の進学校から学習院大学。日本航空の国際線の客室乗務員をへて現在はニューヨークにすみビジネスコンサルタント会社を経営し日系企業や日本アーティストの米国進出サポート。
夫は米国企業勤務。

とてもきれいな人で日航時代は企業ポスターにも採用されたそうだ。

男女4人の子供の母。タイトルの子供は長女。

☆長女の千璃(せり)ちゃんの手術記録が膨大。
 ママの疑問のように、目の眼球は小さく機能せず、そこに見映えのために人工眼球の手術をそんなにたくさんして苦しめる必要があったのか?個性としてあるがままに生きてはいけないかと言う疑問が残る。

 私の目にも千璃ちゃんは十分かわいい。
目が見えない障害だけでなくても千璃ちゃんは歩けるし耳も聞こえるし。

☆ニューヨークで出産時に日本語の話せる日系人の医者の態度に腹をたてて裁判をも起こしている。

 「出産前に障害がわからなかったのか?」という問いかけ。
 千璃ちゃんを受けいれるいは余りにも膨大手術費。4人の小さな子供を育てる状況疲労

 何か苛立ちの捌け口がいる気持ちも。

☆美香さんは、他の3人の健常な子供が生まれたときに、「おめでとう!」と言われた喜びを素直に綴っている。
 障害のある子供の出産のときは父親のビデオ撮影すら拒絶した医者。

☆国際線客員乗務員の放射能被爆量はとても多く、美香さんはチェルノブイリで生まれた子供たちに千璃ちゃんが似ていることも発見する。

☆美香さんの両親もご主人の両親も受け止める方が実に立派で美香さんご夫婦も支えあいいたわりあう立派な夫婦だ。

☆美香さんの通っていた私立小学校はある種の障害者と一緒に学ぶ学校であった。短期ホームステイでも目に障害のあるこどもがいる家で、美香さんは千璃ちゃんを迎える準備をしていた運命的なものを感じる。

 しかし、美香さんはとても千璃ちゃんを受け止める強く選ばれた母ではないと言う。

☆☆☆
 私の主人の弟の子供にも障害がある。弟がアメリカにいたときにお嫁さんを預かっていた姑は、「アメリカで生めば良かったのに。」と言う。お産の事故で不運がかさなり酸欠になって知的障害になったが、病院を訴えたりはしなかった。
 しかし、そのとき主人と婚約していた私は家族に及ぼす陰の部分に驚く。

 私の親友の子供も双子の極小未熟児で生まれ一人には障害がある。
出産時には生命お保証が50%で生まれたときに「おめでとう!」と誰も言ってくれなかったと言う。
彼女が東京から電話してきたときにボストンにいた私は、やがて電話の奥で疲労で寝息に変わった彼女の声を聞き、ゆっくりと受話器を下ろしたのを思い出した。出産3ヶ月だった。

☆☆☆
 私も高齢出産だったのだ。
 35歳で結婚。36歳で出産。

 天使の羽が見えるような女の子だった。
 光の柱から降りてきたようで薔薇色の頬が美しかった。

 神様からの贈り物。

☆出産前に修道女から「障害児が生まれたときの心得」を聞いた。
 
 医者が「36歳かあ。大事なお子さんですね。」と、「大事でない子でない子供がいるのか?」と、突っ込みをいれたくなるのを黙って大人しくしていたのだが、

 安定期を越えた4カ月目にお茶の水のアテネ-フランセにラテン語を学ぼうと授業料を支払ってから、

 医者が、
「山手線に乗るなんてとんでもない!切迫流産気味なんですよ。」と、
カルテにマンションの1階の階段4段まで書いて、

「洗濯はご主人に干して貰うこと。玄関の4段の階段も使ってはいけない。外出禁止。買い物もご主人に。」と言うことであった。

 娘が逆子になると「母体の危険を防ぐため帝王切開」となり、出産後も自然分娩より回復が遅れるので、家事はせず休
んでください。」と医者に言われ自分が手術していた母親は代わりに家政婦を雇ってくれ私は家にいて、子供の寝顔を見
ていたくらいで楽をしていた。

 娘は今でも「ママはオシメを替えないでパパにさせていたんでしょ。」と言うくらいなのだが、主人も非常勤講師でほとんど家にいたので、そうだったかもしれない。

 そんな風に医者と家族の過保護で1年もたたないうちに俄然体力がみなぎり、10カ月くらいには信濃町の明泉会と言う上智大学の女性修道院の旧犬養美智子邸に子連れでフランス語を学びに通い始めたほどだ。修道女が1000円で2時間子供を看てくれ、その間母親たちは神父たちに語学(英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語)を教えてくれたのだ。帰りはママ友とランチと児童公園にいき、1日を有意
義に暮らしていたのだ。

 その時も感謝をしていたが医者のお陰だったのだ。
若いイケメンのお坊っちゃん医者だったが、出産後、

 「成功です!成功です!」と言われたときも「!」と言う感じで

 「お母さんは静かですね。帝王の後でこんなに穏やかに苦しまない母親も珍しい。」と誉められ、2週間の予定が10日で退院したほどだ。

 その後も定期検診の度に姑と家政婦さんと3人で病院に通い「なんだかなあ?」と違和感も。

☆医療というのは防げる病も含めるのだろう。
☆喉風邪で咳き込んでいるので、「東京へ帰らない」と言ったら、主人から「あなたはゆっくり長野で静養してください。」とメール。

 私も咳き込みだけは治さねばと思ってます。

今は実りの雨!「詩とは正しく見ること」!

さて、お洗濯ものを干し終わったのが2時!

 今日、ロキシーでやってる映画の「ポエトリー アグネスの詩」の最終回が4時5分。
間に合いそうと言うことで、3時3分の信越線に乗るべくタクシーを2時半に呼ぶ。
途中、郵便局に寄って「郵便パック」2種を2枚づつ買う。

 お昼は「黒姫駅」で「かけそば」280円!

☆ぐるりん号で権堂に降りてアーケードへ。
「Chez Hiro」でピザパン2種とマンゴープリンを買う。

☆「ポエトリー アグネスの詩」は、韓国のイ-チャンドン監督のもの。
遠く釜山で働く娘の代わりに中学生の孫の少年を育てている初老の女性。
66歳のミジャは浮き世離れした少女のように可憐に装っている女性。

 最近、物忘れがひどく医者からアルツハイマーの検査を受けるように言われる。
子供の頃から詩人になればいいと言われ「詩作教室」に通い始める。

 ある日、自殺した少女ヒジン(洗礼名アグネス)の母親が川から上がった娘の遺体を見て泣き叫んでるのに遭遇する。

 驚くべき現実は、孫が中学校の仲間と6人を少女ヒジンを強姦したこと。激しく輪姦した孫と仲間。

☆詩作のため美しい花や鳥や風や月に言葉を紡ごうと模索中、詩作の先生は林檎を正しく見ることから詩に正しく見るこ
とが大事だと教える。

 ミジャは余りにも酷い現実から、今まで人生の過酷さから目をそらしてきた生き方から現実をありのまま見つけることと自分にできることは何かを探ることを決意。

 アルツハイマーによって言葉を失いつつあるミジャは死んだアグネスの魂の言葉とであい最期に一篇の詩を産む。

★中学生たち6人の少女輪姦事件は韓国で実際にあった。

 市井の決して恵まれない境遇のひとたちに目を向ける監督は巡り続ける生命の営みと人が越し得るささやかでとうとい奇跡をも暗示する本作は、ちから強く繊細で、まさに名匠イ-チャン・ドンゴンが到達した最高傑作。(プログラムから)

☆主人公ミジャを演じたのは16年ぶりの映画出演になるユン-ジョンヒ。長くフランスに暮らす大女優だそうだ。
体が不自由な老人役は脳梗塞から生還したかつてのアクションスター。詩作の先生もその友人役も有名な詩人とか。

 監督は「人生の中に潜んでいる美を追求しそうとする態度そのものを詩と呼んで私は良いと思ってます。」と語る。

☆☆☆
 映画館をでてから、歩いて長野東急へ。
途中、フランス雑貨の店で計量器、ビスケット、ほしかったグレーのブラウスが半額になっていたので買う。ガラスの果実酒用ガラスボトルを30%引きで。

 東急の地下で氷砂糖、あんず、刺身、えんどう豆豆腐、ミニ-ステーキを買う。
夜の閉店間際なので、お刺身など半額!
35度の果実酒用の焼酎はどこにも売てなかった。

☆7時37分の信越線で帰る。
 黒姫駅は雨。
 タクシーが30分ぐらい来なかった。

☆今日の読書は「未完の贈り物」。