August 1st, 2012

今朝も真夏日!雲ひとつなく!

 今朝の水やりで発見したのは10くらいの秋桜の花が咲いていたこと!
ほおずきもたっぷりと袋がオレンジに色づいてます!
 
 昨日、買ってきた百合の苗も植え替えましょう!

☆今朝の食事は小さなピザパイ!
 青りんご、温室みかん、黄色いプチトマト!
 胡瓜の塩漬け。
 グリーンティー。

☆掛け布団カバーも庭に干しました!

☆こすもすさんからのハーブティー
 Welth Marga
アイブライト、ローズジャスミンフラワー、
 レディスマントレ、パッションフラワー、ミント。
 これから飲みます!
 水だししたのですが、今までのなかで一番好きかも!


☆とにかく暑い!
 仕事前にお風呂に入ります!
 バスはリンデンバウム(菩提樹)とオレンジ。
 ヘアーシャンプーは新製品の5ハーブでロクシタンです。
 このシャンプーとコンディショナーをこの間予約していて、わざわざ恵比寿アトレまで取りにいったのですが、いくらか以上買うとかわいいハーブティーポットと麦藁の買い物バッグがプレゼントされ、重宝してます!

☆今、洗濯中ですが、寛ぎながら洗濯を干せるまで待ってます。
 東京では主人が花粉症なので庭では干せませんが、神山では太陽の日をしっかりと浴びて乾かすのが好きです!

暑い日のドリアも美味しい!

暑いのですが、海老のドリアを食べました!

洗濯物も干し終わり、2度めの水やりをしました。
4色のコスモスも芽をだしすくすく!

☆生協が来るのでチェックをしました!
 やはり色々食べたいのでバランスよくチェックしました!

☆水だしコーヒーをいれたところ。
 冷蔵庫にいれてます。
 冷蔵庫が小さいので冷凍庫を買おうかなと思ってます。

☆あまりにも暑いので絵を描くのは4時くらいからにします。

女流画家!

 私はこのところ南桂子、草間彌生、いわさきちひろの一生を見て女性が画家として生きることについて考えていました。

☆南桂子さんは富山の大層なお家柄の生まれなのに、両親に早く死に別れをして叔父さんに育てられながらも、絵を描き誰もが美術学校にいくと思うほど才能がはやくから知られていたのにもかかわらず、叔父の命令を受けて結婚し子供を4人育てながらも、離婚し絵に命を懸けることを選んだ。子供は夫のところに置いてきたのでしょう。

 テレビで友人のかたが「小さな子が泣いていると胸をつかれる」と言っていた桂子さんの言わない苦しみを語っていた。浜口陽三さんは家の近くなので知っているが大きな醤油会社の御曹司だ。

 南桂子さんは浜口さんに誘われパリに行きパリで浜口さんと結婚し絵の勉強した。

 何も言わなくても4人の置いてきた子供を思い出して辛い日もあっただろう。

☆草間彌生さんは松本の大変なお嬢様だが、父親が不倫して母親から父親の見張りや浮気相手の突き止めの仕事を勉強よ
り優先された。

 それで病んだのかは知らないが、今も精神病院に住みながら前にたてたビルに通い多くのスタッフと仕事をしている。
しかし、28歳の時に母親の許しを得てニューヨークに行く。京都で絵の専門教育を受けているが(日本画)、母親から絵を焼かれたりしている。名家のお嬢様だから、それなりの家のかたと結婚させたかったのだろう。

 しかし、草間さんのニューヨークの身元引き受け人はジョージア-オキーフである。アメリカのNo.1女流アーティストで
ある。その辺がいかに草間さんがそれなりの名門の出だったかがわかると思う。

 それと、銀座の柳は草間さんのお父さんの寄附。
お父様も隠徳を積んでおられる。

☆いわさきちひろさんも松本の名家の生まれで、映画でわかったのだが、両親は戦争の支持者で母親は
満州に女性を送る仕事をして積極的にしていた。それで同じ
好戦家の男の人と気があった母親はちひろさんの意思を無視し結婚させた。満州に住んだちひろさんは嫌で嫌でしかたがなく実質的な結婚生活はなく、2年後に悲観した夫は首吊り自殺をした。

 日本に帰ったちひろさんは戦争に負けて、好戦家の両親がすべてをなくし畑仕事をして暮らす価値観がひっくり返った時代の流れを見た。

 映画は「27歳の旅立ち」だったと思ったが、ちひろさんは美術学校へ行きたいという夢を持っていたが両親から
反対されて叶わなかった夢を実現すべく東京に出でたのが27歳だったのだ。

 美術学校にいかなくても若いときに基礎教育は受けていたのだという。

 ドキュメント映画にはその頃すんでいた質素なアパートがうつっていた。
将来を嘱望されてレオナルド藤田さんなどと一緒に写っている写真も映画には紹介されていた。

 しかし、戦後の日本には絵描きが食べれるだけの条件が揃ってなかった。

☆映画には武井武雄や初山滋の描く童画作家の絵に感化されていたことも紹介されていた
 
 私の幼稚園時代は1年しかなかったが「キンダーブック」「ヒカリノクニ」等の絵本にえがいえいた彼らの画風は本当に素晴らしかった。

☆ちひろさんは7歳年下の初婚の彼と相思相愛になり、彼の両親の反対を押しきり結婚する。
 ちひろさんの両親に子供を預け、絵の修業をしたことも紹介されていた。

 それで子供の絵を描くことが多くなったようだ。

 自分が受けた戦争体験や満州で見た日本で報道されているのとは違った中国人の生活。

 それで、反戦意識が体験と重なった。


 弁護士さんとなったご主人と挿し絵画家の権利を守る戦いを出版社とした。

 挿し絵の原作を勝手に切られたり(絵本にするときのページ上の事情)、名前を半分しか見えなくても気にしない出版社の作家への低さに苦情を言い続け、原作の返品依頼も習慣づけた。

☆ベトナム戦争の時代、ベトナムの子供たちの絵本を描いて55歳で癌で亡くなった。

 息子さんは大学生で反戦運動などしていたという。その息子さんが絵本の絵を選ぶ手伝いなどをしていて、「いわさき
ちひろ」舘の館長だ。

☆☆☆
 3人とも美人、そして育ちがよい。
 伴侶もよい。
 草間さんは結婚してないが、コーネルさんは箱作家で死後、Moma美術館で遺作展を観たが超一流の現代美術の作家だ。

 それぞれのパートナーが彼女たちをさらに引き上げたのだ!

☆私も4時になったので仕事を始めます!
 アイスコーヒーはとても良くできてました!

 庭の花木に水をやったのですが、大分、涼しくなりました!

生協が来た!

今日はいい感じで進めていたんだけど、生協が来たのでひと休み!

強力カビ取りとかサランラップとか結構日常品を買ってます。

蚊に刺されたので、遅蒔きながら虫除けクリームを手足に塗りました!

☆お野菜類と冷凍蜆とカルピスが届いたので、夜は和食にしようと思います。
ご飯をといでおきましょう!

 さあ、20分ほど休んだので再始です!

 痒い!

久しぶりにご飯を炊く!

 7時まで描いて、そろそろ暗くなったので今日はこれまで!

 パレットを洗って、絵の具類を片付けてキャンバスは濡れているのでまだ外に出してます!
今日も充実していたのでいい気分です!

☆ご飯のおかずは鱈のバターソテーに蜆のおつゆに玉子焼きに奈良漬、サラダにする予定

☆影の涼しさがあるのは朝と夕方なので、明日から早朝にえを描くことにスケジュールの立て直しを!

☆夏の30日に12枚描けるだろうか?
 草間彌生さんは、死ぬ日が近づいてきたので時間が惜しいとづっと描いているそうだ!
 弥生さんは食事を作ったり、お洗濯をしたりはしてないようだ。
 
 高齢なせいかスタッフのひとが絵皿をもって渡していたし、「緑!」とか言うと、さっさと絵皿を渡していた。
 凄い生産量だが、確かに「いい!」のだ。
 なんとも言えない世界。

 鏡にシャンデリアを映すのも、やはりキラキラしてとてもきれい!

 草間さんには、水玉と網の目とカボチャがあって、鏡ボールや人形等もあってずいぶん展開が広い!

 「永遠の永遠の永遠」と言うテーマの松本私立美術館の個展は、宇宙や死と言うものに繋がる集大成なのだろう。

☆ちひろさんのドキュメントには黒柳徹子さんが出てきて色々話されていたが、時代と言うものを語るのに女性が絵を描き生きることが決して楽で無かったことを多く語る必要があったのだろう。

 
☆絵描きと言う職業は男性であっても楽ではない世界だ。
 しかし、男性の独身は5分の1くらいにくらべ、女性は10分の1くらいで、一人で生きるのには困難が付きまとう。

 まして、草間彌生さん、南桂子さん、いわさきちひろさんは画風と名前がすぐ出てくるような大成功者なのである。
能力も意思力も非凡な人たちである。

 それぞれ過酷な世間と闘い、勝ち抜いてきた人たち。

 彌生さんのように精神病で精神病院にいるのはずいぶん嫌な体験もしているだろう。

 4人の子を置いて家を出た桂子さんを子供も世間も厳しい目で見ただろう。

 ちひろさんのように自分が悪くなくても、主人に自殺されたら負い目や罪悪感から解放されるまでに時間がかかっただろう。
 だから、絵を描くことが必要だったのか救いだったのか、生きることは何て厳しいことだろう。

☆自分は洗濯したり、ご飯を作っている時間もさほど惜しいとは思わないが、危機感にたいしては甘いと思わざるを得ない。

 こうして反省をしながら、次の日の仕事に向かうのだが。

湯上がり!

お風呂から上がってさっぱりと、ワンピースタイプのお寝巻きに着替え、ご飯のおかずを作っているところ!

鱈のバターソテーは出来上がり!
ポテトを茹でてもうつぶしたので、輪切りの胡瓜とハーブマヨネーズで合える!

蜆のお味噌汁!

あとは玉子焼きとご飯が炊けるのを待つだけ!

☆オリンピックを観ながら涼んでるのですが、少し反省もしてます!

 自分は仕事はこれで良かったのか?

☆客観的にとても愚かに見えることが神の目から見て、正しかったりすることがよくありました。

 神と言うのは実に試すし、深い遠大な計画を持っているのでした。

 例えば、

 誰が聞いても愚かしいことですが、十回以上呼び出して有り金残らず取り上げるKさんという女性がいました。
それで、真夜中5時間もかけて自宅まで歩いたのですが、Kさんに呼び出されても、7回の70倍許せという福音を信じて、私は彼女の経営するロシア居酒屋に通ったのでした。

 結婚式にも招待したし、そのくらいわだかまりなくですが、彼女は百人一首の仕事を依頼して来たのでした。

 私は敢えて、「材料費を30万円先に渡してください。婚家を納得させるのに必要なのです。」と言いました。
彼女は用意してきたので娘がお腹にいたとき半年娘と一緒に実家に行くこと半年で200枚の古色紙大の絵を描いたのでした。母が夕食を作り、娘がハイハイするのを見てミルクをあげて、主人が毎晩仕事の帰りに実家に寄って、父と母と私と娘とで食事をしてからマンションに帰るのでした。

 36歳の時で、帝王切開後しっかり休養したのでエネルギーがあったのでした。

 父母も主人の両親も応援してくれたので、毎日1枚描きました。

 材料費は本当にかかるのです。私の使う和紙は手刷りの最高の紙の千代紙なので1枚5000円もするのもざらなのでした。その紙を何重にも重ね十二単を描くので自分で作る大和糊の毎晩のように手鍋で作りました。

 家中、私が歩くと和紙の切れ端がパラパラと落ちるのですが、母が掃除もしてくれました。

☆制作の半分は百人一首の本を何冊も読むことで、作者の人となりがわかってくるのでした。
☆百人一首は熱をいれて作ったので、結果も良かったのでした。

 カルタ同好会やカルタ美術館や滴翠美術館に納めることができた他、皇后様(この頃は皇太子妃)への献上品に選ばれた他、フランスの美術館やパリユネスコで働いている方に買い上げられました。

 京都の百人一首名人の紹介で関西NHKにも紹介され、美術評論家が光琳カルタと比べて批評してくれました。

Kさんもせっせと売ってくれました。

 そんな風に地上的に賢く振る舞わなかったお陰で百人一首が生まれたのでした。

☆聖書の福音にはそのような力があるのでした。

食事は最高に美味しい!

 私はダイエットなどしたことがありません!

 とにかく、絵を描けるようにエネルギーを蓄えることが先決です!

☆鱈のバターソテーは美味しかったです。
 オーブンでバターをのせ、塩コショウ、フレンチからしをかけたあとにいれるだけなんですけど、とても美味しいです。
 玉子焼きも美味しかったです。塩コショウとバターだけですけど。

 ポテトサラダも良く、信州味噌の蜆のお味噌汁もご飯もとても美味しく頂きました。

☆何をしても楽しく、何をいただいても概ね美味しく感じます。
☆絵のことなんですけど、なにかが付いている感じです。

 草間さんの最近の仕事は自動書記のようです。

 私の油絵も不安になることなく仕上がります。

 これはなんなのだろう?

 草間さんは既に世界的に評価され絵の価格も安定しているような画家なのに次の描き方を始めるところが凄い。
今回の松本市立美術館のは更に凄いと思わせる作品群でした。

 長生きしてほしいです。

 市立美術舘のひとが「お体を大切に!」とねぎらったら、「体なんかとっくに壊れているわよ。そんなことより、時間がなんだから仕事をするのみ。」と答えたとか。

 ビデオの映像では、アクリルで描いているとはいえ、絵の具で着ているものも部屋のなかも汚れてました。

草間さんにはそんなこともどうでもいいのでしょう。

 北斎も広重が「あんなに汚い部屋はいやだ。」と言ったそうですから、すべてが絵のためだけだったのでしょう。

 凄まじい!