August 5th, 2012

今日も佳き日!朝起きしてテーブルクロス類の洗濯を!

 幸い雨が降らなかったのでカーペットが乾いていました!

 それで掃除機かけて大きな長方形のテーブルを真ん中に持っていくことができるのですが結構ものが多いのでアートグッズで雨に濡れてもいいようなものを全部外に出したいです!

☆朝のお花の水やりをしました。
 こちらの方も昨夜雨が降らなかったのでお水をやると生き生きしてます。

☆大分、片付けを終わりました。
 要らないものを勇気をもって捨てて!

☆イングリッシュラベンダーの苗が手に入ることがわかったので、早速40苗オーダーしました。
明日にでも着くそうなのでゴミのおうちの側の土手を耕して、草を刈り、明日コメリでハーブ用の土をたくさん仕入れましょう!

☆良く調べたら、ハーブはいろいろ手に入れることが可能なので、おいおい増やしていこうと思います。
☆日中は暑いので読書!
 読みかけの「セザンヌ」ガスケ著を読むことにします。

私の愛するセザンヌの厳しさ!

P12.
心を震わせるようにものごとを語るというこの趣味は、多分、彼の血にながれていたものだったろうが、いい加減なものを憎悪するゆえに、そして自分の芸術を完全なる真理への徹しきった服従の下に置きたいがゆえに,聖者のごとき厳しさをもって、この趣味をいつもは、自分の内に押さえつけていたのだ。

P21.
晩年になってから、妹たちと協議のもとに、このジャ-ド-ブッファンを家族の都合上売らざるを得なかったとき,彼がいかに迷って,闘って、絶望したかを私は覚えている。
 中断

 父の寝室の古い家具ーまるで聖遺物のように大事に保存してきたのを、皆が焼いてしまったのだった。
「私は持っていきたかったんだ。わかるだろう、、、あいつらにもさすがに売る勇気はなくて、困っていたんだ、、、ぼろ道具で、ほこりの巣だというので、麦打ち場で焼いちまったんだ。麦打ち場で、、、」
 彼の目は、その光景を再現して描くのだった。
「私のほうは、自分の眼の玉のように大切に取っておいたというのに。父が昼寝に使った肘掛け椅子、、、ずっと若い自分から数字を並べて勘定していたあの机、、、ああ、私のために年金をよく稼いでおいてくれたもんだ。それがなかったら、どうなっていたんだ、、、私がどんな目に遭わされているかご存じだろう。君のお父さんのアンリに私はいつも言い聞かせているんだ。芸術家の息子にるときは、年金を稼いでおいてやらなきゃいけないって。父親は愛すべきものです。わたしはいくら父を愛情をこめて偲んでも偲びきれない。十分に示してあげられなかったんだ。ところが、せっかく形見に残っていたものを、皆こうやって焼かれてしまうんだから、、、」
「お父様の肖像画は?肖像画だけは残ってますでしょう」
「あ、そうだ、、、彼の肖像画、、、」
そしてセザンヌは目の前で自分の絵のことを話されるときの、最高に無関心というあの手つきをしたが、この堂々たる謙遜は彼に気品を与えていた。

☆P24.
まったく!ゾラは大のなまけもの。瞑想にばかりふけっちゃって。頑固で狷介な奴だった。知っているでしょう。男の子たちが、すごく嫌う種類の、考え込んでいる神経質の子。ちょっとしたことがあると、すぐ皆にボイコットされるんだ。僕たちの友情もそうして生まれた。話してはいけないというのに、私がそれを無視して、禁止を破った。彼と話さずには
いられなかった。それで、校庭にいた連中、大きい子も小さい子も、全員に私は袋叩きにされました。ほら、セザンヌのりんご」
 そう言って彼は茶っ目っ気のある目配せをした。
「あのりんごには歴史があります、、、」

☆P25.
修道院の建物を学校に改造したものだった。
礼拝堂も伝えによれば、かの昔のピュジュの設計によるものだった。
もう数え年で13にもなった銀行家のぼっちゃまにはそろそろ物足りないと判断されたサン-ジョセフ校を修了したところで一財産つくった帽子屋、ジャ-ド-ブッファンの地主は、跡取り息子をこの中学へ送り込んだのだった。

 私がいろいろと尋ねることのできた同級生たちの何人かにょれば、セザンヌはきわめて秀才だったが、内気な、物思いにふける、多少とっつきの悪い生徒で、古典文学への食いつき方はすばらしく,ある一人の言葉では、「感受性がむき出しなくらい繊細」だったし、他の人が強調するところでは、「絵も,実際よりはもっと伸びそうに見えた」のだった。フランス語では、どちらかといえばミュッセばりの詩を作ったが、ラテン詩のほうは,題さえ与えれば、一時間でも筆は止まらずに紙の上を走り続けた。記憶力は世にも非凡なものだった。
 中断

 年老いてからは、仕事で疲労困憊、身体のほうは痛みほとんどのものを読まなくなっていた。それなのに、幾度も、田舎でもパリでも、広がる地平を目の前にして、またはアトリエにいて描きかけの習作を前に、立てた筆でシラブルの拍子を取りながら、何十行ものボードレールやウェルギリウス、ルクレティウスやボワローの詩を暗誦しているのを私は目にしたものだ。※セザンヌは「悪の華」を空で覚えていた。

P27.
ルーヴルを歩いていると、何年に、というくらい正確に、どの絵がどこから来たのかを知っていたし、どこの教会、どこのガルリーにその写しが見られるか、それも知っていた。
ヨーロッパのさまざまの美術館に精通していた。どうしてそうなったのか。実際に見学したこともなく、ほとんど旅とい
う旅に出たことのない彼だのに。一度何かを読んだり、目で見たりすれば、多分、一生記憶に焼き付いたのだろうと、私
は思う。
 ものを見るのも、読書するのも、非常にゆっくり、ほとんど苦痛を覚えぬばかりにしてするのだった。しかし、土壌なり、書物なりから奪い取ったひとつの年代、世界のひとつの欠片、そういうものは自分のなかに深く埋めて、刻み込んだ形で、何によってももう根こそぎにはされないようにして持ち帰るのだった。
 彼の記憶力、様々に現れる野性的な感受性は、学校時代から級友たちを感心させた。セザンヌは身を慄わせている子供だった。
天才が芽生えつつあるなかえ、すでに劇的な感覚ゆえに心痛を味わっていたのだーこの情熱的な一種の幻覚ゆえに、知らず知らずに、自分に近づく者たちが、自分自身と同じように内面的生活を持っているのだと思い込むのであり、したがっ
て、人々が感激や熱狂ぶりをひた隠しに隠す(彼はそう思うのであった)理由は何だろうと、自分の創造力を拷問にかけ
るみたいに働かせた。

 そういうとき、彼は自分のことを、他人たちのなかまに紛れ込んだ一人の素朴な人間だと思い込むのだった。他人たちは、彼の持ち物、彼の芸術を犯そうとして、悲劇的なまでに陰険な企みを仕掛けてくるのだと思っていた。
「みんな私を乗っ取ろうとしているんだ」と叫ぶのだった。突然、かんしゃくを起こしたり、予期しないときにその場を逃げた。例えば、彼に触れることは、指でうっかりちょっとということであっても、避けなければならなかった。そんなことをすれば、とっさに身構えるのだった。いつだったか、私の絵の前で、あるひとがセザンヌの肩を親しげに叩いたことがあったが、その大胆な男はひっくり返りそうになるくらい強く押し返された。こうした一種の人間嫌いはあまりに多くの場合、正当なものだったが、気分が悪くなるまで息をつまらせたり、赤面したりした。またそれによって、馬鹿な者たちをちから寄せないすぐれた魂の持ち主の生まれつきのああした一種の羞恥心に、さらに、荒々しさが付け加わるので
あった。

オリンピック-マラソン観てます!

2012-08-05 07.17.36

お花にお水をあげて、乾いていた洗濯物を取り入れてます。

百合の香りが庭も部屋のなかもしていて、とてもムーディ!

ほおずきがたくさんできていたので5個ほど摘み取りました。
小さなトマトも洗って4個ほど口に入れました。

☆腹痛の方も快復して、明日は普通に食事も買い物も行けるでしょう。

☆ハーブティーを飲みながら青りんごを食べました。
少し前にざるそばを頂きました!

☆ロンドンの風景を観ながらマラソンを観るのもいいですね!
☆エチオピア、ケニア、ロシア!
 皆、素敵でした。

☆先程、雨が降りました。
☆今、お風呂から上がったところですが、昨日のカビ掃除が成功していてとても綺麗でした!
全面的に掃除をしたので、スッキリといい感じで、見つけたパジャマでやや涼しい夜を過ごしてます。

☆腹痛は完治。
 正露丸も効いたみたいです。
 咳風邪の方も大分楽になりました。

 今まで食べ過ぎだったのかもしれません。
 意外と少食でもい感じです。

セザンヌの言葉。Ⅱ

P36
自然に習って絵を描くことは、対象を模写することではない。いくつかの感覚を実現することです。

P41
時には、ゾラが描写してみせてくれたとおりの、あの「真理を追って苦しむ打ちに、非現実をほめたたえるようになったた狂った夢想家」でやはりあったのだ。