August 21st, 2012

今朝は良き日!

 昨晩は暖かったのだけど、明け方寒くて風邪を引くことがるので昨日買った生なりの無印のパジャマを上に着て眠りました!
 疲れが出ていたらしく読書中幾度も寝てしまったのです。
それで、しっかりと電気を消して寝たのが1時頃です。

 寂しくなったので娘を呼びました。
お昼頃には来るかしら?


☆セザンヌを読んで私は救われました。
自分の人への甘さのようなものに少し反省のようなものをしていたのです。

でも、セザンヌもそうだった。
特別の欠点ではなかったのかもしれない。

☆私は自分の幸福というものにも驚く。
自分はとても幸福なひとなのだ。

人間には救いがあって、人生の晩年にさしかかって自由に時間もお金も使えるようになって、体力の衰えが始まる。
それすら光に成るまでの謙遜を味わうための恵み。

もう、心から何もかも許せる。
そしておおく許してくれている人への感謝。

窓を開けて!ドアを開けて!現実の世界へ!

 昨晩、寝るときに自殺した映画監督やルーマニアで殺された大学生の記事をインターネットで読んで、この世はとんでもないところだと思ったのでした。

 人を信じるということが根底からひっくり返されている時代。

 潜在意識に不安があったのでしょうか?

 セザンヌの暗さにめいうったのでしょうか?

 朝6時頃、寝返りをしたら目眩がしたのでした。

 それで、主人に電話をし娘を寄越すように伝言を頼んだのですが。

 8時頃、トイレに行き歯を磨き顔を洗ったら、軽度のようです。

 それで、冷たいおしぼりをおでこに乗せ、窓を開けてベッドに戻って休んでます。

☆ルーマニアで殺害された聖心女子大生の記事を読み直しました。
 若い幸せ一杯の人生が、ルーマニアで日本語を教えるという親善に似た有意義な目的のため実費でいった結果が絞殺だったようです。飛行場には深夜につき、郊外のボランティアする学校には深夜の汽車で3時間とか。
入国したその日に現地の人とタクシーに乗ってその日のうちに殺されたようです。
 
☆娘をもつ母親として、私もかつて娘だった者としていつも思うのは、世間知らずなお嬢様というのは生きていくのには逆のハンデとなるということです。

☆もう、28歳になった娘も言う。
 世間知らずでは生きていけないと。

☆NPOも実にいい加減なものが多い。
このインターンシップ制度を斡旋する団体も深夜に飛行場に着き、3時間の汽車旅行をしなければいけないコースを20歳の娘に斡旋したのは、無知であり軽率である。

☆もう、60台になってからだが、北京へのボランティア旅行で一人16万だかで6人集まらないと成立しないと言うのがあった。北京だけで16万円と言うのは偉く高いと思ったが、四川地震のあとだったので寄附もあるのだろうと善意にとって電話で誘われたので参加したことがあった。
 6番目が私で参加しないと成立しないとボランティア旅行であった。

 この旅でわかったのは、意義あるボランティア旅というのも私服を肥やしている人がいる事実だった。
 
 兎に角、ホテルは最悪。
 ボランティア団体の印刷を請け負ってる会社の奥さんは、いつも濡れティッシュでお皿を拭いていたレベル。

 6人のうち、団体の長と副長。若い一度就職してから専門学校にいっている学生には家までパスポートを取りに来て、説得して半額料金だったという。

 私と印刷屋の奥さんはボランティア団体の長い支援者。
 初めての外国旅行の30代の奥さんもボランティアであったひとを勧誘したようだった

 行きと現地はガイドも添乗員もついた。

 団長は着物を着ていつも国際大会に出ているので、写真のモデルにいつも頼まれていると言う70くらいのおばあさんで、毎日の現地の福祉やオリンピックの施設のその後のいかしかたなどを見学した最後の一日前の市内観光の日、ラストエンペラーの親戚に会うと自由行動。英語も中国語もできないひとなので、現地のガイドが一日その人につくことになって、他の4人はお粗末な現地の昼御飯を添乗員がつれていき文句たらたら。

 私は最初から許可とって789の芸術村に一日出掛けましたが、最後の日は添乗員が北京に残ると言うことで、飛行場で若い学生が迷子になって、かなり大変なことになった。

 兎に角、私と印刷屋の奥さんと学生がボランティアの名を借りて内容がひどいと出発前の午前中、「反省会」として団長と副団長を印刷やの奥さんの部屋に呼び色々究明したのだった。

 呆れることだが、中国政府側の招待会席の費用と更に請求したいと言うのだ。
その食事はその旅行日程のなかで一番よいホテルで、中国側は運転手やその辺にい他ひと全部集められてすごい金額になったのだ。

 そうして、油断したのか団長は、今までこのボランティア団体の会議で世界数十ヵ国旅行できたとほざいた、
16万円の旅費は団長や副団長が無料か半額になる値段なのである。

☆女子大生の一見国際親善的なボランティア旅行も安易な背景には野心やお金もうけをも含む罠が仕掛けられ、強姦したと言う現地のひともその甘さを嗅ぎ付けて襲いかかったのだろう。

☆若いうちから現実に目が開きすぎるのも問題だが、辛くても世の汚れも見透すことだ。
 

人が訪ねてきました!

 2012-08-19 15.58.04
 花本さんと赤松さん。
訊きたいことがあるとのことだったが、今日は体調が悪くドアまで行くのがやっとだったのでお引き取りを願った。

 ついでに、パジャマを脱いで、なかは部屋着のワンピースだったので、お花の水をやりにいった。
今日は暑い日で体調がよくても庭で絵は描けない。
外に出してビニールを2重に被せてあった80号も開いて乾かしておいた。

 自分の体調は夏風邪か日射病なのだと思う。昨日、張り切りすぎたし。

 兎に角、用心深く寝ていたのが良かったようで目眩はしなくなった。

☆お腹が減ったので、昨日、東急で買った結構いい卵をご飯にかけて朧豆腐の生姜であえたのとなめこ椀。

 娘を呼ぶほどではなかったのかもしれないが、まあ、私も寂しくなったし、東京は暑いし。

 一日、休養をとればなんとかなるレベル。

☆ルーマニア日本女子大生殺人のインターンシップを斡旋していた団体はアイセックという学生の作るNPOだそうです。
 学生サークルというのも以外と危険がいっぱいです。

 私が5000万円もの恐喝をされていたのも学生サークルが出会いでした。

 この女子大生のように19歳か20歳くらいで、女子美術しか受けてはいけないという両親の考えで女子大でしたから、サークル活動を通じて男子学生と出会ったわけです。

 両親と都会で暮らしていたので、それでも無事だったのだなあと思います。

やはり、主催者の学生って野心があるんですよね。名誉と言うか、社会的に有効に使える色々なものをゲットできる。
若い世代ですから、恋愛もある。

 ですから、貧乏とか差別とか自分があまり知らないでとおってきた者をこういう出会いを通して知ったのも、今、思うと人生勉強だったと思う。

 憎しみや嫉妬や恨みのようなものも現実にあるのでした。

 今、インターネットの時代なので検索するとその人たちのその後の人生も見えてきます。

 野心のあった人たちは大学教授になっている。5000万円恐喝の味方をした青年も、デイトをお断りしたときに拳固で殴りかかった青年も大学教授だ。

 そんなものかなとも思うし、だから大学が良くならないのだとも思う。
 
 ずっと食事代を集っていた青年もちゃんと大学を出て企業に就職し退職後も働いているようだ。少し、ホッとした。
破壊的なひとだったので、そんな風な人生になってよかったと思う。



 もしかしたら、あの大津の苛め自殺の3人もあと40年もあったら、出世してそれなりの地位も築いているかもしれない。

 ☆運命は見えるのか?
  
 私はきわめて平凡に名もないアーティストをやってるが、37歳で自殺した中学、高校、大学の同級生だったが、彼女はお見合い相手に、「あなたのような傲慢なひとは地獄の人生を生きる」と言われてプリプリしていた。
その人は助教授だったが、「ルイコさんは?」と訊くと、「あのひとはきちんと人生を生きていけます。」と答えたという。
 友人は容姿も頭も家柄も良く普通に考えればとても幸福になっていい人だった。
でも、些細なことで降るほどあった縁談を断っていた。その助教授は軽井沢とか那須に別荘もあった資産家だったが、友人に言わせると容姿が悪いそうだ。「あの顔でそんなことを言うのは生意気」と言っていたが、適当におごらせてもいた。

 ある時に、純粋直感の占い師に、二人の縁談候補者の名前をもって母子で見てもらいにいったという。
その時に占い師は、「あなたたちのような傲慢な親子は金は入らないからとっとと帰れ。」と言われ、烈火のように怒っ
いた。

 友達の母親は当時日本で一番難関の女学校を首席で出たそうで、娘も東大出のハンサムな医者とか銀行員とかがふさわしい結婚相手であった。自分の気に入ったひとは幾度めかのデートに、「苛めにこんなことをしていた。」とぼろを出してお断りされたとか。「『縷衣香』何てよい名前、私もつけたいわね。」と、初めての個展のときに両手の爪を頬にキィーとたてて下ろされ、絶交したのだが。

 私が、なぜこんなことを書いたのかというと、ルーマニアで殺された聖心の英文科の女子大生がfacebook で交際しているボーイフレンドは東大の医学生が多かったというのだ。

 なんか運命的にそんな風にはいきられないというメッセージのような気がする。

待雪草の球根を植えました!

2012-08-18 13.09.09今日は絵を描くことは断念したので、「GONZO」のビデオを観てました。

「GONZO」ハンター-S-トンプソンのドキュメンタリーフィルム。
ビデオのパンフより
アウトロージャーナリスト
 暴走族の取材をするために自ら暴走族となり、ドラッグに溺れる若者を取材するために自らドラッグ漬けになる。世間の評価を省みず、取材のためと称して、ピストルをぶっぱなし、女を抱きまくる―。ゴンゾーにたぶんの狂気が含まれるのは確かだが、時代の狂気を取材する以上、それはジャーナリストとしては避けられない選択だったのかもしれない。その結果トンプソンは、反体制的とされながらも、結果として時代の最先端をいく作品を次々と生み出した。
 トンプソンの頂点は「ラスベガスをやっつけろ」であると言われている。
 67歳の自殺と遺言の演出は自分の人生を自分で始末をつけたかったのでしょう。


 4時頃、ジャガイモを掘っていたらタカ子さんがきたので、タカ子さんのジャガイモ掘を見に行きました。 
コーヒーをのんでいたら、花本さんが犬を連れて通ったので声をかけて、今朝の訪問は何だったのか訊きました。

 3人で話をしてこの山もいい方向に進みそうなので安堵。

 体調が今一つだったのですが、園芸用の土が3袋あったので 待雪草の球根を植えました。
今日は暑かったので、お水やりも3度くらいしました!

 お昼はカレー。
 夜はサンドイッチとポタージュスープ、サラダ、はんぺん、グレープジュース!

 まあ、朝思ったよりも良くなってます。