August 28th, 2012

今朝も名残の夏です!

 毎日、毎日が貴重です。

 昨晩はテレサから東京の自宅に電話があったそうでこちらからかけ直しました。
 
 11月のイェルサレム巡礼に定員15名のところ6名が足りないとか。

 私も娘と参加してもいいけど、いまのところ神様から引っ張られていない感じです。

 来年はモンサンミッシェルに行きたいとかで写真を今度見せてほしいとのこと。

 楽しい会話をしました!

☆昨晩は眠たくて眠たくて2時には床についたのでしが、その前にも寝てしまいました。
☆今朝は6時台に起きてしまい、水やりを終え絵を広げたところです。
 収穫は中くらいのサイズのトマト2個です。

 今日は娘と長野にいって食材等を買いにいきます。
それまでアート!

 朝、明るい日差しの中で広げるとまだまだです。
この間購入した和ニスの瓶13個は少し遅れ9月2日に着くそうです。
それまでにはなんとか基礎部分を終えたいところですけそ、細部をきちんと終えるには来年の9月8日までかかると思います。

☆朝の仕事は多いです。
 今日は天気が良く降水確率が0%なのでシーツの洗濯もしたいところです。

☆娘の甚平は色が出るので単独洗いをして蜂の巣と同じ枝のところに干し、次の雑巾は洗濯し終わったばかり。
 これから、寝具一式を洗濯機にかけます!

☆昨日、セザンヌの本から書き写していたら、娘が「どうしてそんなことをしているの?」と訊くので、「自分と同じ考え方をする人を見つけて気を強くしているところよ。」と答えた。娘に依ると読書の選びは個人の選択によるので同意するのは当然なのだとか。娘の崇拝する哲学者は(娘の専攻のひとつは哲学です)、すごいリッチな出身なのでその哲学者を理解して研究するには自分はリッチでないのが限界なのだという。

 セザンヌはとても豊かな出身なのである。だから、潔癖な品性を保てたところもあるが、リッチでも品格のないひとは多いので、魂が稀有なのだと思うのだ。

 であるから、勝手に師と仰いで、心を合わせているのですが。
 誠実な仕事には孤独は付き物。
 娘も孤独をここのところ目指しているようである。

☆テレサ母子も孤独を愛して神様と繋がっている。
セザンヌが理解できる青年とであったとき、心を歓ばせているのだが、私もテレサたち母子と出合ってずいぶん恵まれた魂心境となった。あまりにも腐敗している宗教界なので、きっと母子の組み合わせで使命があるのでしょう。
二人の娘とも今神様は仕事から解放させている。
もっともテレサさんの娘さんは40代でわたしのほうは、20代。
テレサさんの娘さんは博士号を取っているが、私の方の娘は今、特別博士号には興味を持ってないようだ。
また、重要であるがテレサさんの娘さんは家事が良くできるようで、娘は東京の家で家事担当をしているのだが、父親から小姑のように洗濯物のほしかたからうるさく言われて、楽しく家事をやっているというより奴隷のように使われているとのこと。

☆私も哲学少女だったので、同じような魂の巡礼を経て今のバランスにたどり着いているので、娘のことは長い目で観ていようと思ってます。

生きるバランス!

 娘と聖心女子大生のルーマニア他殺事件について話した。

私の周囲にも外国に短期期間研修やボランティア活動に出掛ける若い娘さんは多い。

そして、64歳の私にも28歳の娘にも日本の中にもある根強い階層的憎悪を知っている

 人間は生まれながらの美貌でも生まれながらの経済的特権でも、反対側に貧困や生まれながらに差別されている人が同居している限り幸福を満喫できないようになっている。

 そうして、一見、軽率で無防備に見える親切なアルメニア人の「駅まで送っていってあげよう。」についていってしまって、殺されたのも運命だったといえる。飛行機もファーストクラスで20歳の娘に特別機長からのメッセージが入るくらい特権上にも稀だったとか。

 運命バランスで特権に平気になるほど上限を尽くしたらバランス上は下限を一気に背負ったということなのか?

☆運命というものは見えるものだ。
 2月に神山で太陽の回りに虹が環になって覆った。
 中国の故事によると凶運の印だ。
 今、振りかえると、個人的な父の死が3月10にあったのを知らせてくれたのだった。
 父は私が訪ねていった3月10日の2時頃に仏様のようにいいかおをしているねと弟と話して、少し咳き込み始めたのもその日からだというので、主治医が留守であったので救急車で5時頃運び、病院に入りその日のうちに11時頃永眠したのであった。
 私は暮れから強度の咳き込みで病院いにいったのだが、どこも悪くはないと言われたのだったが、夜中咳き込んで主人
に迷惑をかけるのがしのめず完治するまで神山にいたのだった。
末の弟が父に移したらイチコロだから、風邪が治るまで来ないでと言われていたのだった

 今、思うと父は私を信用しながら待っていたのだと思う。そして、あったその日の3月20日に亡くなったのであった。

☆父はとてもバランスのいい人だったと思う。
 世の中の弱者に対する思い遣りとケアが完全だった。

セザンヌの言葉 Ⅴ

P325
 まあ、手をよごさないことさ。
 芸術家という者はね、みなお多かれ少なかれ、右だ左だと、いつも少しはあちこちで飲んだり食ったりはする、、、なかには、出世するためには、、、でもそのような連中はね、私の思うのでは、才能のない人たちなんだ。自分の芸術に関して、腐敗してはならない、それで、自分の芸術のなかで腐敗しないためには、自分の生活のなかでもそのように訓練しないといけない。
 どうだ、ガスケ、覚えているか、あの昔のボロワー

 詩句には心卑しき振舞 つねに現れたり

P334
君たちの持ち合わせていないもので、35年前からそれに向かって、私が努力しているものがある。
それはメチエの根本をなす次の三つのものだ、
良心、真心、従順さ。
思考を前にしての良心、
自分自身に向かっての真心、
対象を前にしての従順さ、、、
対象を前にしてのの完全なる従順さ、
これはサント=ブーヴがゴーティエについてかいた『月曜評論』のうちの一篇のなかでうまく見つけた表現だよ。

P348.
私は絵を描きながら死ぬべきことを自分に誓った、五感をうちのめすいろいろな情熱にすっかり我を失う老人たちを待ち構えている堕落的な耄碌に陥るよりは、その方がまだましだ、、、神様はそれを感情にいれてくださるのに違いない。

ルート-アイリッシュ!

 娘と長野に来てます。
 絵の具と筆洗油が切れてしまったので。

 11時11分の信越線にのって、帰りの4時に長野の改札口で待ち合わせ。

 今、映画館。
☆ルート-アイリッシュのプログラムの表紙はエリザベス女王が左目だけ見せてます
ケン-ローチ監督
「麦の穂をゆらす風」カンヌ映画祭バルムドール(大賞)

☆幼なじみとして育ちながらも、イラク戦争で謎の死を遂げた友人の死の真相を探る男の物語。
「ルート-アイリッシュ」はイラクのバグダッド空港と市内の米軍管轄区域グリーンゾーンを結ぶ12キロに及ぶ道路のことで、03年の米軍によるイラク侵攻後、テロ攻撃の第一目的とされる世界一危険な道路として知られていた。

☆イラク戦争に参加した多くの兵士にインタビューすると、「昔の自分を取り戻したい。」と答えると看護婦は言う。
戦争の後遺症を抱えながらも、故郷で日常生活を送ろうとする深い喪失感に迫ろうとする監督。

 イラク戦争中に約16万人いたといわれるコントラクター(民間兵)の真実を本格的に描いた初めての映画でもある。危険な任務に身をさらすことで大きな報酬を得ていた彼らの真実の姿を名脚本ラバーティが大胆な語り口で見せてくれる。
 
☆「真のイラク戦争終結は、すべての戦争請け負い業者たちが、あの力差って初めてなされると我々は信じている。」ケン-ローチ

☆縷衣香記
 イラク兵は民間の犠牲者をだした悪夢から解放されない。


 大津のいじめ自殺といいイラク戦争の加害者といい弱い民間人の犠牲の上に欲望を満たす人達。

 人間はどうしようもないものだ。