September 24th, 2012

今日も20度で寒いです!

ストーブを25度制定にして室内20度ですから、実際は14,5度でしょう!

やることは一杯!

夏物のお片付けと秋物の用意!

絵は今日の目標は青蜂のいる黄色い百合です。12号。
年齢的なこともあるんでしょうけど疲れが出てます!

☆結婚のとき「息子のことはいいから、絵を続けなさい!」と言ってくれた姑!
実家では「35にもなって、こんなにいい結婚ができるなんて、何て幸せなの。今日は主人と祝杯をあげます!」と嫁ぎ先に感謝した母親。

 主人は真面目で不器用で、たぶん、あまりデート経験もなかったようで洒落たデートをしたわけではなかったのです。

 でも、7歳のときの入学式で隣に座って以来、毎日、ランドセルを置いて私の家に5時まで来ていたのです。
学校でもお隣、放課後は主人の弟(上の弟と同じ年齢)を連れて私の家にいたのです。

 主人の家は質素で蔦のからまるスペイン風の西洋館(大姑設計)に住んでましたが、子供用の自転車ではなく大人用の自転車に乗っていて主人の家にいくときは後ろの荷台に乗って私たちはサイクリングしたり、前の道路で石蹴りをして遊びました。

 後でわかったことですが、主人の母はYWCAで英文タイプライターと英文速記を習っていた時で家にいず、二人の兄弟は寂しかったのでしょう。

 「あの頃は、お手伝いさんがいたし近所の子供たちがたくさん来ていて、なんの疑問も持たなかったのよ。」と母。

 私が5年の2学期から他校に越境するまで、それは続き、ふと途絶えたのですが、私の住まいはそのままだったのです。

 私の母は勝ち気でなにか受け持ちの先生とあったらしく「あの担任では子供の実力がつかない。」が理由でした。
母は結婚前に小学校教師をしていたので少し理想教師像があったのです。

 母は面白い結婚感を持っていて、「結婚は馬鹿馬鹿しいものだ。よほどいい相手でなかったら結婚するまでないよ。それより、手に職を持って、一生磨いてその道で花を咲かせた方がいい。」という考え。

 主人の母も英文科に進み、学生結婚で子供が生まれて中退してますが、子供が大きくなるとアメリカン-ライブラリー
に勤めたり、その後25年間母校の専門学校の英語教師として奉職していました。

 戦後の日本、ベビーブーマーの世代に生まれ、二人とも逞しい近代的な思想の母親のもとに育ったのです。
☆偶然があって、大人になって再会してトントン拍子に縁談が決まり、誰も反対のない結婚でした。

 自分は誰かが泣く結婚は嫌だ。
 過去に何があっても女性を泣かしてきたような人はダメ。
 という基準だけ持ってました。
 彼は20万円以下の収入だったのですが、姑と同居だったのですが、少しも嫌でなかった。
何の不安もなかった。
 両親が喜んでくれたので良かったです。

 そう言うわけで、私は堂々と絵を続けてこれたのですが、長い結婚生活ですからそれなりの試練はあります。
☆本当は母は、私を独身にして絵描きとしてひとかどにならせる夢を持っていて、そのために同居して家事いっさいを母がずっとしてくれるという人生の夢を持っていて、妹の方をお嫁に出すつもりでした。
父も主人が来たときに、「できれば妹の方を貰ってくれないか?」と言ったくらいでした

 博士号をとり教授になっている妹は生活に困ることはないのです。
でも、彼女から家族が消えてしまって、父なき後も東京の家には関心もないのです。

 私が7年のアメリカ生活から帰って来たときに妹は私へ内緒の主人への贈り物を届けるようになって弟たちに「姉の主人は私に夢中よ。」と言いふらすようになって、主人に
「あなた、こんなことを言われてるわよ。」と言ったら、主人は親戚付き合いのマナーの範囲だと思っていたので、ビックリしてメールの返事も書かなくなりまし。

 独身の生活は厳しく、競争社会の学問の世界もストレスが多いのは想像つくので、私は労りの気持ちしかないのです。

 でも、妹は教授になるよりも教授夫人になりたかったのかもしれません。

それがお見合いで壊れたときに、妹はアメリカに行き大学院と博士課程で7年でドクターをとったのです。

 それは見上げたものです。立派です。

 しかし、日本で大学院を出ているものでないのでコネがなく37歳くらいから50歳まで就職の決まらない間、日本の自宅で非常勤講師として両親と同居していた間、地獄だったかもしれません。

 日本の当時の常識では37歳の女性の結婚は難しかったのです。

☆子供をつれ実家に遊びに来る私と両親の孫に狂う姿は、妹に残酷なものだったでしょう
母は「姉妹だから、同じレベルの結婚をさせてあげたい。でも特別幸運の姉と同じような結婚は不可能でしょうね。」と母親らしい嘆きをしてました。

 私も家事ができないので、「いつ出戻りで帰ってくるかも妹の楽しみのひとつなのよ。」と、母は私に忠告してました。「あなたの家庭が壊れるのが楽しみでしょうがないの。独身だった姉がそうだった。姉はアメリカ大使館で働いてキャリアウーマンだったけど、主人が成功していい暮らしをしている私を嫉妬して意地悪をしたものよ。」

 それぞれの立場があります。
 キャリアを持っている姉は戦争で好きだった人が死んだとも。
 また、私の父親とのお見合いで「できれば姉の方をもらってくれないか?」と母の実家はいったらしく、父の家は呉服屋だったので、「英文科出た人よりも家政科出て、着物の縫える人がほしいので、妹ならもらいますが、姉の方は要らないです。」とうことでしたが、最近、母の弟の嫁が言うのには「本当は姉の方を気に入っていた。」と、誰もが思っているそうで「?」と思いました。

 末の弟と「4人の子を産んでるんだからそれはないよね。でも、叔母さんがそう思って自分を慰めているのはかまわないけど。」

 結婚して、姉はしょっちゅう私たちの家に来てました。アメリカのお土産品をよくもらったものです。

 そして、名古屋のアメリカ領事館から虎ノ門のアメリカ大使館に栄転したときには、私たちの家に居候をしたいといってきたので、母は「いつまでも、姉気取りで命令してばっかりだから、同居何てどもならん、」と言ってましたので、親を助ける気で自由が丘の女性専門のマンションで階下はお稽古の学校の治安もよく駅から近いところを探してきたのでした。

 叔母はとても気に入り、死ぬまでそこにいましたし隣も買って2部屋を使って暮らしてました。
☆人間にはそれぞれの立場があります。
 独身の人には独身の誇りが。
 結婚生活をするには家庭を守る義務があるのです。

☆私の何人かの友人は美しい未亡人なのに、「子供たちの尊敬を失いたくないから再婚はしない。」と言う人がいます。
夫に不倫をさせられても離婚をしないで子供を守って生きてる人もいます。

 互いにうまくいかなくなって、別のよりよい関係を互いに祝福しあって送り出した例もあります。

 私は子供のいる人で夫の裏切りがあって離婚話がある話も聞きますが「若くないから、今以上のご主人はいない。別れてはダメよ。」と言う方です。

 年取って、お互いに壊れかけてきたとき許せる時期が来る。
その時、子供の幸せが喜びになる。子供から幸せになる権利を親が奪ってはいけないと言うのが私お考え。

 私の両親も不仲なときがあった。
 母も父も「子供のために別れなかった」とそれぞれ言います。

 厳しい人生。

  でも、離婚した家庭から立派なサッカー選手やオリンピック選手も出る。
 人間には本当の答えはわからない。

 でも、私は父も母も私たちの幸福のために、頑張ってくれてありがたいなと思います。
☆雨が降っていたのです。
 しかし、光が刺してきました!

 朝御飯は昨晩の味噌汁の残りとご飯とかぼちゃを温めました!
 充分です!

 庭で仕事ができるのが理想だけど、また、曇ってきたので考慮中!

 2時20分からは第一スーパーのバスが来るけど、鱈も買ってあるし鶏肉も買ってあるし!

テーブル-クロスの上に新聞紙敷いて絵を描いていたけれど、テーブル-クロスを洗おう

☆気温は23度で理想的と言うことでした!

寒いので外でワークは無理!

こんなにいきなり寒くなるとは思わなかったので、衣服の用意もまだなのでした!

それで、絵を描くようの割烹着風のものや暖かい生地の普段着を求めてユニクロ辺りに出掛けることに!

それと柱時計が電池が切れて止まっているままなので、黒姫前の時計屋に持っていって電池の交換も頼みたいところ。

わざわざ留守宅に確認する第一スーパーのバスの運転手さんで、タカ子さんに待たないように伝えました!

☆タクシーさんが39分に迎えに来て時計屋の前に下ろして貰いました。
帰りにピックアップするように電池交換を依頼。

☆新聞を買って信越線に無事乗りました。
昨日のニュースでいきなり寒くなって脳梗塞で倒れる人が増えて、水分補給が必要とあったので、電車が来るのに数分あるのでお茶ボトル缶も買いました。

☆皮肉なことに車窓の外は晴れてます!
(さっきまでは、雨がぱらぱらだったのに!)

☆1時40分から ジェーン-エアを千石劇場でやっているので観よう。
理想的にはその間docomo でスマートフォンの充電をしよう。

 16時40分から長野ロキシーで「ル-アーブルの靴磨き」もやっているので体力があったら観たい。
 長野に出るだけで最低でも480円×2+タクシー(帰り)+歩きかバスかタクシーにのらなければいけないのでそれだけのメリットがないと合わないのだ!

☆無印は駅ビルの中にあるし、ユニクロも割烹着を安く売っている店も権堂アーケード近くにある。
そして、7時前の半額セールの東急で買うのが一番賢いと思いますが!

☆人生のことを考えてみた。
自分なりにその時の最善を生きてきたつもり。

 経験で知ったことは普通の暮らしの尊さだ。
 パリで私生児を産んだY子は当然だが、その時からご主人の送金が途絶えた。それでもアーティストとしては成功したと言えなくもない。

 フランスで母子家庭で暮らすのは大変だっただろう。
 だから、私からも30万円だましとったのだが、強い憎しみと嫉妬を感じた。

 私は気が弱く怠け者だからそんな芸当はできない。
 それで普通の結婚をしたのだ。

 Y子にとって見ればいきるのに必死で他人の損失や裏切ることは何でもないことだったのだろう。
私もアート大好きなので寛容だ。

ジェーン-エアを観る!不朽の名作、映画化28度目!

今は5時27分の信越線を待つため軽いお昼として駅ビルでホットドッグを食べてるところ!

☆レインコートを映画館に置いて来るほど疲れているので、時計屋さんの閉まる7時前に帰ります。

☆docomoで携帯を充電したのを受けとり、東急で五幣餅とお好み焼きはんぺんを買いました。
お割烹着よりも無印の30%引きの長袖の白のワンピースを買うことにしました。
他に大きいサイズの腰までかかるウールのチェックのシャツ。男ものだったかもしれません。絵を描くときに羽織るのにいい感じだったのでした。

☆「シャーロット-ブロンテの世界」とカタログを映画館で買いました。
「嵐が丘」も彼女の妹のエミリー-ブロンテの作品のようですね。
 少女時代が甦るようなロマンティックな映画でした。

 恋とか愛とかいくつの年齢になっても忘れたくないもの。
 私は「男嫌い」「燃えない女」と言われてきたほど、異性って興味ないんですよ。

 マザーテレサが「福祉でも奉仕のためだったら自分は修道女として生きなかった。キリストのために修道女となった。」と言ったそうです。

 私も数段レベルが低いながら、キリストのために生きているのです。

キリストのためなら、どんなに障害のある人ともハンデのある人とも生きることができました。
神が望むなら本当に長い差別に生きている人とも結婚だってできたのです。でも、真実をのべるのは危険なのですが、光
が天から射して、そうならなかったのです。

 この間、テレサにイエルサレム巡礼と聖コルベ神父の列聖式で神様に決めてもらおうと思ったのです。34歳で修道院も結婚して子を生むことも絵を描くためにフランスに永住することも選択ができた年齢でした。
巡礼で同室だった70代の薬剤師の女性が妹が修道女だが、晩年で働けなくなったときが惨めだ。この道は進められないと言って大勢の聖職者のツアーで「このお嬢様はこれから結婚なさるかたですので、皆さま、お祈りください。」とすっぱぬいてしまったので結婚することになったのでした。

 テレサ母子は「神様は結婚させたかったのね。」と言ったのですが、「結局、絵も宗教もになやっているのよ。今は俗世にいて使命を果たす時代になったのよ。神の至現を得た人はほとんど結婚してるもの。メジェゴリエ、ガラガンダル。」

 しかし、私は決して清い乙女とかキリストから1秒も離れたことがないとは言えません。ずっこけ、転びの多いものです。

 私はたぶん幸せな結婚生活をしているのでしょう。私は主人を一秒たりとも裏切ったことがないし主人もそうだそうです。

 それは、娘も知っていることで私の娘は「パパとママが離婚したら、死んでやる!」と言うのです。
アメリカで多くの離婚家庭を見て子供たちはみな傷ついていると娘は言うのです。「自分は絶対そんな惨めな子になるのは嫌だ!」と言うのが娘の考え方です。

 勿論、世間には狂暴的な夫や浪費家のの妻もいるでしょうから、別れて子の命を守る場合もあると思うので、これはあくまで私どもの家の場合です。

☆「ジェーン-エア」の主人公は不幸な生い立ちをします。
上流で裕福であっても両親が死に叔母に育てられ虐待され弧児院にいっても教師から愛されるわけではない。
だから、真実の愛を切に求め慎重だったと言えるでしょう。

 不幸な結婚で親が決めた財産のある家の娘と結婚した男。
男は妻の不倫にも耐えて家庭を守ったが4年たつと発狂した妻は座敷牢に入っている。精神病院にいれるのが酷だからと
言う男の言い分。しかし、妻は幾度も家に火をつける。妻には妻の言い分があってとうとう家から飛び降り自殺する。

 家庭教師としてその家に入ったジェーンは、座敷牢の妻のことを秘密にされたまま結婚することになるが、結婚に異議たてる妻の兄弟や父が現れて、不信にもなるし、妻のいる人とは例え狂っていても結婚できないと思って去る。

 極めてノーマルなジェーンの感情です。
昔はこれでもセンセーショナルな女性の生き方だったようです。

☆不思議な国のアリスで強く逞しいアリスを演じた女優が演じている。
聡明で強い女性の生き方が似合う。

それにしてもイギリスの風景は美しくウエストの細い女優の着るドレスのシルエットの美しいこと!

コテージに帰って夕食準備!

 無事に鳩時計(かっこーが鳴くのであるが)が直り、あたたかいコーヒーを飲みに喫茶「しなの」によったら、お母さんが茗荷をくれた!

 それで、茗荷と油揚げをいれてお味噌汁とポテトを茹でて、鱈とバター味でオーブンにいれて、サラダとポタージュスープで夕食を作ってます!

☆夕食後はワークして、睡眠前は「シャーロット-ブロンテの世界」を読む予定!
 
今日は寒くて、セブンイレブンの横がなんと15度!
山上は2度低いので13度くらいでしょう。

早速ストーブをつけて長袖の上下に着替えました。

今日、「無印」で買ったのは厚手のタイツ2組、スパッツ、スープにいれるクルトン、フランネル-ワンピース(男物のシャツだと思っていたが)、白の長袖ワンピースで、クルトンとタイツが50%引きで白ワンピースが30%引き。

絵を描くための画家がよく着ているうわっぱりに似ているのでした!

☆毎日、毎日、夢のようです。
 人生はどんな環境に置いても希望がある。

 長野テレビで毎年500人の自殺者がいると言うアナウンスがあります。
誰にでも辛いことがある。死にたいときもあるかもしれません。
でも、神を信じればその苦しみを聞き取って救いあげてくれる神がいる。
ある絵描きのブログに一生懸命描いているといいことが起きるというのがあり成る程と思いました。

 私も辛い日々がありました。苛めとしか思えない悪意の陥れもありました。
しかし、どんな酷いことされてもとことんと恨むことができないお人好しの私。
でも、明らかに天使の救いを感じるようなやり方で夢のように幸福になりました。

 神様はここの人にたくさんの贈り物を用意してくださっているようです。
多くのひとはそれを受け取らないで死んでいくそうです。
神様はひとを幸福にしたくてしかたがないのです。

 ですから、死なないでと私は願う。
 生きていれば、神様がひとに姿を変えて救ってくれる。そういう風に人生はできている

 この間観た映画の原題「Mirror Mirror」は人生の秘密を表したタイトルだと思う。
このタイトルは深いと思う。日本題の「白雪姫と鏡の女王」より、継母の悲しみが自分のしたことの報復だと分かりやすい。

 このお伽噺はとても大事なことをグリム童話よりよく描いていると思う。
差別をしてはならないこと。
チビだ。汚い。そのアンチとして女王は美に執着する。それは楽しく滑稽なほどのエステと人工的にウエストを細くするための使用人への命令。

 次に邪魔物は殺す。愛さない。
幼い白雪姫を幽閉して育てる。
自分を脅かすほど美しくなれば家来に殺すよう命じる。

 王のものは姫が相続するものなのに自分のものにする。

 民衆に多額の課税で苦しめ自分の贅沢に使う。

 なんと罪深いのだろう。

 罪を重ねすぎて女王は白雪姫の清らかさの前に亡びる。
「Mirror Mirror」だ。

 今日の世界の地獄はここにある。
差別。
人種、障害、文化の違い、美醜、能力の違い。

 そして、女王(いちぶの権力者が民衆の奴隷化を企て、人口を減らす方向の企てをしているそうだ。)
が悪事を止めなければ、亡びるのは女王なのだ。

 世界中の白雪姫と白雪王子は立ち上がって世界の浄化のために挑んでほしいものだ。

そんなメッセージが入っている。

☆予定としては、少しでも早く夏の絵を終えて、1階を片付けて階段をつくってもらうようにBESSに頼む。

 そして、備蓄や画材の要らないものを地下に片付けてシンプルなアレンジの暮らしにする。
 これが、10月の末までにできることを切に望みます。

 今日、タカシ君がいっていたけど、冬支度の薪が「山屋」さんがなくなり、「コメリ」が高いので、店のお客が自分のうちにきった薪があるので訪ねた客に好きに持っていけと答え、家に帰って調べたら、盗まれていたと言う。
やれやれ。

 と言うわけで11月になったら、薪を買わねば!
 それでも寒いので灯油ストーブを買おうと思う。
 
 でも、今年は冬は神山には長くはいない。バスがなくなって、タクシーもこれないレベルの雪事情で不便すぎるのだ!
 だから、絵を描き終えることを急いでいるのだ。