December 2nd, 2012

携帯がみつからない!「野口 一8初め)の世界」ブログを読んで!

 昨晩、パソコンと携帯を写真を取り込むために連結していたのですが携帯が切れてるのです。
主人が出かけたので持って行ったのでしょうか?

 今日は髪を乾かしながら自室の整理整頓と掃除です。とにかく、娘の衣服を箱に詰められてきれいに積んでおいたのですが、娘が衣服を取り出した時にそれが上から重なり落ちて、部屋の秩序をめちゃくちゃにしてしまったのです。

 そんなわけで、写真も携帯撮影ですので取れませんし、昨日に引き続き家から出る時間もないほど片づけに追いやられるでしょう。
 お昼はチーズトーストに主人が淹れてくれたコーヒーです。
 夜はリゾットとお野菜を長野から持って帰ったのと友人がくれた鴨肉の燻製の「守護の天使のスープ」にします。


☆昨晩、夜に深く読み入ったブログがあります。
「児童虐待をのりこえて 野口一(はじめ)の世界」という50代の画家のブログです。
きれいな澄んだいい絵を描かれます。
このブログのコピーです。

はじめに


ご訪問ありがとうございます。


虐待は、家族をむしばむ毒薬です。




虐待される子供は、それでも親の愛を求めてやみません。


決して、手に入れられないと理解するまで、


長い年月を要しました。


私が体験と影響をお話しすることで、


苦しんでいる方の、役に立つことを願ってやみません。


愚かな繰り返しは、ストップしなくてはなりません。

☆これは真実の実話で彼のブログを読むと、人間のことや、社会のことがわかります。
そして、神がいるのだと確信できるほど、ぎりぎりのところで彼を助ける知恵や助けがあって、彼は死なずに殺されず画家として生きてこれたのです。

 彼は極貧や家庭内の虐待から続く学校内のいじめや隣人のいじめにあいながら、無気力や暴力に襲われたりもしましたが、中卒で大工見習いをした後に30代になって定時制高校で学び卒業します。
彼のブログの文章も品格も卑しいところはひとかけらもなく、
もっとも多感な子供時代を辛い思いで過ごしながらも、荒まず、ぐれず、生き抜けてきたのは私には奇跡的なことに思えます。

 救いは、姉の援助と絵だったように思えます。

☆草間彌生さんが精神病院にいてアトリエに通いながらも絵を描き続け国際的になりました。

草間さんの文学の中に「蟻の精神病院」というのがあります。家庭内の邪魔者を片づけるために一生出れないように精神病院に入れる家庭があると書かれてます。

☆私の家でも、父親の弟が名古屋の八事に精神病院を経営というか理事をしていました。
それで、母親が脅かしに「言うことを聞かないと八事の精神病院に突っ込んでやる。」とよく言ったのです。
本当かどうかは知りませんが、精神病院の車は黄色だというのです。「黄色いブーブがお前を一生でれない精神病院に入れに来る。」と言うのが母の脅かしの常套手段でした。
それで、子供の力は微力ですから母には逆らえない子供として育ちました。

 親は正しいとか間違っているとかいうのでなく、絶対権力者でした。
私の家には自由なんてありませんでした。
洋服一つでも逆らったり着なかったりすると、打たれたりご飯をくれなかったりするのです。
母親の虚栄心の生贄という感じに使われていたのでした。

 理由は全く今もわからないのですが、私は母親から虐待を受けていたのです。
それで、父親が「継子苛めのようだ」とかくまって、なるべく家から連れ出してゴルフのお供に連れだしていたのですが、それが一層母親の感情を悪化していたのです。

 このはじめさんのように、虐待されている子供って勉強なんかどうでもよくなるんですよ。
兎に角、毎日、泣いてました。父親が仕事から帰って来ると、父親が慰めて母親を叱るので、ますます「父親に聞こえるよう泣く。」と憎悪をたぎらかすのでした。

 そして、子供のころから思い知ったのは、誰も助けてくれないということでした。

☆はじめさんの書いているように、家に中でどんなことが行われていようとも人間の社会では外見の普通の人を信じるのでした。
 母親も小学校の教師をしてましたから、「元教師として。」というので、世間は子供が家でどんなことをされているかは想像もつかなかったと思います。
 家庭は真っ暗で、子供たちは皆傷ついていたのですが、長女として逆らう者の代表として虐待を受けていたので他のものは庇ったり味方についたら、どんなことをされるか知っていますから母親につきます。しかし、心の底では更に自尊心が傷つけられていたでしょうね。

☆はじめさんは精神病院に2度強制的に家族の力でいれられ、強い注射で体も頭も機能されなくされるのです。
 肇さんは家出をします。しかし、親の力が大家にも及んで農薬で殺されかけたりもします。生きてると家庭内の秘密が暴露させられるのではないかと家族は思うのです。

☆私も自由のない家から出るのには、絵を頑張って少しでも早く自立することが先とがんばったのでした。
 しかし、母親は家から出られないように、私の絵の顧客名簿を捨てたり、仕事の電話をすべて罵ってかけさせなくして妨害の妨害をして自立できないようにさせたのです。

☆はじめさんはやはりどうしても絵が描きたいという希望で生き抜いてこれたのでした。
☆65歳にもなって世の中が少しは分かるようになると、絵かきとしてはこれが最も王道だということなのです。
 守護の天使がここぞというときには助けてくれるのです。
 そして、家から出て世の中に出ても、絵の畑にもいじめや妨害があり、家でいじめられていたせいか打たれ強くなり強く生きてこられたことを思うと、実に紙に愛されていると、今は神に感謝の気持ちがいっぱいになるのです。

☆いじめで自殺をする子供たちをニュースで知るたびに私は涙を出します。
 私は女学校の教師にもいじめられていましたが、戦争で結婚できなかった女性のいる時代でお茶の水女子大学を出た教師たちのほとんどは独身で、実に小さなことでいじめるのでした。
たとえば答案の文字が斜めだとかという理由です。

 父は「人間は幸福でないといけない」と言ってました。
 私もそう思うのです。
 私をいじめた中学や高校の教師も大学の教師も幸福ではなかったのです。
 不幸にはいろいろな形があって、離婚した家庭の娘と二号さんの娘が組んで17歳の時にはお風呂を覗きに来るような男を仕掛けられたこともあります。
その人が私が騒ぎ立てたので自殺未遂をして、私は自分が罪を犯したわけではないのに神に償いの人生を生きる誓いを立てたのでした。それが20歳の4月7日です。

 私は今も自分は普通だと思ってます。
 でも、資質が幸福な人なのです。

 母親にどんなにいじめられても、私は資質が幸福なのでいつも幸福ものの輝きを持っていたようです。

 父は私を眺めて、「おまえは、幸福だね。」と言ってました。
それは、父も同じで、自分より不幸な人にとことん尽くし、困っている人をいつも助け続けてきたので心から放つ幸福資質で、生まれ持ったものなのでしょう。

 母は比べると、とても裕福で自由になるお金で子供をコントロールしてもいたのですが、嫉妬心強く勝ち気で、いつも不幸な人でした。
これは、やはり持って生まれたもので、どうにもならないものだったように思います。

 私が母が蔑視する人にやさしくするだけでも、打たれたりしました。「あんな人間と付き合うんじゃない。父親にそっくり。」というのでした。
父親は裕福に生まれたのですが、母とは真逆で貧しい人や弱い人にはとても優しいのです

携帯が見つかった!

2012-12-02 03.18.07アームチェアの椅子の下に落ちてました。
パソコンと携帯を繋いだのが邪魔だった人が外して(どけて)、そのはずみで落ちたと思われます。
娘も昨晩、繋いであったのを見たといってますから。記憶違いはないでしょう。

☆草間彌生さんが、「命がけで描いてきました。」と何かの受賞のインタビューで行ってました。
確かにそうだと思うのです。

 一さんも、命がけでした。
 そして、命がけで私も描いてきたのです。

☆人間にはどこまでも可能性があって、天国の高みにも到達できると同じように地獄の底にも堕ちるのです。
 そして、三岸節子さんが書かれているように、神様は決して間違わずにその人の生きざまを観察し、その人にふさわしく未来を作ってくれるのです。

 小さな戦いは毎日。
 どんなに貧しくても体が弱くても心がけ次第では高みに到達できるのです。

☆私も親からは月5000円しかもらえなかったのですが、田園調布に住んでいたのでお金持ちだと思われていたのか級友からも芸大生からもいつもたかられていたのでした。

 それで、私はアルバイトをいくつもしてました。
 伊勢丹のバーゲンセールのレジやカラー写真の現像所の結婚式の写真の修整。少しも惨めでなく世間を知って働いてお金を得ることが誇りでした。
 不思議にそのわずかな報酬を狙ってかすめ取る人が同じ年齢の大学生がするのですね。
 心乱されることがないように、怒らず、嘆かず、すべてに応じてきました。学生時代ですから知れている金額でした。学生食堂のお茶代金や安い食事代でした。
 そして、美術大学の課題も受験勉強も2か月しかしなかったので、人の3倍は努力して提出してきました。

 春休みに円谷プロの仕事でウルトラマンの映画のために宇宙人が地図屋に化けて地球にいるとかで、フーラーの正24面体の地球儀も作りましたね。

 20歳の啓示は美術大学3年になる4月7日のときで、大試練がこの日から始まったのですが、ここから奇跡的なことが始まったので同級生から暴行を受けるようになりました。
 認めないで「お前の作品は見ないから、授業に出るな。」という教授がいるときに、計算高いクラスメートは私から去っていったのですが、「素晴らしい!」と絶賛した講師が現れた時は憎しみで暴力を受けたり無視されたりが始まったのでした。

 しかし、一番辛かったのは、「フン!あんたみたいないい子!」という罵りでした。なぜかわかりません。彼女は学生サークルの僅かな講演チケットのお金を「横領しよう。」と言ってきた人で、それが嫌で、横領を一緒にしなかった償いとして赤羽のダンボール工場まで朝6時に起きて働きに行き、卒業するまでご馳走し続けていた人でした。

 しかし、もう、世間の仕組みがわかっていた私は何も言いませんでした。彼女は医者の娘です。そして卒業後は助手として残ってもいます。誰が信じるでしょうか?私は神様が知っているのでそうでいいのです。

 卒業してからも、名古屋に嫁いでほっと安堵した同級生が東京へ出てきたついでだったのでしょうか?25,6歳の時ですが、いきなり自宅まできて、「どうぞ、おあがりください。」という挨拶も無視して、玄関で殴るけるの暴行を始めたこともありました。

 「結婚するんじゃないよ。」と脅かして平手打ちをする同級生もいたのです。それは大学時代でしたけど。

☆私は一切、怒らず、他言はせず絵だけ描いてました。
 同級生の間では、私は裏口で大学に入って、異性関係にふしだらで、親も教養もなく育ちも悪いという風評をばらまいていている人がいて、事実が知られては困るので殺したかったわけです。
殺すというのは命を殺すということでなく、画家として実らず結婚もさせず、人間として負け犬にして嘲りたいということなのでした。

 しかし、そんなことがわかったのはごく最近なのです。
自分には訳が分からないという感じでした。

人生は芸術だ! 人は人生にどこまでも美しい絵を描くことができる!

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 私は幸福なのでしょうか?

 「あなたほど幸福な人はいませんよ。あなたは死ぬときにそれがわかるでしょう。」と言った人がいました。

 「この世の富を独占している。」という人までいました。
私的には「へえ?そうなの?みな、そんなに不幸なの?」という感じです。

 私をいじめ尽くした母も、結婚して娘が生まれる前に脊椎の手術をしたのですが、悟るところがあったのでしょうか?泣いて謝ってきたのです。

「今まで、ひどいことをしてごめんね」

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 私は一切を許し、地球をよくするにはまず身近な人と仲良くできなければという試練に勝てたのでした。

☆いつも言っているように、身長158センチ、体重50キロ、容姿はふつう、頭の程度もふつう、出自も家柄もふつうの私です。
 だから、特権的なことは何もない。
 そんな私でも
 苛められても、生きていかれる。
 どんなに人工的な嘘をまかれても、真実は勝つ日が来るのですと私は経験で言えます。

☆真夜中、「遊びましょう?」と呼び出した同級生はどのような企てをしていたのかわかりませんが、断ると舌打ちをしていました。
 赤坂に呼び出されて、「妊娠していると噂が立っている」と、喫茶店で大声で罵られたこともあり、自宅まで押しかけて殴るけるをした理由は今も私にはわかりません。
 でも、仕事妨害になるので、以降さすがに絶交しました。

 ところが、7年もたって、謝りはしないのですが「姑に注意されて反省した。これからも付き合ってくれ。」と電話がありました。
「これから仕事先に行かねばならないので、電話を切ってください。」「大学の時に一緒に写真を撮ったのに、もう付き合ってくれないのか。」と電話を切らないのです。
「軽蔑しないで。」と最後に言った言葉が耳に残ってますが、私も仕事先に遅れてしまったのでした。

☆私はいつも自分の田園調布の家で美しい星と多摩川に移る高速の明かりとをうっとりと見ながら神様とお話をしていたのでした。
 心を汚すことは興味もないのです。
 次にやらなくてはならないことはいつもたくさんあって、いつも働き学んでいました。

 そうですね。
 それが、幸せというものかもしれません。

☆私を見ていると、ビートルズの「あるがままでいい。」という歌を思い出す。という人がいました。
 その人はかなり若くして死んでます。その人が17歳の時にお風呂を覗くような人を仕掛けた同級生でした。
 羨ましかったのかもしれません。

 それと、「ケセラセラ」の歌が私のテーマ。「なるようになるわ」ということです。
 
☆神様は公平ではないと大学受験に2か月お世話になった先生が言ってました。
 豊かな賜物を受けている人は試練にも耐えられる。しかし、耐えられない人をもこの世にはいるのでした。

☆この頃、思うのですが、死後の世界も生きている世界も魂の在り方において厳しい階層社会だということはつつましく日々精進していくしかないということです。
 どんな地獄にいる人をも見捨ててはいけない。
 しかし、地獄の底にいる人を一息に天国に導くのにはあまりにも普通の人間の能力には限りがあるということです。

 ですから、ある程度のところで手を打つしか仕方がない。
 そして、自分が引きずり込まれないように注意しながらも少しでも光に導くのが人としても務めなのではないかということです。

☆名もない市井に隠れて生きている初老の画家に過ぎない私。
 でも、天から光の愛情を浴びている。
 とうとう家から出て自立するという夢は果たせなかったのですが、絵のお蔭で幾度も命拾いをしたことがあります。
 芸は身を助区というのは本当です。

 晩年の課題は自分の描いてきた人生の芸術の仕上げをいかに丁寧に描くかということですね。

 どんなに辛いことがあっても一生懸命に生きていれば、人生は美しく納得のできるものなんですよ。



 天国までの道はどんなにか甘美なことでしょう!






 

娘と夕食!

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 守護の天使のスープにリゾットで!

 お肉は友人が持ってきてくれた鴨の薫製!
ポテト、ピーマン、玉ねぎ、トマト、ブロッコリー、カリフラワー!
とても美味しかったです!

☆ それでおすそわけで姑に!
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 今、持っていったら「美味しい!」と幾度も喜んでくれました!

チョコっと!

山すみれも薬草らしい。
神山に自然発生してます。
2012-05-15 14.37.39
2012-12-02 21.11.34
1ユーロ金貨の裏はダーヴィンチのデッサンでしょうか?
2012-12-02 03.18.47

今、主人が来たので、男の子のチョコをあげました。
娘が来て、女の子とてんとう虫を持っていきました!

私はきのこ。
2012-12-02 22.49.59