December 10th, 2012

 日々、新しい日!

朝起きたら、本が届いていた!
ここをプッシュすると本の表紙が出ます。

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2012-12-10 13.34.00  

☆ 田淵安一
タブチ・ヤスカズ

1921年、福岡県に生れる。東京大学美術史学科卒。1951年、渡仏。1955年、ブラッセル市立パレ・デ・ボーザール個展でデビュー。以後、パリを中心に欧州、日本その他各地での個展、国際展で作品発表を続け、今日に至る。1985年、フランス政府芸術文化オフィシエ勲章を受章。主著として『西欧人の原像』(人文書院、1976年)、『イデアの結界―西欧的感性のかたち』(人文書院、1994年)、『ブルターニュ・風と沈黙』(人文書院、1996年)がある。

 作家がムッシュー青木に贈呈した古本であった!
2012-12-10 14.30.53
あとがきに書き込みがあったので返送しようとしたがサイン本なのでまあいいかという感じになった。

帯の言葉
「…いったい、奇蹟を見ぬ画家に奇蹟を描くことができるだろうか。しかしまた、奇蹟を見た画家に奇蹟が描けるものだろうか。奇蹟を生きること、奇蹟を信じること、そして奇蹟を描くことは、それぞれ別々のことである。ただ一つ、この三つを結ぶ可能性がのこされている。象徴という協力な投射光を民衆の深層意識に当てて、そこに潜む奇蹟の、かたち を映し出すことだ。」

第一章はアイルランドのアラン島のケルトキリスト教。
崖に住む隠者としてのキリスト教の修道僧。

第二章はアッシジの聖フランシスコの奇蹟。
最初に聖フランシスコが聖痕の奇蹟を受けた現在ラ・ヴぇルナと呼ばれる修道院が出てくる。
カルチェリの岩窟。聖者が籠った岩室は身をかがめて入るサイズ。
1224年9月15日未明に起きた聖痕の奇蹟。
田淵安一氏はジオットの絵から聖フランシスコの地を訪ねる。
聖フランシスコの死後2年で列聖されたのが、この奇蹟の跡をみたお多くの人が証言しているのも理由にあるだろう。
ヒルデガルトは今年になってローマ法王から列聖と教会博士の称号を受けている。時代というものがスポットライトを与えるのだろう。
p83.奇跡を信じていたのは、むしろ文盲の民衆の力だ。
口をあんぐり開けて壁画を見ている巡礼者に、奇蹟を信じさせるのに、言葉はいらない。人々はすでに奇蹟を信じているのだから。

☆田淵安一という画家は耳にも聞いていたし画風も頭に入っていた。
1973年、村松画廊で個展をしたときに、「毎日デイリーニュース」で田淵さんの絵の写真とが記載されていたのだ。
その時に、同じ誌面に私の画評も記載されていたので、調べれば新聞は出てくると思うが。
私はその時は公明新聞に「不思議な国のアリス」のテーマでの個展の記事が記載された。

☆2009年12月31日に村松画廊は閉鎖された。
村松画廊はクローズの際に、全部の個展記録と記載記事が載っている本を非売品で出版したとのことだ。是非、見たみたいと思う。
記録集『村松1942ー(表紙タイトル)画廊-2009(裏表紙タイトル)』(非売品限定800部)が発刊されました。384頁、各頁 3段組(1段1000字強)。内容は、日付け.作家名.タイトルと1100枚を超える現場展示の作品写真、その展覧会に関しての新聞評や雑誌の記事等が掲載されている。貸画廊だけでなく企画展も多数して画商活動もしていた。



 
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ヒルデガルドの幻視 「イデアの結界」より。

写真はBBC放送のヒルデガルドビデオから。
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p。96
 イデア予定知
 「時の始まりの以前より、永遠の現在のうちに、神は御業のすべてを内蔵されたおられました。一瞬の時もなく流れもない、全き永遠を通じて、ありとあらゆるものは、可視であれ不可視であれ、聖なる神性の無垢状態のうちに光り輝いておりました。樹々やその他の被造物が、物的存在を享受することなく、傍らの水面に姿を映すのと同じく、また鏡のなかにおいてものの輪郭がボケることもない、そのような状態で光っていたのです。すなわち、ここにおいて神が創造の御業をお告げになるや、時を容れず、ありとあらゆるものはそれぞれの形を身に纏ったのです。その形は、神の予定知が、時間が存在するより非肉体性のうちに熟視なされたものです。まことに、鏡の前におかれたすべての物がそこに自らを映すのと同じく、神の創造物のすべては、聖なる神性のみむねに、非時間性のなかにおいて姿を現すものなのです。この御業の予定知なくして、いかにして神は存在しえるでしょうか。ひとたび肉体につつまれるや、被造物はそれぞれに定められ
た働きの完璧な状態に達する。その理由は次のとおりです。つまり、聖なる神性は、予め、与えるべき助力を知っておら
れ、精神的知と物的知識の必要な支援をご存じなのです。それゆえ、光線が被造物の形を照らし出すとおなじく、神の純
粋なる予定知は、被造物の形を肉体が包むそのまえに熟視されるのです。ということは、それぞれの物は神のお予定にし
たがって、肉化に先立ち、予定知のただなかにおいて似像として燦然と輝いているのです。」「神の御業の書」第一幻視
の一節。

p125.
美のかたち
「わたくしは、神秘にあたり、南の空中に心奪われる御姿を観ておりました。御姿は人間の見かけをおもちでした。お顔のあまりの麗しさ、輝かしさには、お顔を拝むよりもお日さまを観る方が易しかろうとおもわれました。頭には大いなる金色の円環をいただいておりました。円環の中にはいまひとり老人のお顔が、その方を見下ろし、顎とアゴヒゲは頭頂に
ふれておりました。はじめのお方の首の両筋から翼が生えておりました。翼は金環の上方にひろげられ、上で触れあって
おりました。右翼の曲線の先端に鷲の頭がついており、その焔の眼は、鏡のごとく、天使の輝きを放っていました。左翼
のその部分には人の頭がつき、星の輝きのごとく光っておりました。ふたつながら東を向いていました。両肩から膝ま
で、翼が下がっていました。太陽の輝きをもつ衣を纏っておられました。御手には子牛を抱かれ、白光に溢れて輝いておりました。その方をみ足もて、黒々しく、恐ろしげな、胸悪くなる怪物と蛇とを踏みしかれておりました。蛇は、怪物のの右耳を口に加え、胴体は怪物の頭に巻きつき、尾は左方に向かい怪物の足許にとどいておりました。」

 神の御業の書の初章「第一の幻視」の冒頭

p127.
「天の秘密がわたしに啓示された、ただそれだけを記した。」ヒルデガルドの証言。

☆☆☆
 私の読後感!

 修行僧が隠者として孤独で最小限の収入を得る他は祈りと瞑想にふけるのはなかなか考えさせられました。

 私が最初に買ったヒルデガルトのお茶は「隠者」でした。
そして、長野のコテージから持って帰ってきたのは「断食」のお茶。

 ヒルデガルドの見た幻に対して、田淵安一さんは幼いころからの教育やどこかで見た絵画の記憶が混ざっているのではないかという主観を述べてます。
この本には蕪村や中国の荘やプラトンの見解などの多くの知識が記載されている。東大で美術史を専攻した田淵安一さんの見解です。

 しかし、素朴で文盲に近い私の見解はもっと単純なものなんです。

 神というのは極めて個人的に表示されて、それはダンテの神曲に現れる天界というのと極めて似ていて同じではない。

 しかし、インテリは惹かれるのでしょうね。

 ヒルデガルドの音楽を聴いて原稿を書いている場所もあるので、この中世の女性のスケールの大きさに魅了されてもいたんでしょうね。

 

夕食はお雑煮!やはり美味しい「冬」のお茶!「シュトーレン」をスライス!

品名 白茶(弱発酵茶)
   白茶(中国茶)、ヨーグルト(脱脂粉乳、砂糖、加工デンプン)、レモングラス、レモンマートル、甘味料(マントルデキストリン)、クエン酸、香料(レモン、バニラ)
2012-12-10 20.43.59

私も娘もお雑煮が好きなんです!
2012-12-10 18.38.25
 娘に油揚げと椎茸の買い物を頼んで、家にいました!

☆読書の日!「イデアの結界」
☆お茶タイム!
なんとも洗練されているお茶!
2012-12-10 20.28.43
 シュトーレン!
 ドイツでは、クリスマスの1か月前から薄くスライスしたシュトーレンを毎日ひときれづつ食べながらクリスマスの訪れを待つそうです。Liebeリーべ。
2012-12-10 21.07.31