December 25th, 2012

クリスマスの歓び!

家族で夕飯をささやかに始めたころ、松屋デパートから電話が!
ケーキを取りに来いというのであった!
9時までやっていて7時半であった。私はてっきり届けてくれるのかと思い込んでいたが、取りに行くようになっていたらしい。
それで、急いでコートをひっかけて取りに行った。
しかし、お蔭で銀座に行けたので何となくウキウキしてしまった!

地下鉄の都営線「東銀座」で降りるので、映像は地価のショーウインドーで三越だったと思う。
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帰りの銀座「和光」界隈!
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三越1階の中!
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12月25日の贈り物!恵比寿までお出かけ!

もっぱら大掃除!
 睡眠不足なので今は休憩

お昼は軽く。貝柱と鶏肉。
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☆3時に、娘と姑のところにケーキとクリスマスプレゼントをもっていきました


お茶を入れて3人でケーキ!
姑はまだ元気でゆっくりとなら火事が全部できます。
こんなご時世ですから、地震があったらおこたつの中にもぐってねと言って帰ってきました。

家でのんびりとと思っていたのですが、少しクリスマスらしいことをと思って夕方お出かけに。
娘がスープを作るということなのでお任せをして近くの恵比寿に行くことに。

あまり行かないのですが、ガーデンプレスに行きました。

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帰りは11時ごろになりました。
ケンタッキーチキンで鶏肉とポテトを買って帰ったのですが、娘がズッキーニがあるのでというのでカリフラワーと一緒にトマトスープを作ったのです。

☆部屋でごろごろと休んでいたのですが、クリスマスらしくとお出かけ!
それがよかったようです。何か守護の天使が出かけるように誘ってくれたのでした。

イエスの誕生の意味!愛を求める人生の落とし穴。

私はクリスマスのローマ教皇のミサ説教にあったように、世界の不公平や貧しい人たちのことが解決しないとキリストの降誕の意味を疑いたくなります。


☆今日の日本経済新聞でも被災地の高齢者や障害者を背負う人が責任の重さたじろいてなかなかなりてがないと書いてありました。

☆人間は誰でも完全でない。
 自分も外国ではすぐ弱者になるだろうし、もう、65歳で老人の年齢にはいってますよね。
たまたま健康ですけど。

☆この間、松本清張のテレビ番組で美人過ぎて夫に浮気を疑われ離婚した時に、元夫が平凡な容姿の女性と結婚し子供にも恵まれ幸せに暮らしているのを観て傷つき、容姿をわざと醜くして家政婦をしている女性のドラマをしてました。

 また、美人過ぎて自殺した男が4人もいる華族様の愛人が家政婦教会に働いていたのです。

 私はこれは本当だと思うのです。
子供が4人もいた我が家で子供時代はいつもお手伝いさんがいたのですが、それは美しくきれいな着物を着た粋な若い女性が真っ白なおかっぽう着を着て働きに来てくれたこともありました。
友人の元総理の姪御さんに言わせると、さぞいいところの奥様だったろうと思えるような品のいい女性が家政婦教会から派遣されることもあって人手の足りない時には助けてもらったというのです。

☆この前観た「レ・ミゼラブル」の映画では紡績工から首になり娼婦になった女性が出てきます。美しすぎて同僚の反感を買って陥れに近いやり方で女工を首になったのです。
 美しいということは美点でもありますが逆のハンデもあるのだろうと思います。その役を演じた女優さんがビデオでネパールとかの娼婦の映像を見て「私は普通の家庭に育ったのに。」という発言を聞いてとてもショックだったといいます。

 私は女性の人生は落とし穴がいくつもあると思うのです。
 気が無欲で情にほだされやすいというのもある意味では人生を危うくさせるのです。

 この間の尼崎の角田美代子の事件で普通の家庭の幸せな姉妹が、一人は殺され一人は角田美代子被告の身内にされて片棒を担ぐという恐ろしいことがありました。

 彼女たちの父親がテレビで、妻も死に娘の一人も死ぬ。しかし、残りの娘が刑を終えて孫を連れて帰って来るというのが彼の希望なのでした。

 この事件で、私は冷や汗をかぐような怖い思いを感じました。私はどんなひどいことをした人も警察に訴えたことはないのです。しかし、美代子に餌と睨まれて付け入られそうになった家族のうち警察に訴えた家族は助かって死者は出なかったのでした。誰かを守ったり、誰かを許したり、かばったりした甘いやり方の家族たちが殺され手下にされ地獄に落ちたのでした。

 私は、それだからこそ、たま出版の故瓜谷社長のしたことがとても怖いと最近になって思うようになったのです。

 この人が連れてきた人の中には犯罪を犯している人もいて無心というより恐喝でお金を求める人もいたのです。そして、不思議にそれを訴えると「差別だ。愛がない。許しがない。」とずれた庇い方をして悪を助長する温床があったのです。

 実際には異国で私が風邪をひいてフラフラになっているときに、住んでいる家を乗っ取られたわけですが、もし仮に私に経済的な余裕がなかったらパリで身を落とし、どんな目にあっていたかもしれません。。

 少し大げさでないかと思われるかもしれませんが、現実に日本で立派に一流企業で働き有名人としてテレビに出ていたような人が私生児を生み、私のように通りすがりの人から30万円をだまし取るような事実があるのです。

 私は故瓜谷社長はむしろ、そこまで、落としたかったのではないかと思うのです。身を落としてやつれ果て人生の敗北者になるのを見たかったのだと思うのです。
なぜなら、後で知ったことですが、彼は倒産を3度もしたそうで成功者ではなかったからでした。

☆きれいごとには嘘があります。
友人のテレサもホームレスさんの手に握手して500円玉を持たせますが、住所を教えて一生世話など看れないことは知っているのです。それは偽善ではなくて現実を知っているからです。
幾人かのホームレスさんの中にほんの数人もそこから脱出できる人はいないといいます。

 私も多く沈黙してます。

 誤解のないように言うことは本当に難しいのです。

 人間は平等だと思います。同じように尊いと思います。
しかしながら、角田美代子被告のように自分の利益のために人を殺し手生きているような人を同じように尊いというのには無理があります。

 私はむしろ人間の運命を党として神は平等に作っていると思うのです。

 それが、松本清張の小説のように美人故に降りかかる不利もあるということです。

☆私は神様には信頼を寄せてます。

 神は誤ることがない。

 人間界を上手にずるを隠して生き抜く才能のある人はいるでしょう。

 でも、神は見ている。神の目はごまかせない。

 私は個人的にはそれで十分だという考えです。

☆人を愛するのは生きる力だ。
 でも、そのため泣く人がいたらそのため地獄にい区人がいたら、心のブレーキをかけてコントロールをきちんとする人が英雄なのだと思います。

 誰にも気づかれないでしょう。何の得もしないでしょう。しかし、なんと美しい品性なのでしょう。そう、ありたいものです。

 本当の愛というのは自己制御のあるものです。

 他人の恋人や旦那を奪って女の魅力を誇る人もいる。そんな人は美しくて魅力がある人でしょう。
でも、そっと身を引く人が私は好きです。その人の家族の幸福のために自分の一時の情熱を収める人が私は大人なのだと思います。

 しかし、だれでも人間。神様でないので、そんな風にできるかどうかは知りませんが。

☆私も罪をたくさん犯してきたでしょう。
つまり、神の前に100%正しいとは言えないと思います。

 しかし、私のものも奪って邪魔になって殺そうとしている人も今も多いのです。
そして、しゃべられたら困るようです。

 しかし、人間は意外と馬鹿ではない。

 ある時に、グループ店の6人ほどのはがきに私の文章が載った。
その時に訪ねてきた人が、6人の絵を見て、「この文章を書いたのはあなただ。あなたでなければ書けなかったはずだ。」というのです。

 自分的には、別に誰が書いたと思われてもいいようなものなのですが。

 しかし、生きることはそうしたことだ。
他人の物を盗んで名声をあげても、それに気が付く知性がある。

 だから日々の努力や心がけが必要なのだと思う。

☆ヴィクトル・ユーゴの「ああ、無情」を読むと彼の偉大さが彼の良心が希望が伝わる。

 芸術とはそういうものだと思う。