January 13th, 2013

こんなに差がある価値観!

 私はいつも思う。

 同じ私が人によって扱いの違うことを。

 これは、決して皮肉でも個人を攻撃しているわけでもない。
ただ事実だけを羅列してみるだけだ。

★女子美術の教授
 M教授 「目に見えない魂等ない。そんなものはないから君の作品は見ないから授業に出るな。」
 T主任教授「トルコ、トルコ!(風俗嬢のことらしい)個展の案内状をもってひけちらかしにきたのか?」
 G助教授「愛人にならないか?」(自分の授業をすっぽかしてよって来て)
 F教授「親から金をもらってこい。」(頼みもしないグループレッスンを施して、無視すると嘲る)
☆ハーバード大学のp教授「素晴らしい。ルイコの作品を見なさい。」
 ハーバード大学のJ教授「才能があるから無料で授業に出れるようにしてあげよう。」
 家に来て主人に奥さんに協力して才能を生かすよう説得。

★自宅近辺を歩いていると、引き摺って自分の経営するスナックで時給130円で働かした慶応大学出の台湾人。台湾では誰でも知っている有名な会社の社長という。
☆銀座を歩いていると、「あなたは何をしている人なの?」「絵を描いています。」「どんな絵ですか?」「このような版画です。」「いくらですか?倍の値段で2枚買いましょう。」と、買ってくれ自分の車の運転手に自宅まで送らせてくれた。

★「お小遣いをくれてもいいのよ。」と、引ったくるように20万円も取り上げたカトリック要理を書いている日本のS神父。
☆スイスのルツェンの老人ホームにいた京都大学や神学校で教鞭をとっていたパウロ-エグリ神父は通信費をお送りしたら、「あなたも切手代を負担しているのだから。」と返してくれ、更に本をたくさん買って贈って下さった。
☆長崎の「聖母の騎士」に、絵を依頼されたので額代を30万円付けて贈ったら、「額は自分達で用意できます。」と返金された。

★知り合いの個展のオープング-パーティーに行ったら、「絵を買え。」というので、困っていたら真冬に「絵を買わないのならコートを着るな。」と女画廊主は言う。せいぜい2万円ほどの安物のオーバーコートですよ。ご主人が喘息でパリにいないとなおらないので送金しなくてはいけないのが理由だそうです。
★w画廊で「朝倉摂を紹介してやるから、絵を買え。」と言うので興味がないので買わなかったら出入り禁止になった。
☆ハーバード大学やボストン美術館ではいつでも美術館は無料では入れるパスをくれた。
奨学金をくれて応援してくれた。

これは、一体どう言うことなのか?

これは悪い冗談なのか?

そうして、人として★の人と☆の人と同じようにつきあうべきなのか?
それとも☆の人たちだけと付き合って快適に暮らすべきか?

自分は自分を高く評価してくれる場所に行くべきか?

低く評価して嫌な思いばかりさせられる人に忍耐して滅びていくべきか?

ファチマの第3預言とは何だったのか?


 時の法王がポルトガル、ファチマで聖母マリアのメッセージを受けたルチアからその内容を聞いて卒倒したというメッセージ。

 

 ルチアは沈黙のうちに修道院で亡くなった。

 

 いとこの幼き時になくなったヤチンタとフランシスコの隣に用意された教会内のお墓に眠っている。

 

☆今の時代は神がどこにでもいて個人的にメッセージを受けている人たちが自由に自分の体験を書いたら語ったりできる。

 

 教会にいかない信徒は多いし、献金で養われている聖職者の堕落も昔のように隠蔽できなくなった。

 

 組織そのものが存在する必要がなくなるのかもしれない。

 

☆従順、謙遜、犠牲。

 

 教義そのものが疑問だらけだ。

 

☆しかしながら、聖性にある力があるのは事実なのだ。

 

 光といってもいいかもしれない。

 

 純度と言うか聖性の高いものに邪悪なものが触れると苦しいのに違いない。

 

 昨年の12月23日は、かねて言われていたような暗黒の3日間もなければ罪があるものが堪えられないほどの目映い光もなかった。

 

 ただ、本の少し人間の良心が問われる動きが見え始めている。

 

 先程も福島の子供の被爆について、今からでも医師の検査が行われ事実を福島県民に伝えなければいけないのではないかと言い出したテレビの放映があった。

 

 苛めで自殺している何百人の子供(肉体を殺されなくても精神を殺されている子供も含め)たちの人権を守る言葉が公になった。

 

 本当は人間は優しく生きたいのだ。

 

 本当は人間は自分はもっといい人間になれたのにと悔いながら変われないのだ。

 

 アセンションと言うのは、そんな人間の本当の魂を呼び起こすものなのかもしれない。

 

 少しずつでも人間はいい方向に向かっているような気がする。

 

☆☆☆
 そう言えば、テレビに三輪さんが出ていた。

 

 78歳?

 

 人間は外観ではないのだろう。

 

 何か決定的に痛めつけられなければわからない弱者への目がある。

 

☆今日はフランスの無花果のバス-ソルトのお風呂に無花果のボディシャンプーで体を洗った。

 

 とても寒い神山だけど、ここのところコテージのなかが神気に溢れ、いつも爽やかな気が流れてます。

 

 明日は台所の掃除をしましょう。

やはりセブンイレブンで振り込んできました!


この家はセブンイレブンの前にあります。

 新聞、苺、ポテトフライ、室内乾燥用洗剤を買い、やはり振り込んできました。
 明日が吹雪。17日まで入金依頼なので万が一にも遅れてもいけませんから。

 

 途中で家族4人のかたがスキーをやるそうで家から出てきました。

 

 午前中は晴れていたのにということでした。

 

☆銀行口座から当然の目減りが!
でも地下ができて頭のなかがスッキリ!

 

 まだ、お台所を片付けてスムージー作りの準備までいっていません!

 

 家の前の熊笹のジュースを作ろうと思ってます。

守護の天使のお茶!暴力の悲しさ。


☆暴力で死ぬ人がいる。
 死ぬことないではないかと人は思う。
 しかし、暴力はそれほど受ける人間にとっては絶望的なものだ。

 

 なぜ、人は暴力を振るうのか?
 なぜ、人は他人を奴隷して使いたがるのか?

 

☆私が暴力体験を受けたのはいつだったか?

 

 アルバイトでカラーラボ現像所で結婚写真の修正をしていたとき、定時制高校で学んだという経営者は奥さんをよく殴っていた。
 
 唖然と見ていた私にも殴りかかってきた。「コンプレックスの固まりになるから見るなよ!」と、手加減しない男の拳骨で殴りかかってきた。

 

 このアルバイトは大学がデザイン科に限って斡旋してきたものである。

 

 私のどこが悪いのだろう?

 

☆教養とは何か?
 
 大学時代には同級生が歩いているだけで、暴力を降るった。

 

 ○泉節子さんが、「結婚するんじゃないよ。」と平手打ちをしてきた。

 

 他人からみれば、無視すれば良いじゃないかと思えるだろうけど、私はその暴力の恐ろしさ、激しさに35歳まで結婚しなかったわけで、暴力にはそうゆう力が本当にあるのだ。

 

☆だから、教師に度重なる暴力を受けて自殺をせざるを得なかった事実がわかる。

 

 優しい子供は暴力を振るう人間を告発もしないし軽蔑もしない。

 

 ただ、絶望するのだ。
大好きなスポーツに暴力があることに。

 

☆暴力から逃げることも現実には難しい。

 

 大学の時にありとあらゆる妨害や意地悪をしつくした○藤節子さんが、結婚して名古屋に嫁ぎ遠くに行ったときに、安堵をしたものだが、24,5歳のときにいきなり私の自宅にやって来て、玄関で殴る蹴るを始めたときの絶望。

 

 「どうぞ、お上がりなさいな。」という声も聴こえないようで、感情をコントロールできないようだった。

 

 わざわざ、出向いて(ついでだと思うが)ひとの家まで来て凶暴とも言える力を込めて荒れ狂うのである。

 

 私も親に通告してやろうかと思ったこともある。しかし、ある品性がブレーキをかけたのである。

 

 だから、彼女の対象になって暴力を振われた人間でなければ想像もつかない事実として闇に葬られたのである。

 

☆不思議に、引き摺って時給130円で働かした台湾人も○藤節子さんも、私のことを「友達だあ。」と言うのであった。

 

 友達?

 

 友達にそんなに失礼なことをするのだろうか?

 

 そう言えば、「前世、姉だったのに弟の自分の世話をしなかったから、今世、世話しろ。」と言って、私が風邪で倒れている時を選んで、すんでるアパートを乗っ取って追い出した秋田の大学生も?「友達になりたい。」と言っていた。

 

 友達になるのにそんなやり方があるだろうか?

 

 秋田の修道院から脱出して電話を掛けて来て「孤児が可哀想だと思わないか?」と、児童福祉施設で働かせた60歳は、「一生、タダ働きさせて左団扇で楽して暮らすのよ。」と公言していた。

 

 この人たちは一体何だろう?

 

 この人たちのコミュニケーションが暴力であり、恐喝なのか?

 

 こうした体験は被害者に絶望をもたらすのだ!

 

 「孤児を可哀想と思ったことから、災いを引き寄せた。」

 

「否、それは孤児への同情を使って自分が楽するために他人をタダ働きさせる悪魔のような知恵だ。」

 

 気を付けなければいけない。

 

 大阪の暴力教師も自分の野心のために、運動好きな高校生は殴られ続けて、どこか違うといきる場所がない現実に絶望したのだ。

 

 そんな人を許してはいけない。

人間に下劣な生き方をなぜ養育者はするのか?

大学のときから、「友達は大事ではないか?」と寄ってきて4年間、いつも無心を続けていたAと言う同教生がいた。
また、「働けよ。」と言って、呼び出しては食事を無心していた芸大生がいた。

 私はいつも言っているように、働きながら大学に通っていた勤労女子大生だった。


 サークル活動で仲間たちで芸大生は無心したのは、一人や二人ではない。

5,6人が代わりがわり「お金がないから持ってきてほしい。」とか「東京に出ていくときはあってほしい。」とうので、断ったら殴りかかってきた。「気○○い!」と言って、罵ってきた。

 心のそこから軽蔑していたのだが、ある日50歳のと芸大でが「どうしてもあってほしい。」と言うので、スペイン語の授業を休んで指定されたハチ公前で1時間待っても来ないので、電話してきて「間違えました。」と言うので、「冬空でたたされて体がおかしくなったので、もう2度目はないです。」と言うと「そんなあ。」と言う。
それで仕方がなく会ったら、「芸大では女を使って利用して成功することを教授が教えている。」と言うのだ。

 そして、「この頃は皆がおごってくれている。」とお昼代を払わせるように仕向ける。

 他人お時間を無駄にしてこんなに迷惑をかけどおしの人間になんで会わなければならないのだろう?

1週間は雪だそうだ!

お雑煮!

 さて、天気予報によると明日から1週間は雪だそうだ。  昨日、食料を買いにいったのも、今日、階段代を払いにいったのも正解だった! ☆Aさんから電話があった。  無事に昨日、黒姫に着いたようだ。  「お天気のいい日がいいわよ。当分、地下の片付けで神山にいるから。」 ☆アマゾンで薪を20キロ2箱買う。  自分の家のストーブが小さいので薪が短いものでないといけないのではないかとチェックをすると東北になる。 ☆今日は薪ストーブはつけなかったです。 夜は重ね着をして寝ます。 先程、テレビを観ていたら日本一寒い場所では氷点下30度もいくそうですが、重ね着でしのいでいるそうです。