March 14th, 2013

雪が!


段ボールの一時置きだったつもりが!次々とストーブにくべていますが。

見えてきた階段も再び雪に埋もれ。

生協も届いていた。

今日は玄米ご飯を炊こう。

春のお豆。

寝室からの風景も。

神の言葉を。

ここが一番陽が当たるかな?

お台所の窓も雪で塞がっていたが。

いい感じの鰤の照り焼き。

チリソースをいれてみました。
ベーコン、ポテト、グリーンピース。


 末の弟がくれた高田好胤のCD。
薬師寺のお坊さんでよくテレビで出てました。
 時間があったら、今日から聴いてみよう。ラジオの講話をCDにしたもの。

コーヒーを飲みながら、読む本。
いつも、父の家に行く度に持ってきます。
 無協会派のキリスト教の小冊子。昔、父の家の裏にポーランド舘があって、次に手島郁郎邸になったのですが、日曜日毎に集会があるらしくフォークダンスの音楽が聞こえて、今は亡き手島郁郎宅に花を育てているひとがいて、「どうぞ自由にお持ち帰り下さい。」と置いてあるのです。 表紙は震災後の釜石です。 海の男たちの心意気が被災地を変えていくでしょう。 お陰でアワビやホタテが食べられます。

神様の言葉は甘美ね!

 塵も積もればでずいぶんある。

☆ご飯が炊けた!

美味しかったです!
アワビがとても柔らかで。

 

☆引き続き、地下のモップがけと雑巾がけ。
 そして、すのこを敷きましょう。

「千年の愉楽」を読み終わる。


 私には「千年の愉楽」はとても読みにくかった。

 

 おりょう婆さんと言うのは実在していた路地の文盲のおばあさんで、中上健次は後年、そのおばあさんの記憶の語りを聞いた。

 

 主人が僧でおりょうさんはお産婆さんだった。宗教弾圧でその地の寺の僧が牢で自殺して僧がいなくなたので、皮加工業の主人が京都に修業にいったのだった。

 

 おりょうさんの家は路地の丘の見渡せる地にあったので
お産で取り上げた子供たちが育って死んでいくのをよく見えた。

 

 その路地の男たちは美形で育ちが路地と言うコンプレックスや絶望のため、自暴自棄になって悪さをしたり自殺をしたり、殺されたり、遺伝で早死をするのであった。

 

 その何人かを「千年の愉楽」ではりょうが語っているのだ。

 

☆夜に目が見えなくなる鳥目。手の指が豚の足のように2つに別れているもの。あちこちに異父兄弟がいるもの。私生児。貧困。

 

 そして、長い歴史の差別で路地に追いやられ職業も限られ、厭世的につかの間に生きる。

 

☆中上健次は初めて路地の文学を書いたと言われる。石川啄木の「破壊」は路地側の発生ではないと。

 

☆死刑囚の永井則夫が網走刑務所で生まれ、賭博で貧困をもたらした父親と多くの兄弟のうち、母が小さなこや女の子を連れて実家に帰ってからの雪国での貧しく教育も受けなかった生い立ちで無差別殺人で人を殺した事件を中上健次は「紙一重だった。」と言う。

 

 その頃、永井則夫が皿洗いをしていたジャズ喫茶のすぐとなりのジャズ喫茶で中上健次はたむろっていたと言う。

 

☆年齢的に1946年生まれの中上健次の時代背景は1947年生まれの私とほぼ同じであった。

 

 そして、大学のサークル活動で被差別部落の青年と友達になって、その時はその青年の社会への憎しみがよくわからなかったのだが、こちらも若者らしく逃げずに戦ったのだった。

 

 ☆中上健次を少しこの年齢になって集中的に読むと、その青年の気持ちがわかって来た気がした。

 

「変わる。変わる。」と青年は、世に差別がなくなることを信じていたように思う。

 

 しかし、「千年の愉楽」に出てくる青年たちのようにイケメンだったので、友達の彼女に手を出したり、嘘ついて集ったりしていたので、多くの普通の人達は退いていたのだ。それが差別と言うなら差別ですが。

 

☆アーティストの感性は嫌が応にも研ぎ澄まされると言うことを、中上健次は書いているが、アーティストの世界ではハンディキャップが有効になる。

 

 ゴッホ然り、草間彌生然り。精神病院も輝かしい略歴になるのだ。

 

☆未来は明るいのではないか?
これだけ知性が平等に磨かれる時代になると、王室も特権者も生存に多いに疑問が持たれる。

 

☆誰でも老いる。
 「発言小町」に、「昔美人だった方、いつから老いが感じられましたか?」と言うトピックスがたって、それぞれ、30,40,50と答え「本当の美人はどんなに年を取っても美人だ。」と言うのもあった。

 

 ある美人の娘のいる母親は、「娘が○○を観たいというと、男性たちがこぞって徹夜でチケットを取る為に並び、外交官や一流企業のオーナーの御曹司たちが嫁にとひっきりなしに言ってきた。」と言う。

 

 へえー。そんなに美人と言うのは特権があるのねえと思っていたが、同級生と結婚して御主人の家が倒産し、お嬢さんが時給800円で働き出したときに、烈火のように怒り、家に見えたときに「家の娘だってこういう生活ができたのですよ。」と言ったときに、私は多いに考えさせられた。

 

 男たちがかしまづいて何でもやってくれた特権のツケが回ってきて時給800円で働いている彼女は健全ではないのか?

 

 私的には特権は危険なのである。

 

 何びとをも、特権だけで生きられる筈はない。

 

☆それにしても、路地のある地でイケメンたちが次々と20代前半で死んでいくと言うのには驚いた。

 

 罪を浄化するようにとある。

 

 中上健次の産みの親もその母親違いの兄弟も40代でみな亡くなっていると言う。

 

 人間の生とは何か?

 

☆雑巾がけを7回目が終わり、洗濯機で洗っていたのが終わったようなので、引き続き地下の雑巾がけにまた行きましょう!

今日の読書。

 8回目の雑巾がけが終わり、雑巾40枚が洗濯機の中です。

 

 単なる貯蔵庫ならしも、非常時はすのこの上に蒲団を敷いてもいいように、できるだけ衛生的にと心がけて徹底的に雑巾がけしてます!

 

 

 私はクロアチアの映画を数回観たときに、ジプシーのカルチャーの面白さにちょっと魅せられた。

 

 この本は、被差別部落の方が世界の被差別部落の食事を探訪したもの。

 

☆「あぶらかす」と言うのは、牛の腸をカリカリに炒め揚げたもので作者は、特別な料理でなく日本中誰でも食べていると思っていたようだ。

 

 中学生の時に被差別部落弟子か食べれないと知ったそうだ。

 

☆白人のたべないものを奴隷が食べていたものが、今では国民的料理になったり。

 

☆アメリカ
 ソウルフード(アメリカのアフリカン-アメリカン 黒人の食事)
南北に別れていたときの白人の食べなかった食材の料理。料理人が奴隷だったので南北郷土料理とも言われる。グリッツ(とうもろこし粥 インディアンから学んだとも。とうもろこしは家畜の餌だった)
 フライドチキン!黒人奴隷料理の代表。白人農場主の捨てた鶏の手羽先や足の先っぽ、首なんかをディープ-フライに。

 

 なかなか面白い!

 

 チトリングス(黒人の豚もつ煮)
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 9回目の雑巾がけが終わり、次がラスト!

 

 今、雑巾は洗濯機の中です。
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キャット-フィッシュ(鯰)フライ、
クロウ-フィッシュ(ザリガニ)料理
ガンボ
ポークフィート(豚足)
コーンブレッド(とうもろこしパン)
 表だった差別でなくpcポリティカリー-コレクトな差別がある。

 



 ブラジル ポルトガル人 ムラート(混血)、黒人。

 

今ではブラジルには差別はない。

 

 フェジョアーダ(豚の耳、足、内蔵、尻尾を豆などと煮たもので黒人料理)
 バイーア料理(デンデ油、ココナッツ、トカゲ、アルマジロ)
バタパ(魚、鶏をデンデ油で煮込んだもの)
シンシン(鶏のシチュー)
カルル(オクラの入ったごった煮)
オクラ(アフリカ言語)
先住民(インディアン)と被差別民が助け合い生まれたもの。

 

アカラジェ(揚げパン)

 

☆センザーラ(黒人強制収容所)
 イレ-アイル(世界の黒人の家)
 新聞には黒人の犯罪ばかり報道され、テレビに出てくるのは白人ばかり。
 私立はほとんど白人。
 公立はひどい状況。黒人はなかなか大学にはいけない。
 
 カンドンブレー(黒人密教)が支え、現在では黒人の多くが誇りを持つ。

 

 キロンボ(黒人たちの楽園)
☆雑巾がけは終わりました!

☆Livejournalはいきなり停止になりました!理由はわからないのですが。

夕飯!

 今夜はお昼のスープに人参と玉葱、牛肉を足してカレー味にしたものとブロッコリーとステーキとリンゴです。

☆一生懸命にすのこを運んでますが、量は足りそうです。

但し、コンクリートの柱が粗削りすぎるのでカーテンを利用してセンスよくしたいです。

半分終わったのでコーヒーブレイク中。

読書続き。

 
 300年前に奴隷から逃げてきた黒人が作った「キロンボ」。電気、水道も通ってないので焚き火か車用のバッテリー、プロパンガスで食事をつくる。

 始めはインディオにかくまってもらっていた。

 だいたいが掃除夫か白人の別荘の管理人と言う暮らしで最近、学校ができたが大人たちは読み書きができない。

 病院が遠いのが難。

 ムケカ(デンデ油と豆、米がてに入らないから牡蠣、海老、芋の粉、ココナッツミルク)

 ここにいると飢えも差別もないが退屈だそうだ。子供たちはいじめられるので町にはでないそうだ。

☆ブルガリア、イラク。
ブルガリアの古都プログディフ
車で40キロ。チョラコポは2500人中1500人がロマ人
インド人が流浪してヨーロッパ、アフリカ、アメリカに広がる。移動しているロマは少なくなっている。

ロマ(ジプシー)針ネズミ料理。
他の人の食べているものは汚れていると言う信仰から針ネズミを評価。

トマス(小麦粉とみずをこねてマカロニ風にする。鍋でうでる。油で炒めたチリパウダーをかけるだけ)
トラハナ(トラハナと言う木の枝のような植物を潰し、チリパウダーや香辛料をいれて小麦粉で練る。2週間ほどで発酵させて、お湯を沸かし、塩と大さじ一杯のバターでトラハナを適当にいれてとろみができたら出来上がり。)

スタラ-ザゴラの熊使い。
ロマの職業は大きく金属加工、博労、金銀加工、音楽家など。

底辺に置かれているロマは差別され、貧困に喘ぐ。

ヘビ、カエル、亀を食べる。

イラク バグダッドのロマ。
サダム-フセインの死までは踊りと音楽で食べていたが今はこじきをして食べている。
フセインはマイノリティの味方だった。

ロマは破壊された家に300人くらい住んでいると言う。

イラク戦争でアメリカの空爆で財産を失ったり、イラク人に略奪され貧しくなったロマ人が多い。

食べ物はイラク料理とか。

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 休憩が終わったので再びすのこ運びを。







 

読書。続きの続き!



☆ネパール
ヒンドゥー教の国でカースト制度あり。
ブラーマン(僧/アーリア人)
チェットリ(軍人)
モンゴロイド系、
不可触民(アーリア人)

実際には200以上の階層に分かれている。
下層になるほど職業が限られる。

鍛冶屋、服飾職人、漁師、吟遊詩人。

戦争で王宮を追われた踊り子たちは売春婦に。

死牛馬の処理、皮革加工の仕事。

日本の被差別部落はヒンドゥ教の教えが伝わった可能性があると言う。

名前で階層がわかる。

ポカラ(ダライ・ラマのいるところ)で、階層の違う男女が滝で飛び降り自殺した。

牛肉はネパールでは被差別民の食べ物。
今では差別されるので牛肉は食べないと言う。

カトマンズにはネパール不可触民の国会議員がいる。

死んだ牛の肉は臭いのでそれを食べる人が差別の対象になる。

☆日本
ビーフジャーキ「さいぼし」
フク(肺臓の天ぷら)
馬の「さいぼし」

作者の上原さんは取材でジプシーを訪ねるとき、「日本のロマだ。」と言うそうだ。

☆私は権力者の勝手ですみに追いやられた人達がこのように苦しみ貧しい暮らしをしているのは嫌だ。

 そして、この本を読みながら地下にすのこを敷いていたのだけど、ふと被災地の体育館を思いだした。

 家を流され、家族を失った被災地の人たち。

 私の地下に仮住まいをするのと体育館や仮設住宅とどっちがいいのかしら?

 やはり、地下は地下ですから。

 せいぜい感じよくおしゃれにしたいです。

☆文化人類的に被差別民の食事探求はとても意味があると思う。

でも、人間ってつまらない。

他人の苦しみをわざわざ作っているのだもの。

権力者の暮らしは豪勢で食事も美味だろうけど、アフリカから強制的に奴隷を連れてきたり、邪魔物を追いやったりとても罪深いと思う。