April 9th, 2013

お久しぶりのネーブル!


 昨年、フランスで買ったテーブル-ナイフ。色々な色がありました。よく切れます。





郵便やさんが来た!

 本と葉書で行きつけの美容室の担当のかたが妊娠中で担当が変わったとのこと!

 お昼もお庭で頂けて最高!

 ここにも水仙を植えていたみたいです。

 椎茸もあちこちに赤ちゃんが!

 ここにも小さな風鈴が!

交響曲第一番!


 彼の「Hiroshima」を聴きながら。
 
☆素晴らしい本だった。
 辿ってきた人生の一つ一つの風景も、生まれた広島の被爆者の両親からの遺伝子も、本物の音楽を創るために必要なものだったのだと思う。

 

☆大学にいかない選択をした若い日。

 

 そして、経歴のないものを拒む社会構造。

 

 耳が聴こえなくなり、精神を病むほど弱者となって知る、自分の偏見と差別意識への驚きと戒め。

 

 本物の音楽を生むための代償の大きさ。

 

☆交通事故で亡くなった20歳のたった一人の兄弟。

 

 遺言の「第一交響曲をつくって!」と言う声。

 

☆ピアノを教えてくれた母。
 読書家の父。
 仏教を教えてくれた叔父さん。

 

 障害者施設の子供たちへのピアノレッスン。

 

 生活のための掃除労働の仲間からの応援。

 

☆自分よりもともっと苦しんでいるひとたちへのために。

 

☆闇こそ。

 

☆雨が降らなければ虹も咲かないとはあるシンガーの言葉だが。

 

 地獄を経、地獄にいて光を見る。

 

☆私の如雨露もとうとう両目無くなってしまった。

 

 でも、お花たちに水を撒ければいいと思っているようだ。

 それにしても小鳥の声って本当に天国の歌声。

夕飯はさっぱりとざるそばに!

 隣のお庭にかわいいお花がたくさん咲いていたので、電話をかけて知らせてあげました!

 松ぼっくりがやたら落ちている庭ですが松の生命力には驚くばかり。

 蜂の巣も2個発見!

 チューリップの芽もすごいスピードで大きくなってます!

 ハーブも元気に生き延びて。

 ワイルドベリーも丈夫ですね。

☆セブンイレブンにいって新聞やオレンジジュースなど買ってきたのですが、今夜はさっぱりとざるそばに決めました。
 もう、柏餅も売られてました!

 ライムを切って、サイダーに入れてどうしても飲みたかったのです。
お昼は暑かったので氷も買ってきました。

 

 もし、夜、お腹が減ったらと。

「ちょっと運のいい家政婦」を読む。

 夕食後、軽く読めそうなので読んでみた。

 やはり、「婦人公論」の記事より本を読んで、現実の厳しさがわかった。

 

 彼女は家政婦さんとしてはとても誠実で全身を込めて働き、感謝されマンションや現金(3000万円を減らして2000万円に)をプレゼントされるが、離婚の時に体を壊し入院したときの約束で女の子は母親が引き取ると言うのを反古にされて(文書にしてなく口約束立った)、子供とも別れることになる。

 

 働いているときは忘れているが、子供を思い出して涙する日が多かったと言う。

 

 娘が大きくなって、「大人の勝手。」を許してくれなかったと言う。

 

 私も結婚し、主人の両親と同居しているので、彼女の結婚生活はよくわかる部分がある。

 

 私も主人も人には厳しいタイプなので、店屋物など絶対だめと言うタイプで、あるときに実家の母が鰻弁当を3人分届けてくれて、夕飯にそれを出したらプイと怒って出ていった事もあった。それでも、お腹が減ったらしく2時間後、帰ってきて一人で鰻弁当を食べていた。

 

 アメリカで小学5年生だった娘が、友人に話したら「おたくは平和ね。うちなんか夫婦喧嘩の時は便器が飛んでくるわよ。」と言われたらしい。

 

 娘はアメリカで夫婦破綻の末、離婚して新しい家族に取り残されて、辛い思いをしている同級生をたくさん見ていて、「離婚は絶対嫌。離婚したら、死んでやる。」と言うのが口癖だった。

 

 幸い、私にはアートがあって、主人の欠点も気になるはずの姑の個性も、アートの高みに向かっていると忘れることができて、まあ、家を出ないで(コテージには出かけても)、今に至っている。

 

 他人のプレゼント運に関しては、私もある方だ。

 

 フランスに行けたのは僧侶のプレゼントだし、断ったものなら小切手で好きなもの買っていいとか、アメリカの大学も無料でいけたところもあるし、バロセロナ行きもプレゼント。

 

 だから、彼女の人柄に与えたい人の気持ちもわかるような気がするし、どうせ働くのなら、全身全霊を込めて楽しむ方がいいので、彼女は賢いのだと思う。

 

☆生活苦になったら、家政婦さんになろうと言う考えはやめた。

 

 労働はいいのだが、人間関係の深みに関わるのは私には向いてない気がしたのだ。

 

☆今日は2冊の読書をしたのだが、真剣に考えなければならないのは佐村河内 守の生き方の方である。

 

☆彼は音楽-作曲以外のものは興味がないのだと言う。

 

 着るものは毎日、同じで、毎日洗濯して、最悪乾かなくても着ると言う。

 

 食べ物は菜食で一日一食。

 

 住むところもホームレスをやっていたこともあるほどで、箱根で作曲旅行するときも、ビニールシートで寝るらしい。

 

 幸い、高校の時にであった奥さんは音楽がわかる人でなく、「子供はいらない。」と言う彼の申し出を受け入れて、作曲に没頭するために「3年間、食べさせてくれ。」
と申し出たときも、受け入れてくれたそうだ。

 

 芸術がほんものになるために、奥さんの支えはありがたかったと彼も感謝している。

 

☆佐野河内さんの「第一交響曲」には、とても不思議な深い話がある。

 

 ボランティアでもっとも手のかかる問題のあった女の子には、母親が児童虐待でお風呂に埋めたときから、知的障害と身体の障害があるのだが、その女の子を通して、天国にいった交通事故で死んだ弟のメッセージが来ることだ。

 

 彼女は寂しくて、ボランティアで本を読んでくれる彼を放さない。いい加減、うんざり、帰れなくなると厳しくしようとするときに、誰にも言わない弟の名を言うのだ。

 

☆今、テレビで萩本欣ちゃんが、「嫌いなところ、嫌だと思うところに運が転がっている。」と言った。

 

 佐野河内さんは、3人の施設でもっとも手のかかる子供にピアノを教えたと言う。他の明るく皆に好かれるような子供たちは、自分でなくても可愛がってもらえるからと言う。

 

 ここが、天才の考え方なのだと思う。

 

☆「コノハナサクヤ姫物語」で、ニニギノミコトは、醜いイワナガ姫と美しいコノハナサクヤ姫の二人をめとるように、娘たちの父親から頼まれたときに、醜い方を拒み彼の弱さとなった。

 

☆生きることは誰にとっても、良いことばかり選べることはできない。

 

 汚れ仕事である掃除労働を選び、することのできた佐野河内さんは、魂の強い人である。

 

 そして、新居の立派な家から出て、家政婦さんの仕事をできた麻田涼子さんも強い人である。だから、死を迎える老人たちが感謝をしてマンションや現金を贈りたくなったのだと思う。

 

☆現在、東北震災後に人を失い家や仕事を失った多くの人の気持ちを癒すようなHiroshimaの曲。

 

 音を失い、弟を失い、若気のいたりのように音大にいかなかったハンディを彼は埋めるように病気を抱え、労働できずに家賃を払えず、ホームレスをせざるを得なかった。

 

 弱者になり、謙遜になり闇地獄で自殺未遂を2度もした。

 

 芸術は崇高だ。

 

 その苦しみの中から本物が生まれる。

 

☆しかし、彼の立派な両親と奥さんの存在。

 

 懐かしい赤や黄色のバイエル。ハノン、ブルグミューラー、ツェルニー、ソナチネ、ソナタ。

 

 彼は独学で音大にいかずに作曲を学んだ。

 

 母親のピアノの教えの絶対音感が耳が聴こえなくなっても作曲ができる力だ。

 

 人間のハンディは様々だ。

 

 ある児童虐待で育った画家は、両親の愛情を得なかった苦しいを背負う。しかし、強く生きている。精神病院に入れられてもだ。

 

 しかし、彼の絵は澄んでいる。

 

 佐野河内さんの音楽もとても澄んでる。

 

 芸術は浄化だ。

 

 同じ苦しみを持つものを癒す浄化だ。

 

☆誰にとても、生きることは浄化し終えて死を迎えられたら最高なのだと思う。