April 21st, 2013

夜更かしの理由!

 気持ちの上では12時頃にはお風呂を沸かして、入り1時頃には寝る予定なのです。しかし、昨晩も4時頃には寝たと思うのです。朝、7時には起きていましたが体のためにもう一度寝て、今日は10時頃起きたのでよく寝た気分です。                                                         なぜ、そうなるかの理由はニュースなど観てお風呂が沸いた頃に、「家政婦はみた」等、そのままテレビで観てしまう。チャンネルはつけっぱなしなので、深夜放送の前で視聴率が高かったという評判だったので、つい観てしまう。                                                                                             お風呂にはいってから、お洗濯して干せるまで待っている間、ネットサーフィンをしているのですが、昨晩は「奥様はみた因果応報」というのを観て、次に「貧困画家」ライ ンで見ているうちに、「清掃員画家」と言うのに当り、ついつい読みます。                                             
「ガタロの30年」ハートネットTV で4月25日に再放送するとのこと、是非見ましょう!                                                                                  捨てられしものを描き続けた。  現在は広島市の基町で公営住宅1階のショッピングセンター300メートルの清掃を一人でやって月給15万円で、年収200万円に満たないものの空いている時間は絵を描いているそうです。☆ガタロ さんは2年前に自費出版で画集を出版して、早速、アマゾンで新品を購入しました。

☆故郷は広島で、現在63歳。
高校を出て、色々な職業をしたものの体がついていかず、健康を損ねなかなか厳しい生活でした。

 でも、インターネットで出てくるんですが、40歳の時に33歳の看護士の悦子さんと結婚して、とても幸せに生活して絵を描き続けたようです。
                                         町のひとの理解でアトリエ小屋もある。絵の材料も捨てられていたものばかりです。

そして、ガム等剥がすための手作りの道具やホームレスさんが絵のテーマ。

☆一方でテレビで東大出の小学校教師の子供たちへの暴言が録音されて、流されてました!お勉強のできるこには言いそうですが、そうでない生徒にはかなりひどい傷つくことばを放ってます。父兄も飽きれ、テレビでも驚いてました!子供が学校へ行きたがらないので、母親が理由を訊いて、録音させたそうです。それを教育委員会に送ったそうです。


☆一日のうちに 両方の考え方を見たのです。                    東大に入るのには頭もよく努力もしたでしょう。そして、その対局の生徒たちをいつのまにか蔑視した癖がついてしまったでしょう。しかし、小学校の公立の誰でも入れる学校で、そのような態度を持たば多くの子供たちが幸福ではないでしょう。頭がよくてしかられない子達も、「お勉強のできない子達はひどい扱いを受けてもいいのだ。」と育ってしまう。教育とはそれではいけないものだ。お勉強のできないことはいきる上で致命的な欠点ではなく優しさや思いやりの方が生きることを助けると私は思う。

☆ガタロさんと結婚した悦子さんは、看護士として収入もあったが、人生はそれだけでなくガタロさんの誠実さに結婚したという。その頃、ガタロさんは食事を作り疲れた悦子さんを迎えて幸せに暮らしていた。
                                       ネットでみたかぎりで、ガタロさんの絵がどのくらい素晴らしいかはわからない。
  しかし、芸大出ても絵を続けてないひとが多いそうなので、高卒で美術学校へいかなくても絵を30年も続けている人たちに、何か応援をしてあげてもいいのではないかと思う。美術館の割引パスとか。


少しずつだが、方向に日本は向かっていると思う。


                                         ☆このあとに、「第1交響曲」を少し読んだので夜更かしが続いたのだった。

 学問て何だろう?
弱いものいじめに知識が増えても学歴があっても仕方がないだろう?


むしろ、最高学府に学べるひとにこそ、人格教育が必要なのではと思うこの頃であった。

☆このblogを書いたあと、テレビをつけたところ、「お宝鑑定団」をしていて、猪熊源一郎の油絵が出ていた。

 香川県の丸亀市に生まれ、東京芸大をでパリに留学してマチスにあったときに、「君は絵がうますぎる。」と言われた。猪熊さんは多いに恥たという。それは個性がないということだからだと思った。きたようだ。

猪熊はニューヨークに残り自分の絵を描くべき努力をした。


☆猪熊さんは小学校のときに先生が「自分の代わりに教えろ。」と頼むほど、上手だった。その後の師事した芸大の先生は、徹底的にデッサンをしろと教えた。

 若いときはハンサムで家も裕福で、奥さんと結婚してパリに留学した猪熊さんはとても幸せなひとだ。
しかし、それでも自分の絵を生むために苦しんだ。
丸亀市の個人美術館もある人。

マチスの影響から抜けれないときに描かれた絵を鑑定団に運んできたようだ。

☆掃除夫画家も猪熊さんも神に愛されているに違いない。

弧の我は 光らぬ蛍 かな



 
一茶の句には、

 

 天ひろく 地ひろく秋もゆく 秋ぞ

 

☆私の知らなかった凄く深い宇宙を感じるものも多い。

 

 
 仰向けに 落ちて鳴きけり 秋の蝉

 

 翌も翌も 同じ夕べか 独蚊屋

 

 すずめのこが ザブザブ浴びる 甘茶かな