May 22nd, 2013

芸術の至高さを知らない画家は不幸である。

 ☆演歌歌手の絵を描いたのが美術学校の受験生であったという記事が週刊誌に出て、話題になっている。                                                                         ☆誰が何を描こうといくらで売ろうと原則には自由である。その作品の価値が別のひとにとって取るに足らないものであろうと、喜んで買うひとがいるのも自由である。                                            ☆しかし、本当の最高のアートと言うものが他人から脚光を浴びるためでもなければお金で高い価値をつけられるものでないことが、芸術の崇高さなのである。
                                                                                 ☆どこの世界でも偽物と本物がある。見る側の教養や眼力によって見えないものは見えないのである。                                                                          しかし、芸術がでたらめではない証拠に、見れる人の眼には偽物には偽物でしかない歴然とした差が在る。                                                                          ☆☆☆                                      残念ながら、偽物の方が多い。そして、偽物は偽物であることを知っているので本物が憎くて仕方がないのだ。                                                                         本物はだから、いつも偽物から殺されるのではないかと言う危機感を持っているだろう。                                                                               ☆芸術をここまでバカにできたのは(無名の他人に描かせたものを自分のものにして、名声や富を得ると言う)、有名ならばフランスの画壇で入選歴があればと言う世の中を嘗めた今までの生き方の延長なのであろう。                                                                  ☆大野左紀子のプログに、具体的に書かれているが、芸術家がコンクールに出展するときに構図や色や指導者が手を加えることは、よく聞く話しなのだと言う。

 私の中高大の同級生だったH子の叔父が芸大教授の日本画三山の文化勲章の受賞者で、日展に出品するときに彼女は叔父が描いた色つきの構図まで描いた紙を拡大して描いていたが日展に入選したものの、37歳で彼女は自殺している。


 いくら入選しても実力がなければ生きて生きれない時が来る。教育者でもある大家の叔父はそんな彼女のためにならないことを何故したのか不思議だ。姪を愛していなかったのとしか思えない。                                                                        ☆本物のアーティストの歩む道には神が背景にあって、そのたどる道は悉く神の栄光のために照らされている。

偽物には悪魔の弱さ、自然に逆らうしか方法のないものの限界があるのだ。


それは、私たち人間の卑劣な思いの反映である。

本にもサイン!


「マリア-コード」は在庫がないので、急遽たま出版に送ってもらう手続きを。明日には届くそうなので、皆一緒に金曜日には送れます!
同じサインの方がいいですものね。

野菜ジュースと!

 今日も爽やかでいい天気!
午後からはキャンバスの絵の続きを!

 

 予定では日曜か月曜に東京へ帰ります。

 

 ラベンダーの花も咲いて!

今日も忙しい!


 生協で買うものをチェックしていたら、間違えて鉛筆で書き込んでしまったので消ゴムを買いに!

 

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☆セブンイレブンのところで、21度でした!