June 3rd, 2013

今日も涼しいような。

 昨晩は寒いくらいで、電気毛布と毛布(クリーニング済み)を片付けたことを後悔したくらいです。

☆今日はゆっくり起きて、睡眠時間はたっぷりでした!
 庭のお花に水やりしたところです。

 1時間はかかります。そんなに広くはないのですけど(400坪ちょっと)、暑い日には汗タラタラです。

☆昨晩はカレーライスと蕨をいただきました。

 今日の午後は第一スーパーのバスが来るので、明日の朝一の学童バス(200円)7時半(その前に6時半にあるのですが)、黒姫駅に行き、長野の9時始まりのdocomoで、写真を入れられるようにしましょう。それまでは、スターバックスでコーヒーを飲んで待つことができるので。

 直ったら、中野に行って「薔薇まつり」を観ましょう。薔薇は根がつき無事に育っているので薔薇のアーチが作りたいです。

☆絵は描き出すと楽しいのですが、エネルギーがとても要るのです。

 それで、持続は無理なので、一日おきか二日おきに描きます。

 今日は読書とお部屋の掃除と片付け。

☆お昼は筍のお味噌汁。
お刺身。(冷凍庫に保管していた)
トマト、胡瓜。
蕨。

アートで食べるのは不可能と言われているが。

 この頃、「アート生計」を検索すると、「アートで食べるのは不可能」というのが出てきた。 それで、アートで収入を得るためのスクールやレクチャーがいくつか出てくる。 美術学校は美術を教えても、生計をどうたてるかは教えてくれないという問題意識が出てくる。                                                                           日本には購買層を広げる場がないので、海外に行ける幾人か以上は、アートで生計をたてるのが非常に困難であるというのが定説である。                                                                                                  兎に角、アーティストは貧乏であるというのが世界的な常識である。ケセラセラの歌でも、お金持ちと結婚するかアーティストと結婚するかと、富の対局の貧乏にアーティストを出しているくらい。                                                                       ☆☆☆                                     しかし、私はアートで生計をたてるのは可能という考えである。                                                   美術学校で「作品を売る」技術は確かに日本では教えない。しかし、アメリカでは「アートで生計をたてること」を教えている。                                                           ボストン美術館スクールで「SURVIVAL AS ARTIST」という授業があって、すでに50歳を過ぎていて、実際にアートで生計をたてていた私には、「別に。」という内容であったが、とても大事なことのように思われた。                                                              日本では「アーティストはお金のことはいってはいけない。」というのが、あって、池田満寿男も言っていたが、お金のことを言うと、とても嫌われるようである。                                     

 しかし、アーティストも霞を食べているわけでなく、妻もいれば、子もいる場合、家もいれば教育費も人並にいるのである。

 それで、収入のあてがない場合は、アートを諦めざるを得ないのである。

 アートのために、独身で生きることを選ぶのも覚悟の正しさだし、シングルの未婚の母の道を選ぶ(不可抗力でなった場合も)、離婚の道を選ぶのもありである。

☆☆☆
 普通の大学よりも授業料をたくさん払う美術学校はこれでいいのか?
 医者やロースクール(司法試験に受からない場合もあるにしても)は、投資に応じた報酬を得れるわけで、多少の勉学苦も報いられる。

 アートは日本でもアメリカでも、10年に一人のアーティストが出るかでないかという確率で、アートの世界で成功することがいかに稀と言うことを、肝に命じさせる。

                                 
 更に、アーティストには学歴は要らないのだ。

 それに、アート畑では、「大器晩成」はあり得ないという。 20代で才能がある人は出てくるという。それで、早目に自分の才能を客観的にも知らされる。

 18,19,20くらいから美術学校に行く場合がほとんどなので、美術学校を卒業して10年くらいまでが勝負と言うことか?

アートで生計をたてるのは可能だと思う。

 自分が11月に「絵の学校にいこう」と決意して、3ヶ月の受験勉強で女子美術のデザイン科に入学したときは、両親は女子美術のデザイン科に限って受験を許してくれたので、落ちたらアートの道は断念と言うことで背水の陣だった。                                                                                                大学に無事に入ってからデッサン量があまりにも少なかったので、苦しんだものの、女子だけのこの学校のまん中くらいではアートの道では生きられないだろうと思った。                                           ☆さて、どうするか?                              自分の通過してきた生ぬるい女子だけの私立校では知り得なかったものを、早目に知って劣等感をなくしておこうと思った。                                                                それで、貧しい人の働く工場で働いたり、美術の裏方の表具屋やカラー写真現像所でアルバイトをしながら、学校の課題は人の2倍3倍は提出したと思う。クラブ活動は写真部。他校の交流は全国学生デザイン連合。                                                              世は空前のバブル景気でデザインの世界も華やかだった!                                                      学生のクラブ活動で、講演-ゼミナールを担っていた私はアニメーションを借りに、宇野亜喜良のスタジオに深紅の薔薇の花束を持っていったり、横尾忠則から手で犬の影絵を作っている絵の年賀葉書が来たりしていたから、よく動いていたのである。寺山修司の天井桟敷や唐十郎の赤テント。黒川紀章がテレパシーをいい、オノ・ヨーコが歌を歌っていた元気な時代だったのだ。

 自由な時代が台頭して、未来には明るさと夢があった!

 デザイナーが個人主張をして、「書を捨て、街に出よう。」の時代で若者は好きな生き方を許され、深夜まで謳歌して、大人は優しく目を細目、許していた。

 ヒッピーと言うのはいたけれど、フリーター等言葉はなかった。                                                                                           しかし、個人的に社会勉強をしていると、人間は本当に色々な生き方ができるのであった。                                                                               私も自宅にいながら、お茶、お花、料理学校へも通っていたから、普通の同じ年頃の娘たちの生き方も見ていたが、アートの道は何よりもおもしろかったし、全く無視されるということが無かったので続けられたのだと思う。                                                                                                   親から当たり前のように1円も貰わなかったので、絵をしっかり売って生きていたのだ。

アートでどう生計をたててきたというと。

 
  不思議なようだが、街を歩いているだけで絵が売れた。

 「お嬢さんは何をしている方なの?」とよく訊かれた。

 「絵を描いてます。」

 「どんな絵を描かれているんですか?」

 「ご覧になりたいですか?」

 「はい。ぜひとも。」

  それで見せると絵を買ってくれ、しかも言い値の倍額で何枚も買ってくれた。

☆それは外国でもそうで、若かったからだという人もいるけれど、ついこの間もアメリカ人が買ってくれ、絵等もって無いときも、先にお金をくれ住所を教えて送ってくれというのであった。                                                                           私は通常、絵描きらしい格好などしていない。でも、なにかわかるらしい。                                              車をボストンで駐車しようとして、「ここは大丈夫でしょうか?」と訊いたときも、「大丈夫だよ。」と答えてくれた人が、「あなたは有名なアーティストに違いない。」「個展をするときは知らせてくれ。」と名刺をくれた。車のなかにも画材もキャンバスも無かったし、画廊や美術館の近くでもなかったのだ。                                                                                              パリのモンマルトルの丘で、娘とお昼を食べようとしていたら、似顔絵を描く画家が「どうか?」と言うので、「自分は絵描きだから、絵は描いて貰わない。」と答えたら、「自分の似顔絵を描いてくれ。」と言うので、「自分は娘とお昼を食べにきただけで時間がないから描かない。」と答えたら、「いくらでも出す。頼む。勉強したいんだ。」とフランス人が言う。娘が「ママは天才的な詐欺師だね。よほど凄い画家だと思っているようよ。」と言うけど、私のこれだけの会話のなかに何を語ったでしょうか?                                         
これは、アーティスト-オーラーと言うのがあるのだろう。

それと、学校出たばかりの時に、西武百貨店で個展ができたが、それも作品なんか見ないで、人のかおを見て企画部が決めたのだった。実際にやったら評判がいいからと1週間延期になったが。

私が何時も学歴は必要がないと言うのはこう言う経験からの根拠である。

☆そして、ギャラリーで自主企画で個展を始めたのだが(1972)、英字新聞が記事を書いてくれたが、その時にプリントアートギャラリーの魚津社長が「もう、大丈夫だ。」と言ったときに、「まさか!そんな甘いわけがないだろう?」と、思った23歳であった。「贋札をするより効率がよい。」と、版画界の人たちが豪語していた時代である。
                                         ☆それから、自分で実験的に版画を民芸品店に2,3
持ち込んでみた。必ず買って貰えた。

店の奥にご主人がいて、奥で見ただろうご主人が奥さんにお金を渡して来るので、私の顔を観たわけでも、お喋りをしたわけでもない。それは、22,3
歳の頃のことだ。
                                        ☆公募展には入選してセクハラがあったので、以降、出さない。 

☆どんな人が買ってくれるのかと言うと、美術館関係者とお稽古の友人や画廊に来た人かな?

 お茶の稽古の友とか。趣味人と雑誌の読者とか。

アートで生計をたてることよりも、どうしたら皆を幸せにできるか考えた。

上野で買った「平成つつじ」
「つつじ祭り」でたくさん、つつじが売られていたのですが、少し離れた場所に「障害者と一緒につくっています。」と書かれたつつじが安く売られてました。
同じつつじが、2000円なのが500円だったのです。
障害者の作るものはなぜ安いのでしょうか?
差別に平気になりたくないです。

☆今、テレビで6300万円の詐欺にかかった女性のことが流れてます。


☆怖いですね。私もアートの世界で観たのも詐欺まがいのことが多かったです。

 「えっ?」と言うこともたくさんありました。

☆「アートで生計をたてる」という課題のひとつには、「妻に食べさせて貰う」と言うのがあるのです。

  20歳くらいのときに一緒にサークル活動をしていた男子学生のほとんどが借金を持ってました。

アーティストは貧乏が本物という空気のなかで、おねだり、無心をする男子学生は多かったです。兎に角、そちらの方が人数が多いので、「返して。」等というと、「人間でない。」とグループで言ってくるような世界でした。                            
                                        50歳くらいのおじさんが、「芸大では、女を使ってお金を引き出せと教えている。」と言うので、20歳くらいの芸大生たちはよき教えを実践していたのでしょうか?


しかし、女子で親からは月に5000円しかもらっていなかった私には、とても怖く感じられました。                                                                  
また、画壇でもセクハラやお金を引き出せるために「絵を買え。」と命令調で迫る大人たちが次から次へと現れてきました。とても恐ろしい世界でした。                                                                                          今、テレビで詐欺にかかった80代の女性が「家族に心配かけたくなかった。」と黙っていたと語りましたが、私も忙しい父にも母にも相談することは無かったです。                                      
                                        世間知らずなアートで仕事がしたいと思っているような20代の女性は、厳しいこの業界で生きる人には「よい鴨」「餌」だったのです。                                                                                                 ☆ケーキ1個で画廊の店番をさせる人や、家賃が払えないからとお金を無心する同性のしかも自分より歳上の人たち。福祉や宗教やスピリチュアルの世界も「人類の幸せのため」と無心を続けます。その人たちを身近に知れば知るほどに、「ただ働きさせる」「取れるだけ取ってやる」「純真だから騙せば出すだろう」と、気を許して本音を語り始めたのでした。

 ☆若い20歳前後の学生ですら、嘘をつくし平気で騙して、食い物にする姿を見るにつけ、大津で起きた恐喝、暴力、いじめ自殺事件は大人の社会の映しであると思います。 
                                                
 ☆20歳だった秋田の青年が、「人を食い物にするおは当たり前の普通のことだ。」と真顔で言ったのはとてもショックなことでした。

 まして、聖職者が「お小遣いをくれてもいいのよ。」と、20万円も引ったくったり、60歳の修道女が、「ルイコさんを一生ただ働きさせて、左団扇で暮らすつもりよ。」と得意気に豪語していると聞いて、この世の中はどうなっているのかと絶望的になったものです。                                    
                                        ☆☆☆                                                                             アーティストとして生計をたてるのは可能ですが、悪質なたかり体質の偽善者たちから身を守ることが本当に大変なのでした。                     
嫌な思いをしないためにはどうしたらいいか?お金がなければいいのでした。無い袖は振れないのですから。                


 ☆結論として、私の恩師のアドバイスに従い、「絵を売らない。持っている。」と言うスタンスを取ってます。
                                                                                 絵本やマトリョーシカをささやかに売り、基本的にアート作品は売らないのです。お金がないので、詐欺にかからなくてすみますから。                                                          アートで生計をたてるのは可能です。                  詐欺の6300万円に感応して、話がずれましたが、アートで生計をたてるのは可能で、そのための工夫も常に時代把握が必要です。それと、接客と話術が洗練されれば洗練されるほどいいのです。希望的には、英語とフランス語。余力があればスペイン語と中国語ができれば、世界中でアートで生計をたてることができると思います。                                                           あまり、貧乏ったらしいよりは超一流ホテルで宿泊できる方が買う人は安心できるようです。                                                                                 ☆☆☆今日、第一スーパーにいった日なのですが、裏に住む詐欺お婆さん(70代)のことを教えてくれた、黒姫の在住者Kさんに会いました。隣のタカ子さんが被害にあったので、色々聞き込みにいったら、2000万円単位で詐欺の被害にあった人が神山で3人信濃町で2人すでにいるのです。                                                         詐欺師と言うのは、優しくて親切なのですよ。タカ子さんも私も同じ手口を使われました。外で絵を描いていると、「ご飯を作る時間が惜しいでしょう?おこわ飯をつくって来たので食べて。」と近づいてきたのです。それも佃煮が入っているだけの質素なもので、そうして近づいてきたのです。タカ子さんも、全く同じ手口で子供と孫で忙しくしているときに、おこわ飯を持ってきて、「なんて親切な人」と思って油断したそうです。       
                                    
 私も物置小屋300万円を作らせるために大工を寄越して、彼女の200万円で買った古い別荘の台所を直す費用を出させ用とされていたのでした。「お金がないので、そんな高価な物置小屋は建てられません。」と断ったときには、凄い形相で睨み付けられたのです。


☆自分のお人好しさには、劣等感すら感じてますが、アートで生計をたてるのは可能であるのは本当です。

唯一の救いは因果律!

 さて、あんなこともこんなこともあった我が愚人生ですが、65歳にもなるとそれでも人生はうまくできているなあと思うことの方が多いです。 若いときに見えなかったものが見えてくる。

 騙されても取り上げられても、自分で努力したこと働いたこと学んだことは自分に全部帰って来るのでした。

 お釈迦様のおっしゃった「原因と結果」の世界。

 実に正確で厳しい因果律の法則の美しさ、

☆地獄と言うのは本当にあるようですよ。

 韓国の画学生が毎晩、深夜ミサで祈ること1年、イエス様が現れて、地獄につれて行かれ、「見たものを描きなさい。」と言われて描いたら絵がyoutubeで見ることができます。

 不思議にダンテの神曲の地獄(カトリック)も仏教の地獄も似ている。

 生きているうちに償いをした方がいいらしい。

 死語、地獄から出るのは至難の技らしい。

☆人間は自由なのですから、アートのために地獄に堕ちる人生を選ぼうと自由なのです。

☆「因果応報」と言うサイトを読むと、生きているうちに因果応報が現れることはとても多いようだ。

 それは、大津のいじめのようなこともあの青年が、自殺しなくても、あの加害者たちの滅びの人生を見ることができたはずです。

 私たち人間は誰でも、失敗することも判断を間違うことも、良かれと思ってやったことですら、誤ることがある。

しかし、生きている間なら、間に合うらしい。
 
☆☆☆
真摯な本物のアーティストが無視されることはないでしょう。
横取りや模倣のアーティストが永遠に残ることもないでしょう。

ダサくても要領なんかで誤魔化さないで、描き続けることが大事だと思います。

神様がこの世を見ているんですよ。

正しいものは見捨てられない。

この世には、この宇宙には不公平はない。

希望的に邁進したいものです。                                                                                                                                                  時計草です。