July 29th, 2013

「モジリアーニ 真実の愛」を観る!

 ☆今日は雨が降ったり止んだりで、幾度も庭のテーブルの上の絵の材料とバスケットの材料をコテージに運んだり、しまったりした。
 ☆四角いバスケットのやり直しは編み終わり、楕円形のバスケットの上に描いた絵もだいぶはかどった。 
                                   
     暑いので生協で買った冷し効果のある手拭いを  ☆5時頃、撮影しようとしたところ、メモリが残っていず映像が載せれなかったので、断念。キムチをいただいたお皿に「おうつし」の虎屋の水羊羹をもってタカ子さんの家に。二人で水羊羹をいただきながら、アイスコーヒーをふるまわれる。                                                 ☆帰りに、「モジリアーニ 真実の愛」を貸して貰った。「モンパルナスの灯火」はもっているが、2004年に制作されたこの映画も時代のアーティストの生活が描かれていて楽しい。                                                                              ☆メロンを冷凍庫からだして、ジュースにする。夕食はなし。代わりにおせんべいを食べた!お風呂に入って絵の具を落とし、ビデオを観たのが10時頃。パリの懐かしい風景が羨ましい古きよき時代のアーティストたちの厳しくも情熱のほとばしる生活を観て、時ジャンヌが母親であることよりも、モジリアーニと一緒に居ることを望んだことに、やはり非凡さを感じた。                                                                         ジャンヌを演じた女優さんは、絵描きの出る映画にずいぶん出ているようだ。ヴァン-ゴッホとかロートレックとか。エルザ-ジルベルスタインさんのかおはモジリアーニの絵の本当に似ている。                                                                       この映画には、ピカソはもちろんルノアールも出てきて絵を描く人の生活や精神の厳しさをずいぶん分かりやすく表されている。                                                                                                小さな男の子は天使だったのか?            
☆「真実の愛」というのは、ジャンヌが貧しいとかユダヤ人とかの困難を受け入れ、親の反対や愛児と別れよりも、酒癖、喧嘩癖、女癖のあるモジリアーニのためによかれと思うことを全てやり抜くと言う純粋さのことで、ピカソは自分にはない純愛に思うこともあっただろう。しかし、画家どうしの凄まじいライバル意識も友情も素敵だ!

過疎地の孤立!雨!

 山口県で起きた5人の殺人と放火の事件は小さな村での都会から帰ってきた人の生きがたさを語る。この事件で私が感じたことと非常に近いものを「銀座のうぐいす」さんのブログで見つけた。                                                                彼の文章を読んだとき(俳句か?)、時が達筆でセンスもいいなと思ったのである。両親の手厚い介護といい、きちんと生きてきた人間ではないのかと思える。


 ☆この信濃町も過疎化が進み、観光客も減少化しているし黒姫駅のすぐ近くにある第一スーパーマーケットも9月に閉めるほど、客が減っている。
私たちがお迎えのバスで行くのはひとつ先の駅の古間の第一スーパーで、他に妙高高原と牟礼に支店がある。経営上はまるで困らないそうで、葬儀屋も経営していてそちらの方が繁盛しているようだ。                                
 ☆野尻湖や黒姫高原のある観光地でもあり、別荘も国際村、大学村、学者村、グリーンタウン等結構あって夏とスキーのできる冬は、多少は賑わう。


 ☆昔から住んでいる地元の足のついた暮らしぶりと都会から涼や緑を求めてやってくる人たちの暮らしは当たり前に違うのである。                                                               おまけに、時代の山暮らし、エコ暮らしのブームで古い安い別荘が土地付きで200万円くらいから買えることもあって、元々の別荘族の暮らしと格差のようなものもある。永住組と言われ、ついのすみかとして住んでいるわけだ。                                                               ☆個人的には、世界の縮図のようなもので、色々あって当たり前だし、それぞれの生き方を認めつつ仲良く暮らしていくことも可能であると思う。しかし、現実の人間には、それぞれの事情があり、人間らしいといえばそれまでだが、つまらないエリート意識のあるひとも差別意識のあるひとも犯罪(詐欺)まであって、他人の生活の干渉で、誰々と付き合わない方がいいと言うひとまでいるのが現実である。                                                                                       ☆自分は意識的に仲間外れをされているひとには声をかけるように心掛けてきた。
父もそうだったと思うが、少しでも皆を幸福にするように生きてきたつもりだ。しかし、私がたまたま女性なので、婦女暴行に繋がりそうな人と金銭のたかりにはやはり遠ざかるわけにはいかなかった。私は無言で去るので、知らないひとには私が差別をしているようにも見えたようだが、私の良心はすこしも痛まなかった。                                                     2012-08-19 15.55.10私は分け隔てなく誰でも同じように善を尽くすと言う考え方だが、現実には単純に受け止められるわけではない。「目立つ」と言うことも、ある種の人の気持ちを悪くさせるらしい。その理由で、大学時代は同級生にいきなり平手打ちをされたりしたものであるが、人間の情として、それからも無かったようにとは付き合えなくなる。だから、私のコンセプトは「なるべく目立たないように。」である。                            ☆今、岡谷酸素のチェックがきた。10分くらいで終わるそうだ。

☆長野警察にお財布が届いているのでそれを取りに行くことと、docomoでメモリーがなくなったので、問題を解消するために行かなくては!