August 17th, 2013

今日も暑いですが!


寝室を掃除してます。

このテーブルで食事!
朝の続きのソーセージ。

 気分転換に寝具を換えてみましょう!

☆先程、無花果パンが美味しかったのでお礼を言いに長女さんのいるタカ子さんのところに。

 

 コーヒーを淹れるのも上手で、ごちそうになった。

 

 そして、2歳の坊やにうまい棒チーズを2個持っていった。

 

☆百合はもう枯れ始めている。
そろそろ、ミシンワークでもしようか?

今日も無事に!


 煉瓦の積み方で色々なパターンができるようにしてみました。

 庭から部屋に移動して吊るしてます!

我が家は色々ぶら下がってます!

☆昨晩の「善き人のためのソナタ」と、今日の「敬愛なるベートーベン」は、

 やはり、真摯な生き方への崇敬を表していると思う。

 

 どこかで、引っ掛かる人たちと言うのは、「世の中を舐めた人」「権威を使って私服を肥やす人」であるが、人間はいかに崇高にも下劣にも生きられる。

 

 自分が若いときに体験したセクハラも、本当にどう生きるか不安にさい悩まされたものだが、女優を権力で思いのままにする「善き人のためのソンタ」に出てくる悪徳のまえに、実際に死ぬことでしか抗えなかった魂の救いがでてくる。

 

 芸術家の真実を追求する魂に権力は制作をさせなくする。

 

 そして、東ベルリンはもう数えなくなかったが、実は絶望のあまり自殺者が溢れていた。

 

 ベートーベンの「善き人のためのソナタ」は深く聴けば、悪いことができなくなると言う。

 

 それぞれの立場の良心が自分のできることをする。

 

 美しいスローガンを立てるものが、実は自己の欲望の拡大のために持てる力を使っていたりする。

 

 誰にもわかることのないような犠牲も、いつか知れて心満たされる。

 

 そんな心に促した「善き人のためのソナタ」。一生を芸術に捧げ、体力の限界に挑戦して自らの役目を成し遂げたベートーベン。

 

 神は導いているのだ。

 

 だから、芸術家は困難を乗り越えられる。

 

 自分の苦難が如何様なものであっても、彼の音楽を聴いた善き人に呼びかけ、人を魂を救ったのなら、それは大いに報われたことだ。

 

 彼を支えた神に仕える女性がいたと言うことで、神も用意周到に配分をしたのだと思った。

主人からのメール!

姑が入院したと言う。 骨折とかでなく、肥りすぎで体重が重くて脚が痛くて歩けないと言う。 姑の友人の病院で、部屋がないので隣接する老人ホームの方にはいったと言う。性格的にお転婆なので、よく階段を踏み外したりするタイプなので、病院で少し慎重さを指導してもらった方が良いと主人と同じ意見。 「帰りましょうか?」と訊ねたら、「それには及ばないと。」主人。こちらから電話したので、まだまだ、他の問題はないと言う。  娘が今朝、病院に連れていったと言う。  何か買ってあげなくては。