November 5th, 2013

誠実と思いやり。


☆漫画「黒子のバスケット」作者への怨恨のため、毒入り菓子。母校への脅迫。

 

☆他の高級ホテルレストランで偽装肉。

 

☆今日はミケランジェロの「天国と地獄」のためのデッサンや制作態度を聞いて、イタリアのなかの独立国ヴァチカンで幾度もみたあの遠大な計画で描かれたシスティーナ礼拝堂の絵のための素描を観て、死後の審判を信じた。

 

☆仏壇屋「はせがわ」での薬師寺の僧侶の講話への招待。

 

因果応報。普遍性。神の正義の確かさ。

 

☆不思議と美術館での満員なビデオも、前の席が空いて一等席に座れてしまう。

 

天使がこの美術館訪問を助けてくれるように睡眠時間4時間を支え、JRの中でも座れてしまう。

 

家に着いた途端、どしゃ降りの雨になり。

 

☆これだけ真実と正直に生きるものを愚弄するかのような社会になっても、永遠性の見える不滅な世界。

 

☆「階段の聖母」息子イエスの行く手を見る眼差し。

男性をモデルに女性を描いたのだそうだ。


肖像画を描かれるのを嫌ったそうだ。

☆人の生き方と言うのは、自分の使命に関しては誠実に。

 

弱者への思いやり。

 

☆晩年に彫ったイエス像はちいさなものであったが、彼にとって拠り所であった自然な温かみを感じた。

 

サーカスとミケランジェロ展を観ると人体デッサンが無性にしたくなる。

(no subject)

 

ヘナで染めた!
木藍色。

 

乾かし中。

 

カプチーノを作った!

娘がダイソーで買ってきたカプチーノ作りでミルクを泡たてるのですが100円で乾電池で動くのです。スターバックスだと随分高いとのことです。 おもちゃがたくさんあるので毎日の生活が楽しいです。

2階の掃除!

髪を乾かしながら2階の掃除を。

 



トイレ。

 

踊り場に飾ってある。
少数民族の人形と左は喜多野教会から貰ったマリアさま。

 

ミレーの聖母マリア!

 

娘が中国の音楽家からもらってきたもの。他に劉備、諸葛孔明等あって父のところに諸葛孔明はいっている。

 

お久しぶりのノートパソコン。

 

不適切な表示。

東急ホテルグループ。 大丸松坂屋 車海老テリーヌはブラックタイガーテリーヌ。
高島屋 車海老はブラックタイガー。 老舗であり、高級ブランドのイメージの百貨店。高価なおせち料理に嘲るかなような別の品種の食材。 日本中の多くのホテルやレストランや百貨店で同じように行われていた詐欺。

 

☆もうすぐ753 !
あれから25年。
この着物も家に運んできたが。

 

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☆あの阪神震災とオームの地下鉄サリンガスの1995年にアメリカに渡った我が家族。最初の3年はここに住んだ。この家は3階建で真ん中で縦に二つに分かれ、お隣はフィンランドとノルウェーの中年カップルが住んでました。フィンランド人の奥さんは画家でとてもきれいな人でした。

 

昨日、観たコルビジェの建物。
カーペンターセンターで学べた至福。
下は私の恩師の絵。

 

学生展ともう一人の恩師の作品記事。

 

折り紙を教えたり。

 

百人一首を紹介したり。

武生の人間国宝の市兵衛さんに和紙作りを習ってアメリカで教えました。

温室で油絵を描いたり。

最後に住んでいたお家。1階だけです。


フィンランドのアーティストのお隣りさんと彼女の作品。お母様のオブジェ。


人種差別と性差別へのクレーム。
「土俵に上がれなかった大阪府知事大田女史へのバービー人形たちの抗議」

白人、黒人、黄色人種のバービー。

下の作品は陶板にシルクスクリーンでプリントしたものですが、日本に運んだときに割れていました。写真が必要なのはそれが理由です。

☆下の建物左奥が私のスタジオです。
アメリカ人は皆、スタジオと住居は別の建物でした。

☆「不適切な表示」にならないように写真記録を撮影してます。

人はなぜ騙すのか?

 もはやオレオレ詐欺や特殊詐欺だけではなく、日本中の信頼されていたと思われる高級ホテルや高級レストランや高級百貨店まで詐欺師になってしまった。

なんという愚かしい時代なのだろう?


☆最近読んだ「発言小町」で。
10月23日のものだが、「発達障害、精神の病を知らされずに結婚して遺伝の障害児が生まれ、希望を失っています」というのがあった。

結婚前の互いの親族の顔見世には赤の他人を指さして、あれが兄弟だと言って騙したが、結婚して子供が生まれるとお子さんが発達障害で、ご主人も兄弟も発達障害で精神の病を持つ家族がいて、騙された怒りと失意で布団に入っているという若いお母さんの相談。

これには、多くの人が嫁ぎ先は悪質な詐欺であるといい、逆に障害のある人を差別しているという批判も本人向けにあり考えさせられた。

☆例えば、仮に私が「あの人って頭がおかしいよ。」と言われても、私は怒らない。そういう風に見る人もいるんだなあ。そういう風にみたいのだなあと思う程度である。

結婚を申し込みに来た主人に、父も母もダメ押しというか私の欠点を過剰ぐらいに並べた。

「家事ができない。常識がない。怠け者である。それでもいいんですか・」と。

「妹のほうがややましですので妹のほうがいいですよ。」と。

☆私が変人なのかもしれないが、嫁ぎ先が貧乏であろうと障害者がいようと、「騙された。」とは思わなかったと思う。

給料のことなど関心もなかったので、少なかったのだろうけれど「困った。」とも思わなかった。

姑は、主人に「家のことをペラペラ話すんじゃないよ。」と釘を刺したそうだが、私の家では家族総動員でできるだけ、不利にできるだけ低く見せたのであった。

☆私は絵を描いていて、これは私の使命であるので続けて死ぬまでやるべき仕事で、結婚するにあたって「絵を描くお嫁さんほどハンディのものはない。」と思っていたので結婚にあたって、贅沢は言ってもいけないし考えもしなかった。

 私は障害者の妻に逃げられた子連れのやもめくらいと結婚するのが私には相応だと思っていたので、本当に心から「身分が違うから結婚したくない。」とお断りしていたのである。

 結婚してからも姑が「田園調布は格下。」と常に言っていたので、嫁ぎ先の近所は畏れ多くて道中を歩けず道の端を歩いて溝に落ちたりしていた。これを主人に言うと「おちょくっていてたちが悪い。」と怒られたのだが、ようやく道の真ん中を歩けるようになると溝などない。あれは何だったのか?と思う。

☆この相談者の若いお嫁さんは、障害者の子供が結婚できないと思っていて、そういう遺伝子があることがわかっているなら子を産まなかったという。

 答えの中には詐欺なので子供を置いて別れればいいという意見や親としての愛情はないのかという意見があった。多くの障害者の母親の意見もあり運命というのもあるというのもあった。

☆幸福とは何か?

 美しく賢く生まれ、家柄もよく、運動神経も発達して何をしても称賛されて、同じような完全な伴侶を得て、遺伝子にも裏切らず優秀な輝くお子さんを生んだ人もいる。

しかし、友人が教えてくれたのだが、そんな家族に不運が初めて起きた。自動車で人を轢いてしまい被害者が亡くなったのだ。とてもお気の毒だが、これもバランスだと思う。

それでないと、人間は謙虚さも学ばないし、苦しみや悲しみを通して多くの人の痛みに触れるという成長ができるからだと思う。

☆幸福とは不足のないことではない。幸福とは自分が取るに足らない人間であることを知り、わきまえと感謝を知ることであり、神を求め日々に愛を学ぶことではないか?

☆人はなぜ騙すのか?

 それは、何かを失うのが怖いからではないか?

 レストランやホテルは客を失うのが怖く、収入がなくなるのが怖い。いちいち本物の車海老を出していたら望むような利益が得れないのか?

 百貨店も車海老でないおせちは、老舗のメンツで出せない。それよりは嘘をついて、どうせわかりっこないと、顧客を馬鹿にして老舗百貨店の奢りに安座してしまった。

☆私も多く騙されてきた。

 少し前までは、聖職者や福祉家は自分にはとうていできそうもないようなことをなさる立派な人だと思っていた。

 しかし、現実はお金をたかる。嘘ついてただ働きさせる。みのもんたの息子以上の悪さをしても「神は許している。」と平気での給うので驚いたものである。

 現代美術の国際アーティストもお金を得るためには平気で嘘を言う。離婚した私生児を生んだと特権のようにお金を出させる同性の女たち。神の名を使ってお金を送れという多くの人があがめている古神道の研究者たち。

 そうして、私も反省をした。私に見る目がなく安易に権威を信じたからいけなかったのだと。

 詐欺師たちは、本能的に弱みを使う。「私は夫がいないからあなたより大変なのよ。」「私は社会から疎外されているからヌクヌクしている人は私に慰謝料を払うべきだ。」と。

 私はたじろぎ、あとづさりする。そして毒牙の餌になったのであった。

☆苛めで自殺した子供たちも、いじめっ子たちの家庭背景にたじろいで絶望したのだ。

 人間が平等に見えないということが、実際には因果応報の末のたいへん公平なことであるのだが、「貧乏な人はたかってもよい。」という考えも「差別されてきたから何をやってもいいんだ。」という考えも育てるのだった。


☆毎日のニュースにある犯罪も、それぞれの言い分がある。

 信じた彼女が、好きだった彼女が交際を拒否したから自分の苦しみ以上の苦しみを与えるという考え。殺す。汚名を着せる。恥をかかせる。

 彼らの言い分は、自分はいつも混血だから出自が悪いから差別されてきたんだ。その日々の苦しみを知らないお前たちなんかに俺を責める権利があるかというものだ。

 かわいく生まれ、家も理解あり裕福で勉強すればだれもがほめてもらえる子供の前途は確かに輝いている。

 それに比べ、両親が自分を大事にしてくれなくて社会も偏見で外観で見て、学歴や人種や国籍でしか見ない。未来は少しも輝いていない。

 しかし、だまして大学生と語り、白人の混血だと語り、夢のようなガールフレンドとも近づけた。だまさなければ近づけなかったのだ。彼女が嘘を見抜き、去ろうとしたときには自分の未来も夢も去っていくことだった。

 社会が成熟して、どこの国の混血であろうと、大学に行ってなかろうと青年のいいところを見て受け止める社会なら、ひとりやふたりに振られようと殺しまではしなかっただろう。


☆遺伝子のある障害の血筋も、言ったら婚約を破棄されることを家族の誰をも知っていた。

 子供ができたら、子供への母親の情できっと許してあきらめてくれるだろうと、彼女の嫁ぎ先は思ったのである。

 もし、社会がおおらかに「障害も個性。」と何も偏見なく、いろいろな補助があって、若い母親も健常児と同じようにおしゃれをして息抜きをして、未来に何の憂いもなかったら「騙された。」「布団に入って泣いてます。」にはならないであろう。


☆私はだから、どの犯罪も痛むのだ。

 無理のないことだという部分があるから。

☆若い母親に言えることがあったら、どの人生も傍から見るほどは楽ではないということだ。

 人生は多分、美しく賢く、経済的にも恵まれた何もかもそろっていることだけが幸福ではない。

 そして、恵まれれば恵まれるほどツケも払っていくものだということ。

 若い母親が、そんな重荷を背負っていたご主人の家族に深い同情と理解が生まれたときに、少し楽になるのではないか?

 そして、いつか、そうした重荷を自分が背負うことなって気付いた人生の深さに感謝ができるときに、魂が輝いて生きることができるのだと思う。
2012-12-25 19.05.31