December 11th, 2013

美の道は厳しい。

  今日の利休の映画を観て「美の道は命懸け」というのが伝わりました。

 

☆天国に入るのには駱駝が針の穴に入るよりも狭き門を入っていくという言葉が聖書にあります。

 

皆で美の道を歩こうと思っても、誰もがその道を歩き続けられるわけではない。

 

それは、心のあり方に厳しいものが要求されるからでしょう。

 

☆日展のてん刻部門の不正が内部告発されました。

 

  問題は審査が公平に行われてなく、全くどこの団体にも所属しないものが審査の対象になることなく10000円の出品費だけ請求され、既に決まっているてん刻家が数少ない入選者だということがわかったからです。

 

私がその入選者だったら、落ちた人への後ろめたさで、書がてん刻がそれだけで卑しめられたと思うでしょうね。

 

もう、それを知っていて加担したものは同罪だと思います。

 

☆それと似たことはたくさんあるのです。
あるボランティア団体でも多くの純朴な善意の人の寄付を役員が旅行費に使っている事実。

 

ある児童福祉施設で子供たちへの寄付の冬の靴下を、経営者たちが「これはいいものだから」と兄弟で山分けしていました。 それがわかったのは、私がボランティアで子供たちのために働きだしたのを知って都築さんという女性がデパートで働きにいってそのお給料で靴下贈って来たので目の前で開示されたからです。そう言えば園長の娘の一人は「ルイコさんはバカでないから、ただで働かせるために本当のことを話してはいけないよ。」と妹に言っていたのでした。

 

山谷のホームレスへの炊き出しで、いつもお米や海苔、梅干し、現金を募集しているのですが、ある時、仲良しのテレサに連れていって貰ったら、ボランティアでおにぎりを握っている人たちが、寄付で集まって来るジャムなどを分けあって持って帰るのでした。

 

お米や海苔、梅干し樽、現金をそれまで精一杯送っていて私には少し裏切られた思いでした。

 

☆それでも、おにぎりを握っているのだから、ボランティアしているのだからという考えもあるのでした。

 

☆ある福祉施設で、「るいこさんはお嬢様過ぎて可哀想」と言われました。
そこに連れていかれた私は知らぬまに80代の園長夫人をルルドに連れていく役に話がつけられていて、「ええっ?」と驚いたときには、ちゃっかり人を使って園長夫人にとりいっていた60歳の修道女は共産党の指導員と組んで給料の値上げ運動をして月10万円を確保していたのでした。始めは「月3万円でいいから園に置いて欲しい。」と住み込んで来た人がです。

 

私は人を利用する人の怖さに驚かされたのでした。

 

☆「ルイコを利用して這い上がれ。」
この言葉は30歳の時にパリに言ったときに大学生たちが言っていた言葉です。

 

この中には住み込んできて、風邪を引いて弱ったときに私の借りていたアパートから追い出して乗っ取った大学生たちもいます。

 

階下のボザール(パリの国立美術学校)の日本人の学生が私が風邪をひいてホテルで休んでいる間にその学生たちを追い出してくれていました。

 

現実に人のもの、人の権利、人の善意を食い物にする人は実に多いのです。

 

☆きちんと目に見えない日々を生きることが美の道でもあるのです。

 

教養というのでしょうか?知性というのでしょうか?
1流の人たちは決して、しない品性の下劣さというのがあるのです。

 

☆ハーバード大学で有意義な授業を受けられたに感謝していたので、クラブ活動のため、墨絵や和紙造りを教えて欲しいと依頼されたときも快諾しました。

これは全くのボランティアで、墨絵を学ぶため日本から取り寄せた本やアメリカでの墨絵レッスン費も自腹です。

 

三春の張り子や福井の武生の人間国宝のところにも教えをこう旅も勿論自腹です。勿論、作家たちには礼をつくし、それなりのものを購入して学んだ感謝を伝えてます。

 

このハーバード大学の世界最高の知性を持つグループはさすがと言うほど、マナーがきちんとしていて、各出版物に教えている私の名前は勿論、小さな記載物にも無視されることなく記載されて感謝をされたものでした。

 

この間も依頼者のハーバード大学のサンスクリットの教授の奥さんは日本の大学でご主人の教授が講演するときに招待してくれ、初対面の方たちに「ルイコさんは指を切ってまで、張り子を教えてくれたのよ。」とか、「墨絵を教えるためにわざわざ習ってね。」「和紙を教えるためにに人間国宝のところで学ばれて。」と紹介されてたのでした。

 

これが、多少とも他人の労働への礼儀というものだと思うのですが。

 

☆しかし、私は最近、信じられない体験をしたのでした。

 

なんというのでしょうか?
善意を食い物にされたというのでしょうか?
自分の大切な物を乗っ取られたと言うのでしょうか?

 

自分が時間とお金をかけて作ってきた絵本の文章を知らぬまに、勝手に改竄され公に朗読されていたのです。

 

そればかりでなく、呼ばれもしないのに会場に来たということで主催者に廃除される気配だったのです。

 

先に写真機も携帯も持っていない私に主催者のご主人が「写真禁止です。」と威嚇するように言いました。仮に優しく丁寧に「申し訳ございませんが、お写真は遠慮いただいてます。」と言われたら傷つくことはなかったのでしょうね。

 

その区民センターの無料の講演には私は招かざる客なのでした。

 

それは、無断で私の「宇津保物語」が著者名も本の題名も知らせず読まれたもので、本人ならわかってしまいますから最もこられては困る相手なのでした。

 

☆垂れ幕には「日中友好35年」「ユネスコ世界遺産登録10年」とありました。NPOや大使館や新聞社の協賛が羅列してました。

 

琴の演奏者は私を認めるとプイとかおを背けました。

 

演奏者は私の「宇津保物語絵本」で宇津保物語を知ったのにです。

 

その演奏のタイトルは「宇津保物語」でしたのに。

 

☆私が大学生の時、「人がいいから盗られるわよ」と注意されたことがありました。でも、そのときは「人のものを盗る」というのがよくわからなかったのです。

 

私はとても傷つきました。
この本は日本の古典で古いものでとても長い読み難い原書があって、それをここまで短く簡潔にすることは私のオリジナルなのです。

 

ですから、その労苦や宇津保物語の研究家のオークランド大学教授の伊東節子博士が私の絵を気に入って絵を描いて欲しいと英文を送って来た時から20年以上かけて本になったものなのです。

 

パリで個展をして原文をフランス語にして発表したり、ハーバード大学で墨絵を教えた経験から絵本に墨絵も足して多くの現代の知識人の叡知からできている本なのです。

 


それを全く無視し、その本の文に色々改竄されたばかりか、著者名も告げず「宇津保物語」の説明に使われたのでした。

 

☆この本を利用して公に演奏をした人は、本当に日中友好の気持ちがあるのでしょうか?

 

人の気持ちをこれほど踏みにじって文化交流ができるものなのでしょうか?

 

どうして、作者が邪魔だったのでしょうか?

 

私はそこに教養や知性の欠如を感じるのです。

 

でも、もしかしたら文化の違いがあるのかもしれません。パクりは中国のオハコですから、人のものの扱う姿勢が違うのかもしれません。

 

☆私の信じる美の道はやはり正々堂々としたものなのです。

 

「あんたの絵なんか簡単に真似できる。」と言った人がいましたが、簡単には真似できる訳はないのです。

 

☆美の道は厳しい。
あるグループ展に私の文が使われた。
それは許可が得られたもので私はその文章に私の名がないことが気になりませんでした。

 

しかし、ある知らない人が「この文章にひかれてやって来た。このグループの誰が書いたのか私は見回した。これはあなたが書いた文章だ。この絵を描く人にしか描けない文章だ!」と言ったのです。

 

芸術って嘘つけないのですよ。

 

素敵な話でしょ?

 

そのくらい日々の品性が絵には現れるし文章に現れるのです。

 

勿論、演奏にも現れるはずです。

 

目利きっているのですよ。

 

☆私はこんなことを平気でする演奏家が哀しく思えます。

 

こんなことを平気でする人を宇津保物語の本物の作者、作者不詳ですがかつて実在した本物の芸術がわかる人は天から哀しく見ているでしょうね。

 

☆「宇津保物語」って本当に美しい物語なんです。

 

芸術がいかに天の加護を得て育まれるか?

 

芸術のためになら何もかも捨てるのです。

 

そのために豊かな貴族の階級の主人公俊蔭は貧芸術を冒涜するものにはその方のためにも、人を踏んづけて先にあるものは美から離れたものであると告げましょう。

「愛と真理と美のために生きなさい。」

 

これが、私が20歳の時に神から言われた言葉です。

 

そのときから私の人生は完全に変わったのです。

 

☆真理には、嘘があってはいけない。

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