December 12th, 2013

師走には生徒も走る!

クリーニング屋さんまで歩く! 家で荷物を下ろして、原美術館まで。

 


昨日、自由が丘で買ったクリスマスのバスケットとクッキー!

 

☆今日は娘が風邪気味なので、洗濯屋まで持っていって、その帰りに御殿山の原美術館に行くつもり。

 

☆年賀状も今日書きたいです!

 






原美術館でお昼!

いい展覧会でした。 三島由紀夫のイミテーションは発言内容を全部ちゃんと聴くとアーティスト宣言なんですね。 上野公園が最後に出てきます。 それが面白かったです。 レンブラントは肖像画がたくさんあったので、見ごたえもあり重厚でした。 あざとい作品もあり、やはり奇をてらうスキャンダラスな作風を感じました。

ボタンを押すとホーホーホーと言ってライトがつくのでドアを開けるときにいいらしい。

質素に生きてきたが。

私ほど慎ましい20代をおくって来た人はそうはいないと思う貧乏画家だったが。

 

不思議と他人はそうは思わないようだったと語った。 娘は36歳の時に生んだので、私の貧乏時代を知らない。

 

☆娘はママはリッチで自分はプワーだというので、私は今日は娘に貧しい20代を語った。 、私の20代の頃は図書館で本とレコードを無料で借りていて、田園調布から図書館のある沼部まで歩いたものだった。

 

私が貧乏なのは絵描きであることと、自分の宗教哲学で収入の3分の1は困った人たちのために使っていたからである。

 

☆下の洋服は確か6000円くらいでアルバイトをして買って上下で、おおむね私の20代はこのレベルの洋服を着ていた。

こう言うファンシーグッズも作っていて、その収入で個展をし、3分の1を世のため人のために使っていて、フランス語教室に通っていた。途切れ途切れで、アテネフランス、日仏学院、お茶の水のキリスト教館、自由が丘の外国語学校で信じられないくらいバラバラに習っていた。

 

☆下の写真はフィンランド大使夫人に頼まれて26のお伽草子の絵を描いたもので、このあとで2,3のフィンランドの月刊誌に紹介されて送られてきた。
朝日新聞社のの依頼であったが、有名童話挿し絵家に無料だからと断られて私のところに来たものだった。

自分は日本とフィンランドの橋渡しになればと費用のかからない墨絵で描いたのであった。

 

☆この結婚式のウエディングドレスも横浜の高島屋で10万円で買った吊るしで、それでもダイアナ妃のドレスデザイナーだったのでカットがよくて誉められたものだった。

私がなぜ、こんなことを書くと言うと私は自分の身の丈に応じた暮らしをしているのに、それを上回るお金の無心が多く、私はもしかしたらお金持ち?と誤解されているかしらと思うからである。

 

☆毎月、無料で原稿を送っていた「日本神学」と「お家にお金を送って」と子供に言わせて、後に「あのお金は私への貢物。」という手紙を寄越したY子さん。

 

「日本神学」は私の住所を調べに調べ、原稿を依頼してきたが、お茶缶一つ送って来ただけだが、フランスからの帰国の時にもう原稿は送れないと言ったら、「自分を利用して月刊誌に記事を載せたくせに。」と中傷の記事が書かれた。

パリのY子さんも、インドの里子の教育費の送金を修道会に減らす許可をもらって30万円送った後に、「返したいのでパリに来い。」と電話が来て、返さなくてもいいと思っていたのに、彼女のプライドのために、わざわざ生後半年の娘を母親と姑に5日間づつ割りふって世話を頼みパリまで行き(交通費と宿泊費のことも考えてみてください)、彼女の指定通りに訪ねた所毎日のように「今日はローマだ。」「郊外で交通事故で会えない。」と、電話が宿泊ホテルまであってあえなかった。それをパリ在住の成田京美ちゃんが「行ってみよう。」と、ホテル近くの彼女のアパートにいったところ、いないはずの家にいて子供の誕生日パーティー中だったのだ。

 

帰国後の罵倒手紙が凄い。「無断でアポイントもとらず来たので、慰謝料として100万円寄越せと書いてある長文の手紙が来て、あのお金は私への貢物で自分にはよくお金が送ってきてそういう種類のお金として受け取った。」とあった。

 

先にも書いたように、インドの子の教育費の代わりにY子に送った寄付のようなものなので、返す必要もなかったお金を返したいと言ったのはY子なのだ。

 

☆このように、人間は頼むときとずいぶん変わってしまうことに驚いた。

 

☆私が驚いたのは、私はY子さんほど国際的にも著名度もなく、年齢も下なので、なんでY子さんが私程度の貧しい画家を選んでこんなことをしたのかということである。

 

最初、30万円が着いたときの彼女の手紙には「あなたがコツコツとためたお金をおくってくれて。」と書いてあるので、彼女も私が豊かでないのを知っていたのであるのに。

 

☆今回、Kさんが彼女の50歳の誕生日の写真集出版とCD制作のためになぜ私に出資させようとしたのかと思うと私は多分、実際以上に豊かに見えたと思えるのだ。

 

Kさんの「H」の茶館で初めてあった中国人が頼みもしないのに、「自分は北京大学で文学の博士号をもっていて、あなたの絵本「二十四孝物語」を中国で出版してやるから200万円出せ。」と言った。中国人というのがこう言う人なのかKさんが仲間に情報を与え、お金をとれるだけとれる鴨としたのかはわからない。

 

しかし、私はこんな風に仕事をしたことなどなかったのだ。

 

横着というか雑というか、卑しくも文化に携わるものが相手に出資させようと思うなんて私には考えられなかったのだ。

 

☆出資しなかった私に、強い憎しみや怒りがあって、この間の区民センターでのプイになったのか?

 

文化にお金が絡むと何かおかしくなる。
まして、同じアーティスト同士が対等の関係でなく、どっちかの犠牲によってどっちかが花を咲かせたいというのはもはや友好流ではないでしょう?

 

☆これからも、質素に身分相応に生きていくつもりだ。
華美もはったりも嘘もなく。

 

堅実に。

 

☆今、娘が買ってきてくれた部屋履き!

過去最多のいじめ。


いじめと自殺者が多いのは日本の個性だが、子供たちが発言するようになったのか。教師が目を見張るようになったのか、今年はいじめが3倍とのこと。

 

☆私は自分でやることが多すぎたのでいじめは無視して進んできたと思う。

 

フリーで生きてきた女性アーティストにとって、意外と驚いたのは、男性の嫉妬やいじめである。

 

そして、さらに驚いたのはたかりの多さである。

 

私になにかいいことがあった場合、何か税金のように周囲はたかる。そして、ある時はそのお金は円滑油のようにも見えたことだ。

 

私は目の前の事に忙しすぎて大局は見えなかったが、大津のいじめ強要自殺事件で、全く大人であったから生きてこれたが中学生が自殺するしかないのかと、世の仕組みに憤りを覚えた。

 

☆例えば、大学時代にアルバイトをした歳に、自由が丘レリアン支店開店3年初の販売実績を作ったからであろうか?ある時に、「バーゲンを手伝って。」と電話がかかってきた。

 

その時10人くらいいた従業員は偶然私と同じ年齢だった。

 

レリアンのバイトの時でも、80倍もあったくらいで、従業員は皆、美しく洋裁の専門学校を出ていた。

 

アルバイトと言うのは、ビラ配りとか嫌な仕事を押し付けられるもので、私は仕事と言うのはそんなものであると思っていたので楽しくよく働いた。

 

しかし、従業員のいじめであるとは気がついていた。私は絵描きとして充実していたし、そのアルバイトは人が助けを求めているのだからと、10日間くらいだったと思うが喜んで働いたのである。

 

そして、やはり特別の売上があり、従業員にはボーナスが弾まれて、私はお金がほしいというわけでもなかったので、「良かったね。」という気持ちだった。

 

驚いたのは、恐らく2万円くらいのアルバイト賃金だったと思うのだが、10人の従業員が集団で取り上げたのだった。

 

その時に、一番美しい娘だけが恥ずかしそうに俯いていたのだった。

 

☆私は考えた。
私はお金のために働いたのか?

 

いいえ。そういうときもあるけど、そのときは人手が足りないなら助けてあげようと思った。

 

だから、私がタダ働きになったことで怒るのは止めようと。

 

☆その後、その店舗は消えてしまったが、確か恩田とか特田とか言う店長のときだった。私が大学出て1年くらいだったかなあ?

 

☆滋賀の大津事件で美しい少年が自殺したときに、背景にグループでお金の無心をしていたことを知った。

 

人間にはこう言う心理があるんですねえ。

 

日本中のいじめにお金のたかりが多いというのが日本では普通のことになっている。

 

そのレリアンの従業員は普通に良いお嬢さんに見えるタイプで、同じ年齢だから、子も孫もいるだろう。

 

しかし、それ以来は「バーゲン手伝って!」と言ってくることはなかった。

 

そして、集られても嫌な顔ひとつしない私に「何のために働いたの?」と言った。

 

彼女たちのいじめの構造からすると、私が嫌がるか泣いたり抵抗するのを期待していて、それがなかったので興ざめだったのだろう。

 

それで気が抜けたのかも知れなかった。

 

同じ年で、自分達より幸福に見られたのかなあ?

 

受け取り方だが、私は悲しいとは思わなかった。私って売る能力あるんだって言う自信が生まれたもの。

 

彼女たちはどう思ったのだろう?

 

うまくやったね。

 

あんなことしなければ良かった。

 

同じ66歳の今、いい思い出になっているのかしら?苦い思い出になっているのかしら?

 

☆しかし、そのお金が必要だったら?
悲しみと怒りが生まれただろう?

 

☆子供の頃の方が傷つきやすい。

 

それは、自分に自信がないからだ。

 

自分に自信ができると、心の中でそんなことをする弱さに慈しみが生まれる。

 

☆だから、傷ついた子供たちをしっかりと支えるおとなは自信を持たせることだ。

 

いじめっこってバカだからそんなことをするのよ。

 

最後は勝つんだから、時間が経つまでの我慢。

 

いじめっこって幸福でないんだよ。

 

私はいつも可哀想になあと思います