December 28th, 2013

ホームレスさんの雑誌を読むと。


私は傷つくんです。
どうして私でなくて彼らなのかと。

 


社会は邪魔者を隅に追いやる。

 

時にはただの感情で。

 

結婚生活でも追い出された夫や妻はいく場所を失うこともある。

 

誰にも理解ある家庭があるわけではない。

 

☆このビッグイシューと言う雑誌は、ぃわゆるマイノリティの痛みを汲み取り、理解を促す情報にいつも驚かされる。

 

そして、世界には不公平で権力に脅かされて無気力になって隅に追いやられた弱者が安易にホームレスになっている現実の社会機構。

 

☆人間がおっちょこちょいができないのは、両手を放すと誰でもすぐ社会の隅に追われそうな恐怖がある。

 

それは心無い人にとっては人間と見られないことである。

 

☆人間の格差はどうしたものか?

 

どんなに底辺に生まれ、ハンディがあっても堂々と幸せにいきる権利があるという主張。

 

☆アーティストとしては、アートは下層階級における犯罪と同じといわれているので、ハンディのあるマイノリティは有利条件である。

 

☆しかし、現実にマイノリティでいて幸福に感じる個性はそう多くないと思われる。

☆浜矩子「大人の条件は人の痛みがわかること」
桂文珍の創作落語「闘ったらあかんで、闘う街には、ホームレスでいっぱいだ。」
老楽イズムの3つの側面。
1人の痛みを知る。
2人のために働く。
3足ることを知るをこえる。

 

差しのべる手。hand out
引き上げる手。lift up
握りしめ合う手。ビジネスパートナーとして。
足るを知ることを越えた社会が成熟した社会。

 

萱野稔人さんはフランスでホームレスのデモに参加した哲学者。

lift upということの困難さ!

昨晩、ビッグイシューを読んでいて心に残ったのはlift upという言葉であった。

 

これは、これまで何十年も私が心がけ挫折してきたことだからである。

 

☆格差の底辺にいる人も多様である。
蒔いた種を刈り取る人も、哲学としているものも、好きでやっているものも、落とされたものも、そこでしかいきていかれないものもいるのだ。

 

這い上がりたい人もお行儀がいいわけでなく、手痛い報酬を受けたりする。

 

そして、這い上がりたい側の欲望には人にはきりがなく、終わりがないと言ってもいいでしょう。

 

☆私のよく読んでいる「銀座のうぐいす」というプログで、三鷹の鈴木さあやさんが殺されていた事件で、母親が手を打てたはずの殺人事件をどう回避できるかのひとつの提案が書いてある。

 

沙彩さんの三鷹の豪邸はうぐいすさんの見積もりによると、一億五千万円くらいど池尻トーマスの家は買えば千五百万円の格差で、トーマスが同志社大学生だというのが、詐称だとわかり交際を禁じたのが、トーマスを傷つけて殺意をいだかせたという。警察に介入させたのは悪いという。殺されるよりは同棲をゆるし愛が冷めるまで時間をかければ殺されなかったという。

 

うーん。
沙彩さんのママは画家で子育てに手抜きがあって、沙彩さんは淋しかったのだという洞察。

 

☆大学くらい出してやればいいではないかと私はあのときに思った。彼のフィリピンとの混血や母子家庭の厳しさや異父との子の妹家族に同情の気持ちがあるならば?

 

☆しかし、昔、ハーバート大学の女子学生が強姦した義理の父親を殺したのち、更正し名前をかえハーバート大学に入学したものの、女子学生の殺人の過去がわかって退学になった事件があった。

 

大学側は殺人経歴を隠し嘘をいったことが悪いと言い、本当のことを告白して殺人犯なら大学、それも名門大学に入れなかったと思えるので、トーマスが同志社大学生と言って交際まで持っていき、ばれないうちに離れられないよう性関係に進んだのも、彼の考えた幸福になれる唯一の手であったと思われる。

 

沙彩さんの落ち度は信じたことと、騙されたことで、性にかんしては無知と幼さで、私には被害者に思われる。

 

足るを知る。
分をわきまえる。

 

私たちはそう教育されてきたのだ。

 

頭だって容姿だって出自だっで、格差はあって、相手にされない場所や無視される人にも出会って、人は生きていくものだ。

 

☆だから、lift  upというのはとても限界があり、複雑な問題を絡んでいるのだと思う。

 

柿のはちみつをもらった!

☆30歳の頃、
「ルイコを利用して這い上がれ。」と、私生児で生まれた人やアパートを風邪引いたときに乗っ取った大学生に言われたときに、私は傷ついた。

 

その人たちは私より年下の20代の男性逹であったが、その考え方に私は嫌悪したのだった。

 

それが批判されることなのか?

 

北朝鮮に拉致された人たちも誰かが得する為に不可抗力で連れ去られた人逹であったが、自分の国が貧しいから許されることではなかったはずだ。

 

☆私たち普通の人間は、時には致し方なく断る側で、時には理由の有無にかかわらず、断られる側にいる。

 

私たち日本人の多くは黄色人種で、世界にはヘドが出るほど嫌いな人もいるのである。だからど、彼等を殺す権利はないのだ。

 

自分の思い通りにならないからと殺すのは、成熟度が低いのではないか?

 

☆lift upというのも自己満足であってはいけない。

 

私の心は安易に同意できなかった。

美容院にいってきました!

お久しぶりでヘアダイとカットにいってきました! 皆、綺麗でお正月を迎える明るさが! 美容院と弁護士と歯医者は嫌いなのですか、いつもの店でいつもの担当のせいかリラックスできた3時間でした。 美容院の週刊誌で1月7日くらいまで浄化のとてもいい運気と占いページに出ていて本当にそうだなあと思いました。 明日は母の後見人弁護士2人と末の弟と4人で母のお見舞いで病院にいきます。 母が生きているのには意味があると後見人の弁護士さんの考え。 本当に。


金子みすゞの詩!


:

この人は可愛らしくて聡明で生まれにも何の翳りもないのに自殺している。

 

夫は親に見込まれた働きものであったのに、

 

こだまでしようか?
とならなかった結婚生活。

 

神さまの作ったものだもの
皆好きになりたいな
とならなかった身近な人。

 

☆仙崎はとてもさいさなところ。

☆とても哲学的な詩。

☆この詩は寂しい。
天使になって飛べても。

☆この間、行ったばかりの下関。
この地から、みすゞさんも海を見ていたのでしょう。

☆結婚後の家の近くの路地。


見えぬけれどもあるんだよ


神さまのいる場所。

☆見えないもの。


20歳のみすゞ。

「お魚」「打出の小槌」の詩が記載される。


☆大正15年11月14日、ふさえ誕生。
家庭生活は、夫の仕事が定まらず、転居を繰り返す日々。夫は家に収入をいれず、夫から遊郭の病を移され、体調を壊す。

 

☆昭和5年3月9日に撮影した写真。26歳。


最後の言葉。
ー今夜のつきのように 私の心も静かですー