January 20th, 2014

わたしはマララ。その3.「9.11の震源地に住む」

☆マララのお父さんは貧しかったが、大学にいった。そして、パキスタンの子供たちには、教育が必要だと貧しさや周りの無理解や役所の法外な賄賂に打ちのめされながらも、学校を作った。

 

☆マララのお父さんは、色黒で背が低く劣等感があったが、色白の美人のお母さんに愛されて、自信をもち大変エネルギーを得たそうだ。

女のひとのちからは偉大ね。

 

☆マララは大変なお父さん子である。
このパキスタンでは、男の子が生まれなくては、お祝いしなかったが、マララのお父さんは男の子と同じように、誕生を祝った。

 

彼女の名前はパキスタンのジャンヌ ダルクと同じなのだ。

 

 

☆マララのお母さんは学校に通ったが、女の子は一人しかいなかったので、1年でやめた。結婚してからお父さんの送ってくれた詩が読めなくて、学校をやめたことを後悔したと言う。

 


9.11が起きる。
4歳のときのマララは、自分達の国がこの事件のあとで、壊れていくことになるのは、想像もつかなかった。

☆ムシャラフ大統領は、パキスタンはアメリカに協力するしかない、と国民に説明した。 「アメリカに協力しなければ、パキスタンをテロ国家と見なす」とか、アメリカに反対の立場をとるなら、「爆撃で石器時代に逆戻りさせてやる」と脅かされた、というのだ。 ☆敬虔なイスラム教徒は、ウサマ ビン ラディンを英雄だと思っていた。 ☆マララの神様への手紙。

マララ。その4「ごみ山で働く子供たち」

 

マララとお母さんは、お父さんに頼んだ。
「お父さん、あの子達をただで学校に通わせてあげてよ。」

 


ごみ山でごみを区分して和束なお金を得る貧しい子供を見て。

 

母親は貧しく教育を受けていないが、いても困っているひとに手を差しのべていた。

 

貧しい身寄りのない子を引き取って育てていた。

 

☆その頃には、父の学校は3校舎で800人の生徒がいた。

 

100人の無料の生徒を引き受けていた。

 

貧しい子供たちは家で食事をだしていた。

 

ビラを配り、子供たちに教育の権利を訴えた。

 

それで父はスワートの有名人になっていた。

 

父は詩を書き、詩の祭典に参加し、平和をテーマにした詩を読んだ。

 

☆父は吃音立ったが、弁論大会で克服し優勝し、詩の朗読では多くの人に感動を与えた。


私はマララ。その5.「学校を潰そうとしたイスラム教と大地震、タリバン現れる」

2005.10.8
パキスタン史上最大級の地震。
マグネチユード7.6

 

アメリカのコネチカット州の2倍のひろさにわたる。

 

死者73000人
怪我人128000人
350万人が住む家をなくす。
11000人の孤児。

 

☆10歳のとき、

 

タリバンがスワートの上流地方、マッタの丘陵地にナイフや自動小銃で現れる。

 

リーダー
ファズルラーという28歳の学者。
子供の頃、ポリオで右足を引きずる。

 

スワート渓谷ではラジオで情報を得るので、ファズルラーの放送を聞いていた。

 

「地震は神の怒りだ」と。

 

タリバンは、テレビやDVDやCDを捨てさせた。娯楽は悪いという考え。

 

タリバンの説教はヵセットテープで売られ、人気があり、店仕舞いをしたビデオ屋等の補填をした。

 

☆その年に、盲腸と扁桃腺の手術をうゆる。

 


村人は、金のアクセサリーやお金その年ファズルラーに差し出すようになった。

 

タリバンは、赤レンガの巨大な施設を作り、神学校やモスクも作った。

 

ファズルラーが学校を攻撃するようになった。

 

女の子が学校にいくことをやめさそうとした。

 

美容院が閉鎖。
顎膝を剃ることを禁止。

 

ファズルラーはシューラをひらいて、裁判のような解決をした。

 

保険所がポリオの予防接種を禁止。アメリカが陰謀で、イスラム教徒の女性を不妊にさせるため。

 

放送1年後には激しくなり、自爆テロが起きるようになった。

 

非宗教政党や民族主義政党を殺した。

 

名指しで、新聞に父の学校が批判される。