March 17th, 2014

ギャラリーストーカー!

若く無名の女子アーティストたちが、ギャラリーストーカーに苦しんでいるそうだ。

 

若くきれいな、可愛らしい美術学校出たての女子ば世間知らずで、ギャラリーで待ち伏せしたり、家までついてくる男性ファンから、上手に毅然とした態度で追い払ったり、「絵を買いたい。」と言われると邪見にできず、怖い、思いをした女子アーティストは、それが理由で美術界から降りる人も多いようだ。

 

それで、雑用を引き受けてくれるマネージャーとか、アーティスト・ユニオンがいるようなのだ。

 

☆近頃、流行りのAKBの乗りで、握手や写真撮影が目的で、絵を買う気もなかったり、300円くらいの安いものを買って、デートに誘ったりもするそうだ。

 

☆それで、今では名刺などもメールアドレスだけで、コミュニケーションはプログが安全らしい。

 

☆プロフェッショナルな成功ができて、事務やギャラリーが作家を守るようになると、安全らしい。

 

☆それで、66歳の私なら大丈夫かというと、雪山のなかにも危険があって、男のギャラリストが一人訪ねたいというのもあったりする。

 

アドバイスにもあったけど、一人であわない、マネージャー同伴するという手を使うしかない。5月になって隣のタカ子さんが来るのを待つ。

 

☆若い可愛い女性アーティストに多いギャラリー・ストーカーという事だが、
私も驚いたのだが、30.40.50.60になってもギャラリー・ストーカーというのはいるのだった!

 

名刺はもってなくても、住所を知っている誰かが好意?で教えて、知らないお爺さんが訪ねてきたり(東京の家で家族がいて自分のだしてる公募団体の葉書をもってきた。)、この山にきても、「風景のいいところに車で案内したい」と、スイス帰りのスキーの先生や近所のおじさんはいて、気分て悪くしないようにお断りするのも生きる知恵。

 

☆アーティストというのは、面白いし、書かれていたように個展に来たからと、なにも絵を買わなくても追い出されたりしないので、絵の批評をしたり、ギャラリーによっては、茶菓子が出てくるので1時間くらい暇潰しを無料でできるいい場所なので、まだ、無防備の学生を、ギャラリーで待ち伏せしていたりするらしい。

 

☆ギャラリーオーナーやクリティックや美術関係者の方がもっと危険である。

 

欲得の金銭欲、色欲、名誉欲を絡めて、弱者である女性に近づく不心得者は、各分野に実に多い。

 

心美しいと思っていた宗教、福祉、スピリチュアルも美術界よりさらに汚く、神がかりで生きて来たものの、日々の緊張を強いられているわけ。

 

そう言う現実を無事に生きるのには、親はありがたいし、また主人も男兄弟もありがたい。

 

変な人にお金のことに、ひっかからないように、自分でバイトや定収入を確保する健康な肉体と、周囲のいい人間関係も確保しなければならないっ

 

アーティストを続けるのには、アートの才能だけではなく、実に多面における知恵とアンテナが必要なのだ!

 

☆断水の夜が開けて、幸い今日は晴れ。
念願の雪の100号を新しく描き始めましょう!

行きたい!

3月 17, 2014, 13:28 グッチの美術館、現代アート界が最注目する3名の女性アーティストの作品展示 2014年3月7日 11時00分 FASHION HEADLINE その過激さゆえ表舞台から遠ざかっていたが、90年代後半より再び脚光を浴び始め、現在では20世紀後半の美術史におけるキーパーソンと見なされている。1999年逝去。 ポーランド出身のアリーナ・シャポシニコフは、1926年生まれ。62年ベネチア・ビエンナーレに出品し、その後パリで個展を開催。魅力的な体、苦しむ体、病気に蝕まれている体など、様々な状態にある「体」をテーマとしたスケッチや彫刻を製作した。1973年逝去。 会場であるグッチ ミュゼオは、イタリアを代表するブランド「グッチ」の創立90周年を記念して、その長い歴史を振り返ることができる美術館として、11年9月にオープンした。 FASHION HEADLINE フィレンツェの美術館・グッチ ミュゼオ(Gucci Museo)のコンテンポラリーアートスペースでは、フランソワ・ピノー(Francois Pinault)のコレクションが所蔵する3人の女性アーティストの作品を展示している。9月7日まで。 「Femminilita Radicale」と題された本展では、エヴリン・アクセル、リー・ロザーノ、アリーナ・シャポシニコフにフォーカス。過激なアプローチゆえにアート界の第一線から退いていた彼女達の作品は、近年になり個展や合同展などが開催され、再び注目を浴びている。この3アーティストの作品が一堂に展示されるのはヨーロッパでは今回が初。 ベルギー出身のエヴリン・アクセルは、1935年生まれ。陶芸を学んだ後、女優として活躍。その後63年に絵画に転向し、ポップアート運動でも活躍。宇宙飛行士のヘルメットだけをかぶった裸の女性を登場させるパフォーマンスを行うなど、エロチシズムや女性らしさ、宇宙飛行などをテーマにした作品を発表した。72年逝去。 アメリカ出身のリー・ロザーノは、1930年生まれ。90年代半ばに活動を開始し、くぎや金槌などをそのまま素材として表現に使用し、男性上位主義と資本主義への激しい拒絶を表す作品を創作 【展覧会情報】 Femminilita Radicale ピノー・コレクションから、リー・ロザーノ、アリーナ・シャポシニコフ、エヴリン・アクセル 会期:2014年2月21日から9月7日、無休 時間:10:00から20:00 会場:Gucci Museo 住所:10, Piazza della Signoria, Florence グッチの美術館!



楕円の額に入れましょう!

母の人形は遺言(まだ、生きている)で、娘に譲るとのことで地震から守るべく私が山で預かっているのですが、母が愛していたのでどれもとてもいいお顔をしてます。 寒すぎて外に出れない日には、人形でも描こうということになったのですが、本当にいいお顔をしているのですね。 それでも長い年月には壊れ始めていて、お洋服もビリビリ状態のところもあるのです。 また、色も褪せて何とも言えない優しい色になってます。 ずいぶんあるので、人形を描くというのもいいかもしれないと思い始めたところです。 小さいのもカウントすると100体くらいあるかもしれません。 母はクモ膜下で倒れて幾度か手術してから、命は留めたものの今は植物人間状態で胃ろうで生きています。病院で入院しているので看護士さんたちが床ずれもさせることなくこのままの状態で顔色よく健康で寝てます。 母の人生を見ても、母の2人の姉や2人の弟の人生を見ても、だれがどう幸福であったか不幸であったかは本当には誰も知ることはないでしょう。 しかし、子育てが終わり4人の子が巣立った後は、母は人形を買い集め子供のように椅子やテーブルや乳母車などを買って、娘が小さいときはおままごとのように出して遊んでました。 人形もよく見ると、母が勝手に首飾りやブローチなどを加えていじられているのです。 そうした時間が私が結婚した後くらいから倒れるまで40年以上あったのは母の幸福でしょう。 ☆戦争で贅沢は敵だといわれていた時代に女学生だった母は、暮らしにゆとりができると美しいもの手の込んだものを集めるのが趣味になっていたのでした。 親不孝な私は、精神至上主義だったので母の物欲にはうんざりでしたが、今、こうして自分も年月を重ねると、どれも年月を重ねた尊い洗練があり美しいものなのでした。 父はおおよそ質素な人で母の物欲には辟易としてましたが、それでもある友人が母の人形コレクションをとても趣味がいいと認めてからは「いい趣味だね。」と言ってくれたと、母は喜んで言ってました。 ☆そんなわけで、私もようやく人形に関心を持ち始め、描く気になったのですが芸術品なので何とも麗しい気持ちになるのでした。 目は吸い込まれるようだし、口も少し開けて小さな歯がのぞいている。 肌なんかも本当に何とも言えないいい色。 フランス人形というのも凄いものですね。  


 


発言小町から。「裕福でない彼との結婚」とディズニー映画「アナと雪の女王」。

裕福ではない彼との結婚 ゆり子 2014年3月13日 20:36
「 26歳の女性です。現在は実家のクリニックを手伝いながら看護学校に通っています(もうすぐ卒業予定です)。
付き合っている彼から昨年末にプロポーズをされました。
彼は私より5才年上ですが、正直あまり収入は良くありません。実家には体の不自由なお姉様もいて、結婚後も経済的な面でご実家を助けて行かなければいけないようです。
私自身は現在は実家の手伝いなのでお小遣い程度のお給料ですが、実家暮らしなので生活には困りません。年に2回くらいは海外旅行にも行っているので収入の割りに恵まれた生活を送れているのではないかと思います。
彼との結婚に対し私の両親は最初こそ不安を感じていたようですが、彼の人柄もあって私が本当に結婚したいのなら応援すると言ってくれています。
私自身も結婚には前向きだったのですが、つい最近友人から「ゆり子は経済的な問題を軽く考えすぎではないか?」と言われ、少々戸惑っています。
彼と結婚するとなればずっと共働きが必須だと思います。今現在働くことが嫌なわけではないのですが、私自身は子供の頃から家にはいつも母が居てくれるのが当たり前で、学校から帰ると手作りのおやつがあり、習い事の送迎も欠かさず母がしてくれました。
私もいつかは子供が欲しいと思っていましたし、ずっと自分がしてもらったように子供を育てたいと思っていました。
でも、彼と結婚するということはそれが叶えられないことなんだと知り、本当に彼と結婚して良いのかと悩んでいます。
やはり結婚後の経済的な問題は大きいものでしょうか?
ちなみに、彼のご両親は二人ともとても温かい方達で、結婚にも大賛成してくれているので仲良くやっていけそうです。」

☆久しぶりにひっかった内容の発言小町です。
多くの世間をご存知の年長の女性たちの意見は、相手方の介護労働と実家の経済力をあてにされているのでやめたほうがいいというものでした。

 私も娘がいるから思うのですが、結婚は条件が優先する人が多いのですね。
愛があるからという人は少ないかもしれません。

 この回答の中には、とても怖いものもあって同じような話があった時に、探偵に調べさせたところ「よい金の生る木を見つけた」と相手が会社中に言いふらしていたのを知って断ったというのがありました。

 世間の常識のある方々によると、この開業医の26歳のお嬢さんはとても縁談には条件が良く、もっといい相手がたくさん選べるが、お相手の方は障害のあるお姉さんと両親の世話などと、経済力がない結婚相手の経済力を埋めるために看護士としての能力とさらに困れば実家の経済力があてにされて、相手の家が大賛成なのは当たり前だというものでした。

☆自分には娘がいるが、「本当に愛してくれる人と結婚しなさい。」と言っているので、相手の家の経済状況のことはあまり考えないタイプです。

☆自分は、とても貧乏な人と結婚しましたが、母は「愛があればなんでもできるのよ。」と押しました。
 主人の家は格のある家で、私はそれが負担で「身分が違うので自信がない。」と幾度も駄々をこねて、親からも弟からも叱咤されたものです。
 どういうわけか、主人の家からは切に望まれましたが、それは、この発言小町の一人の人のアドバイスのように、私の人柄でなくたぶんに父親の経済力に魅力があったのかは今になって知ったところです。
 とても貧乏な主人でしたが、別に何の向上心もなかったのに、いつの間にか貧乏ではなくなっているのです。
 これは、運なのかどうか、主人の母の姑も主人に「奥さんにふさわしくなるようにしっかり働きなさい。」と息子に檄を飛ばしていたので、なかなか聡明な姑です。
 それで、今では画家である妻と哲学者である娘というおおよそ経済性のない二人を養っているのですから、貧乏ということ自体はあまり問題ではなかった気がします。

 私の家はお相手の経済能力など調べもしなかったですし、今も彼のサラリーを知らないのです。私の家で問題になったこともないのです。それより、幼馴染だったので、両親とも人柄の誠実さに太鼓判を押して、ためらう私をそっちのけで、話をずんずん進めてしまったのでした。

☆アンデルセンの「雪の女王」の童話は本当に大好きでした。

 私たち夫婦は子供のころはとても仲が良かったので、主人が意地悪になったのは雪の女王の氷のかけらが主人の心に突き刺さっているのではないかとよく思ったものですが、なかなか子供のころのようにはいかない大人の事情というのもあるのでした。

 それで、ディスニー映画の「アナの雪の女王」をさっそく観に行ったのですが、原作とは違うことながら、現代に欠けているものをしっかりと書かれている良い映画でした。

 ハンサムで格好いい王子様の求愛に、アナでなくても有頂天になってしまう若い娘。

 しかし、本当の愛とは?

 本当の愛とは、相手のことを自分のことより先に考えることだと、聖書でも教えているのでした。

☆この「発言小町」の回答のいくつかは、「この男性が、開業医の娘の26歳の若い娘と結婚することに、遠慮がない。母親が普通なら止めるもの。」というのがありました。

 また、ある貧しいという女性が「お金持ちそうな人からのプロポーズを自分は遠慮して断りました」というのがありました。日本の教養では分を知るというのがあるのです。

 私は例えば、名門で東大を出たエリートという方がいたら、近づかないタイプです。

 でも、世の中に真反対の考え方の持ち主もあるのです。

 それを批判はできません。高卒で私生児だという27歳の会社に勤める女性は「田園調布に住む東大出の男性と自分の事実を偽って結婚したい。」という人にもあったことがあります。

 自分が過酷な生い立ちだったら、私もそう思ったかもしれないので私は彼女を決して批判はしません。

☆それにしても、「アナと雪の女王」はステキな話です!

 誰でも、長い人生の中で人を本当に愛する試練があると思います。

 もし、好条件だけで愛してくれる人がいたら、とても怖いことが人生にはたくさんあります。

 どんなに美しい人も事故で醜い容姿になるかもしれない。

 そんな時に、美しいだけで愛してくれる人だとしたら、その人は去ってほかの美しい人を求めるかもしれません。

 又、富める人と結婚したつもりが倒産したり、会社を首になって貧乏になることもあるときに結婚生活を持続できるのは、本当に愛することのできる女性だけでしょう。

 現実に、この発言小町には「主人が倒産して元カレがプロポーズしてくれたので、離婚したい。」と言うのもあるのです。

☆私は主人の母も嫌いではないです。だから、同居がハンディとは考えたこともないです。宗教のお陰かもしれません。相手の望むことをするのが当然だと思ってました!

 私はなるべくご期待に添うように努力をしてきました。至らないのでしたが、仲良く中国旅行もスペイン旅行もしたのでした。

 皆、なるべく他人に迷惑をかけないように心掛けていますが、困れば何かできることがあればやりますというのが考え方の基本です。


☆ディズニー映画は雪の風景が北欧のフィヨルドなど表現してましたが、オーロラや雪の結晶や雪山の風景など3Dだったので、本当にきれいでした。やや、お子様ランチでしたけれど、妖精というのでしょうか?アイルランドの小人の妖精のようで、白雪姫を助けた無垢な森の住人も出てきて、現代人が忘れていることを知っているのでした。

 私がこの美しい雪景色に囲まれていて、心洗われる思いがするのは、森戸いうものの力が世俗から自由にさせてくれるからかもしれません。

 森では、あまりお金はいらないし、美しい雪景色を見る幸福は無料です。

☆しかし、極めて今的な若者が一人出てくる。

 これは、ふつうの青年なのかもしれない。

 お見合いの釣書では、だれでも条件に望むことなのかもしれない。

 それが、このおとぎ話の中ではとてつもない悪になる。ほかに悪が存在しないからである。

☆現実の私たちの住む世界は、日本は、オレオレ詐欺で親や祖父母が子を思う気持ちや孫を守る気持ちを悪用して他人をお金をだまし取る人が連日あらわれている。

 ついこの間は、広島の被爆者や身体障碍者や東北被災者を悪用してまでしてお金儲けや名誉を得たい人に国民皆でだまされたばかりだ。

 あまりにも、悪人が溢れ過ぎて、人を信じてはいけない世の中になってしまった。

 私たち親も脳天気に「愛があれば。」などと言っていてはいけない時代なのかもしれない。

人生は単純なのでしょうか?

それとも、ありとあらゆる起こる可能性のある不幸を想定して複雑にするべきなのでしょうか?

☆しかし、私でも最近知ったことで人生の気を付けなければならない部分を認めざるを得ません。

あの騒音おばさんと言われた、マスコミにホースで水をまいたおばさんは、結婚のときに騙されて、障害のあることを知らずに結婚した人でした。

 遺伝性の障害でお子さん3人は障害が遺伝して、2人の娘は既に亡くなり、息子さんは施設に入っていてご主人の介護をしながら暮らしていた明るいけなげなおばさんなのでした。相手の方は、結婚前にいうべきかせめて、子供は作らない努力をするべきでしたね。

 そういえば、若い時に出会ったある現代美術家の奥さんは大学教授の娘の大学院ででしたが、ご主人は高卒でした。なんて、素敵なの!愛で結ばれたのねと思った私に彼女は、「夫はね。足の指が無いの。だまされたのよ。結婚のときに恵まれた力ある女性は、あえてハンディを背負ってしまうこんな結婚をしてしまうのよ。でもね。あなたはこんな結婚をしてはダメよ。このままでは、離婚もできない。夫をせめて、現代美術家として一人前にしないと。」とため息を吐いて言ったのでした。

 やはり、聡明でなければいけないのでしょう。

☆それにしても、庭のサボテンも枯れてきたので、バラに植え替えて、アンデルセンのイーダーちゃんと、カイちゃんのように子供のように、早く誰かさんの氷のかけらが溶けて仲良くなりたいものです。