May 16th, 2014

「赤毛のアン」を書きたくなかったモンゴメリ。


携帯の電源があるのは嬉しい!
1分くらいの差で
10:11am発の東京行きが出たのだが、上野でバルティス展をみたいのでこのこまめに停まる新幹線がいい!

 

この新幹線は10時30分出発で上野には12時頃着く。

昨晩に引き続き、読書。

 


作家でありながら牧師妻、2児の母。現代に通じる悩みが山積み。

 

息子のできちゃった結婚等母親としても忙しく。

 

60歳のモンゴメリは、薬局の処方せんミスで毒剤で瀕死の夫の介護で手が震えるようになる。

 

熱狂的な女性ファンにも苦しめられたりするが、イギリス首相かたカナダ訪問の際にはお目にかかりたいと手紙が来てパーティーに招待されたりもする。

 

☆ついの住み家「旅路の果て荘」初めての私有財産。それまでは教会所有の牧師館。
トロント近くの川と湖のあるスワンシー。

フランス芸術院の会員に選出。

夫の憂鬱症の悪化より悲しい愛猫ラッキーの死と書かれている!
「炉端荘のアン」を書く。出版社はアン・シリーズは売れるので書かせるが、モードにとって、現実とは違うアンの物語。

 

1942年4月24日、引き取る。
噂では自殺とも。
長男は嫁に出ていかれ、主人は精神の病で労苦の絶えなかった結婚生活。

 

赤毛のアンの舞台は国定公園になった。

☆筆者は鹿児島大学を出た日本女性でカナダに生活するようになり図書館で働き、「赤毛のアン」の作者の真実を知ることになる。

「赤毛のアン」と私たち。

娘が小学校1年か2年のときに、劇団四季のミュージカルに、娘と友人の河原ノリエさんのお嬢さんと一緒に池袋の芸術劇場に行ったミュージカル。

 

「アイスクリームの歌」等心に残っている。

 

その頃には子供向けの物語を娘も読んでいたはずだ。

 

そして、孤児の女の子が農家の働き手に男の子を望んでいた老夫婦に手違いでもらわれていったものの、独特の想像力と愛らしさで、愛情を受けて島で暮らす。

 

微妙な格差の話でもある豊かな家の美少女との友情。

 

自然に恵まれた手作りクッキーや物語をなずける才能に溢れた勇敢な少女の物語は、どこの親でも何時難事が起こり孤児になるようなことがあっても、たくましく生きてほしいと言う願いもあって、劇場は親同伴の幸せな子供たちで溢れていた!

 

☆娘が4年生を終えると私たち親子はボストンに行き、娘も麦わら帽子にお下げ姿で現地小学校に通うことになった。

 

少しだが、アンの生活に似たものになった。

 

言葉も不備で子供だけでない親の方も孤児のような気持ちで暮らし始めた。

 

サリンガスのニュースが流れたボストンのホテル。

 

最初の日曜日にカトリック教会で日本の阪神大震災のために祈り献金をしていた。

 

1995年だった。

 

☆日米の終戦50周年で、「禎子と千羽鶴」を学芸会で踊り、日本の友禅染めの着物生地が太田川と称し舞台の左右を流れた。

 

☆黄色人種の日本の小さな女の子は小学校も中学校もたった一人の短期滞在者の母国語が英語でない生徒だった。

 

それでも、合格の理由のひとつが「スマイルがいい。」「友達についての作文に、友達は医者のようで、どんな苦しみも悲しみも安心して訴えると癒して貰える確信の持てる存在と書いたのがよかった」と言うものだった。

 

☆中学2年の6月に、早めに夏休みを迎えたアメリカでもっとも安全に母娘が行ける場所と言うことで、選んだ地が「プリンス・エドワード島の赤毛のアンの家」だったわけだ!

 

☆個人旅行なので旅行者で飛行機とホテルをとって4泊5日だったと思う。

 

この島には、バスも地下鉄も電車もないの。それで、レンタカーを借りるわけ。

 

飛行場から降りた途端、初めてのレンタカーで自分でホテルまで行けと言うわけで、娘を横に行きましたけど、凄いスピードでビュンビュン飛ばすなかで、モタモタしているので、後ろから突っつかれました!

 

☆ある日は、日本語ツアーで赤毛のアンに扮した30くらいの日本のお姉さんが小さな車でアンのゆかりの地を案内してくれました。

 

いつも晴れていてエメラルドグリーンの大地にサファイア色の海という島までした。小さなお店も可愛らしくて小物もたくさん並んでいて島中アンの世界でした。

 

☆娘とまいにち方角を決めて海に出てましたね。
お花も木々もきれいにされていて、ホテルもお伽の国のようでした!

 

物語の家はいとこの家のようでしたが、赤毛のアンの家になっていました。

 

小路も物語の名になっています。

 

「赤毛のアン」のミュージカルも初日が無料で、どういうわけかその無料の劇も観ることができました。

 

やはり、アイスクリンの歌が気に入ってカセットも買いました。

 

☆娘がとても喜んでくれたので正解の旅でしたが、その時買ったキルトのベッドカバーまだありますよ。

 

寮に持っていったりしましたが、今もいい状態で黒姫にあります。

 

それと、アイスクリームメーカーの牛のデザインのTシャツも親子3人分あってコンピューターをしている牛や赤毛のアンのお下げの牛がいて可愛いたのしい絵のものです。

上野!

新幹線を上野でおりて、コインロッカーを探すのがかなり大変! 公園口でバックだけ入れて、カートは都立美術館迄運び、そちらの無料のロッカーへ。傘は傘たてなので鍵がゴロゴロ。

25度。

 

 

 

 




65歳以上って600円も安いの!
ラッキー!複雑!


観終わりました!

☆混んではいましたが、絵が観れないほどではなく。
芸術家は血と運命にめぐまれなければといいますが。
本人は職人と言われたいそうです。

 

人脈が凄いですね!
そして、生まれ育ちの良さが!

 

とても文学的でもあるような。

 

麻模様のビニール傘が売っていてほしくなってしまいました!

 

遅めのお昼!

 

りんごのメレンゲ!

 

荷物をピックアップする前に!

 


銀座でブルージャスミンを観る!

今日は長野から大荷物の上に上野の美術館で図録が増えて、銀座線で170円で三越前の銀座駅について700円のコインロッカーが空いていたのはラッキー。 それと、シネスイッチが950円だった。 4時40分に始まるので時間潰しに和光のリモージュ展を観る。 帰りは三越地下で炒飯を買う。 あまりにも荷物が多いので地下鉄もエレベーターもないJRも無理なのでタクシーで帰る。 主人よりちょっと早く帰れた。 明日は姑にズボンと帽子を届けにケアハウスまで、午前中にお出掛け。帰りに池尻のグループ展にいこうと思う。

 






レースの猫ちゃんも素敵でした。ウインドウは現代美術みたいでたのしいです! 暑いのが難です。


ブルージャスミン!


姉妹はもらいっ子で遺伝子が違う。

 

ジャスミンとジンジャー。

 

名前もシンボライズされている。

 

☆ニューヨークセレブの暮らし。
ハンサムでお金持ちな夫と優秀な自慢の息子。

 

  豪華な屋敷や別荘でのパーティ。ブランドのドレスや宝石の似合う洗練された女、ジャスミン。

 

  夫はガールフレンドもたくさんいたし、いかがわしい投資で、ジャスミンの妹の慎ましい生活での夢のような幸運の宝くじで当たった20万ドルをも無にしてしまう。

 

自殺した夫。大学を中退して家を出た息子。多くの借金を残した夜べないジャスミンはサンフランシスコの庶民の暮らしをしている妹のところにしかいくところがない。

 

☆美しくて贅沢暮らしを知っていても、大学中退したジャスミンにはお金を稼ぐ特別な才能がない。

 

それでも、インテリアデザイナーならなりたいと思うし、コンピューターも学ばなければと、スクールに行くにもお金がないので受付でもなんでもしなければならない。

 

働くことは楽ではない。

 

美しいので男がよってくるけど あのセレブの暮らしの水準でなければ満足しないジャスミンは、妹の彼氏にも安っぽいと口を出してしまう。

 

本当の事を言ったら相手にされないので、嘘をつかざるを得ないが、バレてしまう。

 

今までの贅沢の暮らしが実だと、独り言を言ったりつい自慢してしまうので、皆が去っていってしまう。