September 11th, 2014

今日も良い日です!

秋の只中。
パンチさんから電話で、どこの草刈りをしていいか教えてほしいという。

 

国際村で仕事をしているので、すぐにきた。

 

今年の雑草の生え方は異常で、いなかったのと、新しいハーブを植えなかったので、道を塞いでとんでもないことになっているのだ。

 

ゆっくり、草むしりと草刈りをする予定だったのに母が危篤で帰ることになったので、10月に2組ほど人が来るので草刈りを頼むことにしたのだった。

 

☆幸い新しいマトリョーシカの材料も佐川便が持って来てくれた。これで、部屋の掃除とゴミ捨てが終わり次第、コテージを出れるが。

 

☆昨晩 鹿児島の妹に電話をした。
母が危篤というのも、上の弟が看護婦に問い合わせ電話をしたところ、準危篤と言うことなので、帰らないと言う。

 

年も89歳で大往生なので、もうこのまま死なせてあげればという母の後見人からの手紙にサインをしておいたと言う。

 

クールだ。

 

情緒的な感傷はないようだ。

 

それでも、普通に私と話しただけいいほうだ。

 

末の弟は電話をガチャンと切られると思っていたのだ。

 

☆それから、4時間も末の弟と話し込んでしまった。

 

末の弟が生まれる前の事や私が結婚してからの妹と両親の生活風景。

 

父の遺言はそれぞれ違って、私には絵を頑張って、ゆくゆくは会社にして末の弟を社長にしてやってほしいということと。

 

やはり、お姉さんなんだから弟や妹の事は頭を撫でてやって、大きな目で見てやらなくてはいけないと言うこと。

 

末の弟には父の遺言は真相を究明しろと言うことで、裁判にかけているわけだ。

 

私と末の弟はお金と言うものに関しては、興味があまりないが、それぞれ事情も違うので、老後に危機感を持つ人の気持ちもわかります。

 

☆それから、母が研究熱心でかなり勉強家だったというのがわかったと、片付けものをしていて新聞の切り抜き等発見してわかったと言う。

 

普通に頑張りやだったよね。

 

そして、母は確実に天国に行けると。

 

倒れる2週間前に、花園でお花を摘んでる夢を見て、もうなにも欲しいものはなくなったと言っていた。とても、幸せだと言っていた。

 

母は親らしい愛情を持って子供に向かっていたので、人生を全うしたのではないかと。

 

上の弟が大学生から家を出て父の経営していたゴルフ練習場に住んだのは家出のようなものだったから、あのときに母親が止めるべきだったのではないかと。

 

そこから、別の会社に就職し結婚するまで7年以上もいたので、家には寄り付いてもいなかったのだ。

 

妹もアメリカから帰り鹿児島にいくまで13年も両親と住んでいたのに、あの家には寄りつきもしない。

 

家のありがたみも、若いときは気がつかなかったけれど、今、思うと、やはり、ありがたかったのではないか?

 

私は子供をつれて、毎週のように行って母は娘のおもちゃや洋服を用意して遊んでいたので、妹は面白くなかったでしょうけれど。

 

うーん。

 

やはり、私も人の痛みに鈍感だったのかな。

 

☆でも、末の弟に、結婚前は仲良かったのよと言った。苦もなく、夜中にラーメン作ってあげて一緒に食べて、夜通しお話ししていたもの。

 

だから、やはり、互いの違いを受け入れる度量を育てるしかないね。

 

☆これは、ロシアのもので台にロシアのクリスマスソングのオルゴールがついている。

 



世界中から愛されているイエス様はやはり、宇宙からの贈り物なのだろう。

 

☆ゴミ出しにいこう!