October 11th, 2014

人類には希望がある。

今回の個展の最終日にY.Wさんがボストンから来て下さったのですが(わざわざでなくついでに)、彼女から昔、頂いたお皿。

 

その前に、ノアの箱舟、ツインタワービル、自由の女神像。

 

お皿の左後ろにはダンテの絵葉書が!

 

1932年のハーバード大学の建物のようです。

☆今日、観たインド映画のなかで、ムンバイのお弁当を家族からご主人に届けるシステムで600万倍の1の確率でしか間違え届けがないということを、ハーバード大学の教授が証明したと言う台詞が2度も出てきます。

 

知性のシンボルのようなこの大学は、私のようなただのアーティストにとってはとても敷居の高いものなんですが、畏れ多くもこの校舎のなかをウロウロすることになってしまいました。

☆この大学の紋章には、ラテン語で「真理」と書かれています。

 

真理は人間に幸福をもたらすものなのでしょう。

 

そして、学問は万人の幸福に寄与するために有るのでしょう。

 

多くの人々の切なる祈りが、真摯な研究を進化させるもので、今年のノーベル物理賞も平和賞も納得のできるものでした。

 

誰にでも、女性にでも学べる権利を主張したパキスタンの若い女性マララさんも本当に素敵です。

 

☆今年、日本のノーベル物理賞を青色LEDで受賞した御三方は皆様、とても謙遜で真摯な姿勢がご立派ですが、アメリカの国籍をとられた中村修二カルフォニア大学教授の言葉に私は強く同意しました。 彼は「怒り」と言う言葉で日本の研究者の世界を告発しました。検索すると著書も多いので読みたいです。 私は「哀しみ」で語りたい。 私に最終日に訪れたY・Wさんは英語をもっと磨いてドイツ語より英語1本に絞った方がいいのではとアドバイスをくださいました。 私はかなり我慢して日本にいるのです。パリやニューヨークにいった方が効率良いのは知っているんです。でも、日本のために日本でなんとかなるのがとても重要だと思うのです。 ☆私の今までの仕事でたぶん、もっとも重要なのは「易カルタ」だと思います。 それは、東洋と西洋の聖書をコンビネーションして、個々が幸福に生きることができるカードを発明した物だからです。 日本でも全く無視されたものではないですが、ノーベル物理賞をとった父親を持つ30歳のパリ大学の教授が易カルタを観て、「この作者は天才だから会いたい」と言ったそうです。私の悪いところは、こういうお誘いに乗らない所です。 ボストンでも私にデッサンを教えてくれたハーバード大学教授が、易カルタをとても欲しがったのに、私はどういうわけか上げなかった。今、とても後悔してます。 在庫が1箱しかないのです。 ☆私の生き方のひとつの個性は効率の悪いことを選ぶことです。 横取りされたり、邪魔されたりはしょっちゅう。 「怒り」というより、「哀しみ」が湧いてくるのです。 厭世的な人間なのです。 ☆若いパキスタンの女の子の勇気に比べ、引きこもり屋の私は、罪を犯しているのかもしれません。 目立ちたくない、表舞台に出たくないと言う個性があるのです。 なんでしょうね。 心のコントロールが正しければ、神と繋がって、無言でもメッセージが届くはずと言う確信があるのです。 ☆最近、「ブリキの太鼓」が気に入って、観客でいてはいけないと言うサーカスの小人芸人の団長の言葉が胸に突き刺さっています。 幸い、ドイツ語レッスンのお陰で、ドイツ人とこの文学の話ができる。 ドイツ語そのものは勉強をサボっているが、このヒトラーの歴史背景を知ることができて収穫はあったと思う。 ☆これから、どうしたらいいのでしょう? 神様と相談します。

10月11日。


昨晩食べたバーガーパン。
昨晩は4時半頃まで起きていた。

 

電気毛布を使いだした。
この間の木曜日、姑が電話で電気毛布を持ってきてと言った。そんな季節になった。


セザンヌ!
この菊の名がどうしてセザンヌなのかは知らないが、この花が咲いていると元気が出る。

もうすぐ67歳!

早く年取って隠居をしたい私。

 


娘が30歳なのだけど、ずっとこの家にいる、パパとママとずっといると言う。

 

好きにしなさいと私。

 

主人は私と同じ年だが、まだ働いている。

 

☆私は高望みしないタイプ。

 

個展に来てくれた友人のお嬢さんが28歳で結婚しないのをとても深刻に悩んでいる。

 

  私は結婚しなくても良かったし、秘かに困った人を助け、皆からは「いかず後家」と言われ、絵も凡庸でたいした絵描きでないと謗られてもいい覚悟で人生を生きてもいいと思っていた。

 

賢い人達には想像のつかないハードルの高い結婚だったが、何となく人間の勤めと言うものは、悪いものもきちんと受け止めた方がいいと思っていた。

 

☆だから、主人は世間でいう3高ではないし、姑と同居だったし、サンタクロースになったかのように要求されることの多い結婚生活だが、馬鹿な私はそれを不幸と思った事がない。

 

多分、それは私には絵があるからで、実生活の過酷さぐらいこなせないようでは生きていけないのがアート街道なのである。

 

☆この間、来てくれたじりつ書房の社長は、草間彌生さんは60代に日本に帰国されて随分苛められたと言った。

 

じりつ書房から草間さんの詩集や小説が10冊くらい出版されていて、私は美術館で売ってなかったそれらを買い求めるために出版社に連絡してから縁ができたのである。

 

☆草間さんは精神病で今も精神病院に住んで目の前も自分で建てたビルに通いアートをしているのだ。

 

私の母は横暴で嫉妬深く、親に逆らうと何でもする毒親だった。

 

父の弟が名古屋で昔、東洋一の精神病院を経営していた。それで、黄色い車が精神病院からのお迎えの車で、言うことをきかないと黄色いブーブーで一生出て来れないように精神病院に突っ込んでやると言うのが口癖だった。

 

幸いなことに無事に今日まで未体験であるが、世の中の権力と言うものは、自分の思い通りにならないものを、殺す、生きる屍にする、弱者にすると言うことを学んだのだった。

 

だから、草間彌生さんの体験しただろう絶望や哀しみ、苦しみ、不利益は計り知れないものだと思う。

 

☆それから、じりつ書房の社長はオノ・ヨーコは特別な育ちから、相手のことを気にせず進んでいくタイプで、ジョン・レノンのところに嫌がっていても押し掛けて、ビートルズを解散させた強い個性で、人としてはともかく、変わらずやりきっていくしか道はないのだと言う。

 

私の母は不細工だったが、イケメンが大好きで、オノ・ヨーコに関してはジョン・レノンをつかんだだけで偉いと言う考え。

 

私はいつも辟易して「ばかじゃなかろか」と思っていた。

 

例えば、妹と母と京都にいく。3人で歩いているといつの間にか母がいなくなる。若い寺のお坊さんといつの間にか連れ添っている。後で「永平寺から来てるんだって、いい男振りよね。」とか言うので、妹と減なり。

 

くも膜下で倒れた時にベッドを片付けていて発見したのは、赤い線のたくさん引かれた不倫情事の本で80歳を過ぎて生々しいので吐き気がしたものだった。

 

☆私が俗物嫌いなのはこの母親のせいで、多くの人からもっと俗物にならないといけないと忠告されたものだった。

 

↓セザンヌを撮影。
セザンヌさんは俗物でないのよ。
信じられないくらい好い人。
パリに妻子を住まわせ、南フランスで独身のお姉さんに気遣ってアートに集中。
教会にいくと、有り金残らず献金してしまうので、お姉さんは小銭しか持たせなかったと言う。修道女が修道院から脱走して、セザンヌのところに来て生き方の教えをこいだそうです。

 

セザンヌの絵は長い間、わからなかったのですが友人の詩人が書いた本を読んで、セザンヌさんは評価されるべくしてされているのだと思った。

☆お昼はポテトパン。

熊が出たそうです!

「樹香」のおばさんが昨日、前の道路で熊がうろうろしていたと言う。

 

タカ子さんのところでお茶!

美味しそうな林檎! 「秋映」

マララさん!
世界中の女の子達が希望を持ったでしょう。イギリスでお勉強中。まだ マララさんの命を狙っている人がいるとか。

国際ガールズデイのイヴェント!
世界中の女の子達の不遇。
早期結婚や虐待。

小指も大分楽になり、林檎は切れました!