October 31st, 2014

和紙のアルバムの写真から。

私の絵の先生。
娘と母と先生のアトリエにいったときのもの。

母が先生がハンサムだと言ってました!

もう一人の絵の先生の作品。

k夫人と4月7日に京都に行っていたとは? k夫人とは25年以上前から目黒教会で知り合った縁。 ボストンにいた時に2時間しか寝れないほど忙しかったのですごい疲労でようやく4時ごろベッドに入るのだが、5時ごろ日本から電話がかかってきたので黙って引っ越しして電話番号を変えたのでが、娘を通して新しい電話番号を知られてしまったのでいまだに付き合っているのだ。 縁があるらしく、姑の従妹(実は実の姉)の息子とお見合いをしているという。その息子さんが外交官の息子であまりにも鼻持ちならないので断ったとか。 とてもきれいな人なのでストーカーの苦労で困るとのこと。 でも、こうして、ある日の写真を見てみると似ている。 前世、姉妹だったのかも。 アジアの貧しい姉妹だったような。 だいだい、私より12歳も下なのだ。 ご主人は私と同じ年なので話が合うというわけでもないが気にならない年齢差。 よく、作品を買っていただいてます!


☆目下のところの宝もの。
そうだ!
一角獣のバスケットを編もう!

安物の着物ですが母が着せてくれました。
百人一首のプレゼンテーションの時。

信越線のなか!

昨日読んだ一村さんの事を描いた本はまだ半分ぐらいしか読んでないのですが、涙が止まらず出て仕方がなかったです。

 

☆9時頃、お風呂から出て食事を終えて ドイツ語の予習をしましたが これがチンプンカンプンなのです。

 

  だから、習っているのですが。
1日4レッスンだと、予習をしないと行いていけないのです。

 

67歳!
この年になってよもや、このような語学学習で苦しむとは予想もしなかったです。

 

思えば、フランス語の時は、母に子供を看て貰いに来てもらって、掃除などもしてもらっていたような記憶があります。

 

今は掃除もご飯も自分で作っているので語学学習に当てられる時間はそうはできないです。

 

☆それで、気分転換で2階に上がり和紙のアルバムを探したり、今日の読書の一村さんの本を探して来たのでした。

 

☆それで、12時から読書だったのですが、あまりにも疲れていて電気つけっぱなしで寝てしまいました!

 

  一村さんは、奄美大島で晩年をすごし、69歳で亡くなられてます。

 

本を売るために「日本のゴーガン」と代名詞のようにつけられたタイトルで、死後、NHKスペシャルで取り上げられて有名になった方です。

 

  一村さんの芸大の同期に東山魁夷がいます。残された作品は300点ほどで横山大観だと12000展あるそうです。

 

日展に出していて、落選もあったとか。
しかし、後ろ楯のお陰で襖の絵を描いたり、売る作品も作られていたそうです。

 

芸大は中退して、中央画壇から遠退き辛酸をなめられたとか。

 

美しいお姉さんがいて、結婚も一村さんのために断念し、家政婦をして支えたそうです。

 

50歳の時に一村さんは自分程度の才能では売り絵をしながら絵を描いてはいけないと、奄美大島に行き、アルバイトで染色の賃金労働をしてそのお金で制作をすると言う生活に入ります。

 

奄美大島にはライ病の病院があり、そこの患者さんと交流を持つのです。当時はライ病患者は親元から離れ、小さな集合写真の親の写真を持ってきて一村さんに大きく絵にしてくれと頼む方が多かったそうです。

 

親と世間から離れ、名前も変えて生存してなかったようにいきていたライ病の患者さんたち。

 

中央画壇から離れ、バックランドのない画家の悲哀のなかにいた一村さんは、大いに気持ちの通じるものがあったのでしょう。

 

品格。
どの村の人にも優しく奢らず、美しい風景と自然の生物。

 

絵描きには一人でいる時間が大切で、一村さんの俗物嫌いも私にはわかる。

 

画壇はとてもひどいところなのだもの。

 

死後、村の人たちが一村さんが世に出る機会を作ったそうです。

 

美しい姉も先に亡くなり 一村さんは思い残すところはなかったとではないか?

 

一村さんが日展に出したときに同級生の何人かは審査員だったそうです。うまく世に出る同期もいる。越えなくてはならぬ敵は自分のなかにいる。

 

自然の中で自由に描ける絵。

 

それこそ、神に愛された者の生きる道がうんだ本物の絵だと思いました

身につまされます!


東急5階の北海道市。

いつものお店で生姜茶とティーツリーの香りのボディクリーム。

歩いてロキシーへ。
これはドキュメンタリー映画。
アメリカ的!

☆ケーキ(シュークリーム)とコーヒーを頂き、帰りに熊のりんごケーキ2個とフルーツケーキを1個を買い全部で910円!

 

☆絵の具屋でポイントが1000円貯まっていたので筆と絵具を。

 

☆無印でポイントが500円分貯まっていたので、靴下を3足買う。

 

☆4:11の信越線に乗る。
学童バスがあるので200円で帰れる!

アメリカン・ドリームの挫折!

 

プログラムp8より。
生まれが貧しくて身分が低くても 努力すれば富と名声を手に入れる事が出来る。

 

今時、そんな「アメリカン・ドリーム」を素直に信じているアメリカ人はほとんどいない。

 

現在は絶望的格差から目をそらすために使う言葉とか。

 

アメリカの富を独占する1%の富裕層。

 

アメリカでは上位所得の多い層の20%が国民全体の所得の50.3%を占めているそうだ。

 

上位1%のスーパーリッチの層はノーベル賞経済学者ジョセフ・ステッグリッツの著書「世界の99%を貧困にする経済」によれば、90年代の景気拡大でアメリカの家計の実質所得をさらに伸ばし、00年代の景気回復では上位1%がさらに収入を増やした。

 

「クイーン・オブ・ブベルサイユ」のシーゲルも、その流れで1%にのしあがった1人。

 

リゾート施設のタイムシェアビジネスは中流以下のオフィスワーカーや工場労働者のアメリカンドリームの幻影を満たした事業だった。

 

スーパーリッチはアメリカで100万ドル以上の純資産を持つ人で、1100万円(人口比3.5%いるそうだ)。

 

「フォーブス」2014年度、世界長者番付けで、総資産760億ドルのビル・ゲイツを筆頭に、8人のアメリカ人が上位10名をしめた。

 

ニューリッチは資産100万から1000万ドル。

 

旧財閥のモルガンやロックフェラーと違い先祖から相続してなく自分で作った。

 

ニューリッチの暮らし向きは超派手で新人類的。

 

ニューリッチの富裕層はプライベートジェット機、大型クルーザー、大邸宅。

 

この映画の主人公はブッシュを大統領にした財力を持っていた。

 

99%の人々もリーマン・ショックが起こるまではアメリカン・ドリームの体現者として肯定的に見ていたと言う。

 

 




☆私が子供の頃観たアメリカのホームドラマ。
「パパはなんでも知っている」
「うちのママは世界一」
「ビーバーちゃん」

 

どの家も小綺麗でママは美しく、健全で暖かい愛情に満ちた芝生のある木造の家。

 

  電化製品と自動車。年頃の子供のデート。手作りのケーキやクッキー。

 

  多くの平均的な日本人家庭ではその暮らしが夢のように豊かで素敵なものに見えた。

 

☆そして、日本人はそのような暮らしを夢見て高度成長の経済力を養った。

 

アメリカに95年度に訪れて住むこと7年。

 

大富豪の暮らしも中流の暮らしもそれ以下の暮らしも観た。

 

当たり前の事だが、富める家にも悩みがあり、貧しい家にも喜びがあった。

 

無邪気なアメリカンドリームの主人公は見なかったが、子供の頃にテレビで観た様なアメリカ人の暮らしはなく、どの家も闘争的でアメリカは疲れると思ったものだった。

 

この映画も疲れる映画で、ドキュメントなので当事者の暮らしを見せているのだが、子供たちは富みにスポイルされているようにも見れ、30歳以上離れた夫婦の夢のような富も無駄遣いと思われるほどアメリカ的に見えた。

 

それで、養子を含む子供たち8人がアメリカ的に病んでいるように見えた。

 

このリーマン・ショックによる富の失いに、子供たちは大学にやれないとか、使用人のお陰で女磨きに力をかけていた40歳のママは、たちまち部屋を散らかしたままの状態や飼っていたトカゲの栄養失調による死に、右往左往してしまう。

 

日本の貧しい大家族では、子供に手伝いをさせるのは普通であったが、召し使いに何もかもやってもらっていたこの家の子供にはなにもできないのであった。

 

子供は欠乏によって色々な能力が伸びるのであるが、ママの努力やパパのスケール違いの経済力に寄りかかりすぎて何もできないのだ。

 

☆しかし、この虚栄に満ちたアメリカンドリームの体現者は善人だ。

 

ママは足を出来るだけ出すが、それがパパの好むところなのであろう。

 

「 家庭を壊す気はない。貧しくなっても」とママは言う。

 

お金で使用人が一杯雇えたから、子供をたくさん産んだと言う。

 

犬は糞を其処ら中に落とし、子供たちもお片付けなどできない。

 

ママは貧しい育った家も子供たちに隠しはしないし、貧しい中で育った姪も引き受けた。

 

とにかく頑張るひとたちの話だ。

 

リーマン・ショックより銀行に腹をたてているようだ。

 

不思議と羨ましくないのだ。

 

100億ドルの大邸宅も最後まで完成できなかったのはバブルの塔のようだ。

 

人間にはできてもやってはいけない分限がある。