April 21st, 2015

画家の妻。



モネの最初の妻、カミーユは子供を残して32歳で亡くなった。癌だった。


貧困でモネは妻子をパリに残し、自分は叔母の家に住み、生き残りをかけ制作したが、浸水自殺を企てるほど辛かったようだ。

セザンヌも妻子をパリにおいて結婚していることもかくして、親からしっかり援助のお金を送金してもらいながら南仏のアトリエで絵を描いていた。

妻子が近くにいて貧困のうちにいると、共倒れになってしまうのだ。

生き残った人はそれぞれ知恵者だ。情熱だけでは生き残れないのだ。



妻の死のあと、パトロンの妻と同居して、パトロンの死後、結婚する。子連れの妻とのあいだにも子供がうまれる。

あの豊かなモネの庭は裕福な新しい妻のおかげなのかもしれなかった。

しかし、絵のモデルとなったのは苦楽を共にしたかみーゆだけだった。

しかし、連れ子を連れて結婚したアリスと結婚前に二人の間に生まれた子供とモネの先妻の子と結婚してから生まれた子供と絵には見られない人間ドラマもあったことだろう。

☆娘から電話。
古い靴下タイツを送ってくれるという。おかきやポテトチップとともに。
ここは、まだ寒いので東京でいらなくなった靴下も必要なのだ。
衣類の整理をしている娘が要らないからどうしようかというので。

今、クローゼットの中を整理していたら本当に長く20年くらい着ているスーツや絵具だらけのパンツやセーターが出てきて、やはり役に立つので片づけられないと思った。

霧の中、歩いてコメリまで。

バスがないので、歩くことに。
1時13分に出ましたが、つくしを見たり、紫蘇を見たりで着いたのが2時半くらい。
その間にセブンイレブンでお買い物をしたり、キャッシイングをしたりしましたが。



3時30分に学童バスが熊坂までのもあるので、待ってそれで帰りました。



テレビで20年かけて桃の木を植えて、桃源郷を作ったおじさんの話が放映されていたので、私も30年計画で少し植林しましょう!
交通費が200円で済んだので、その分気が買えます。

と言っても、桃の木は1本1000円です!

濃霧です!

寒いですが、ホッカロンを3枚レインコートに貼りつけてあるので大丈夫です。





晴れたら粉々になったブロックを補強しましょう。


ノアのはこぶねのパーツ!
グラナダさんに割れた陶器の破片をお湯ずるしてくださるように頼んだら入っていたのです。



おいしそう!




柏餅と頂き物の玄米茶!



ワインが半額!



片付けていたら出てきた!

2階で読書できる日は幸せ!

雨で静かな日です。
2階の本箱には好きな本が何冊でもあるので、幾度も反芻して読書できます。
寒いので、お出かけの時のホッカロンを身に着けてベッド二入ってます。




この時代の日本人の画家のパリへのあこがれにはすごいものがあります。

セザンヌやゴッホ。ルノアールにブラマンク。マチスにピカソ。モジリアニ。
日本人画家がその作品や人物に会った時のワクワク感がとても新鮮です!

佐伯祐三の人生は30歳まで。パリで亡くなりました。その2週間後に一人娘も亡くなります。

裕福な大阪の由緒正しいお寺の三男。
美しい一つ上の奥さんと学生結婚します。

美しい奥さんは銀座の象牙屋さんのお嬢様。

足が悪くて杖科松葉杖を使われていたようです。

私の母校の先輩でした。虎の門女学館出で堂本印象のところで絵を学んでいたそうです。

お二人は結婚して、素敵なアトリエを佐伯祐三の家に建ててもらうのですね。

それは学生時代のことで、とても恵まれた育ちですね。

佐伯祐三夫妻は関東大震災に遭遇し、象牙屋の象牙は粉々になったそうですが、素人大工の建てたアトリエの家は無事で親戚も助かったようです。

親子三人でパリに行き、当時は船で40日ほどかけて上海など経由して行ったようです。

フランス語の話せる人にちゃんと半年ほど語学も習って行っているようです。

夫婦で絵を描き、スイスのレマン湖畔などの絵も残っているので裕福な画家夫婦でしょうね。

☆それでも、ブラマンクに佐伯祐三は酷評されて参り、奥さんはなかなか賢くてブラマンクの言う黒や秘訣を佐伯祐三より早く身に着けたようです。

そのために、佐伯祐三の絵に手を加えているのですが、夫婦なので贋作とは言えないという見解の評論家が多いです。

☆モジリアニの死後初めての個展を観て、佐伯祐三は大ショックをえたとあります。

本当にいい時代だったのです!

☆奥様は社交も上手だったようで、多くの男性から好意をもたれます。

 酷い評伝によると佐伯祐三の兄との子が彼らの子供だとか、いろいろな男性と関係があったように書かれていて、佐伯祐三は愛の苦しみと芸術上の苦しみから精神を病んだというのもありますが、多く作品が夫婦の協力と前向きな姿勢から、それだけの作品を残せたのですから愛のあるいい家庭だったのではないかしらと思いますが。

☆3分の1ほど読んだところで、夕飯を作るために1階に下りました。