June 17th, 2015

古い写真がでてきた!

R夫人のお使いで村上隆の絵を訊きに小山登美夫ギャラリーに電話をかけたことがあります。R夫人の別荘には大きな現代美術の平面の作品がたくさん壁にかけられていました。

その時は村上の作品は3000万円くらいでした!パリに個展で行くから作品は売れないとのことでした。

今なら、さらに100倍はしてますから、R夫人は流石にリッチなのでよい投資のセンスをお持ちなのでした。

私はR夫人に自分のファイルを見せたことはありません。自分から電話をしたこともありません。

でも、日本においでになれば、ご一緒に京都のホテルに泊まり1週間ほど楽しく旅をします。R夫人一家はスウィートですが、私は自腹で並みのシングルに泊まります。

ナンタケット島でも毎日ご一緒ですが、自分は自腹で相応の安宿に泊まります。

バスケットの教室で仲良くなったのです。

ナンタケット島の別荘の地図を書いて
「テストよ。車でいらっしゃい。」と言われ、ボストンの家からケープコッドまでハイウェイを飛ばし、フェリーに車ごと乗り入れ、そこから地図を頼りに高級別荘地にいきます。3時間はかかったでしょうか?

私は日本人の奥さんのいる1つ星の安いインに泊まりますが、R夫人母子は、朝、車で訪ねてきて朝食の素朴さに驚かれたようで、直ぐに、車でご自分の別荘に連れていき、ニューヨークから毎日取り寄せるフルーツや野菜の高級ホテルなら出るであろう朝食を、二人のメイドさんの給仕でいただきます。

この別荘は東海岸一のインテリアデザイナーがコーディネートしたもので、雑誌の特集にも記載されてるすばらしいものです。

アルマーニが一日ニューヨークからモデルを連れてファッションショーを開いて、売り上げの3割ほどをR夫人に渡し、それを経営しているハンディキャップのための音楽学校に使うのです。

私は幾度も誤解されると困るので、
「私はあなたほどお金持ちではないです。」と、言ったのですが、「嘘おっしゃい!」と、手の甲をピシャッと、叩かれるのでした。

R夫人がハンディキャップのための音楽学校のために秋にオークションをボストンのリッツホテルで開かれるのですが、1000ドルのパーティ券を招待状の中に入れてあるのでした。

それも、40代の日本人男性がボストン美術館学校の卒業生なのですが、半年ボストンに来てて、陶芸教室で自分の作品を作っていたのですが、半年家賃が払えないので作品を買ってくれと、陶芸教室の日本人に声をかけたのでした。

1200ドルの作品を半額の600ドルでいいと言われ、買ったものを、華奢すぎて日本に持って帰れないので、R夫人のオークションに寄付したのでした。

なんだか、わらしべ長者のようですが、その寄付が1000ドルのパーティ券の招待状になったのでした。

R夫人のボストンの本宅は娘のいる高校のすぐ近くで、壊れないように車でゆるゆるとご自宅まで運んだものです。

オークションパーティも7時間くらいかかるもので、着ていくものもなかったので、主催者に恥をかかしてはいけないので、ニューヨークまで行き黒のドレス、靴、軽いコート、ネックレスをグッチとティファニーで揃えました!

いつも陶芸の粉や油絵の具で浮浪者と見間違われる汚ならしい格好をしているので、こういうブランドショップには縁がないのです!

しかし、R夫人とバスケット教室で仲良くなったきっかけはヴァンクリフのネックレスなのでした!

R夫人が首にされていた黒のネックレスを見て、私が「私は、翡翠のペンダントと指環を持っているわ。色を合わせるためにニューヨークとパリから取り寄せてもらったの!」と言ったのです。

私は、嘘は言ってないのです。西武の外商が家に来ていて、合わせて貰ったのです。

しかし、実際の私の暮らしは貧困にも似たところがあって、娘が「自分の家はお金持ちか貧乏かわからない。」と言うときは、日頃、価値観の不一致の我が夫婦は、珍しく一致して「貧乏です。」と言うほど、慎ましい遣り繰りに追われているのでした。

そんなわけでR夫人とご縁ができたのですが、年長のビジネスウーマンでらっしゃるのでお教えられることも多いのでした。

その一つ。

パリで貧民窟で、日本から勝手に来た大学生たちへの奉仕で絵を描く時間がなかった事に関して。

きっかけは、京都の和紙の問屋さんがギャラリーを作り企画個展をしてくれた際の出来事です。

断っても断っても姪(短大を浪人、留年、中退して26歳の女の子)を、弟子にし小遣いもあげてくれと、かつてに押し付けようとした1、2度しかあったことのない中年の男性がいました。

28、9歳だった私は、「そんな身分でない。弟子なんてとれるほど偉い先生ではない。」と、幾度も断ったのに強引に来たのことがありました。

忙しい搬入の個展前日に、その姪はおじさんに「手伝っていた。」と、嘘をついて、初日から毎日どう言われていたのか、なにも言わす椅子に堂々と座って居るのです。

不愉快そうな暗い顔して、営業妨害もいいところですが、何も言いませんでした。

初日にその東北の中年男が画廊向けに菓子折り1箱を送ってきましたが、すぐ宅配便で送り返しました。

自分から見れば、絵の世界はそれほど甘いものではなく、経済的にも、他人にお小遣いをあげる境遇ではなかったのです。第一、やってもらう仕事もないのです。

個展案内状は何処にも置かれてますが、自由に無料ではいれるのが普通です。弟子にできませんと大抵は断れたら、嫌がることしませんよね。

R夫人は、私の不明をさとし、「貴女が、その嘘つきでずうずうしい女の子を弟子にするのを、断ったのは罪ではない。パリの仕事場に押し掛けた大学生たちの世話をする必要等無かった。」と、言うのです。

それは、本当に生き地獄でした。

大切な30歳のパリの2年間はもう2度と帰ってきません。

出版社の社長が苛めてやろうと押し掛けさせた大学生3人とそれらが連れてきたテレビで毎日出ていた有名人は、私が突き放せばパリで犯罪を起こすのが眼に見えてました。

今でも、思い出すと涙が止まりません。

2年後、東京に帰ってきたときは廃人同然で栄養失調症で祖母の手術に輸血できないほどでした。

人間は憎しみから人を平気で殺します。

しかし、若かった私には考えられなかったのでした。

☆ この時に助け出してくれたのは、ローマの国際会議でご一緒だった内田秀男工学博士でした。オーラー測定器を発明されたかたで、講演が決まっていて通訳の息子さんがドイツから来てました。

しかし、日本から中傷の電話が入り突然、講演できなくなったのです。

嫉妬の渦巻く世界でした。
「宗教と科学」の国際会議で、英国、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スベイン語の同時通訳がついていて、超一流のホテルで1週間開催され、世界中から関心のあるたちがきてました。

パラpsychologyの学会でした。

内田秀男工学博士のオーラー測定器は当時、日本でも話題で、松屋デパートで大きなイヴントがあり、私も行ったことがあります。

ヨーロッパでは超心理学は貴族の嗜みのところもあって、日本では眉唾扱いされている分野でしたが、きちんとした人たちが、学んでいるのでした。

その内田秀男工学博士が、パリについてから1年半にわたり、月刊「日本神学」に毎月20枚原稿を書いていたものを読み、私が危険に逢わないように、日本から手紙をだしてくれたのでした。

それで帰国決意をして、結婚式にも来ていただきました。

☆しかし、何にも正負があって、ローマの国際会議であったイタリア人たちが招いてくれ、過去生の記憶を描いている画家のうちやUFOを観たバスの運転手の家に呼ばれたり、イタリアテレビのディレクターのもつ郊外のプチホテルで晩餐会にも呼ばれました。

「イタリアが呼んでいる」の映画に出てくるプチホテルのような素敵なホテルでした。

それからも、スイスの家にも呼ばれました。ベルンやチューリッヒ。

チューリッヒ工科大学のアインシュタインの教鞭をとった階段教室も案内してくるました。

1週間ほど滞在していたんですけれど、ある日、本箱からTIMESを取り出したらダライ・ラマが表紙で、そのカップルに驚かれました。今、ダライ・ラマがチベット難民のためにチューリッヒに来ていると言って、集会に連れていってくれました。

そのカッブルは彼はチェコからの亡命者で彼女はアメリカからの大学院生で、私の易カルタを英語からドイツ語に翻訳してくれました。

30歳だった絵描きの私は英語はできなかたのですが、超能力のお陰で困らなかったのです。

イタリアの女性画家が英語の通訳を呼んでくれたのですが、イタリア語が理解できたので途中で要らないわねと帰ってしまったほどです。

☆「易カルタ」ひとつで生きていけたヨーロッパでした。

今では在庫が1箱。

また、再出版しないとね。
別バージョンの絵を描きたいです!


R夫人の別荘!
2012-12-26 21.24.02
2012-12-26 21.24.42
no title


テディベア!
私の作ったクリスマスツリーも見えます!
2012-12-21 11.25.06

ドイツ製の小瓶!
2012-12-12 23.13.33

父の家!
母が植えた薔薇が手入れもしないのに咲いてます!
2012-12-12 16.23.58

聖ヒルデカルデの幻視。
2012-11-23 00.45.44
2012-11-22 22.12.14
2012-11-22 21.13.43


黒姫!
no title

従姉妹と。
叔母は今年の1月に帰天しましたが、若い時に京都にいく度に、名古屋に一泊しよくしていただいたものです。
3人は12歳づつ離れています。
原宿のクレープ屋さんで撮影したものですが、お会いできてよかったです。
2012-12-05 14.09.10
2012-12-05 14.09.22
どこかのシヨーウインドーの人形。
2012-12-03 16.17.12

このマトリョーシカは売っているのならほしい!
新国立美術館に行き度によるパジャマ屋さんのキャビネットなかに飾ってあります!許可をとって撮影。
2012-11-29 17.38.09
2012-11-29 17.38.46
2012-11-29 17.38.03


自然の美しさにはアートは叶わない!2012-11-28 11.00.32
2012-11-25 08.07.22
2012-11-25 06.53.09
2012-11-25 06.54.12
2012-11-25 06.52.24
2012-11-24 20.12.58
no title
2012-11-21 13.59.22
2012-11-14 10.21.34
2012-11-13 22.58.02
2012-11-13 23.07.30
2012-11-13 15.13.13
2012-11-13 12.04.35
2012-11-12 19.23.57
2012-11-12 14.09.39
2012-11-06 13.22.27
2012-11-04 16.25.19
2012-11-04 16.35.47
2012-11-04 16.57.01
2012-10-17 14.50.40

イーゼルをたてて描いている時に、売ってくれと言われた絵です。
黒と白と黄色だけで描いた8号。
2012-10-12 17.30.28

秋の紅葉のただ中に雪が降りました!
きれいでした。
2012-10-11 00.02.15

おみくじ版画!
2012-10-10 20.24.18

パリ個展!
2012-10-10 20.27.44

今日も雨!掃除とお絵描き!

庭で描き始めたNOAの方舟ピザ窯とそれを見守るマリアさまの絵を室内からでも見えるので描きます!



今は薔薇ですが、鉢ごと運べますので。
no title
no title
no title
no title


井戸の蓋も昨日、長野で作ってくれる木の専門店にお話をしたら、是非ともと言われました。

no title

6月は薔薇の季節!

新しく薔薇がいっぱい咲いてます!



蕾の薔薇が、白、コーラル、ピンクとあって、昨年、一昨年に植えたものですが、みな、元気に生き延びました!

4時半から雨が止んだので、庭で絵を描き始めました。

7時まで描きましたが、かなり、進みました。

☆今晩はステーキ、空豆、この間作った魚介類のドリア、トマト、白ワイン、アイスコーヒー、葡萄。

少し休んで、2階の油絵を始めます。
絵の具を買ってきたので。


ボストン時代の知り合いからメールが多い!
懐かしいので思い出してみる!
no title

メキシカンレストラン!
no title

デッサンと油絵を教えてくれた先生の作品!
no title


HNギャラリーで個展!
no title

英語をサマースクールで習ったら、つぎのとしに表紙に出ていた!
驚き!
no title


no title

主人が写真をもらいに行くように言うのでオフィスにいったら、10ドルで売ってくれた!
no title
no title


黒姫です!
no title

ある年賀状。
この句は深い!
no title

no title

☆ボストン!
no title
no title
NHでNOAの方舟バスケットを編んだ!no title

和紙作りを教えた!
no title

人間国宝の市兵衛さんところで。
その日、武生市のホテルでNHKスペシャルで市兵衛さんの特集していた。
市兵衛さんは素晴らしい慎みの人で、国もこういう人に人間国宝として選ぶのはなかなかと思った。彼は著名な画家の版画の紙をすくのだが、画家は限定番号の0番を市兵衛さんに贈りたいというが、市兵衛さんは決してただではもらわない。市兵衛さんは決して裕福ではないのに、買うのだと言う。凄い!
no title
no title

★母の葬儀。
no title
父の家の前の藤棚。
no title
父の家。
no title
母の部屋の人形の写真。
no title
no title



no title
no title
no title
no title
47歳にもなってもう一度、アートが学べたのは良かったです。
no title
no title

20代の作品写真は、デザイン科をでた感じがあります!
no title
no title
no title
no title


インスタレーションはアメリカで学んだ結果!no title


墨絵もアメリカで学んで、やがて、自己流に!
no title
no title
no title

バスケットもアメリカで学びました!no title
マトリョーシカは帰国後に自己流に!
no title
no title
no title
no title

豆本は20代に日本で!
no title
no title
no title
no title
no title
no title
no title
no title
no title

父と母の新婚旅行の写真!
no title
兄弟と叔母!
no title
母の母。
no title
父の母。
no title
庭で。
高校のころ。
no title
手習い子
小学1年のころ。
no title
父。
no title
昨年描いたチューリップ!
no title
ドイツ、フランクフルトの本屋さんのNOAの方舟。
no title