September 10th, 2015

東京。雨!朝から梱包!

ようやく、咳き込みが治った!

テレビで大雨の被害を報じている。

雨で家が流されている。

妻有で見た立派な小学校も、近くの村が大雨で流され、過疎になったそうだ!

それで建てたばかりの立派な校舎が廃校になってしまった。

そこに、アートが展示されてバスで訪問するようになったのだ。



☆今日は雨だが、梱包中の段ボールを20箱くらい封を閉じて、ピアノの着く前か後に届けて貰おう。

ペンキ代金が約90万円強なので、宅配便代金やピアノのクレーン代金、調律代金とで、100万円で間に合えばいいと思う。



 今年はストーブの煙突も掃除したいし(4万円!)、
薪も買わないといけないので、やりくりが大変!



☆12日に古美術商が来るので、その前に原美術館に行きドイツコレクションを観て、図録を受け取り12日か13日には長野へいくつもり。

創造性のない人は人のを盗む!怖いのはオリジナリティーのある作家を殺すことなの!

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 右上の写真で着ているのは、森ハナエのお店が新宿にあったころ、オーダーメイドで作ってくれたもの。写真は田園調布の東口の商店街を歩いていたら、写真館のおじいさんが、是非撮影させてくれと髪の毛は輪ゴムで留めてあるだけのまま、撮影したもの。

 ただだったのだけれど、プロが撮影したからいい写真ね。
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私がペラペラ話しているのを、自分のアイデアのようにして話している人はザラだ。

今、とても有名なアーティストも、ある時に口癖にして、有名なアニメーターに、「洒落た事を言うね。」と、誉められていたが、「わたしがいってたことばですよ。」と、教えてあげたら、「道理であいつにしてはうまいと思った。」と言っていた。

私に定期的に電話をしてくる人も、私から聞いた話を周りの人に自分の囃しとして話すと受けるのだと言う。

何しろ1日に2.3冊は本を読んでるし(昨日も婦人公論と映画のプログラムを深夜読んだ!)、映画、美術館、旅に自腹で行くのだから、タダで自分の話や体験にできるいいソースなのだろう。

それに関してはおうようである。

本当の発見の喜びは私にしか体験できないもの。

☆佐野研二郎さんの作品が盗用に満ちているのは、お金を目的にするようになり、才能を失ったと言う人がいた。

お金は魔物である。

私もグラフィックデザインを学び、貧しい劇団や個人に安価で売っている人で、個展が赤字にならない程度の売り上げが精神面ではもっもも安全だと悟った。

 27.8歳になってファンシーグッズの仕事が来たときに、簡単に原画が何十万円のお金になるのに驚いた。

そして、街を歩いていると自分の作品が容易に発見できる。

こんなことをしていてはいけない。

ブレーキがきくのだ。

私はほぼ収入の3分1は寄付など他人のために使う。

それで、創造性が今も持続しているのだ。




 佐野研二郎さんの仕事場には個性かないと言う。
クリエイターのカラーがない部屋はありえない。
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 佐野研二郎さんの仕事には日本らしさがないと言う。
世界中から映像をパクってくるのだもの。

 下手だけれど、写真は自分で撮影。
大学でフォトショップ習いますよね。
ライトアップや光やかげをベストに出すのにどれだけ苦労するか?

 人の写真を無断で取ってくるなど、恐ろしくてできない。

 日本の文化を学ぶために、懐石料理や香道や茶道、華道、能だって学ぶのよ。
深く学べば学ぶほど、安易にパクるなど失礼過ぎてできない。

 和紙や千代紙だってとても高い。そういうものを日本中旅して集めコラージュするの。それは、日本文化の良さを世界中に知らせたいからなので、お金もうけは考えたら合わなすぎてやれないでしょうね。
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香道。
源氏香から。
私は源氏香の組み合わせの印が蛤に描かれている夏の呂の着物を持ってます。
日本人の教養はかなり努力しないと身に付かない。
知らないと源氏香からのものだと気がつかない。
それは、寂しい。
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永平寺のおせちの箱に源氏香カルタが偶然ぴったり!

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☆パクる人は、自分の仕事が価値ないパクリエイターであるを知っている。

それで、パクったことを無かったことにしたいわけ。

オリジナルをつぶすのよ。

オリジナリティーを持つアーティストを殺す。

そうでないと、今度のように、私もパクられたと発言する人が出てくるから。

☆オリンピックのエンブレムは、上流国民にしか理解できないが、プロの目から見たら問題ないということだが、よく、現代美術のアーティストが大衆にはわからないと、侮るけれど、それは偽物。

 本当に優れたものは誰にでもわかるし、感動をあたえるものよ!

「殺されるよ!」こういう殺され方がある。


 東京の街を歩いていたら、見ず知らずの道行く人から、「殺されちゃうよ」と注意された。

 
20代の始めの頃だ。



 20代の終わりに、ある出版社の社長がホテルに誘い聴こえないふりをして、無視したのが原因か?

 

 10代から70代の精神障害者や身体障害者や暇な大学生たち男性に、私に無断で社長が故意に電話番号や住所を教えて、連日卑猥な電話や深夜、ドアを開けろと騒がれる嫌がらせを受けた。

 

パリに行った30歳の時には、ロンドンやジュネーブに行き成功するといっていたはずの大学生たちが
、いつの間にかパリにきて押し掛け風邪をひいて弱っている時に、狙われアパートを乗っ取られる。



 その時助けてくれたのは、階下のボザール(美術大学)の学生で追い出してくれた。しかし、風邪が治るまで女性友達に助けられホテルへ。

 社長が勝手に住所や電話番号を教えた中にはお金の無心をする人も多く、日本では有名だった古神道研究家や神父に恐喝で、30万円と20万円取られる。

 また、住所をさがしだして無料で原稿を2年近く書かせたひともいて、断ったら罵倒がひどかったのには、驚いたものだ。

 

今は故人である社長も神道誌の主催者も考古学者3人もパクリの名手で、私に暴力や脅かしで一生貪りたかったのだ。それで、去る時には本音が出てしまう。



 そのためには、嘘もつくし、神も使う。

 笑い話のようだが、神からの啓示でルイコさんから自分の研究費を送ってもらうように、言ってきたと日本から手紙がくるのだ。



 70歳の神父と組んだ60歳の修道女は、「ルイコさんにタダ働きさせて、一生、左団扇で暮らしていくつもりよ。」と、公言していた。



 なぜなら、神さま、イエスさま、マリア様の声を聴ける賜物がある人は稀で、教会を建て巡礼地となり、世界中から多額の寄付が流れ込むのを、この二人は熟知しているのであった。

 


 私には、恩ちょうがあって色々なものが見えたり、癒しで病を治したり、救いを与えることができるので、アートのアイデアもあれば、手も動き、おまけに奉仕的なので、悪人は利用して儲けようと思うらしい。

「ルルドの出来事」を書いた神父。

マリア像から、血と涙が出た秋田の聖体奉仕会の修道女だったのだ。

修道女は、「秋田の安田神父のように庭いじりをして遊びたい。」と言った。聖体奉仕会には日本列島の形をした池があるのだ。



☆それを、知った私は結婚することにした。それで、予定の狂った神父は、「お小遣いをくれてもいいのよ。」と、密室で家具を買う予定で持っていたお金を20万円ひったくったのであった。

☆この一連の出来事の起きた3年間が、悪質ないじめ、殺しであったことに気がついたのは、ごく、最近である。

 気がついたら、順風満帆であった30歳までの画業が、この無心、暴力、タダ働きで5年ほど、停められたのであった。

 35歳で結婚し、又、運気が戻り、宇津保物語、百人一首の仕事が来て、37歳でパリの個展では夢のような素敵な結果になった。

 あのまま、あの社長の送った刺客たちに食い物にされていたら、今頃は廃人となって路地に捨てられているか、既に用済みの働き手として殺されていただろう。

 しかし、誰も加害者たちは裁かれないし、そんな悪事も知られてないが。

☆私に2010年から、神山を用意していた神。
そして、世に神の浄化が邪悪なものを葬る動きが時代の到来により、きた。

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ボランティアの中の危険!

女性はどこにいても、性犯罪の危険に晒される。

☆まだ、22.3歳の頃だ。
お茶のお稽古をしながら、シルクスクリーン版画を作っていた。

 

 週に3度のお茶のお稽古のひとつは、自由が丘のソレイユ学園であって、他の日は品川の東禅寺であった。

☆ある日、光街の先の線路脇の陶板焼き屋があって、中年の兄と20代の弟でやっていて、弟は聾唖であった店に寄った。

 兄は、福沢諭吉の子孫で慶応大学の敷地で育ったという。弟がいなければ、陶板焼きはやらないが、弟の世話をしなければならないので、陶板焼きをやっているが、なかなか思うように流行らないので手伝ってほしいという。

 ボランティアは頼まれたらやる方なので、「良いですよ。」と手伝った。

 その兄弟のマンションは、自由が丘通りから、田園調布駅に向かう道路の角にあって、古く質素なタイプであった。

 ある日、私がさっぱりと事務的すぎるのが不満だったせいか、中から鍵を閉めて強姦する目で迫ってきた。弟も黙って立っていたので、裏通りに抜ける扉から逃げ出し、そのまま、彼らの住むマンションに向かい、ブザーをならし、奥さんに告げ口をして帰ったのであった。

 その後、自由が丘であったときに、「その後、大変なことがたくさんあったのだ。」と暗く落ちぶれた顔で言った。

 陶板焼きの店はとっくに消えていた。

☆キリストの教えを実践する度、こんな嫌なことにあう。

 それも、性犯罪。

 どこの誰に訴えたらいいのか?

☆こんな時もあった。

「困っている人がいるので助けてやってほしい。」と言う。

はい、わかりました。

 その困っている人は、結婚相手を探していたようで、その気はないと言うと、

 「傷ついたので、慰謝料がほしい。」と言うのだ!

ええっ?

 24.5歳の頃のことだ。

 細々と絵を描き、ボランティアをしながら目立たず生きていこうと決意していた私は、結婚?など考えたこともなかった。

 アートがそんな甘い道ではないと思っていたのだ。

 それと、女子美術の同級生たちの暴力。

 「結婚したら、許さないからね!」

 と言うリンチが心の底まで恐怖となり、染み込んでいたのだ。

☆今はいじめで自殺したり、殺されたりがニュースとなって知れわたっているが、今から45年以上前は、集団で行われる暴行は誰にも知らされることなく、日常的に行われていた。

 そして、女性が女性を苛めで葬るときに使うのが、男性に強姦させると言う方法であった。

☆私は、誰にでも同じように親切なので、特に、仲間はずれされていたり、偏見で苦しんでいる人には、いっそうなのであった。

 ある夜中、女子美術の同級生が六本木に出てこいと電話をかけてきた。

 その晩、起こることは映像で見えた。

 彼女の遊び友達の男性が数人で強姦する風景である。

 もちろん、断ったが、いきなり私の家に来て、殴る蹴るをした彼女だ。

 それは、彼女が遠い他県に嫁ぎ、自由で幸せだったある日の4時頃のことである。

 27歳くらいの時のこと。

 独身でも、夢一杯の私はとても幸福だったのだ。

 それが、言わなくても感じられたのであろう。

☆善意善行をしていれば、安全というように世の中はできてない。

 善意善行が憎しみを買うことがあるのだ。

 つい、最近もごく身近な人に、
「きれいごといってばかりで!」と、
批判されたばかりで、驚いたところだ。

 しかし、だからこそ、神の大きな意志から、外れないことが大事だと思う。

☆3日前から、光の雨が強烈に降ってくる。

 これは、天が私へのエールをおくっていることで、エネルギーも送ってくれているのよ。

 この世の不正を洗い浄める宇宙がある。

 だから、女性は性犯罪に負けずに美しく生きていこう!