January 7th, 2016

 黒姫はずっと雪!

東京は晴れが続いているけれど、多分10箱は越える段ボール箱をいつ運んだらいいのか思案どころ。

家は1月の末には使えなくなり、業者が家と一緒に壊すようだ。

私自身はパリの貧民窟でも2年くらい暮らしていたので、貧乏でも楽しくやっていけると思う。

洋服は買う必要はないし、なんといっても年金があるので、質素に暮らせば死ぬまで困らないと思う。

☆今日、久しぶりに恵比寿駅から日赤病院前行きのバスに乗り、広尾高校前までいき、山種美術館に行った。

久しぶりなのはバスの方で6年間、通学用に乗っていたのである。

美術館は初めての場所だったが、若冲を観たかったのである。

大観はずいぶん高みに到達したと思えた。

古径は品格。

そして、土牛はさっぱりと卑しくない。

若冲は、生き物が上手いなあ。

好き好きのある日本画だけれど、今日は観に行って良かった。

小虎が東山魁夷の奥さんの父親とは知らなかった。

私は、喫茶でお正月なので、金箔入りの緑茶と、若冲と言う名の付いた鯛の形の練りきりをいただいた。

この間、読んだ若冲の本。若冲の亡くなった妻が姑と折り合い悪く、自死し贖罪の気持ちで地獄にいたと書いてあったけれど、絵を観ていると、生き物がとても幸せで明るく、そうは思えない。

大観に殺された画家の子孫の本を読んだが、大観の絵も気高く、どこかで浄化されたのであろうか、野心も才能のうちなのだろう、高みにいた。

土牛は不器用と謙遜に書いていたが、しゃれていて、垢抜けていた。

新聞の私の易カルタの文章の横に土牛の富士山の写真があって、此花画廊のオーナーは、それが記事としてとても幸運だったという。

日本画壇はそう言う風に格付けしたり、見えないランクがあるようだけれど、私はデザイン科なので、まるで知らない世界であった。

今日の展示は、正月のめでたさを集めたもので、笑いあり、縁起物あり、日本らしい、東洋らしいものであった。

絵は観続けていると、多少、目ができてくる。

それぞれの画家の真摯な仕事の背景に、それぞれの人生ドラマがあり、何があっても描き続けてきた人達はそれぞれ、漂う世界が輝いていた。

それから、六本木駅までタクシーできっかり1000円。

初めての美術館で建築家の展覧会だ。

国際的な建築家の発想の種のようなものや、自宅の模型やルイ・ヴィトンの美術館や高層ビルの写真も、とても、刺激となった。

哲学。

私がガラクタを捨てないのも私なりの発想の種になるからで、彼のような大きな刺激ある仕事はできないけれど、東洋の石庭な日本画の鯉にインスピレーションを得て展開したビルが、とても楽しかったので、創造の種明かしは何でもありうると改めて思った。

ミッドタウンのイルミネーションは東京タワーのライトと重なり、建築展の延長として最高。

虎屋で20日迄のお雑煮があって、白味噌に大根、人参、里芋等ごろりと入っていて、関西風?なのかしら。

多く歩いて疲れたので、からだが休まった。

白味噌って甘いのね。

金澤の酒屋さんで、お餅やお菓子を買って大江戸線や浅草線に乗って、帰る。

いつものホームレスさんからビッグイシューを買う。

☆家に帰って、蒲鉾の削り節をご飯にかけて、娘と和食で夕飯をすませた。

金澤の🎲に入ったお菓子が結構面白く、日本橋から金澤までの双六がついていて、ほとんどは北陸新幹線の地名になっていて、馴染みがある。

柏原、野尻、善光寺など。

名物のお菓子が懐かしく、とてもいい今日のおやつ。

☆今日はお風呂の入浴剤も買ったのだけれど、和ものなので、見た目が落雁みたい。

墨絵もいいな。

紙遊びもいいな。

早く絵が描きたい。

京都も金澤も真冬にもいきたいと思ったのでした。

今日も朝から引っ越し大掃除!

約30年分のものを片付けるのは大変!

おまけに、主人の家の4代分。

さらに、この間、パリに10ヶ月、ボストン7年分の荷物が全部、戻って蓄積されているので膨大な量だ。

結婚前の作品や荷物もあるし、アトリエにおいてあった工具や作品まであるので、おわりなきお片付けをやっているのも、行のようだ。

☆少しづつ出てきたクッキーの型。

そう言うものも、1つづつ洗い、乾かして纏めて箱に入れて梱包するのだ。

それでも、メドがついて、明日くらいには段ボール箱に全部入れられそう。

☆作品は壊れやすく、とても重いものも多い。

私だって、それらが特別価値があるものだとは思っているわけではない。

ハーバートでデッサンを学んだとき、教授が絶対、作品を捨ててはいけないと言った。

おまけに、私には作品を売ってはいけないとまで言ったのだ。

これは、かなり大変なことで、作品は延々と増えていき、そのために、地下倉庫を長野のコテージに作り、足りずに物置を拡張し、さらに家1軒ふやさなけれはならなくなった。

無限にスペースもお金も労働もかかっている。

もちろん、それだけの作品かと問われれば、何の保証もない。

☆私は昨日、美術館に行って、アーティストはやはり、何て幸福な仕事なのだろうと思う。

馬鹿な私はまだ夢をみているし、美の世界の普遍性を信じている。

そして、信じるに足るものなのだ。

☆私は決して、名を残した人だけを報われたアーティストと思っているわけではない。

私だって、無名の恵まれないアーティストの一人で、限りなく、表舞台に出ることなく消えていく可能性99パーセントなのだ。

でも、おめでたい私はこう思う。

美しい物を観て心踊る時間。

心から歓びが立ち上ぼり、手を借りて宇宙に放たれるとき。

呼応するのだ。

大地の生命が。

本性として幸せにしか運ばれないことを。

社会的知名度より遥かに大事なこと。

☆娘が春の七草を買ってきてくれたので、これから七草粥を作ります!