October 16th, 2016

Christmas

日本の名門大学生、慶応の6人での同級生を集団暴行事件!

 大学1年生の女子。広告学研究会の部活動。

 葉山の部活動の家に呼び出された女子大生は、たくさんのクラブ活動に所属し余り顔を出せなかったので、わざわざ声をかけてくれたので何か手伝うことがあれば手伝おうと出向いたが、まさか女子が自分一人だけとは思わなかったという。

 強いお酒、テキ-ラをゲーム感覚で飲まされ気がついてみたら裸にされふたりに強姦された。あとの4人はビデオを回したり、止めもせず脅かして家から出るなと脅かし、女子はバスで逃げ上大岡の駅で警察から病院に行き、両親に話し刑事告訴をしたという。

 しかし、慶応大学の方は飲酒を19歳女子に強要した処罰でことを済ませ、集団暴行という卑劣な犯行を隠蔽しようと工作。

19歳の女子の告訴で広告学研究会の主催していたミスコンク-ルが中止になった責めを受けて非難中傷のダブルレイプを体験中だという。

☆昔だったら泣き寝入りをしていたような事件を告訴した女子大生、その両親に敬意を持ちます。

☆日本の大学生は奨学金を借りてまでして通う苦学生を抱えながら、何故こうも学業をおろそかにして(疎かにしてなく要領よくこなしているかもしれない)婦女暴行を集団でするのか?

好きな彼女にコントロールできなくて、性行為に励んだとしても恥ずかしいが、弱い女性に腕力で押さえつけて集団強姦をするというのは限度を越えて殺人行為と同レベルの犯罪だ。

それを戒め処分するのがそれなりの名門大学の姿勢だと思うが、隠蔽して、女子大生の名誉を中傷してその愚かな大学生を庇っているという。

☆昔から慶応のイメージは遊び人のお坊ちゃまであった。

 家柄がよく裕福な生まれで、弱者の痛みには鈍感であることを恥とせず、親戚の実力者や庶民との差を平気で自慢するような人が多く、不器用で勉強してもそのレベルに達しないものを嘲り、貧しさや外見の優劣を価値とする校風であるように見えた。
 
 個人的に何の恨みはないが、この学校の人にはずいぶん?という体験をさせられたものだ。

☆1、
22、3の頃、お茶のお稽古で自由が丘のそれいゆ学園に通っていたときに、ある時、ひかり街の先の陶板焼屋に入った。

 福沢諭吉の子孫で慶応校舎の中で育った慶応を出て30代の主人と聴覚障害者の弟がやっていて、弟が障害があるから自分の可能性が制限され、陶板焼屋をやっていると無念そうに言う。

 兎に角、店は新築だったが、暗い雰囲気で客が来ない。

 私はキリスト教なのと世間知らずだったので、障害者の兄弟がいるとこんなにも犠牲を強いられるのかと同情した。

 それで求められるまま週に2、3度手伝った。

 帰りに車で送ってくれたので私の家も知っているし、自由が丘から田園調布に向かう大通りに面したその経営者の住む古いマンションも知っていたし奧さんも知っていた。

27、8歳の弟は終日黙っていたが、小柄な青年だった。何時も兄と一緒にいた。

 ある日、店仕舞の時間になると中から鍵をかけ様相がレイプをするような空気になった

 弟は相変わらずそこにつっ立っていたが、私は気配の怖さに泣きながら無我夢中で店を出て走り直線上にある奧さんのいるマンションのは入り告げて、自宅に帰ったのであった

未遂であるので警察にも届けなかったが、あるときに偶然会ったときに、見る影もなくしょげて店も潰れ、その後大変な事がたくさんあったのだと言った。

 そう言えば、「大きな家の住みたい。」と言っていた。弟をしあわせにしたいでもなく、福沢諭吉のように差別のない社会を創りたいでもなく、「へえ-?」と思ったものである。


☆2、2時頃、田園調布駅に向かう私を(24、5歳の頃)拉致し、時給130円で田園調布と自由が丘の間にある経営のスナックで働かせ、断ると付けてきて、家を調べアメリカの大学生の弟の嫁にと家族ぐるみで「台湾では一流企業の新光貿易の経営者だからボールペンの箱のデザインをしたらヨ-ロッパに連れていってあげる。」とか等々力だか上野毛の家に連れていかれたのも慶応大学出身者だった。

 130円と言うのは当時としても破格に低い賃金で、その等々力だか上野毛だかの家で
ウーロン茶も月餅もでるわけでなく、泣いて断ると(未だ写真も見たこともない弟との結婚話)硝子の塊の灰皿を顔に投げてきた。

大声で「助けて、助けて、人殺し!」泣いて騒いだら、赤児を抱いて隣の部屋にいた奧さんが止めに入り、ようやく無事に帰れたわけ。

☆3、それとね。パリで私生児を産んで(夫の子でない)「その子供に、お金が無くて住む家が無いの。お金を送って。」と電話をかけさせ、送金したら、「どうしても返したいのでパリに来て。」というので彼女のプライドを大事にしてパリまで行ったら、10日間、やれ郊外で車の事故を犯したとか、ロ-マにいるとか嘘をつき、パリ在住の友達が一緒に行ってみようというので行ったら、留守のはずの人が家にいて、子供の誕生日を盛大にしていましたね!

 友の観察によると真っ青になって肌がピクピクしていたと言うが、帰国後きた手紙は全部とってありますが、アポイントメントなく来たから100万円とか、罵倒の限りでした

 私より8歳上の人で元アナウンサーの画家で慶応大学出身者でした。

 未婚の母になったのは自分の意志で、子供の父親が援助するというのを断ったと格好良いことを言っていたので、強い見事な女性だなあと思っていたのですが、あるときにネットで本名でフロリダの無料弁護士に相談できるのがあり、子供の父親が認知してくれないと言う相談でした。弁護士は日本人でしたがフランスの弁護士に相談するように解答がありました。

☆そう言う自分の経験から、この学校の出身者はお金が好きで弱いもの(若いとか女性)を騙してでも欲望をかなえるタイプがいるという事です。

☆私は不器用で美人でもなければ頭が良いわけではないけれど、大学生の時は一生懸命に勉強とアルバイトに明け暮れてました。

☆6人に同じ大学の生徒に暴行された(観察者も含む)女子大生が強く生き続ける事を望みます。

聖書に悪行のよって汚されるのは悪行した側だけだとあります。

 口から出たもので汚されると。

誇り高く堂々と生きて下さい。

 鬼畜のような大学生たちが値する裁きを受けますように。

慎み深い勤勉な大学生たちが正統な評価が受けれますように!

☆この文章を書き終わったのは夜中の3時頃でしたが、光の雨が降ってきました。
Christmas

ゴッホ、ゴ-ギャン、ダリを観に!











☆12時24分のはくたかに乗るのでお蕎麦を頂く。「みよ田」で870円!


今日のアクセサリーはダリ!
母が貰った安物のコピー品ですが洒落てます!




4時25分に日比谷線に乗りました!
5時頃に新国立美術館に着くといいのですが!

☆六本木に着いてカ-トをジュ-ススタンドの近くのコインロッカーに入れることができました。

 歩いて新国立美術館まで。
オ-ディオを聴いて回りましたが時間はギリギリ。


 6時までなので、ゆっくり歩いてお腹が減ったので手頃なカウンタ-で函館のお寿司。
余りにも軽いので雲丹を2個追加!




六本木から日比谷線で恵比寿に出て、JRで大崎まで。

 大崎のニュ-大谷インに7時半頃着きました。
アップグレードのお部屋を用意してくれたそうです。

疲れたので比較的早くお風呂にはいりくつろぎました!

 お風呂は小さい!



お腹が減っちゃった!


友人とメ-ルのやりとりしていて12時まで。2時頃。寝た。

ゴッホ、ゴ-ギャン展は混んでいたし、図録が重いのと交通機関の乗り換えなどで疲れた。

 日曜日だったのでダリ展も混んでいた。

 結構、見所満載だった!
Christmas

日本の男性は男気が無い!

私が69年近く生きてきた感想である。

☆1、日本の美大の男性教授。
椅子のデザインで国際的評価を受けた女性助教授に妊娠中に重い鉄パイプを持たせ流産させた。

「心を描くな。表面だけでいい。」と目に見えないものを描いた私に授業停止処分をした日本の教授(授業料は取るのよ。)に比べ、才能があるからと無料で授業を受けさせてくれたアメリカの教授。

☆手紙の切手代金を同封したら、あなたも同じように切手代金を払っているのだからと返金したカナダの神父。

「お小遣いが欲しい」と暗所に連れだし(教会の中の)20万円強奪した日本の神父。

「あなたの生き方が素晴らしいから修道女達に見せてあげたいから経歴をコピーして下さい。」と言ったフランスの神父。

「ルイコさんにただ働きさせて、左団扇で暮らす」と言う修道女と日本人神父の老カップル(神父は70歳、修道女は60歳)。

☆女性に集る日本人男子は10代から80代まで。

汽車に乗っていても黙ってコ-ヒーやお茶を届けさす見ず知らずの外国人男子たち。

 前世姉であったのに世話を怠ったので今世は世話しろと脅迫しアパートを乗っ取った10代の東北の青年。

人が努力して得たものを横取りして有名になった同世代のライター。

 神が啓示でルイコさんから研究費を出して貰うように言ったと送金を強請る同世代の古神道の大家。(亡くなりましたが、Y子さんが死んだ状況を偶然よく知っていた)

☆日本人男子はプライドが無いのか?

婦女暴行しなければ、自己実現ができないのか?

自分で努力して稼ぐとか生きてきた信用でお金を集めることができないのか?

 自分より弱い女性に暴力を振るってお金を巻き上げて恥ずかしくないのか?

 嘘をついて女性を低く見せることに集中して情けなくないのか?
Christmas

芸術は力を与えてくれる!

 私は特別ダリのファンとは思ってないけれど、夢に出てきたのはダリだけだ。

もう、40年くらい前だと思うけれど。

ダリが邸宅の緩やかな螺旋階段から降りてきて「ようこそ。」と言うの。

今日、新国立美術館でオ-ディオを聴きながら観ていたら、ダリも私も教授にぶつかって処分を受けていたのね。

 それは初耳だったけれど、私はダリのタロットカードはバルセロナの本屋で買って持っているのよね。

 タロットが好きでシュ-ルなダリは非常に頭のいい人だと思う。

 完全を求め無くて良いと言っていたけれど、この年になってみると意外と下手と言うところもある。

 ダリの装飾性はゴ-ジャス。しかし、映像で観た変態生は私は好かない。

 瞼にメスとかは席を立った。

 アクセサリーは良いと思う。

 文学的で貴族的でアメリカの軽さとどこかで合うダリ!

☆一方、ゴッホとゴ-ギャンは息苦しいほど辛く感じた。

 二人とも苦労したし、絵以外のものものを捨てた。

 狂気が進むほどに輝く純粋な力を放ったゴッホ。

アルルでのゴッホとゴ-ギャンの共同生活で食糧の買い出しはゴッホでゴ-ギャンは調理する方だった。

 ゴッホの料理は絵の具を混ぜるようだったと言う。

 ゴッホの初期はとても下手だと思った。

 ゴ-ギャンは色や構図に非凡なものを感じる。

頭が良くてコントロールするのよ。

 それでも、株で成功したようには絵画で成功できないと悩み苦しむ。

 ゴ-ギャンもそれほど長生きしたわけではない。そして家族、妻、子供、タヒチの女達に対して罪深かったと思う。

そして、残された手紙や文章から観ると、俗物。

ゴッホはもし、身近にいたら、耳を切って娼婦に送ったりしたら、引いてしまったかもしれない。

 しかし、精神病院から出た後で描いた絵の澄んでいること!

 本人が苦しんで精神をコントロ-ルできなくても、キャンバスでのコントロールは効いていた。

 地獄の代償として得た美。