February 23rd, 2017

Christmas

雨寒いです!「I had sinned」私は罪を犯しました。






☆昨日の「沈黙」でキチジロ-は幾度も「I had sinned.」と言った。

 sinは動詞にもなるのか?

私は幾度も書いているように英語はアレルギーが出るほど嫌いなので、あまり勉強しなかったのだ。

キチジロ-の罪はキリシタンなのに、踏み絵を踏み、自分の命を救う為にキリストを裏切り、命を救われたのだが罪は感じており、バテレンに告解をするのだ。

 その度に、「I had sinned.」と言うのだ。

 妻や子は信仰故に踏み絵を踏まず、殺されたキチジロ-。

☆私たちの日常、人生はどうだろうか?

罪(良心に逆らう)だらけではないのか?

そして、多少の後ろめたさがあっても何食わぬ顔をして、生き続けて居るのではないか?

大抵の人の場合は、それによって殺されたり命が助かったり問われはしない。

☆あるカフェバ-でよく「It's a sin,tell a lie.」と言う「嘘は罪」と言うレコ-ドがかけられていた。

 私がその時その時、正しいと思って行動してきたことが今振り返り、正しかったかどうか人間である私にはわからない。

☆私が今でも夢で魘されるのは、台湾人家族の拉致と神父と修道女が追ってきて「お小遣いが欲しい。るいこさんをただで働かせて一生左団扇で暮らすつもりよ。」と言う出来事なのだ。

 これには伏線があって、秋田の聖体奉仕会(カトリックの在俗女子修道会)に行ったときから、「湯沢台の聖母」と言う新聞を毎月送ってきて(定期購読)毎回、「マリア様が人類の罪の為泣いておられます。償いを献げましょう。」とあり、新聞の終わりには寄付依頼があって、私もそれに答え毎月送金(千円単位)していた。

 24、5歳の頃である。

 全国から寄付が集まり、修道会の建物はどんどん立派になり、庭には立派な日本列島庭園が出来た。

 「るいこさんをただ働きさせて、私も秋田の安田神父のように庭弄りをして楽しみたい。」と公言した修道女はそこの修道会から脱走した修道女で、60歳だった彼女の想像からはただ働きさせて集まるお金で優雅な未来がくると思えたのだ。

 事実、児童福祉施設の84歳の老経営者夫人に勝手に「るいこさんがフランスのルルドに奥様を連れてってくれますよ。」と喜ばせ、私が「ええっ!」と責任も体調も費用もあるのにと思うと、「私も半分お金は出してやるから。」と片目で合図をする。

 フランスに行くのには他人まで連れてったら、50万円くらいはかかると思う。

 それを本人に断りを入れず、話を進めたのは孤児達の為ではない。自分が大事にされるように、私を使って取り入ったのだ。

 それは罪ではないのか?

絵描きである私の制作時間を取り上げて自分の晩年を居心地良くするために、私の労働を利用したのだが、彼女に罪はないのか?

「孤児が可哀想ではないか。奉仕しなさい。」と強いられ断ったとしたら、(自宅から2時間かかる青梅の施設に行くこと)多分、罪悪感が一生まとわりついたと思う。

 そして、現実に児童福祉経営者が最初に依頼したのは「寄付金を集めてください。常陸宮様からは300万円の寄付がありました。」
だった。

 私の友人がわざわざ三越でアルバイトをして子供達のために靴下を沢山その施設に送ったが、経営者一族はその大きな段ボールを私の目の前で開けて、「これは上等な良いものだから。」と家族皆で分け合った。

 もし、現金が集まったら、家族は如何したのであっただろう。

罪ではないのか?

☆そう言う体験を経て、「沈黙」を観ると、昔の聖職者も信者もまじめだったなあと溜息である。

☆お昼!
鶏肉のからあげ。

鰤巻。
美味しかったです。
賞味期限は4月の14日まで!







☆夕飯!
豚の生姜焼き!
蜆汁!


☆今、ケ-キを娘と焼いてます!

 植物性のホイップクリーム、時間がかかりました!


☆お風呂タイムです。
ハ-トの器は多田美波さんデザインでK夫人のご主人が下さった。

今日の香りはラベンダー。

兎に角寒いので着こんでいるのだが、お風呂でそれから解放されると楽になる。

 それからマットも含み、着ていた物をほとん度洗濯して、洗濯が終わるまでに皿洗いして、できたら、スト-ブの廻りに干して、薪スト-ブに薪を足してから寝るのだ。

 それが夜中の3時頃。

2階に持って行ったアラジンのスト-ブの
火力が強すぎて、顔や首がかゆくなり、下に降りて冷たいタオルで拭く。

 そして火力を弱めYouTubeを携帯で観ていたら漸く寝れた。

 横になるとゼイゼイするので咳き込んで苦しい時もあるが、冬はそういう感じ。

娘が買ってきた栄養ドリンク剤がわりと効いて、体力は蘇った。
Christmas

室内でお絵描き!






 冷たい雨が降ってます。

 電気代とガス代の請求が来る。
冬が一番高いので仕方がないが合計で4万円近い。



☆寒さから開放される室内とイ-ゼルのお陰でどこにでも手が届く!


 娘に買い物と支払を頼んだ。


☆お休憩タイムです。





☆小さなお菓子にいれる井戸!


☆「週刊文春」に石原慎太郎氏が氏の画家である四男に不当に金銭を公費から支払っていたとあった。


「親バカ血税」と言うタイトル。
50歳だそうだ。

 画家の多くはとても不遇で貧乏だ。

 慎太郎氏のような権力のある親やその特権で子供を有利に公金を使う見識のない親を殆どの画家はもってない。

骨のある子供なら、親の援助を自分から拒絶するであろうほど絵の世界は最後は純粋さしか残らない。

 ゴッホの高みと言うのはそう言う事だ。

☆「やれやれ。」と思う。
余りにもあちこち腐敗だらけの日本。

 貧困家庭の半分が夢を持てないと言うが、それは石原慎太郎氏のような家の子供に生まれなかったと言う世間の構造を子供は小さいときに何処かで知ってしまったのだと思う。

 湘南の石原裕次郎所有のマンションを四男のアトリエにしたのだという。

 個人の持ち物を誰に使わせるかは自由だが、お金というものは実によく品性や清潔度を見せるものだ。

 こんなことがばれて、四男は実力をどう見せて生きていけるのだろう。

☆「沈黙」で神は殉教している信者を助けないし、祈っても奇跡を起こしてはくれないことを示した。

 そうだろうか?

人間には良心が有るではないか?

四男は心が痛まなかったのか?

自分のように小学校から大学まで私学で学び、特権のように父親から恩典を与えられた存在に後ろめたさを考えられなかったのか?

人の心を動かす本物のア-トがそんな鈍感な感受性な人が描くことが出来るのか?

私はそうは思わない。

 普遍的な本物のア-トはそう言う人からは生まれない。

5000万円ほどの大金を50歳で得れる画家はどのくらい居るであろうか?

「ふざけるな!」と言いたい。

 ☆私は個人的にパリに居るやはり慶應義塾大学を出た元NHKアナウンサーの画家から「住む家がないの。」と言う彼女の幼児からの電話で30万円送ったことがあった。

 私は返して貰おうとは夢にも思わなかった。

 しかし、「どうしても返したいからパリに来て。」
と電話がかかってきたときに彼女のプライドを大切にしなければとわざわざ、フランスまで行ったときに居留守を1週間もされたのち、現地に住む友から行ってみようと促されて一緒に彼女のアパ-トに行くと、居ないはずの彼女がいてとても良い暮らしをしていた。

 その後、何枚にもわたる手紙が来て、「自分のへの貢ぎ物だ。」と書いてあった。

 私は自分の不明を羞じ誰にも言わず、写真に撮影して画像に納め写真を保管しておいた。

 ☆そんな感謝も無く、自分より7歳も若い女性にお金を要求したあげく、パリまで行かせたり、時間を無駄にさせたり、嘘をついて罵るような画家が本物の作品を生むことができるわけがないというのが私の唯一の答えである。

世の中はふざけた人が多すぎる。

いい加減にして!

私の叫びである。

神は沈黙しているかって?

まさか!

神は有言です。

 神は語りますよ。

 私は幾度も神の奇跡を見ました。

 あの「お小遣いをくれても良いのよ。」と暗所で20万円取り上げた神父も、目を合わすと、ガタガタと全身を振り合わせたのです。

 何か途轍もない怖いことが体に起きているようでした。

 それから数か月後にお会いしたときは回心したようで、人格が変わっていたのでした。

 神は実に雄弁に正しいところに運んでくれる。

 それが私の神への信頼である。

☆石原慎太郎氏の四男が得た公金が世に知られたのも神の計らいである。

暴露の時代、
大浄化の時代なのだ。