Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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少し休みたい。


疲れがどっと出た。

 

今日も家の掃除をして、皿を洗ってドイツ語を3時間レッスンしてきたのだった。

 

今日は裁判だったので末の弟に電話をすると、平凡に終わったという。

 

母の方は衰弱して、あと1週間持つかと言う感じだと言う。


☆母は実家では「鬼の政子」と言われていると従姉妹。

 

母の弟である従姉妹の父には子供の頃に喧嘩で木の枕を投げられて顔に傷が残っていると言う。

 

母はしっかりもので現実的には賢かった。泣きついて実家に帰る事など一度もなく、自分の思い通りに生きた。

 

 

☆ 姑は自らを「鬼姑」と言うくらいで、同じくらいキツく強かった。

 

  Y子さんは妹さんと私の姑とお茶をしたことがあり、「あの姑と一緒に暮らしているルイコさんは偉い。」と妹さんが言っているそうだ。

 

姑の嫁苛めで精神が壊れたり体を壊したり、夫婦仲が破綻する例はざらだ。

 

古い別の価値観から自分の人生を生きる移行するまでに、大きな試練を重ね、やっと自分流に生きられるようになる日には、自分も老いの入り口だ。

 

☆母はくも膜下で倒れる一週間前に、天国のお花畑の夢を見た。それは母の父と一緒だったので、従姉妹の父親である母の弟は喜んでいた。

 

母は最初の子である長女や期待を背負った優秀な次女に比べて、三女と言うことで大事にされなかったと思った。次に生まれた長男は初めての男の子で愛されたであろうが、母は自分の幸福は自分で勝ち取らないといけないと婚活にも励み、父との縁談に姉が英文科で呉服屋にはいらないと言うことで着物の縫える母が選ばれた。

 

しかし、次女は少し羨ましかったようで、「猫を被っていた。」と母のお見合いでの態度を表現した。

 

誰にであるように欠点も長所もある母は、とにかく強く、私や妹の弱々しさを戦争があったら真っ先に死ぬと表現した。

 

☆姑も大変強い勝ち気な女性で、主人いわく、どんな手を使っても勝たないと我慢できないタイプと言う。

 

しかし、相性と言うものがあるなら、姑とは相性が良くて、私の母が「この娘は馬鹿だから。」言うと、「ルイコさんは馬鹿ではありません。」ときっぱりと言う正義感も持ち合わせていた。

 

私が婚家で生き延びたのは姑の加勢があったからで、無理して何かを進めたことはなかった。

 

子供が必要以上にしっかりするときには状況に必要があって、姑もらい子で無条件に愛情を勝ち取るには有能でなければいけなかったからである。

 

私の友人たち、長男の嫁達は同居してなくても、介護のために入院したり、倒れたり、地獄の苦しみを体験している。

 

奇妙な事だが、次男や三男のお嫁さんになって免れれば良かったとは誰も思っていない。

 

この間の韓国の「テノール」の映画で、オペラの歌手はガンのため声がでなくなってしまうが、彼も「病気になって良かったと思う。」と言うのだ。

 

しかし、それは成熟した成功者だから言えることかも知れなかった。

 

☆母の一生も終わりを迎える日は近い。

 

「欲しがりません。勝つまでは。」の時代に女学生だった母は物欲が強かった。

 

しかし、ものを大事にした。

 

御飯など残すなどと言うことは誰にも許さなかった。

 

幸せな一生だったと思う。彼女の夢は全て実現したのだから。

 

☆ここのところ睡眠時間が短いのだ。
ゆっくり休みたい。

 

もう、軽井沢!

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