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May 5th, 2019 - 縷衣香 NOW! — LiveJournal
 6時半に起きました!
 この頃、よく寝ます。
分割ですけど。


















 天皇、皇后雅子様の輝かしい微笑を観ると令和は希望の年になりそうです。

 ある時、中野の「薔薇まつり」の帰りに、小さなピンクの薔薇の鉢を買って、長野電鉄から北しなの鉄道に乗り換えの時、小さな薔薇の鉢に、年輩と思われる婦人方が「きれいね。」と声をかけて、周りを囲んだのでした。

 高田高校の同窓会だったようで、北しなの鉄道は長野駅から当時はJRで直江津駅まで1本で、高田駅にも停まるので帰られる時だったようです。

 その時、高田高校の校長先生は雅子様のおじいさまで、小和田さんの父親で、とても立派な方だったと皆で言ってられました。

 世俗の批判とまるで反対の生の声を聞く機会に会うと、マスコミと言うのは罪深いですね。


 私が幼稚園から高校まで住んでいたのは、山手線の目黒駅に近い、上大崎中丸と言う番地の家でした。

 今は高速道路が走っている大通りに面していますが、当時も広い通りでした。

 当時、聖心女子大に通う美智子様は家の前の道の真ん中を堂々と目を真っ直ぐ上げて、歩かれ、都電の上大崎停から聖心女子大に近いか白金台駅に通われたようです。

 母の記憶で、鮮やかにその非凡さは焼き付いていたようでした。

 私が結婚して嫁いだ家は、特に二世帯住宅を建てて舅と姑と同居をしていた家は美智子様の実家にとても近く、歩いて2、3分ほどで、地方から来られ今は「ねむの木」公園となってる正田家跡を訪ねる人に道案内の声をかけられたものです。

 白金や目黒駅に買い物に行くときは、正田家跡通って行くので、美智子様が訪問されるときは、警備の人に道に立って、美智子様をお見送りして下さいと言われた事もあります。

 主人は子供の頃、美智子様の成婚祝で旗を振ったそうです。

 ねむの木公園の管理をしている庭師さんの言うには、訪問の前に通達があり特に念入りに庭の手入れをするのだそうです。





 送金に!


❇たかこさんのところにデコポンを持って行く!



 菫!










 暑いので、どんどんチューリップが開花!







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