August 19th, 2019

Christmas

明日から東京!

 今日は4時半頃起きて、そのまま庭の片付けを始めてしまった!

 分別ゴミを出しに行く!


 国道まで降りて、明日に東京に持っていくトウモロコシを買ったら、鮮度の良いのを明日、コテ-ジまで届けてくれるという。

 セブンイレブンで氷やアイスを買って、コテ-ジでハムとチ-ズをト-スタ-で焼いて、オレンジジュースと一緒に食べ、晴れたので、洗濯物を室内から室外に干しかえ、お昼寝にする。



 村山槐多の亡くなる2カ月前の詩「祈り」の一節。
「生きて居れば空が見られ木がみられ、画が描ける、あすも、あの写生をつづけられる」

 100点以上の新発見作品。
 大半が京都で暮らしていたときのもの。
上京のさいに友達に預けていた時のもの。
 フランス留学中の従兄弟、山本鼎のもとに次々と作品を送る。







「村山槐多」
 父は山形生まれ、森鴎外の弟の家庭教師を経て、横浜の小学校教員をしていた。
母は、医師の三女で、鴎外のいえで、女中奉公をしていて、鴎外が二人を結婚させ、槐多の名を命名したという。
 昔は、家事見習いのため、良家に女中奉公させる地方の名家はたくさんあった。


 槐多は、愛知県の岡崎に生まれた。


14歳。
従兄弟の山本鼎が送った油彩セットで描いた初めての油絵。


 京都府第一中学校に赴任していた父は、農大に進むよう促したが、槐多は創作意欲の文学、絵画に向かうと反抗し、やがて父は小間物屋に仕事を変え、家計は窮乏に傾いた。










































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 22歳でスペイン風邪で亡くなった
槐多!
 貧しい母子のために、焼きごて工場でアルバイトをして、お金作った
槐多。
 上田の市立美術館では、その焼きごてで彫ったお盆が展示してあった。

 wood burningと言う、電気焼きごてで私も彫ったりしたので、親しみを感じた。


















 2時半頃、激しい音を立てて雨が降り出した!
 
 階下に降りて洗濯物を取り、室内に干して、アイスクリームを食べた。

 新潟、37度越えたとか。
 こ1時間くらい寝たようだ。

 傘がいるとか!

 霧っぽくなりました!