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縷衣香 NOW!
 母が刺繍したエプロン!
 使えないけれど、アイロンをかけることもなく窓にかけている!


 





 

 麻のワンピース(アンダー付き)
 黒のスカ-ト
 紫陽花のブラウス!
 紅いポピーのブラウス!
 チェックのスカ-ト
 これで5000円でできるかな?できない場合、セブンイレブンでおろさないと!

 しかし、この時間帯10:45着から11:15出発は、時間が短いので、セブンイレブンに駆けつけると、第一ス-パ-での買い物の時間がないのだ!

 結果として、4000円でした!
更に、1000円札が出てきたので、果物(無花果、もも、葡萄)と卵、ほうれん草を買って、2000円弱。
 帰りのバス代200円!
 お茶ボトル140円!

 帰りは、野尻のセブンイレブンでナナコカ-ドで、氷を買う!










 京都の出町の古本屋さんで300円で買った女子パウロ会出版の絵本だが、とても売れている本のようだ!
 現在17刷
 訳者はイエズス会の聖職者で、オックスフォード大学を出て上智大学の元教授のピ-タ-さん!
 定価は1440円だそうだ。
 私は英語がとても素敵と思ったのだ。
 女子パウロ会はカトリックの女子修道会で漫画を描く修道女もいらっしゃいます!

 絵は絵本作家のいもとようこさんで、金沢市立美大を出た画家さん!















❇❇❇❇❇
 台風15号は去ったものの千葉の南房総では、水が切れ、停電が続いている。
 停電とは、ク-ラ-がつかえないことで、熱中症の死者が出ている。
 水がなければ、電気が無ければ、ご飯が炊けないし、即席めんですら、お湯が必要なのだ。
 人間の生命は危いところで保証されていたのだった。


 サボテンを植える!


 ブルカが送られてきた!


 2階のお片づけ中!
 カ-ドのミニ・コレクターです。


 和紙の片付け!






 
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この本!
何時買ったのだろう?
710円!














 ❇❇❇❇❇
私の場合!
現在71歳!
50日以内に72歳になります!

 今年は、竹取翁博物館の依頼で豆本、絵巻、屏風2双、1枚を描き、博物館が常設しています。
「竹取翁とかぐや姫」絵本を出版しました!
 他にチューリップの油彩。
80Fを4枚。

 このプレジデント誌のテ-マは、「美術とおカネ」です。

 きれいごとだけでは生きられない世界。
 美を求める世界は、パラドックスそのもの、醜い人間のお金のやりとりがあります。

 お金はやはり、要ります!
 ふと、思い出しました!

 私の易カルタは任天堂が買っているのですよ。
領収書があったのです!

百人一首も「奥野カルタ店」からの領収書が!
 各界のプロと言うのは、そのくらい情報を巡らしているのでした。

❇最高峰の東京藝大出身者ですら、40代の油彩出身者60名のうち、他の仕事と併用しているものを含め、画家として残っているのは、15人くらいだとプレジデント誌に書いてあります。

 大学出て10年経つと、この道の厳しさと経済的にやっていけないので、辞めていくのだそうです。

 美術学校は、一種の詐欺と言う意見を聞いたことがあります。

 大学は最低限度の技術を教えても、売る方法も食べていく方法も教えてはくれません。

 あるピアニストの方がyou tubeで、ピアノが上手いだけではプロになれないと言ってました。

 彼は、パリの国立音大を出ていて、ヨーロッパではそれが信用になると言っていた。コンサートで人を動員しなければならないので、人間的魅力とか、容姿なども要求されるのでしょう。


 画商について言えば、本当に「集り」が多いのです。

 若い小娘だった私は、舌舐めずりした画商をよくみたものです。


 登龍門と言われるコンクールでさえ、不正の蔓延るいかがわしい世界でした。

 「新人賞をあげるから、今夜は帰れないよ」とモダンア-トの審査員から葉書で都美術館に呼び出されたのは、19歳の時です。

 以降、公募は出さない。

 セクハラだけでないですよ。暴力も多いのです。

 恐喝もあります。

 名の通るギャラリーですら、真冬に「作品を買わないのなら、そんなコ-トを着るな!」と言われたことがありますが、たった2万円くらいのFakeの毛皮のオ-バ-・コ-トを着ていただけで、要りもしない絵を強制的に押しつけるのでした。

 この本によれば、あまりにも日本の画壇は小さいので、そんないかがわしいことをしても、画廊仲間が庇い合いやっていけるのだそうです。

 他に学生時代から、藝大の学生には集られることが多かったのですが、(嘘みたいですが、5000万円払えと言われたことがあります。根拠は全くわかりません)
 
 60歳の時に(彼の母親から会ってやってくれと頼まれた)、50歳くらいの藝大出の男性は、藝大では、女に金を出させよと教授が指導しているというのです。

 そう言えば、25.6歳の頃、銀座で個展をしていると、「ちょっと来い。」と、銀座のビルのバーに連れていかれたことがあります。ホステスとして売り飛ばされそうになりました。
 その人は、2.3歳上の藝大出の画家で名前も知らなかったのですが、バーの集金をしていて、女の人を連れていけば、お金が貰えるのですね。

 恐ろしい世界です。

 若い男女ですから、恋愛もあると思うのですが、交際を断ると、大抵、殴られます。

 中には、慰謝料をくれというのもありました。(付き合ってもないのにね)

 「結婚はするな」と同級生から平手打ちされ、全く前後の脈略なく、家に来られ、殴る蹴るをされたこともあります。

 結婚は、女子美術大学の先輩だと言う60歳の修道女が、「孤児が可哀想だとは思わないか!」と、自宅から2時間半かかる青梅の児童福祉施設に連れ出され働らかされたのですが、施設の経営者の娘に、「ルイコさんは結婚できない躰だから、タダ働きさせて、左団扇で庭弄りをして優雅に暮らすつもりよ。」と言っていたのを教えて貰い、こんな程度が神の道にいるのかと絶望して、漸く結婚することにしたのでした。

 私は健康で何の障害もなく、子供も無事に生まれたのですが、垢の他人の人生を嘘をついてまでして陥れ自分の老後の満足しか考えないその修道女は、奇跡の起きる秋田の聖体奉仕会から脱走してきた人で、その修道会の神父がマリア像から血と涙が出たと言うことで、世界中から寄付金が集まり、日本列島の形の池を造り、庭を綺麗にし、建物もドンドン立派に新築されているのを観ていたので、私を使い「安田神父様のように庭弄りをして楽しむつもりよ。」と、彼女の経験から出た言葉なのでした!

 しかし、上には上がいるもので、70歳の男性の聖職者は私を暗がりに連れて行き、「お小遣いをくれても良いのよ。」と、20万円取り上げたのでした。「貧しい人達のために」でもなく、「くれ。」と言わず、「くれても良いのよ。」と言うのは、さすがプロなのでした。

 それで、新婚時代のマンションの家具は炬燵や座椅子だけで、他は自分の部屋から持ってきたちいさな引き出しだけだったのですが、やがて、知人の画家の未亡人の家にあるとき、その70歳神父がやって来て死ぬまで25年間住みついたと、未亡人の画家のプログで知ったのでした。

 私の場合!
 女子美術大学の産業デザイン科グラフィックデザイン専攻で学んだのですが、とても良かったのです。
 受験勉強は2カ月。
それは、劣等感をずっと持ち続けられるので更に良かったのです。
 
 私が女性だからかもしれませんが、学歴のハンディは余り感じないでやってこれたのです。

 このプレジデント誌の美術大学ランキング表によると、女子美術大学は随分低いところにいて、びっくり!
 
 しかし、私の個人的体験によると、評価に対してはフェアな畑で、女子美術大学だから、低く評価されたという経験がないのです。

 だいたい、初めての渋谷の西武百貨店での個展は、軽井沢で西武百貨店企画部の人に偶然会い、作品など観ないで決まったのです。

 それが、年の暮れで「評判良いから1週間延長ね!」と、お正月もやることになりました!

 次にね。
 京橋のプリントア-ト・ギャラリーで個展。当時は空前の版画ブ-ムで、「贋札を刷るより版画を刷った方が、効率が良い。」と言われていた時代でした!  
 1972年。
 毎日デイリーニュースが写真入りで記事を書いてくれました。
 山口長男氏、小野木学氏、オノサトトシノブ氏。誰でも知ってる有名ア-ティストと一緒に新聞に載るなんて!

 不思議なほど、無視されなかった!

 それから、銀座を歩いていたら、週刊朝日の記者に声をかけられ、「人」と言う欄に記事を書いてくれ、発売されたその日に出版社から電話。あれらこれで「易カルタ」が特許申請、出版が決まった!

 売りと言うのは、スピリチュアルだったのだと思う。

 「易カルタ」「アリス・カ-ド」「百人一首」「源氏香カルタ」等のカルタ類。

「豆本」吾八ギャラリー。 「豆団扇」フランネルギャラリー(ホテル・オ-クラ内)

 これらのギャラリーは、コレクターを持っていて販売してくれた。フランネルギャラリーは、100%、外国人が買っていくと言う。

 「日本お伽草紙」はボランティアでフィンランドの大使夫人の依頼で。

 そして、和紙コラ-ジュのディスカバ-・ジャパンのような仕事が来るようになった。

 現代詩の挿絵。現代音楽やちいさな劇団のポスタ-。

 デザイン科出て良かったのは、やはり、何でもできるというところと、処理が完成度があると言うか、間に合うことだった。

 ファンシ-・グッズも年賀状(400万枚)、サイン帖、ポチ袋。

 でもね。
 私はアブク銭は大嫌いなので、なるべく報酬は少なめにしています。
 サイン帖を作ってくれたクイン社の社長は「ルイコさんが辞退した報酬の取り分だけ儲かりました!」と言うほどです!

 毎年東京で個展をしてましたが、大阪、京都でも個展して、京都の僧侶が、「フランスに行ってきなさい。」と、お金を送ってくれたまでが、私の20代でした。

 30代は、世界に!
あまりにも名画を観すぎて、私が描かなければならない理由が有るかしら?と思い帰国。

 挫折を経て、35歳で結婚。
挫折と言うのは、私が集めていた資料を横取りされ、出版されたこと。

 私はその報酬で理想の学校や理想の病院を作るのが夢だったのです。

 もう体力もなく、二度と同じ努力はできないと思ったのです。

 結婚し、子供が生まれ2歳近くになり、身近な人からの憎しみで、子供の命が危険にさらされることになり、日本脱出しか道がないとパリ個展を決意して、パリで母子家庭をする。
 4月に経ち、10月に個展。
 何の後ろ盾のない私であったが、パンフレットとポスタ-を依頼したデザイナーがパリの美術評論家の名簿のコピーをくれた。

 夢のようなことが本当におこるのだ。

 この間に、百人一首が美智子妃に献上品として選ばれ、姑が皇居に水引をして持って行った。
 
 パリのカルタ美術館が買いあげてくれ、常設。

 その美術館は、元公爵さまのお城で、マチスコレクションとロダンコレクションの特別な部屋があり、1999年にヨーロッパの優秀な美術館として表象された!

 他にパリユネスコで働いて要る人からも購入された。

 レジョン・ド・ヌ-ル賞を貰った画家が3度来てくれ、お昼に招待された。

 これが37歳の時。
 危険が遠のき、帰国。

 だいたい主婦とお母さんをしていて、幼稚園の毎月の絵等描いていた(全紙サイズ)

40代は、聖コルベ神父の殉教50周年のために、小崎登明ブラザーから絵を納めるよう頼まれる。初めての油絵80号を描く。
 聖コルベ記念館のために聖コルベ少年の絵を描くが、あまりにも下手過ぎるので、勉強したいと思う。

 1995年3月、主人の仕事の都合で、家族でボストンに行く。
 夏にハ-バ-ト大学のサマ-スクールでデッサンを学ぶ。

 先生が才能があるからと、正規の秋の授業に出られるようにしてくれた。

 南ア連邦政府と戦って亡命した教授にデッサンを学ぶ。

 ユダヤ人で美しい油絵を描く教授からは、油絵をパレットに絵具を出すところから学ぶ。(計3年)

 ボストン美術館付属美大で、油絵、陶芸、パフォーマンス、インスタレーション、イコン画を学ぶ。(計4年)

 50代になって、バスケットを習う。
そのノアの方舟バスケットのお陰でハ-バ-ト・ネ-バ-スで個展のコンペに通る。

 平行して、ハ-バ-ト・ネ-バ-スで、墨絵、張り子、和紙作り、和紙のアルバム作り等をお教えする。

 平行して、小学校には折り紙、俳句画、百人一首(アメリカのヒロ-、ヒロインの言葉と顔)等、中学生に油絵を教えるが、労働許可証を持ってないので、ボランティアとして謝礼は寄付。

 9.11から1年後帰国。

 60代は、銀座で個展。
 絵本「宇津保物語」「コノハナサクヤ姫物語」「二十四孝物語」と「マリア・コ-ド」を出版。

 長野、黒姫にコテ-ジを建てる。

 インスタレーション蚊帳教会(軽井沢1回、黒姫2回)をする。

 100号の油絵を沢山描きました。

 お花の絵が多いです。

 70代…
 健康的には問題ありません。
 自分の先生は、私は絵を売ってはいけないと言います。絵は全部持っていなさいと言うのです。

 でも、アメリカの教授はさすがなのです。

 家まで来て、主人に、「奥さんは才能があるから、協力するように。」と言ってくれたのです。

 それで、絵を描き続けられたのでした。

 売ってはいけないのですから、公共の美術館や教会みたいなところに置かれたいです。

 ちいさな団扇とか幾つかある豆本とか、印刷物は売ります。

 ですから、私の場合は、おカネはあまり稼いでません。

 美術館に行くのは大好きなので、その交通費やホテル代が出れば。そして、画材が買えれば良しと言うレベルです。
 球根や土を買うおカネも要りますね!

 このプレジデント誌のテ-マは悪くないけど、現実ではないところがある。

 夢は大切だ。

 誰でも夢を見る権利も、絵描きとして成功する権利がある。

 美大を出て無くても。
 藝大を出てなくても。

 しかし、犠牲が大きい。

 大抵の画家は、男なら尚更、家族の反対がある。

 他人と比べてはだめだ。

 信じられないくらい恵まれた環境の人もいる。

 運も生まれながらの血と言うのも適わないものがある。


 しかし、私は思う。

 好きでやれば良いのだ。

 不都合など何もない。

 日本人は名前のある人を信用する。学歴で人を観る。

 しかし、本物の絵と言うのは、極めて高潔で神聖なものだ。

 品性の低いものは、それ相応の結果しか生まれない。

 面白いものもあって良い。
誰かを幸福にする絵は、それだけで確かだ。

 しかし、本当に描きたいものを描いて飢え死にするような社会は成熟してない。

 プレジデント誌のような経済人相手の雑誌なら、貧しい画家達にポケットマネーを少し差し出される紳士が読者に多いと思うので、最後にそんな提案を出したら良かったのに!

 最後に。
 信じられないくらい意地悪な人がいる。

 あんたなんかが生きられるほど甘い世界でない。

 妹だったらやらせない。

 大学卒業前に完成されすぎたから、もう伸びない。

 無理だから、ついていけないから英語の勉強はやらない方が良い。

 画家は黙っていれば良いのだから、フランス語を学ぶ必要ない。

 そんな嫌なことを言ってくる人が多い。

 でも、嘘なのよ。

 本当は、誰でも無限の可能性があって、信じれば、生きているうちに到達する。

 わざわざ家に来て、殴る蹴るをした人も、毎日、大学でたかっていた人も、放置しておいたら、謝りにきました。

 手紙で、「眩しかった。妬んだ。」と過去を恥じている人もいた。

 「軽蔑しないで。」
 「馬鹿にしないで。」と、電話をかけてきた人もいた。

 「お小遣いをくれても良いのよ。」と20万円カツアゲした神父も、躰がガタガタ震えだし、次に会ったときには人格が変わっていた。(別におカネは返ってこなかったが)

 なんて言うか。
 時間がかかりますが、神様は判るようにして下さるのだと思う。

 ですから、嫌なことを言う人は無視してよい。時間は戻らない。若い日は貴重だ。

 しかし、遅すぎることは何もない。


 


 竹取翁博物館の館長がお客様に絵の紹介をしているyou tubeから、拾いました!
本館
絵巻
長すぎるので展示しきれないので半分巻いてあった!





竹取翁博物館
本館
豆本






















❇❇
別館
屏風


























 夕飯!


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