科学・文化
私が少女像を購入した
2019年10月23日 19時54分

私が少女像を購入した
愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で抗議が相次いだ作品の1つ、慰安婦を象
徴する『少女像』。芸術祭が閉幕し、今どうなったのか気になっていたが、あるスペイン
人の実業家が購入したという。話を聞いてみた。
この人物は、スペインのバルセロナで、映像関連の企業を経営するタチョ・ベネットさん。取
材は国際電話で行った。まさか単なる興味本位ではないだろうが、少女像を購入した理由
を知りたいと思った。すると、ベネットさんはそんな疑問を察したかのようにこう語り始
めた。
「私も少女像の背景にある慰安婦については、日本と韓国の間でこの60年間、とてもデ
リケートな問題だと理解しています。両国の人々はこの問題を巡っていずれかの面からも
心を痛めていますね」

こう前置きしたうえで、遠い日本で起きた今回の問題になぜ関心を寄せたのか、次のよう
に説明した。
「今回日本で起きたように、作品が撤去される、または展示が中止される事例は世界中で
どんどん増えています。私は強い危機感を持っています。行政だけでなく社会全体が、年
々、傷つくことや嫌な思いをすることに、我慢できなくなっているのだと思います。検閲
だって、実は行政だけでなく、作品が自分たちの感情や信念を傷つけていると感じる社会
集団が行うことだってある。これは起きてはいけないことですが、よく起きることなので
す」
もともとジャーナリストだったベネットさん。その問題意識はいったいどこからかと思い、話
をさらに聞くと、彼のふるさと、スペイン北東部のカタルーニャ州の置かれた状況にある
ことが分かった。

カタルーニャといえば、スペインからの独立運動が今も続き、先日も独立運動の指導者ら
に実刑判決が言い渡されたことで、州都バルセロナの空港などで大規模なデモが続く地域
だ。
「スペインとカタルーニャの間では、とても長い間にわたって、政治的な問題があります。判
決は不公平だと思うし、不当で法律にしたがっていないとも思います。その判断に対して、人
々が抗議しているのは理解できます」
ベネットさん自身、去年、『現代スペインの政治囚たち』というスペイン人作家の作品を
購入した。

この作品はカタルーニャ州で、スペインからの独立運動に関わったとして、実刑判決を言
い渡された人などをテーマにしていた。去年2月、マドリードの芸術祭で展示される予定
だったがスペイン国内で大きな論争となり結局、事務局が開幕前に撤去したという。
ベネットさんによると、こうした表現の自由をめぐる問題は世界各国で起きている。
そのことに強い危機感があるので今回の少女像はもとより、世界各国で政治的、宗教的理
由などから撤去されたり、中止されたりした作品を積極的に集めているそうだ。
その数は、フランス、イギリス、ロシア、コロンビアなどからすでに60点以上。再来年
までにバルセロナ近郊でこれら作品を展示した美術館をオープンさせる計画だという。

取材の最後、ベネットさんはこんな言葉で締めくくった。
「私のコレクションについて知ってもらうことが、この問題をより真剣に考える力を与え
ることになればと思います。世界中で表現の自由が脅かされていますが、表現の自由やア
ーティストたちが創造する自由、アーティストたちの創造物に社会がアクセスできる自由
を制限する権利は誰にもないのです」
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