November 12th, 2019

Christmas

贖罪のア-ティスト。












 私はナチスの空軍で働いていたヨ-ゼフ・ボイスが、ソ連の発砲により、墜落し生死が極限まで危うい状態から生かされた(二人乗っていたパイロットの一人は行方不明)宿命で大きな使命を背負ったと思いました。

 「私はアメリカが好きだ。アメリカも私が好きだ。」

 と言う作品は、皮肉ですがユダヤ人の多いアメリカでは、そう言わざるをえない。

 彼はJFK飛行場から画廊まで、フェルトに包まれた自分の体をサイレン鳴り響く救急車で運ばれ、3日間、コヨ-テと画廊中の中の見える部屋で過ごした。コヨ-テは、インディアンの聖なる動物で傷ついたインディアンのシンボルで、対話をするためだという。
 実際に、飲食、トイレをどうしたのかはわからないが、今日、よくある現代美術の一つのパフォ-マンスとして、斬新で衝撃的だ。

 彼は、当時のドイツ人にとってナチスに入ることは、教会に行くように普通のことだったという。

 ユダヤ人差別は、やがてデュッセルドルフ美術アカデミーの教授となったときに、自分の授業を求める学生を誰ひとり拒まないと言う誠実な行動に出る。

 学生は彼に続き、大学側が10人を選べと命ずるが、「それはできない」と裁判になり、彼は勝つ。

 アンディ・ウォーホルは、ヨ-ゼフ・ボイスの肖像を何枚も描き作品にした。

 ヨ-ゼフ・ボイスはドイツ人の現代美術のスター、カリスマであった。アメリカのスパ-スタ-、アンディ・ウォーホルも黒人のジャン=ミシェル・バスキアを見いだし、使命を終え去って行ったが、溢れるほどのブランドのアクセサリーが開封されないまま出てきたと言う。
 アメリカのコマ-シャリズム、人種差別の現実を隠すように青年をスタ-ダムに乗せてしまうジャ-ナリズム。

 現実美術は、嫌が応にも見映えのファッション化に現れ、ヨ-ゼフ・ボイスのドイツ的な哲学的な掘り下げ方から、変化したものの、彫刻家が、フェルトや脂肪を使うとは、革新的だったのだ。

 ヨ-ゼフ・ボイスは、釣りの時に着るポケットのたくさんあるベストと、頭蓋骨の手術の後遺症を隠し、守るためか、フェルト帽を被っていた。

 クリミアで飛行機が撃沈された時に、たすけてくれた原住民が、脂肪を塗りフェルトで覆ってくれたので、不可能と言われた命が助かったのだとヨ-ゼフ・ボイスはいう。

 何を持って、本物のア-ティストかと問われれば、時代の使命を背負ったものと、私は思う。

 彼の樫の木のインスタレーションには、樫の木の代金を寄付する応援者がたくさんいたし、パブリック・ア-トの正しい在り方も見せたのだ。


 
Christmas

曇り。1度から11度!急ぎ足 落ち葉滑らぬように象の道


 出かけようかな?








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冷たい雨が降ってきた!
水道料金の請求が!

紅茶を淹れてきた!
晴れている!


北長野の東急ライフで!

 オレガノを買う。

長野へ!







 今日は、Midoriビルがお休みだった。
農協ショップで林檎と巨峰を買い4時2分発の北しなの鉄道で買える。

 私は6歳から日本舞踊を習っていたが、母親が白木屋百貨店の発表会でカツラや衣裳やおはやしが本格的過ぎて、あまりにも高くついたので、値を上げて習い始めたのがピアノだった。(何しろ子供が4人もいるので)小学校4年くらい。
 その時の先生は銀行で働いてる若い人で、家が貧しくて音大にはいけなかったが、音楽の先生が無料で授業外に教えてくれて、ピアノの出稽古をしていた人だった。
とても良い人で、浜松のピアノ工場の見学にも連れてってくれた。
 そのうち、受験があって転校があってピアノは辞めてしまったが、ある時音大に通う教会の友人が私の弾き方をまねして、授業で弾いたらこっぴどく叱られたらしい。

 この映画の天才の男の子は、他人のお爺さんが才能を認め、無料で教えピアノも遺言で譲られるのだが、離婚して3人の子供を病院で介護をして働き、子供達にどう食べさせるか毎日考えている母親には、レッスン代など請求しようとも考えたことも無かった。

 貧しくて美大に行け無かった人はたくさんいるし、私たちがキャンバスを持ってあるいているときに、そんな絵の好きだった美大に行きたかった人がどう見てるか?を考えて美大で学ばねばならないと教えられた。

 毎朝やっている「スカーレット」の主人公も親の借金のために美術を学ために溜めたお金を親のために使い断念する。
 原作モデルの神山清子さんもそうした人だ。

 しかし、美術学校に行かなくても、陶芸家として大成した。

 この間、読んだばかりの桜井孝身の奧さんの中村順子さんの本、

で、彼女は美大には堕ちたが教育大の美術科に入り、アメリカやフランスで作品を売って食べていたそうなので、芸術と言うものは、美術教育だけでは育てられないし、貧しい人が不利と言うこともない深い恐ろしい得体の知れない世界なのだ。

 南仏の14歳の黒人の少年が、病院にあるピアノを弾きに通っていて、やはり、才能があるのでパリの音大に迎ええられたという。

 多くの裕福な家の姉弟もどんなに立派な教師をたくさんつけられても、ピアニストになれる保証はない。

 どこかで公平なのだろう。





大阪のたか子さんから信州被災の様子を訊く電話がありました。
大阪では、毎日、大きく報道されてるそうです。


 今日も北しなの鉄道で、林檎園に積み上げられた素材ゴミを見て、多くの人が辛い中にいらっしゃるのだと、感じるところがありました。


 妙高の頂きが白くなりました。

 雪が降る日もそう遠くないでしょう。

 私は寒いのは苦手。
 咳き込みがあります。

 明日は気温が高くなるそうです。

 寝具の洗濯がしたいです。