February 10th, 2020

(no subject)














女性は化粧品が切れてきた。
狭い空間で運動。

 主催者が全額費負担。

 今9時、氷点下9度!



 今日は異常に寒いので、重ね着してます!
10枚くらい!


 しかし、プリンセスダイヤモンド号の方々のことを思うと文句言ってはバチが当たる。この前までは、千曲川の台風被害者達のことを思うと耐え忍ぶ力になりました。


 階下は寒いので、ストーブ3台が機能してても、2階の電気毛布に入って、読書がしたい。


 室内温度 1度!






賞味期限が切れてますが、食べます。


感染通路 手すり
68か69、一昨日の情報。



















今、3時。気温、ようやく0度!

 雪が降ってます。
 たこ焼きをお八つに!

 娘が昨晩、里芋を持ってきたので、煮ているところ。
 
 咳止め薬を飲んでます!


 古本なので汚れてますが、読みやすい本です。





 











 蓮月は、最初の夫の子、3人。再婚した相手の子2人を亡くしたと言う。再婚した相手も亡くなり、別れた夫も亡くなった。
 母親として、可愛い盛りの子を失うのはどんなに辛いことだっただろう。
 そうしたときに父の
西心から和歌を学び始めた。
蘆庵の「六帖詠草」(春、夏、秋、冬、恋、雑上、雑下の七冊)

 P205
7行目
 年を取っても働かなければ生きていけない。
 (激しく同意)

 蓮月は47、8歳の頃、和歌を学ぶため、奉州門下に入りる。奉州は蘆庵の孫弟子。
 自己投資と言う。
 私がアメリカで油絵を学び始めたのは、やはり47、8歳だったが、求めていると良い師に出会えるんですね。

 蓮月は四条派の画家、松村
景文について絵を学んだ。

 自分の陶芸を売り、和歌や絵を学ぶのは理想的な精進ですね。

 53歳の頃、師失うと父の教えの「和歌を学ぶのは、良い歌を真似ることが、稽古の第一だ。」を忠実に学び、ひたすら、自主勉。

 晩年だけでも30回以上も引っ越しするほど、覗き見などの煩わしいことが多かった。
 美しい女性の一人身は危険が多く、眠れない夜もあった。
 引っ越しが多くなると、荷物は柳行李ひとつに、小さな
蠅帳(蠅の入らないようにつくられた食器棚)ひとつにした。父親の買ってくれた嫁入り道具の箪笥も売り払った。
 父親の形見は、文机、碁盤と碁石。僅かな書物。
 自分の書物、硯道具、絵の道具を葛篭(つづら)に。他に陶芸道具。生涯、自分の窯は持たなく、借りていた。

 気が向くと、ふらりと出て行く。
 お粥を炊きかけて、豆腐を買いに行き、桜を見に出かけたくなり、お金がたりなかったので、一晩の宿を頼むとことわられ、おぼろ月夜の桜を野宿して観ながら詠んだ歌。
 たまたま訪ねてきたひとが、粥が炊いたままなので待っていたが、帰ってこないので、火の始末をして帰った。

 59歳で国学の勉強。
 六人香是香(むとべよしか)